14 脱離反応2

E2 反応(Bimolecular Elimination)
次の脱離反応について、みてみよう。
HO-
CH CH!
CH3
CH3
H
Br
HO-
C
CH2
!"#$%&'$()#$%
H
CH3
CH
C
H
H
Br
水酸化物イオンは、求核剤として第二級臭化物の混みあう求核中心を攻撃する
(押すべきか)より、強い塩基として(引き抜くべきか)、その隣りの水素を引
き抜きつつ遷移状態を経て脱離反応が優先して進行する。このように二種の分
子が遷移状態に関わっており2分子脱離反応(E2 反応)となる。反応速度式は
次のように表される。
rate = k[bromide][hydroxide]
メカニズムの詳細は次のようになる。
HO-
CH3
H
C
ー配座 anti-periplanar conformation)をとり、塩基が水素を引
C
H
H
Br
き抜きながら同時に臭素原子も脱離していく。この一連の電
子移動(赤矢印)は次のようにも描ける。
-OH
CH3
H
抜けるHと Br が同一平面に位置する配座(アンチペリプラナ
H
H
C2
C1
H
H
Br
transition state
切れかける結合と出来かける結合が点線として表されている。
これが遷移状態にあたる。SN2 反応と似ているだろう。
HOH
H
Me
C1
H
H
Br
!"#$%&'()*+,-
遷移状態を横から観ると(C1-C2 軸の延長線上から観る)
このように Newman 投影式で表せる。H-C1-C2-Br が同一平面
にあるアンチペリプラナー遷移状態が見て取れる。
以上を、反応座標図では次のように示される。関与する炭素原子の軌道の変遷
も合わせて示してある。なぜアンチペリプラナー配座から脱離が始まるか、軌
道の重なりを考えれば理解できる。
"OMe
H
C
H
C
H
H
Br
transition state
"OMe
H
C
CH
C
H
Br
CH3
H
H
CH! + HO
Me
H
CH3
C
Br
C
C
H
H
CH2
H
アンチペリプラナー配座をとるのは、軌道の重なりを最大にし最後には非混成
p 軌道の重なりによる二重結合を形成するためである。また、遷移状態は生成
物に似ている点に注意を払って欲しい。すなわち、遷移状態のエネルギーレベ
ルの高低は生成物のエネルギー的安定性で推測できる。言い換えれば、生成物
が安定なものの遷移状態のエネルギーレベルの方が低いため、安定なものが優
先して生成することになる。また、遷移状態が生成物に近いので、トップが生
成物側に偏っていることがみてとれる。
*これまでの解説に基づいて、次の反応の結果を説明できると思うが、どうだ
ろう。
MeOCH3CHCH2CH3
CH3CH
X=I
X=Br
X
CHCH3 + CH2 CHCH2CH3
79%
80%
21%
20%
解説
トランス体に誘導されるアンチペリプラナー配座と遷移状態
配座Tの状態から遷移状態に至るとトランス体を生成する。
MeO-
H
Me
H
H
H
Me
H
H
Me
Br
Br
anti-periplanar
C
C
Br
Me
transition state
MeO-
H
Me
H
Me
H
Me
H
H
Me
C
C
Br
!"#
Me
H
Me
!"#$%&'(()*+,./01234567893
配座Tの C-C 軸を 120 度回転させると配座Cとなり、この状態から遷
移状態に至るとシス体を生成する。
H
Me
H
C
C
Br
120!"#
H
Me
H
H
Me
C
C
Br
!"#
Me
H
!"$
シス体に誘導されるアンチペリプラナー配座と遷移状態
MeO-
H
Me
H
H
H
Me
Me
Me
H
Br
Br
anti-periplanar
H
transition state
Br
!"#
C
Me
H
Me
H
Me
H
C
Me
MeO-
H
Me
C
H
Br
C
Me
H
このように脱離の遷移状態は二重結合に近い状態であり、遷移状態のエネ
ルギーの高低は二重結合の安定性で推測できる。すなわち;
1)トランスに至る遷移状態(TSt = Transition State trans)のエネルギーが
低く、トランス体が優先して生成する。
TSt
Me
!"#$%&
C
H
'()*+
TSc
H
C
-OMe
H
Me
Me
C
H
H
-OMe
Me
C
H
Br
Br
H
!"#$%&' Me
()*+,
H
-OMe
H
-OMe
Me
Me
H
Me
Br
H
H
Br
メチル基が同じ側にあり、
エネルギー的に不利
2)アルケンは二重結合につく置換基の数が多いほど安定であり、それに
似た遷移状態もエネルギー的に有利なため、その遷移状態から 2-アルケ
ンが優先して生成する。
CH3CH CHCH3
! CH2 CHCH2CH3
*次の二例は形成する二重結合が隣りと共役して安定なものが生成する例
(p438/453)。
E2 脱離では、生成物に似た遷移状態をとることから、遷移状態の安定性は生
成物の安定性から予測できる。安定性に関与する要因として、これまでみてき
た1)置換基の立体反発や2)置換基の数、の他に次のような要因がある。す
なわち、アリルやベンジル位に二重結合が優先して形成される。その理由は次
のように説明出来る。アリルの二重結合部位やベンジルのフェニル基部位が遷
移状態で 1.5重結合と共役して遷移状態を安定化させるということである(自
分で遷移状態を描いてみよう)。その結果、生成物は共役系のエネルギー的によ
り安定な生成物を与える(下式では、 conjugated diene
double bond conjugated
with the ring と書かれている)。
HO+
Cl
major
minor
HO+
Br
minor
major
☞この E2 脱離のメカニズムを基に次の化合物のうち、どちらが E2 脱離を起こ
しやすいか説明しなさい。片方は、極めて反応の進行が遅い(t-Bu 基はエクア
トリアルにしか配向できない嵩高い置換基であることに注意)。
Br
Br
☞次の 2 つの反応の結果を説明できますか?すなわち、それぞれの塩化物に強
塩基を作用させるとそれぞれ位置選択的脱離反応が進行して対応する生成物が
得られる。何故そのようになるのか説明ができること。
Cl
EtO-
(eq 1)
Cl
EtO-
(eq 2)
次にこれらの結果の解説をする
(eq 1)
EtOEtOCl
Ha
Hb
Cl
Ha と Cl とそれぞれ結合した炭素-炭素
を軸とした Newman 投影式を書いてみ
ましょう
アンチペリプラナー配座で脱離反応が進行する 2 つの可能性があるが、Ha の方
が選択的に引き抜かれる。それは、置換基の多い遷移状態の方がエネルギー的
に低く有利なためである。
(eq 2)
Cl
Cl
(more stable)
EtO-
H
Cl
(less stable)
この例では、置換基が全てエクアトリアルの配座のものの方が安定であるが、
これには脱離のためのアンチペリプラナー配座がとれないので、それのとれる
全アキシャル置換基の配座異性体に移り脱離が起こる。アンチペリプラナー配
座がとれる個所は一ヶ所しかないので、選択的にその生成物が得られる。エネ
ルギー的に不利な異性体から脱離反応が起こることになるので、反応は進行し
にくい。
E2 反応における脱離基の影響
次の表(新版では表 9.2 旧版では表 11.2)に示された脱離基による生成物の割
合が変化する様子を説明できること。
脱離基がフッ素の場合、その脱離能が低いのでアンチペリプラナー遷移状態を
とりにくく、脱離基が切れかけるより先により酸性な水素が引き抜かれかける
カルボアニオン様の遷移状態となる(下図)。この様な場合、遷移状態の安定性
は何によって決まるだろうか。それは遷移状態にみられる部分陰電荷δ-を帯び
た炭素原子の安定度をみればいい。δ-性の炭素はアルキル置換基が存在すると
その電子押し出し効果(誘起効果、I-効果)によって不安定化される。従って、
置換基の少ない炭素上の水素が引き抜かれ易く、置換基の少ない生成物が優先
して生成する。
CH3O-
H
H
CH2
!-
>
CH CH2CH2R
CH3
F
-OCH
3
CH CH CH2R
!F
アニオン性の遷移状態:通常の E2 反応の遷移状態(生成物の構造に
近い状態をとる)と異なり、アニオン性の遷移状態を経ることがある。
その際の遷移状態の安定性の尺度は 置換基の数 より 陰電荷の度
合(δ- 性) であり、部分陰電荷性の炭素が安定な方の遷移状態がエ
ネルギー的に安定で、その遷移状態から生成物に至る。
(注:アルキル置換基が少ない陰性炭素の方がエネルギー的に低い。
アルキル基の押し出しの誘起効果から了解できるでしょう。)
同様に、次のようなアルカリ条件下での脱離反応では、脱離基の違いによって
生成物の生成割合が変わる。脱離能の低い場合ほど末端オレフィン(置換基
の少ない方)が多く生成している。
CH3CH2CH2
CH CH3
X
CH3CH2CH
CH CH3
+ CH3CH2CH2 CH
CH2
X
Br
OTs
S+Me2
N+Me3
69%
51
13
2
31%
49
87
98
一番下の反応は Hofmann 脱離と呼ばれる
E1反応
(この反応は以前、SN1 反応が起こると説明されたものである)
E1 反応が起こりやすい条件(SN1 反応の条件でもある)
中性のプロトン性溶媒中で、*求核性が低く、*塩基性が低いためβ水素の
引き抜きもできず*カルボカチオンが安定な場合、また、*脱離能が高い脱
離基を有する場合に E1 反応が起こりやすい。
2-chloro-2-methylbutane の E1 反応の反応座標図
主生成物は 2-methyl-2-butene となる。
☞上の反応でトランス体ができやすいことを説明できること。