人間が運命を決める怖さ

人間が運命を決める怖さ
塩田
眞(獣医師)
ぼくが卒業したのは日本の獣医学校ではない。外国の獣医学校を卒業し日本の獣医師免許を取
得したのは、日本でぼくが最初だった。
国家試験にパスすることはけっこう大変だった。英語で学んできたせいで日本語の医学用語が
分からない。結局日本の大学に籍を置き、もう一度日本語で勉強し直した。国家試験はすぐにパ
スしたが、教授から大学に残るように言われ、6年半も大学にいた。そのころの話である。
学生が交通事故に遭った幼い猫を抱え、駆け込んできた。既に後ろの両足はつぶれていた。若
かったぼくは「手術後の面倒をみるのが大変だから安楽死させなさい」と話したのだが、女子学
生から「面倒をみるから手術の許可を出して」と懇願されてしまった。
そして猫は手術を受け、両足を切断された。学生たちが手術をするのだから半ば実験のような
感じで、その後猫のことは忘れていた。
数カ月後、先の女子学生が、猫の寄生虫の薬がほしいと言ってきた。彼女の家に注射をしに行
くと、なんと両足を切断したあの猫が現れた。
猫は後ろ足がないにもかかわらず、他の猫と同様にピアノに飛び乗ったり走り回って遊んでい
る。その自由さに驚き、以来、ぼくは安易に安楽死を口にしなくなった。
あれから20年。
先日、膀胱炎の急患で往診に行くと、両後ろ足が切断された猫だった。飼い主さんに「家の中
を飛び回ってる?」と尋ねると、「普通の猫と変わらない元気さで動いてます」と返ってきた。
そういった質問はあまりされたことがないのか飼い主さんは不思議そうな顔をしたので、ぼくは
大学時代の思い出話をした。
つまるところ、動物たちは自分の容姿に何のコンプレックスも感じず、自分の動ける範囲での
びのびと生きている。少なくとも自分が不自由だとの認識なしに、あるがままの生き方を実に素
直に受け入れている。彼らの前向きな生き方は、ぼくたちが生きるうえでも学ぶべき大切なこと
ではないだろうか。
そしてぼくは、獣医師や飼い主が動物たちの運命を決めてしまう怖さをしみじみ感じるのであ
る。