線形代数学・同演習 A 講義資料 1 お知らせ 1.1 言葉づかい・記号

2015 年 4 月 15 日 (水) No.3
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線形代数学・同演習 A 講義資料 1
お知らせ
• 次回は行列の定義(下の講義ノート参照),行列の足し算と掛け算,いろいろな種類の行列を
学びますが,講義ではポイントに絞って解説します.より良い理解のために 以下の講義ノート
1.2 節と 1.3 節に一通り目を通しておいてください.これらは 教科書の p.1∼p.8 に対応し
ています.次回はこれ(予習していること)を前提として進めます.
行列の定義,特に行列の足し算と掛け算は,これから 1 年間線形代数を学んでいく上での基礎
中の基礎です.これらをしっかり習得していないと,後の内容を理解することが極めて困難に
なります.最初は大変かもしれませんが,繰り返し練習しておいてください.
***
1.1
言葉づかい・記号
数学の記号は万国共通ではなく,時と場合によって微妙に異なることがある.この講義では,以下
のように言葉づかい・記号を定める.
• 高校とは違い「a < b または a = b」のことを a ≤ b と書く.不等号の下の線が 2 本ではなく
1 本になっているが,同じ記号である.同様に a ≥ b と書く.
• N, Z, Q, R, C をそれぞれ「自然数全体の集合」「整数全体の集合」「有理数全体の集合」「実数
全体の集合」
「複素数全体の集合」とする.N, Z, Q, R, C と太字で書くこともあるが,同じも
のである.包含関係は N ⊂ Z ⊂ Q ⊂ R ⊂ C である.因みに由来は Natural number, Zahlen,
Quotient number, Real number, Complex number で,Zahlen だけドイツ語である.なお,0
は自然数に含めない.
• 数の集合のうち,その中で四則演算が行えるものを 体(たい)field とよぶ.例えば Q, R, C は
体である.N, Z は体ではない.例えば 2/3 ∈
/ Z であり,割り算をすると整数の範囲をはみ出
してしまう.
• a ∈ X と書いたら「a は X の元(要素)」ということである.例えば 5 ∈ N(勿論 5 ∈ Z や
5 ∈ C でもよい)と書く.そうでないときは π ∈
/ Q のように斜線を付ける.{2, 3} ∈ Z は誤
りである.2,3 は共に整数であるが,整数を 2 つ集めた集合 {2, 3} は「2 つの整数の集合」で
あって「整数」そのものでないから {2, 3} ∈
/ Z または {2, 3} ⊂ Z が正しい.
• 定義 definition と 定理 theorem という言葉を頻繁に使う.定義はいわゆる決めごと・ルール
にあたり,定理はそこから従う結論にあたる.例えば「X を 5 以上の整数からなる集合とする
とき 2015 ∈ X がなりたつ」という文章において,定義は「X を 5 以上の整数からなる集合
とする」,定理は「2015 ∈ X がなりたつ」である.なお,定理ほど重要ではないものは 命題
proposition とよび,定理の証明に利用するものは 補題 lemma とよぶ.
1
1.2
行列の定義・いろいろな行列
m × n 個の数 aij (1 ≤ i ≤ m, 1 ≤ j ≤ n)を縦横に

a11

 a21
A=
 ..
 .
am1
a12
···
a1n
a22
..
.
am2
···
..
.
a2n
..
.
amn
···






と並べたものを 行列 matrix とよぶ.正確には「m 行 n 列の行列」「m × n 行列」「行列 A の型は
m × n 型」などと言う.勿論成分が 1 つしかない場合 A = (a11 ) も立派な行列である.括弧は ( )
でも [ ] でも良いが,同じ文中では混用は避ける.aij を A の (i, j) 成分 とよぶ.横向きの並び


a1j


(
)
 a2j 

ai1 ai2 · · · ain は 第 i 行,縦向きの並び  . 
 を 第 j 行 とよぶ.A を上の表記でい
 .. 
amj
ちいち書き下すのは面倒なので,A = (aij )1≤i≤m,1≤j≤n と略記することもある.教科書 p.2 の通り,
他にも色々な書き方があるが,この講義ではこれで統一する.
m = n のとき,即ち行と列の数が等しい行列を 正方行列 square matrix とよぶ.例えば n 次正方
行列は A = (aij )1≤i,j≤n と書ける.



A=


a11
a21
..
.
an1
a12
a22
..
.
an2
···
···
..
.
a1n
a2n
..
.
· · · ann






このうち,左上から右下にかけての成分 a11 , a22 , · · · , ann を A の 対角成分 とよび,これらの総和
a11 + a22 + · · · + ann を A の トレース trace とよんで tr(A) と書く.特に対角成分以外が全て 0 で
あるような行列を 対角行列 diagonal matrix とよび,対角成分を取り出して diag(a11 , a22 , · · · , ann )
と書く.勿論,対角成分に 0 が含まれていても構わない.
対角行列のうち,対角成分が全て 1 の行列を 単位行列 identity matrix とよび E や En と書く.

1 0

 0 1
E=
 .. ..
 . .
0 0
···
0
···
..
.
0
..
.
1
···






このような定義になっているのは,行列の積(次回扱う)において,元の行列に E を掛けても変わ
らない(即ち AE = EA = A となる)ようにしているからである.ちなみに E は elementary の頭
文字であるが,identity の頭文字をとって I と書く流儀もある.ここでは教科書に合わせて E を採
用する.
全ての成分が 0 であるような行列を 零行列 zero matrix とよび O で表す.数字の 0 ではなく,ア
ルファベットの O(のイタリック体)であることに注意である.
2
2015 年 4 月 15 日 (水) No.4
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行列 A において行と列を入れ替えたもの,即ち
transposed matrix とよび tA と書く.

a11 a21

 a12 a22
t
A=
..
 ..
 .
.
a1n
a2n
aij と aji を全て入れ替えたものを 転置行列
···
···
..
.
am1
am2
..
.
···
amn






A が m × n 行列ならば tA は n × m 行列である.また 2 回転置をかけると元に戻るから t (tA) = A
である.
正方行列 A に対し tA = A が成り立つとき,A を 対称行列 symmetric matrix とよぶ.また
A = −A が成り立つとき,A を 交代行列 alternative matrix とよぶ.但し A = (aij )1≤i,j≤n に対し
−A = (−aij )1≤i,j≤n である.交代行列の対角成分は全て 0 である(教科書 p.5 問題 6).対称行列
かつ交代行列となるような行列は零行列のみである(教科書 p.5 問題 8).
t
行列において,行の数が 1 のとき 行ベクトル row vector ,列の数が 1 のとき 列ベクトル column
vector とよぶ:

(
行ベクトルのとき
a1
a2
· · · an
)
a1


 a2
,列ベクトルのとき 
 ..
 .
am


.


列ベクトルは縦長なので,このような文章を書く上では可読性を損なうことがある.そこで,転置の
(
)
記号を用いて列ベクトルを t a1 a2 · · · am
と書くことが多い.また,全ての成分が 0 とな
るような行ベクトル,列ベクトルを 零ベクトル zero vector とよび 0 と書く.これは数字の 0 とは
異なる記号である(0 の太字表記).
1.3
行列の演算
2 つの行列 A, B が与えられたとき,これらの和(足し算)と積(掛け算)を定義しよう.特に積
の計算は,具体的な計算がすらすら出来るようになるまでしっかり練習をしておくこと.
和 A = (aij )1≤i≤m,1≤j≤n , B = (bij )1≤i≤m,1≤j≤n (共に m × n 行列)とするとき,A と B の 和
A+B を
A + B = (aij + bij )1≤i≤m,1≤j≤n
と定義する.同様にして 差 は
A − B = (aij − bij )1≤i≤m,1≤j≤n
と定義する.つまり同じ (i, j) 成分同士を足し算・引き算している.m × n 行列同士の和・差
はやはり m × n 行列となる.例えば
(
) (
) (
1 2 3
7
8
9
1+7
+
=
4 5 6
10 11 12
4 + 10
8+2
5 + 11
A, B が異なる型の場合は A ± B は定義されない.
3
3+9
6 + 12
)
(
=
8 10 12
14 16 18
)
.
積 A = (aij )1≤i≤m,1≤j≤n , B = (bij )1≤i≤n,1≤j≤r (即ち A の列の数と B の行の数が等しい)とす
るとき,A と B の 積 AB を
AB = (cik )1≤i≤m,1≤k≤r , cik =
n
∑
ais bsk
s=1

b1k



 a2k 

と定義する.つまり A の i 行目
と B の k 列目  . 
ai1 ai2 · · · ain
 に対して
 .. 
ank
cik = ai1 b1k + ai2 b2k + · · · + ain bnk を計算し,これを AB の (i, k) 成分としている.m × n
行列と n × r 行列の積は m × r 行列となる.例えば


(
)
(
)
7 10
1 2 3 
1 · 7 + 2 · 8 + 3 · 9 1 · 10 + 2 · 11 + 3 · 12

 8 11  =
4 5 6
4 · 7 + 5 · 8 + 6 · 9 4 · 10 + 5 · 11 + 6 · 12
9 12
(
)
50
68
=
.
122 167
(
)
A の列の数と B の行の数が等しくない場合は AB は定義されない.
非常に重要なこととして
一般に行列の積には交換法則が成り立たない
(
)
(
)
(
) ということが挙げられる.
(
)
1 1
0 −1
1 −1
0 −1
例えば A =
,B=
とすると AB =
, BA =
となり
0 1
1 0
1 0
1 1
AB ̸= BA となる.
一般に,2 つの正方行列 A, B に対して AB = BA が成り立つとき,A と B は 可換 commutative
であるという.
m × n 行列 A に対して スカラ倍 scalar multiplication を
kA = (kaij )1≤i≤m,1≤j≤n
と定義する.単に全ての成分を k 倍したものである.スカラー倍,とのばし棒を付けることもある
が,どちらでも良い.
A が正方行列のとき,n 個の A の積 A · A · · · · · A を An (A の n 乗)と書く.Am = O となる
m ∈ N が存在するとき,A を 巾零行列1 nilpotent matrix とよぶ.
その他,幾つかの基本的な性質を挙げておく.
• A + B = B + A, A + O = O + A = A, (A + B) + C = A + (B + C).
• AE = EA = A, AO = OA = O, (AB)C = A(BC).
• 0A = O, 1A = A, (ab)A = a(bA), (aA)B = a(AB).
• a(A + B) = aA + aB, (a + b)A = aA + bA.
• A(B + C) = AB + AC, (A + B)C = AC + BC.
• t (A + B) = tA + tB, t (AB) = tB tA.
1 「べきぜろぎょうれつ」と読む.
4