第18回 リコー(希望退職談後の出向命 令)事件

第18回 リコー(希望退職⾯談後の出向命
令)事件
リコー(希望退職⾯談後の出向命令)事件
(東京地裁 平25.11.12判決)
労働者に対する⾃主退職をさせることを⽬的として⾏われた出向命令は、⼈選の合理
性が認められない場合には、権利の濫⽤になる可能性がある
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
被告Y社(デジタル複写機などの製造・販売等を業とする株式会社)は、平成23年5⽉
26⽇、Y社のグループ全体で約1万⼈の⼈員削減を⾏うことなどを発表し、希望退職の募
集を実施した。
Y社は、原告Sおよび原告T(以下、両者を合わせて「Sら」という)に対して、希望退
職に応じるように勧奨したが、SおよびTは希望退職への応募を拒否した。
その後、Y社はSらに対して、Y社の⼦会社であるYR社(事務機器製品の物流事業を中
⼼とする株式会社)に出向命令を発した(以下、「本件出向命令」という)。
これに対して、Sらが、Y社を相⼿に労働審判を申し⽴てたところ、労働審判委員会はS
らがYR社で勤務する雇⽤契約上の義務がないことの確認について認容したことから、Y社
が異議を申し⽴てて、訴訟に移⾏したという事案である。なお、Sらの請求は、①本件出
向命令に基づく出向先において勤務する労働契約上の義務が存しないことの確認、②Sら
への退職強要⾏為または退職に追い込むような精神的圧迫の差し⽌め、③労働契約上の信
義誠実義務違反および不法⾏為に基づく損害賠償請求(各220万円)の3点である。
また、詳細な事実の経過は以下のとおり。
年⽉⽇
H23.5.26
事 実
Y社が第17次中期経営計画を発表。
Y社は「⼈員リソース改⾰」として、約1万5000⼈を新規・成⻑領域等にシフトさ
せ、グループ全体で約1万⼈の⼈員削減を⾏う旨を明らかにした。
H23.6.29
Y社が、以下の条件で希望退職を募集する旨を発表。
募集⼈員:Y社および国内のグループ会社 1600⼈程度
募集期間:平成23年7⽉1⽇から同年10⽉30⽇
このうち、Y社の正社員を対象とする募集内容
・勤務年数:退職時の勤務年数が7年以上
・年 齢:退職時の満年齢が35歳以上40歳未満の資格SP以下の者、または退職時の
満年齢が40歳以上60歳以下の者
・退職条件:退職加算⾦の⽀払い、退職事由は会社都合退職、再就職⽀援サービス
の付与
H23.7.13
S、希望退職に応じるように勧奨される。
同⽉22⽇、同年8⽉10⽇、同17⽇の合計4回にわたり、希望退職への応募を勧奨さ
れるが、Sは拒否。
H23.7.14
T、希望退職に応じるように勧奨される。
同⽉21⽇、同年8⽉21⽇の合計3回にわたり、希望退職への応募を勧奨されるが、T
は拒否。
H23.8.30
S、うつ病と診断され、同年9⽉5⽇以降、傷病休暇を取得、以後、休職となる。
H23.9.10
Sら、Y社からYR社への出向命令の内⽰を受ける。
H23.9.14
T、YR社の平和島の物流センターで商品の梱包、検品、ラベル貼り等の業務に従
事。
H24.2.15
T、YR社の⽩⼭営業所で⼊庫業務(荷受け業務)に従事。
H24.2.21
Sら、労働審判の申し⽴て。
H24.5.22
労働審判委員会は、SらがYR社に出向して勤務する雇⽤契約上の義務がないことを
認容する審判を出す。 Y社、異議の申し⽴て、訴訟に移⾏。
H24.8
T、YR社の新⼦安の物流センターで⼊庫業務(開梱作業)に従事。
2 判断
本判決は、①本件出向命令に基づく出向先において勤務する労働契約上の義務が存しな
いことの確認は認容したが、②Sらへの退職強要⾏為または退職に追い込むような精神的
圧迫の差し⽌め、③労働契約上の信義誠実義務違反および不法⾏為に基づく損害賠償請求
は棄却した。
まず、①出向命令については、出向命令権の⾏使の権利の濫⽤を規定した労働契約法
14条を指摘した上で、権利の濫⽤に該当するか否かの判断について、「出向を命ずる業
務上の必要性、⼈選の合理性(対象⼈数、⼈選基準、⼈選⽬的等の合理性)、出向者であ
る労働者に与える職業上⼜は⽣活上の不利益、当該出向命令に⾄る動機・⽬的等を勘案し
て判断すべき」とした。
そして、出向によって、事業内製化による固定費(⼈件費)の削減を図ることは⼀定の
合理性があるとして、本件出向命令の業務上の必要性は認めた。
しかしながら、本件出向命令における⼈選の合理性については、(a)余剰⼈員を
「6%」という割合とする客観的、合理的な根拠⾃体が明らかとはいえないこと、また、
(b)希望退職⾯談が数回重ねられて⾏われた後に本件出向命令が発令されたこと、
(c)Sらの上司が具体的な出向先および業務内容を知らなかったこと、(d)YR社にお
ける作業は⽴ち仕事や単純作業が中⼼であり、個⼈の机もパソコンも⽀給されていないこ
とから、Sらにとって⾝体的にも精神的にも負担が⼤きい業務であったことなどに鑑み
て、本件出向命令は⼈事権の濫⽤として無効と判断した。
次に、②精神的圧迫の差⽌請求については、「その前提として、⾏為が反復継続し、今
後もこれが継続するおそれがあることをその要件とする」が、平成23年7⽉13⽇から同
年8⽉21⽇までに⾏われた⾯談時以外に退職勧奨が⾏われた事実がないことから、要件を
満たさないとして、棄却した。
また、損害賠償請求については、本件出向命令の不法⾏為該当性、退職勧奨の不法⾏為
該当性がそれぞれ検討された。
前者については、「使⽤者のした出向命令が⼈事権の濫⽤に当たるとしても、そのこと
から直ちに当該出向命令が不法⾏為に該当するわけではなく、当該出向命令の内容、発令
に⾄る経緯、労働者が被る不利益の内容及び程度等を勘案して不法⾏為該当性の有無を判
断すべき」とした。そして、YR社における業務内容はSらにとって「⾝体的、精神的負担
の⼤きいものであることは否定できない」としつつSらがYR社で⾏う業務は基幹業務であ
ること、就業場所はSらの⾃宅から通勤圏内であること、本件出向命令後のSらの⼈事上
の職位および賃⾦額に変化はないこと、結果として事業内製化の⼀端を担っていることな
どに鑑みて、本件出向命令は不法⾏為に該当しないと判断した。
また、後者については、「説得活動のための⼿段及び⽅法が社会通念上相当と認められ
る範囲を逸脱しない限り、使⽤者による正当な業務⾏為としてこれを⾏いうると解するの
が相当である」とした。そして、Sらに対する退職勧奨は、Sらが希望退職への応募に消
極的な態度、または明確な拒絶をしているにもかかわらず、複数回にわたって⾯談の機会
を設けており、「やや執拗な退職勧奨であった」、としつつ、本件希望退職が時限的な制
度であり、Sらの上司が慎重にSらの意思を確認したほうがよいと考えたとしても無理か
らぬところがあること、本件出向命令内⽰以降、現在に⾄るまで退職勧奨は⾏われていな
いことなどに鑑みて、退職勧奨は不法⾏為に該当しないと判断した。
3 実務上のポイント
本判決は、上記のとおり、出向命令に関する権利濫⽤を明⽂化した労働契約法14条を
前提とした上で、その該当性の判断基準を明⽰した。
そして、本判決では、事業内製化による固定費の削減という本件出向命令の業務上の必
要性があること⾃体は肯定している。この点は、業務上の必要性について、裁判所が使⽤
者の判断を尊重するというこれまでの流れと同様のものと考えられる。
しかしながら、出向の前提となる余剰⼈員が抽象的な「6%」という割合に従って決定
されたこと、希望退職の⾯談を数回経た上で本件出向命令が発せられたことや希望退職へ
の応募の勧奨時に出向後の業務の内容(出向の⽬的が事業の内製化にあること)などの説
明ができなかったことなどを理由に、本判決は本件出向命令が事業内製化に重きが置かれ
ていないと判断した。さらに、出向後の業務について、「⽴ち仕事や単純作業が中⼼」で
あること、「出向者には個⼈の机もパソコンも⽀給されていない」ことなどから、本件出
向命令の⽬的はSらが⾃主退職に踏み切ることを期待して⾏われたものと認定している。
本判決は、事業内製化、固定費の削減のために⾏われる出向命令を発する際には、出向
を必要とする⼈数の裏付け、出向の対象となった理由、出向後の業務内容の事前の検討な
どを具体的に⾏う必要があるという点で参考になる裁判例といえよう。
【著者紹介】
⽶倉 圭⼀郎 よねくら けいいちろう ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠
2003年明治⼤学法学部卒。2008年第⼀東京弁護⼠会登録、⾼井伸夫法律事務所⼊
所(2010年⾼井・岡芹法律事務所に改称)。共著として『現代型問題社員対策の⼿
引―⽣産性向上のための⼈事措置の実務―』(⺠事法研究会)がある。
◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/
■裁判例と掲載誌
①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、
それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること
を⽰す)
⾼裁 → ⾼等裁判所
地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順)
刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所)
労経速:「労働経済判例速報」(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)
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平成25年版 年間労働判例命令要旨集
労務⾏政研究所 編
B5判・544⾴・5,600円(本体5,333円+税)
●賃⾦・退職⾦、雇⽌め、解雇、就業規則の不利益変更、
使⽤者 の損害賠償責任等、平成24年に出された
264件の重要事件を項⽬ごとに整理し、傾向も分析
●「重要事件の解説」で、実務上課題となるポイントを
わかりや すく解説
●審級別・⽇付順の検索便覧付
●判例関連⽤語集付
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