アキレスと亀とカントール(対角線論法編) #1

アキレスと亀とカントール(対角線論法編)
#1
カントールの対角線論法は論理的に怪しい
2015.05.25, 06.17, 08.26 尾立貴志
1.はじめに
このような問いかけを行う経緯を説明します。今から 25 年ほど前、私は初めて無限についての
数学啓蒙書を読みました。自然数全体の集合が、整数全体の集合や有理数全体の集合と同じ濃度
の無限(ℵ0 アレフゼロ、可算無限)であることなどを感心しながら読みました。
実数全体の集合が ℵ0 よりも濃い無限( ℵ アレフ)であることを証明する対角線論法も、1 回
目はナルホドと納得したのですが、2 回、3 回と読むうちにオカシイと感じるようになりました。
対角線論法は「卑怯な後出しジャンケン」であることに気づいたのです。
大学の数学教授に相談しましたが、彼の説明は、自分も若い頃はオカシイと思ったが、よく数
学を学んで、こういう背理法もあるのだと納得できるようになった、という不思議なものでした。
数学啓蒙書には、カントールが最初は対角線論法でない証明法で実数全体の集合が可算無限よ
り濃い無限であることを証明していたとあり、私は、対角線論法(1891)は間違っているが別の
証明は正しいのだろうと、ずっと思っていました。
数年前に、志賀浩二の『大人のための数学③無限への飛翔
1
』が、カントールによる最初の証
明(1873)を紹介していることに気づきました。それは実数の連続性の公理を用いた証明法(区
間縮小法)であり、ようやく長年のモヤモヤした不満が解消するだろうと期待して証明を読んだ
のですが、すぐに、こちらの証明もオカシイことに気づきました。
また、同じころに、哲学者である野矢茂樹の『無限論の教室
2
』を読み、少なくない数学者や
哲学者により、対角線論法の間違いはほぼ言い尽くされていることを知りました。しかし、区間
縮小法については言及が少ないようなので、区間縮小法に対する反論を試み日本フィボナッチ協
会第 13 回研究集会(2015.08.21)で発表しました
3
。
ここでは対角線論法に対する反論をサラリと簡単に紹介します。
#1
2015.08.21 日本フィボナッチ協会
第 13 回研究集会(協賛:東京理科大学理数教育研究センター)
Achilles and the tortoise against Cantor's first uncountability proof and intersection theorem (nested interval property).
本稿 http://www.zg.em-net.ne.jp/~aurues/triage/room1/TortoiseAgainstCantor.pdf
会場配布資料 http://www.zg.em-net.ne.jp/~aurues/triage/room1/TortoiseAgainstCantor20150821.pdf
2.対角線論法
対角線論法の非論理的な部分を、格さん・助さんの対談スタイルで紹介します。
助:よう、格さん。自然数も実数も無限にあるんだけれどさー、実数の無限は自然数の無限よ
りはるかに大きい無限だって知ってるかい?
格:なんだい、助さん。この前、自然数の無限も、偶数の無限も、整数や有理数の無限も、全
部同じ大きさの無限だって証明していたじゃないかい。実数は違う無限なのかい?
助:そうさ、無理数が半端なく多いのさ。
格:そうかい? どんなに差の小さな有理数を2つ取り出しても、その間には無限に有理数と
無理数がある。また、どんなに差の小さな無理数を2つ取り出しても、その間には無限に有理数
と無理数がある。大した違いはないように見えるけどねえ。
助:いや、無理数の無限は別格なんだ。
格:じゃあ、証明してみろよ。どのようにしても自然数と1対1で対応できないと証明できた
ら、実数の無限は自然数の無限より大きい無限だと認めようじゃないか。
助:よーし。それは実数のごく一部を使って示すことができるよ。格さん、0 から 1 までの実
数を並べてみてくれ。ここでは 0 以上、1 以下としよう。
格:簡単だな。2進数を使うぜ。次のように順番に書いていけば、0 と 1 の間の全実数を書き
並べることが可能だ。その規則の具体例を表に示すぜ。
格:規則性は簡単だ。0 から出発しよう。小数点以下を一桁ずつ増やす。増やした位に数字の 0
と 1 を交互に加えていく。
格:まず「0.□」の□に 0 か 1 を書く。すると「0.0、0.1」ができる。それをコピー&ペースト
して「0.0□、0.1□」を作り、その□に 0 か 1 を書く。すると「0.00、0.01、0.10、0.11」ができ
る。それをコピー&ペーストして「0.00□、0.01□、0.10□、0.11□」を作り、□に 0 か 1 を書く。
格:この規則で表を作り続ければ、0 から 1 までの間にある全実数が出現するはずだ。もちろ
ん、1 以外は無限回重複して出現することになるけれど。ここでは1対1対応できることを言え
ばいいので、重複分の除外作業は省略しよう。表を見れば、0 から 1 までの間にある全実数が自
然数と1対1で対応可能であることがわかるよ(コレヲ 仮 定 1トスル)
。
N.1
0
N.9
0.000
N.17
0.0000
N.25
0.1000
N.2
1
N.10
0.001
N.18
0.0001
N.26
0.1001
N.3
0.0
N.11
0.010
N.19
0.0010
N.27
0.1010
N.4
0.1
N.12
0.011
N.20
0.0011
N.28
0.1011
N.5
0.00
N.13
0.100
N.21
0.0100
N.29
0.1100
N.6
0.01
N.14
0.101
N.22
0.0101
N.30
0.1101
N.7
0.10
N.15
0.110
N.23
0.0110
N.31
0.1110
N.8
0.11
N.16
0.111
N.24
0.0111
N.32
0.1111
N.32
0.00000
N.33
0.00001
・・・
助:格さん、0 から 1 までの全実数を書き終わったかい?
格:全部書き終えるなんて無理だよ。なにしろ無限だからね。でも、この方法で延々と続けれ
ば、0 から 1 までの間にある全ての実数が表の中に現れるはずだぜ。
助:じゃあ、書き終わったんだな。
格:助さん、おかしなこと言うじゃないか・・・・・だから無理だって。終わってはいないよ。
書き終えるなんて不可能だよ。でも、どんな実数でも示してくれ。この表を作る規則で作りだせ
るから。
助:困るなあ、書き終わってくれないと次に進めないんだよ。
格:?・・・・・規則を示すだけじゃあダメなのかい?
助:ああ、ちゃんと書き終えてくれ。書き終えてくれたら対角線論法を教えてあげるよ。
格:・・・対格戦論法?・・・・俺をやっつけるのか。まあいいや、仮に、書き終えたとして
次に進もうか(コレヲ 仮 定 2トスル)
。
助:ありがとう、格さん。では、表に出現する全実数を一列に並べることができるよね。なぜ
なら、0 から 1 までの全実数に自然数の番号が付いているからね。じゃあ、できた実数を縦に並
べるよ。別に重複があっても良いし、順番もどうでもいいんだ。どんな並び方でもよいのだけれ
ど、一列に並べて 1 番から無限番まで番号を打つぞ。
1番
0. 𝑎11 𝑎12 𝑎13 𝑎14 𝑎15 𝑎16 ∙∙∙∙∙∙
2番
0. 𝑎12 𝑎22 𝑎32 𝑎42 𝑎52 𝑎62 ∙∙∙∙∙∙
3番
0. 𝑎13 𝑎23 𝑎33 𝑎43 𝑎53 𝑎63 ∙∙∙∙∙∙
4番
0. 𝑎14 𝑎24 𝑎34 𝑎44 𝑎54 𝑎64 ∙∙∙∙∙∙
・・・・・・・・・・
k 番 0. 𝑎1𝑘 𝑎2𝑘 𝑎3𝑘 𝑎4𝑘 𝑎5𝑘 𝑎6𝑘 ∙∙∙∙∙∙ 𝑎𝑘𝑘 ∙∙∙∙∙∙
・・・・・・・・・・
助:たとえば 2 番が「0.101」だとすると、𝑎12 = 1、𝑎22 = 0、𝑎32 = 1、𝑎42 = " "(数字無し=0)、
ということになる。上の添え字は何番かを示し、下の添え字は小数点下第何位かを示している。
助:いいかい、格さん。0 から 1 までの実数は無限個ある。自然数も無限個ある。0 から 1 ま
での実数を自然数と1対1で対応づけることが可能だ。そこで今、0 から 1 までの全実数を一列
に並べた。ここまではいいね、格さん。
格:ああ、いいよ。
助:じゃあ、ここで、次のような数を考えてみよう。
𝜑 𝜑 𝜑 𝜑 𝜑 𝜑
𝜑
𝜑 番 0. 𝑎1 𝑎2 𝑎3 𝑎4 𝑎5 𝑎6 ∙∙∙∙∙∙ 𝑎𝑘 ∙∙∙∙∙∙
𝜑
𝜑
𝜑
𝜑
𝑎1 ≠ 𝑎11 、𝑎2 ≠ 𝑎22 、𝑎3 ≠ 𝑎33 、・・・・、𝑎𝑘 ≠ 𝑎𝑘𝑘 、・・・・
たとえば
0.
1 番 0.11010 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0. 𝟏1010 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0
2 番 0.10111 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0.1𝟎111 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 1
3 番 0.01101 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0.01𝟏01 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0
4 番 0.01100 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 0.011𝟎0 ∙∙∙∙∙∙
⇒ 1
・・・・・・・・
𝜑 番 𝟎. 𝟎𝟏𝟎𝟏 ∙∙∙∙∙∙
助:こうして作った 𝜑 番は、先ほど格さんが作った実数表の中には無いはずだよね。格さんが
どんな方法で実数を並べても、その中には無い実数を作り出せるんだよ。だから、背理法により、
自然数の無限と実数の無限を1対1に対応できるという仮定が間違っていたことになる。実数の
無限は自然数の無限より大きい無限なんだ。濃度が濃いって言うんだけどね。
助:わかったかい、格さん。対角線上の数字を変えて 𝜑 番を作るので、これを対角線論法って
言うんだよ。対角線を少しずつずらして無限種類の 𝜑 番を作れるんだ。
格:助さん、ちょっと待ってくれよ。
格:𝜑 番は、実数を並び終えることができたときに初めて作れる数だよね。俺は 0 から 1 まで
の実数を並び終えることができるなんてことは本心から認めていないぜ。無限だから不可能だ。
実数を作り並べるという無限に続く作業を途中でやめない限り 𝜑 番を作ることはできない。
(仮 定 1ハ認メタガ、仮 定 2ハ認メテイナイ。対角線論法デ否定スベキハ、マズ 仮 定 2デアッテ、仮 定 1デ
ハナイ。
)
格:並び終えることができるのは有限集合の性質だ。自然数は無限だから、並び終えることは
できないんだよ。勝手に、並べ終えたことにして、後から 𝜑 番を出してくるなんて卑怯な後出し
ジャンケンだぜ。もし表の中に全ての実数があるのならば、そもそも 𝜑 番は、すでに表の中にあ
るはずであって作り出せないはずだ。どんな実数を持ってきても、最初の表の中にあるはずだと
俺は主張するね。
格:それでも無いって助さんがいうなら、俺だって後出しジャンケンさせてもらうぜ。 𝜑 番を
表の中に追加することにする。そうそう、𝜑 番のこと忘れていたかもしれない。自然数は無限だ
から、幾らでも追加するぜ。助さん、表の中にない実数を全部言ってくれ。言い終わったら教え
てくれ。まとめて表の中に入れるから。
助:それは無限にあるから不可能だ。
格:それ見ろ。自然数だって無限にあるから表を完成させることなど不可能なのさ。だから俺
は規則を述べたに過ぎない。
格:無限の数を並べ終えるという作業を完了しない限り 𝜑 番を作ることはできない。自然数は
実数の無限にも1対1で対応し続けるのだよ。
格:対角線論法は、相手が並べ終えたことを強引に仮定する卑怯な後出しジャンケンだ。そも
そも、無限を対象とする時に、背理法を使えるという論理的保証はあるのかい、助さん。
助:・・・・俺は数学者じゃないから、カントールの原著を読む能力も気力も無いんだけど、
日本人数学者の紹介する対角線論法はすべて、そこのところは明確に説明していないんだよね。
不思議なことに、数学者で対角線論法に異を唱えている人はいないみたいだ。
3.おわりに
カントールの対角線論法は、
「対象とする集合の要素を並べきった」ことを前提として、その並べき
った要素の中に存在しない数を(後出しジャンケンで)作って示すという論法を用いています。
しかし、そもそも「並べきることができる」というのは有限集合の特徴であり、無限集合というも
のは(可算無限であっても無限である以上)並べきることはできないという性質を持っています。
そうであればこそカントールは「1対1対応」という道具を使って、自然数全体の集合も、偶数全
体の集合も、整数全体の集合も、無限としては同等の大きさ(濃度)を持つ可算無限(アレフゼロ)
であることを示しました。
ところが実数全体を対象とした対角線論法では、対象の無限集合の要素を「並べきる」という間違
った前提をしています。
カントールは可算無限(アレフゼロ)より大きい無限(アレフ)を示した後も、対角線論法を繰り
返し用いることで、アレフより大きな無限が、無限の段階存在することを示したことになっているよ
うですが、対角線論法という考え方は対象の集合を有限化するので、対角線論法を無限回繰り返すこ
とで、無限の大きさを無限段階考えることができるのはアタリマエのことです。
しかし、カントールは対角線論法(1891)以前に別の方法で実数全体の集合が可算無限より大きな
無限であることを証明していたという説明もあったので、私は、対角線論法は間違っているが別の証
明は正しいのだろうと、ずっと思っていました。私は数学者ではないので、カントールの最初の証明
(1873)を探す努力は怠っていましたが、偶然、志賀浩二による紹介を見つけました。それは、実数
の連続性の公理を用いた証明でした。すぐに、こちらの証明もおかしいことに気づきましたが、対角
線論法と異なり、数が直線上に並んでいることが自明のこととして利用されていて、また、私自身が
実数の連続性をよく理解していなかったため、区間縮小法を用いた証明の間違いを指摘するのは簡単
ではありませんでした。
きちんとした説明が要約できるようになり、数学の研究会で発表しましたので、
『アキレスと亀とカ
ントール』の本編を是非ご覧ください。
1
志賀浩二『大人のための数学③ 無限への飛翔 集合論の誕生』紀伊國屋書店 2008 年 37-39 頁
野矢茂樹『無限論の教室』講談社現代新書 1998 年 私は 2009 年の第 20 刷を入手して読みました。対角線論
法に対する反論の歴史が紹介されています。区間縮小法には触れていません。
3 尾立貴志『アキレスと亀とカントール』
[ http://www.zg.em-net.ne.jp/~aurues/triage/room1/TortoiseAgainstCantor.pdf ]
2