「蟻の目」と「鳥の目」で経営の舵を取る

個性的な経営を目指す社長のための経営情報レポート 月刊創レポート≪2009 年 5 月号≫
経営改善の基礎となる経営の着眼点とは
「蟻の目」と「鳥の目」で経営の舵を取る
☆☆☆
「数字」から自社を知る経営管理
経営者の皆様と
健全な経営
☆☆☆
を考えるために!
あと一歩先の経営を考えるシリーズ⑦
「蟻の目」と「鳥の目」で経営の舵を取る
【1】好調だった経営に暗雲が……
【2】管理不在が収益悪化をもたらす
【3】シミュレーションが持つ効果とは?
【4】 視点 が変われば 行動 が変わる
【5】経営理念と経営管理は両輪の輪
【今月のハイライト】
時代に左右されない経営基盤の確立には、経験や勘に頼るだけでな
く、顧客と市場、競合、そして何より自社の実態を正確に把握する
ことが重要なのではないでしょうか。
そこで今月は、企業経営を「蟻の目」と「鳥の目」の双方から見る
ことによって業績を改善していった会社の事例を取り上げ、経営改
善に必要な着眼点について考えてみたいと思います。
【公認会計士・税理士
【本
伊藤会計事務所
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伊藤
隆】
(株)創コンサルティング
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会計事務所がお届けする∼経営トレジャー∼
本レポートは経営者の皆さんと経営についてご一緒に考える目的で作成されています!
【1】好調だった経営に暗雲が……
1》競合店登場で、売上が激減
有機野菜の販売を、数店の店舗とホームページ上で行っているA社
は、設立 8 年目を迎えました。もともと店舗販売を中心に立ち上げた
ということもあり、顧客の多くは各店舗周辺地域の住民です。「食」
に対する意識の高まりから顧客数は年々増加し、これまで順調に業績
を伸ばしてきました。ところが、
近隣に大型スーパーB社が開店した
ことから本店の顧客は激減しました。
また有機野菜の宅配サービスを行うC社が、同じ商圏に進出し
新聞折り込みチラシや、フリーペーパーによる広告を積極的に行った
ことから顧客がC社に流れ、A社は苦境に立たされることになりまし
た。
2》打開策が裏目、裏目に…
下降していく売上高と資金繰りの厳しさが、早急に対策を講じるよ
う告げています。
しかし、A社長には、「食の安全・安心を安く消費者に」という経
営理念の下、これまで順調に業績を伸ばしてきたという自負がありま
した。
ですから、「いつかは必ず消費者が我が社に戻ってくれる。とにか
くうちの有機野菜の良さをもっと消費者にアピールしようじゃない
か」と、思い切って借り入れをして、広告に力を入れ、ホームページ
も充実させたといいます。
そんなある日、経理担当のM氏が神妙な面持ちで社長室に現れまし
た。「社長、資金繰りが…。かなり厳しいです…。」
「そんなはずないだろ!金融機関から追加融資を受けたのは、
最近じゃないか!」
しかし、M氏はうつむいているばかりです。冷静さを取り戻した社
長は、資金繰り状況の説明を求めました。売上高から、仕入などの変
動費、人件費や家賃などの固定費、広告費…。お金の流れについて説
明を受けたA社長。そこから見えてきたのは、
このままでは銀行からの借入金の返済さえもままならない
という厳しい現実でした。
多額の経費をかけたのにもかかわらず、売上は思うように伸びず、
ますます資金繰りが悪化し、経営が苦しくなっていたのです。
あと一歩先の経営を考えるシリーズ:1 ㌻
【2】管理不在が収益悪化をもたらす
1》現状を見る恐怖感
現場の仕事に没頭することで逃げてきた厳しい現実を目の前に突
きつけられ、A社長の心に恐怖感があふれてきました。
「このままでは、危ない…」。
A社長はそれから数日間、ひたすら決算書と向かい合いました。改
めて会社の数字を分析し、ビジネスを立て直そうと決意したのです。
そしてA社長が、最初に行ったのは、
「利益を上げていた3年前の実績」と「現在の試算表」
を経費ごとに比較する
ことだったといいます。
2》部門ごとの主張が大きな無駄に……
まず驚いたのは仕入金額の異常な増加でした。3年前は売上に対し
て仕入が約 30 パーセントだったのが、今は売上の約 50 パーセントが
仕入金額になっていたというのです。
そこで仕入担当者から事情を聞くと、「売り場の方から言われた量
を契約農家から買い取っているだけで、仕入単価はほとんど変わって
いない」という答えだったそうです。
続いて、販売の担当者を呼び、
「売上が減少しているのに、なぜ、仕入が増えるのか!」
と問い質したそうです。
するとその販売担当者は、
「『食の安全・安心を安く消費者に』を追
求するには、売れ残った有機野菜を早めに処分しなければならず、ど
うしても仕入ロスが出てしまう」と答えたそうです。
3》採算を意識することなく
もうひとつ大きく増えていた経費がありました。それは「人件費」
だったそうです。正社員数については、3年前と大きな変化はありま
せんが、これについてはA社長も思い当たることがあったそうです。
それは、
「これからは『食の安全・安心をお安く、 早く 消費者に』
でいこう。C社が宅配をするならうちも宅配をしようじゃないか」と
いうことで宅配要員のアルバイトを大量に採用したからだそうです。
ところが、宅配エリアをC社よりも拡大したため、 効率が悪く、採
算割れになってしまっていたというのです。
あと一歩先の経営を考えるシリーズ:2 ㌻
【3】シミュレーションが持つ効果とは?
1》シミュレーションが生み出す効果とは?
これでは利益が出るはずもありません。しかし、本当のところは、
これらの問題を、全く把握できていなかったわけではなかったそうで
す。会社で起こっていることを何となく感じつつも、直面する課題に、
真正面から取り組むことを避けてしまっていたのです。
しかし、窮地に立たされるに至り、
漠然と感じていた不安を数字に変換してみることで、自社の
現実の姿を直視すること
になったのです。
それから、A社長は今後の収支について、いくつものパターンを想
定した上で、再度A社が成長するためのビジネスプランを検討したと
いいます。
そうすることで、A社長の気持ちに変化が生じたといいます。
確かにA社は苦境に立たされているのですが、その現状を正しく認
識し、今後の進むべき道をシミュレーションすることで、
つい数日前まで抱いていた不安や恐怖感が格段と薄らいだ
といいます。
また、シミュレーションを繰り返すことで、目標となる売上高や利
益がはっきりと定まり、それに向かって突き進んでいこうという闘志
すら湧き出してきました。「まるで創業した当時の気持ちに戻ったよ
うだ」。A社長はそう感じたそうです。
2》目標を実現するために必要なこと
その後のA社長の行動には目を見張るものがありました。目標を実
現するために最初に取り組んだのは、ライバル店を研究することだっ
たそうです。まず足を運んだのは大型スーパーのB社の有機野菜売り
場です。
そこにはただ単に生産地と有機農法で栽培された野菜であること
だけが大きく表示されたプレートがあるだけで、POPには何の演出
もしてありませんでした。
「それでも買われていくのはやはり大型スーパーの集客力がもの
を言うからで、決してポリシーがあって有機野菜を売っているのでは
ない。これでは特定のファンはつかないだろう」とA社長は感じたそ
うです。
あと一歩先の経営を考えるシリーズ:3 ㌻
【4】 視点 が変われば 行動 が変わる
1》自社の強みは何か
また、宅配サービスを行っているC社も利用してみたそうですが、
「価格的に見て割高で、これではリピーターは限られる」と読んだそ
うです。そして
「これならばやり方次第で、ライバルに勝つことができる」
という自信を持ったといいます。
そして、創業以来、苦楽を共にしてきた幹部を集め、その調査結果
を報告し、「A社の強みは何か」を改めて話し合ったそうです。その
結果、全員一致でまとまったA社の強みは次のようなものでした。
・「食の安全・安心を安く消費者に」という熱い思いが我々にはある
・栽培農家との付き合いの絆が強く同志的結束がある
・A社を支持してくれる熱心な会員が多い
・B社、C社がやっていないネット販売の実績がある
「経営管理の弱さを克服し、この強みを生かすことができれば、業績
は必ず良くなる」。こうA社長は自信を持ったそうです。
2》仕入管理から徹底的に見直す
A社長は計画に基づいて、いくつかの改革を断行。利益が出なくな
った最大の原因である、仕入ロスをなくすことから着手したといいま
す。社長自らが仕入管理の責任者となり、
徹底した販売部門と仕入部門の連携強化
を行いました。
さらに採算割れの宅配サービスについては、ネット販売に移行し、
宅配業者を用いることで経費を削減しました。
ご利用いただいていたお客様には、ネット会員ならば会員割引サー
ビスが受けられ、ポイントが貯まることをアピールしていった結果、
「翌日配送ならばなんら支障がない」ということで、多くのお客様が
ネット会員へ移行することになったそうです。
その後すぐにA社の業績が上向いたわけではなく、それから数カ月
は赤字が続きました。ですが、たとえ赤字になった月でも、
想定していた赤字額を下回っているのだからプラスだ
と考える余裕も出てきました。
そしてA社長は日々のお金の出入りを見ながら、徐々に業績が改善
する手応えを感じるようになってきたのです。
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【5】経営理念と経営管理は両輪の輪
1》ピンチをチャンスに変えるには視点を変えること
A社が、業績回復を果たせたのはピンチに直面した時に、「行動」
することをいったん停止し、今まで見ようともしなかった「数字」と
しっかりと向き合ったからでしょう。A社長は
経営というものは細かなことの積み上げで、全体の形が
つくられていくものだ
とつくづく実感したといいます。
続けて、「私がこのような厳しい状況に至ったのは、経営管理の不
足、つまり成り行き任せの経営が原因です。この成り行き任せの経営
に陥ると「数字」を見ることが恐ろしくなり、その結果、それこそ「恐
ろしい数字」に直面せざるを得なくなってしまうということがよく分
かった」と言われていました。
A社では今、ネット販売だけでなく、ネットの双方向性を生かした
会員組織「有機野菜フォーラム」を立ち上げる計画だそうです。これ
が実現できれば、A社の「数字」も大きく変わっていくことでしょう。
2》激しい変化に対する意思決定の土台
A社長が口にする 数字を見る という作業は、ビジネスの厳しさ
を知り、そこで生き残るために得た結論です。
A社の事例から推し量るならば、経営管理とは、
経営者が激しい変化に対応する意思決定の土台であり、
それはどのような規模、業種であっても変わることはない
のでしょう。
ビジネス環境の変化はごく短い期間に、企業の内外で生じます。ま
してや今は、世界的な規模でビジネス環境が激しく変化している時代。
企業とその経営者には、変化の流れを読み解く洞察力が不可欠だとい
えるでしょう。
今というタイミングだからこそ、会社の「数字」を立ち止まって精
査してみることが必要なのではないでしょうか。
さて、今号のタイトルは「『蟻の目』と『鳥の目』で経営の舵を取
る」でした。言うならば、
「蟻の目」が「経営管理」であり、
「鳥の目」
が「経営理念」で、これは経営の両輪の輪だと言えるでしょう。経営
管理についてご不明なことなどございましたら何なりとご相談くだ
さい。
以上
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