序 血管新生に関する研究は,当初はおそらく,創傷治癒を早めたり,血栓発生部位の近傍に側 副血行路をつくらせたりすることなどを目的として始められたものと思われる。この血管新生 を全く逆の視点から眺め,血管新生研究に新しい息吹を与えたのは Judah Folkman であった。 彼は固形癌の発育・成長が完全に血管新生に依存していることを突き止め,癌細胞から血管新 生を促す未知の増殖因子が放出されているという作業仮説を立てた。1970 年代の初期の頃であ る。そして彼は血管新生の抑制は,制癌につながることを提唱した。この概念は多くの研究者 の支持を得て,その後の血管新生研究は,この謎の血管増殖因子の発見と血管新生阻害剤の開 発へと大きく流れを変えていった。1989 年に至り,ようやく待望の VEGF(血管内皮細胞増殖 因子)が同定され,血管新生研究の第一次ブームが到来した。VEGF は癌細胞を始め,虚血に 陥った組織の内の様々な細胞が産生・放出する細胞増殖因子であるが,その増殖のシグナルを 伝えることのできる受容体は血管内皮細胞にだけ存在する。まさに Folkman が予言した通り の物質だったのである。 ちょうどその頃,私は医薬ジャーナル社から依頼を受け「血管新生のメカニズムと疾患」の 編集を行うことになった。当時,FGF(線維芽細胞増殖因子)の血管新生療法を手掛けておら れた東京都老人医療センターの井藤英喜部長に手伝っていただき,1996 年6月に上梓すること ができた。幸運にも時宜にかなったこともあり,時を経ずして初版本は在庫切れとなり,私は 再び同社から改訂版編集の依頼を受けることとなった。振り返ってみると,初版本の出版から わずか2∼3年の間にこの領域では画期的な発見が相次いだこともあって血管新生研究は第二 次ブームに入っていた。癌の原発巣を外科的に除去すると,それまで潜在化していた転移巣で 癌が急速に大きくなることは,臨床的にしばしば観察されていたが,これにヒントを得て Folkman グループは,内因性の血管新生抑制物質アンジオスタチン,エンドスタチンを相次い で発見した。さらに彼らはこれらの新規物質に強力な制癌効果のあることを実証し,癌の冬眠 療法の概念を提唱し,さらに制癌剤の開発に弾みをつけた。一方,VEGF の遺伝子治療が重症 の下肢血管閉塞症や心筋梗塞症の患者に福音をもたらすことが報告され,また流血中に多数の 血管内皮前駆細胞が存在することも報告されるなど,血管新生研究は現在まさに佳境に入った 感がある。改訂作業を開始した私は,これらの最新情報を盛り込むには初版本の全面改訂が必 要と判断し,現在血管新生研究の第一人者として脚光を浴びでおられる新進気鋭の佐藤靖史教 授(東北大)に協力をお願いすることにした。文字通り二人三脚でこの「血管新生研究の新展開」 を編集し,現時点で考えられる最適の方々に執筆をお願いすることができた。ご多忙中にもか かわらず,最新情報を盛り込んだ読み応えのある原稿をお寄せ下さった執筆者各位に心から御 礼申し上げる。本書が今後の血管新生の研究に少しでもお役に立てば幸いである。 最後に,本書の製作に誠心誠意あたられた医薬ジャーナル社の加藤哲也,宮久保 剛両氏,伊 藤優子嬢はじめ編集部の方々に深く感謝する次第である。 2000 年 陽春の候 編者を代表して 室田 誠逸
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