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難治性皮膚潰瘍治療に光
∼再生医療による難治性皮膚潰瘍治療∼
【研究の背景】
難治性皮膚潰瘍(*1)は、通常ならば治癒する傷が感染や血管障害などにより治り難くなり、激しい痛
みともに傷が数か月∼数年に亘り残存する状態です。難治性皮膚潰瘍の原因は様々であり、外傷、寝た
きりによる褥瘡、糖尿病、閉塞性動脈硬化、血管炎などが挙げられ、国内では約 130 万人の罹患者がい
るとされています。褥瘡や血管障害は高齢者に頻発する病態であり、超高齢者社会を迎え患者数の増加
は確実です。しかし、難治化した傷を完全に治癒することは困難であり、創傷に対する既存治療法(例
えば、組み換え型線維芽細胞(*2)成長因子の投与や人工皮膚の移植など)ではほとんど効果が得られず、
難治性皮膚潰瘍に対する効果的治療法の開発が強く求められています。
今回我々は、難治性皮膚潰瘍に対する新たな治療法として「細胞シート(*3)移植」に注目しました。
細胞シート移植は「シート状にした細胞を患部に貼付する細胞移植法」であり、細胞をバラバラに移植
する従来の細胞移植療法に比べて移植細胞の患部における長期生着を可能にします。細胞の長期生着に
伴い組織再生がより効率良く行えることから、再生医療における重要な治療ツールとして注目されてい
ます。本研究では、自己の末梢血単核球(*4)と線維芽細胞で構成される細胞混合シートを作製し、その
治療効果について難治性皮膚潰瘍のモデルマウスを用いて詳細に検証しました。本研究の成果は、難治
性皮膚潰瘍に対する画期的な治療法の開発につながる可能性があります(図1)。
図 1:二種類の体細胞で構成される細胞混合シートを用いた難治性皮膚潰瘍治療
寝たきりによる褥瘡、動脈硬化、糖尿病などを原因とする難治性皮膚潰瘍は、数か月∼数年に渡り治
癒しない。本研究では、
「様々な細胞成長因子を分泌する末梢血単核球」と「皮膚の基質となる線維芽細
胞」を主成分とする細胞シートを作製し、難治性皮膚潰瘍に対する新しい治療法となり得るかを動物モ
デルで検証した。
【研究結果】
①細胞混合シートに対する低酸素プレコンディショニング法の効果
まず、皮膚組織から線維芽細胞、静脈血から末梢血単核球細胞をそれぞれ成体マウスから単離し、温
度応答性培養皿(セルシード社;東京)を作製しました。この際、混合するそれぞれの細胞種の最適な
細胞割合および細胞シート作成にかかる培養期間を検討し最適条件を決定しました(4 日で状態の良い
細胞混合シートが作成可能です)
。
我々はこれまでに、間葉系幹細胞や心筋幹細胞など様々な細胞種から細胞シートを作製し、その機能
を増強させる方法について検討を重ねてきました。その結果、作成した細胞シートを移植の 24 時間前か
ら低酸素状態に暴露することで、移植後の血管新生効果が飛躍的に増加することを見出しました
(Hosoyama et al., Am J Transl Res. 2015. 7:2738-2751; Tanaka et al., Am J Transl Res. 2016. 8:
2222-2233)。そこで本研究においても、作製した細胞混合シートが低酸素刺激によって機能賦活化さ
れるか否かを検討しました。
末梢血単核球、線維芽細胞シート、細胞混合シートをそれぞれ 2%酸素の条件で 24 時間培養(低酸素
プレコンディショニング)し、培養上清中に分泌される血管内皮細胞増殖因子(Vascular Endothelial cell
Growth Factor: VEGF)の濃度を測定したところ、低酸素培養した細胞混合シートにおいて VEGF 産生の
有意な増加が認められました。このことは、低酸素プレコンディショニングにより細胞混合シートの機
能賦活化が生じていることを示唆しています。また、単独細胞の結果から、細胞混合シートでの VEGF
産生は線維芽細胞が担っていること、低酸素プレコンディショニングによって線維芽細胞での VEGF 産
生を亢進させる何らかの因子の産生が末梢血単核球で生じている可能性が示唆されます(図 2)
。
図 2 低酸素プレコンディショニング法と血管内皮細胞増殖因子
マウスの線維芽細胞シートと細胞混合シートをそれぞれ低酸素条件で培養すると、いずれの細胞シート
においても血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生が亢進した。しかし、細胞混合シートにおいてより強
い VEGF 産生亢進が生じたことから、
低酸素刺激により末梢血単核球から VEGF 産生促進因子がに作用し、
細胞混合シート内の線維芽細胞での VEGF 産生亢進を促す何らかの因子が活性化されることが予想され
る。
②細胞混合シートの糖尿病潰瘍マウスモデルに対する治療効果
次に、細胞混合シートの難治性皮膚潰瘍に対する治療効果を検証するために、糖尿病性難治性皮膚潰
瘍マウスへの細胞混合シート移植を試みました。
ストレプトゾトシン投与により 2 型糖尿病を誘発したマウスの背部の皮膚全層を剥ぎ、線維芽細胞シ
ートもしくは低酸素培養した細胞混合シートを同種移植したところ、細胞混合シート移植群において高
い治癒効果が認められました(創面積治癒率で比較)。この結果は、細胞混合シート移植が難治性皮膚潰
瘍に対して効果的であることを示しています。(図 3)
。
図 3 糖尿病潰瘍マウスに対する細胞混合シートによる治療効果
糖尿病性潰瘍を呈するマウスに細胞シートを同種移植し、創面積の縮小率(創面積治癒率)を比較した。
無処置群(シート非移植群)では創治癒がほとんど認められないのに対して、細胞シート移植群ではい
ずれにおいて有意な創縮小がみられた。また、線維芽細胞シートに比して細胞混合シートにおいてより
高い治癒効果が得られることも明らかとなった。
③細胞混合シート移植により治癒した組織における血管新生の観察
糖尿病潰瘍マウスへの細胞混合シート移植により、創面(潰瘍面)は移植 17 日後に完全にふさがりま
した(治癒)。治癒組織を採取し組織学的な解析を行ったところ、治癒組織内では異常な肉芽造成の見ら
れない極めて自然な組織像が認められ、さらに、多数の新生血管の形成が見られました。このことは、
細胞混合シート移植により潰瘍部の血流回復とそれに伴う組織再生が生じたことが推察されます(図 4)。
図4
細胞混合シート移植により治癒した組織と血管新生
糖尿病潰瘍マウスの背部に細胞混合シートを移植すると平均 17 日で完全に創面が閉じる。この際の組織
像を観察すると、異常な肉芽造成などは見られず自然な治癒が生じていることがわかる。また、免疫組
織化学により治癒組織内の血管(CD31 陽性細胞=血管内皮細胞)を観察すると、多数の新生血管が認め
られる。このことは、細胞混合シート移植により、潰瘍部において「血管新生→血流回復→組織再生」
のサイクルが誘導されていることを示唆している。
【今後の展開】
本研究により、線維芽細胞と末梢血単核球細胞が混在する細胞混合シートが、これまでに効果的治療
法のなかった難治性皮膚潰瘍に対する強力な治療ツールとなり得ることが示されました。すでに我々は、
より大型の実験動物を用いた非臨床試験を開始しており、ウサギ(下肢虚血潰瘍モデル)を用いた自家
移植試験では、マウス(本研究)と同様の治療効果が得られることを確認しています。現在は、大動物
であるブタに対する細胞混合シート移植の効果実証試験を実施中であり、早期の臨床応用を目指してい
ます。また将来的には、本細胞シートを「山口県発の再生医療製品」として上市することも想定してお
り、難治性皮膚潰瘍に対する標準的治療法となることが期待されます。
【原著論文情報】
Koji Ueno, Yuriko Takeuchi, Makoto Samura, Yuya Tanaka, Tamami Nakamura, Arata Nishimoto, Tomoaki Murata,
Tohru Hosoyama, Kimikazu Hamano. Treatment of refractory cutaneous ulcers with mixed sheets consisting of
peripheral blood
mononuclear cells and fibroblasts. Scientific Reports, in press, 2016.
【用語解説】
(*1) 潰瘍および難治性皮膚潰瘍
血流の悪さから皮膚がただれ、または皮膚の傷口が治りにくい状態になる病気。感染や血流障害に
より難治化し、数か月∼数年に亘り傷が治癒しない難治性皮膚潰瘍の状態となる。
(*2) 線維芽細胞
皮膚の基質となる細胞。コラーゲンやヒアルロン酸を分泌する。本研究では、成体マウスの尻尾か
ら線維芽細胞を単離し、細胞シート作製に用いている。
(*3) 細胞シート
培養細胞を一枚のシート状にして貼付(移植)することで、移植部位における細胞の生着性が向上
し、より高い治療効果が得られる。細胞シートの作製方法はいくつかあるが、本研究では最も標準的
な温度応答性培養皿 UpCell®を用いて細胞混合シートを作製した。
(*4) 末梢血単核球
血液から分離したリンパ球と単球の総称。本研究では、比重遠心法を採用してマウス静脈血から末
梢血単核球を単離している。