転倒予防スリッパを用いた歩行訓練

© 2007 Japan Geriatrics Society
Geriatrics and Gerontology International 2007;7:310-311
LETTER TO THE EDITOR
Toe clearance rehabilitative slipper
for gait disorder in the elderly
転倒予防スリッパを用いた歩行訓練
Takuma Sato1, Satoru Ebihara1, Hideaki Kudo1, Masahiko Fujii1,
Hidetada Sasaki1 and James P.Butler1,2
1Akita
Nursing and Welfare University, Oodate, Akita, Japan and
2Physiology
Program, Department Environmental Health,
Harvard School Public Health, Boston, Massachusetts, USA
秋田看護福祉大学
佐藤琢磨 海老原覚 工藤英明 藤井昌彦 佐々木英忠
ハーバード大学
James P Butler
し
し
四肢及び体幹運動学の調査において、千葉氏らは、高齢者の歩行パターンは定量化が可能で、重要な
転倒リスク要因であることを報告した 1。つま先が上がらないすり足歩行は、床や地面の小さい障害あ
ぜんけいこつきん
るいは表面の凹凸でつまずくリスク要因のひとつである。低いつま先の高さは、力学的に前脛骨筋(つ
ま先を上げる筋肉)の機能障害に起因する。我々は高齢患者の前脛骨筋の新しい機能改善法について調
査した。
前脛骨筋を刺激するために、我々は、株式会社ユニケア(東京)と共同で、新しい転倒予防スリッパ
を開発した。スリッパの先端には、鉄粒で作られたおもり (0.5 または 1.0kg) が挿入できるようになっ
ており、歩行中に脱げることがないようバックストラップが付いている。スリッパが前脛骨筋に刺激を
与えるメカニズムは単純である。足の甲におもりで負荷を与えることによって、足関節の中心軸からの
ゆう きゃくき
あしはいくつ
距離と重さで発生するトルクに起因する。正常歩行の遊脚期中の足背屈の固有受容制御は、その段階で
筋肉に等張性運動負荷がかかり、前脛骨筋の強化が必要とされる。
今回の調査は、秋田看護福祉大学の倫理委員会より承認を得て、仙台富沢病院の外来患者の中から無
作為に選択した 25 名(女性 17 名、男性 8 名、年齢 79±5 歳)を対象に実施した。25 名全員には調査
内容を説明した上で文書による同意を得た。25 名の認知機能試験 Mini-Mental State Examination
(MMSE:30 点満点)の結果は、軽度な認知障害を示す 21±4 点であった。歩行障害については、腰
痛(3 名) 、脳卒中(3 名)、アルツハイマー(10 名)、およびこれら障害の組み合わせ(9名)が原因
であった。
患者は無作為に 2 グループに分けられ、運動処方を行う処方グループは 12 名(女性 9 名、男性 3 名、
年齢 78±7 歳)から構成された。その中の患者 1 人は、ひざ関節の痛みを訴え、この調査から外れた。
対照グループに分けられたその他の 13 名には、運動処方のない通常の治療が施された。
運動処方は、以下の通りである。スリッパ上部のおもりは、処方グループの患者それぞれが適切と感
じる、歩行に際して軽すぎることも重すぎることもない任意の重さとした。
3 カ月間、毎週 1 日、患者はそれぞれが快適と感じるスピードで 10 分間スリッパを履いて歩行をし
た。続けて 10 分の休息を取った後、また 10 分間スリッパを履いて歩行を繰り返した。
この運動処方の効果は、3 カ月間の運動処方の前後に両グループに対して行った「Timed Up and Go
(TUG)テスト」の比較で検証した 2。TUG テストでは、いすに座った状態から立ちあがり、3 メート
ル歩いて折り返し再びいすに座るまでに掛かった時間を計測した。さらに、両グループの 3 カ月間の運
動処方の前後の日常活動指数のバーセル指数も比較した 3。
転倒予防スリッパを使用した処方グループの 3 カ月後の TUG テストの結果には顕著な改善が見られ
た(23±8 秒 対 17±5 秒 P<0.05、スチューデント t 検定対応)。基礎値を比較すると、これらのデ
ータは 25±11%の改善(P<0.02)を示した。図1はそれぞれの患者のデータを示している。運動処方
を行わなかった対照グループの TUG テストの結果には顕著な変化が見られなかった。(22±5 秒 対
24±5 秒 有意差なし)
日常生活の活動評価に使用されるバーセル指数は 5 点刻みの 100 点スケールで、最低は 0 点である。
転倒予防スリッパを使用した処方グループではバーセル指数が顕著に改善した(70±7 対 79±7
P<0.02 スチューデント t 検定対応)。対照グループでは改善は見られなかった(68±9 対 66±9 有
意差なし)。
興味深いことには、処方グループの
多くの患者が運動処方期間以後も歩行
中の足取りが軽くなり、歩行距離が伸
びたことを自主的に報告している。2、
3名の患者は運動の翌日に前脛骨筋の
軽度の緊張を訴えたが、それはすぐに
解消された。
高齢者のクオリティオブライフ
(QOL)は、それぞれ個人の体調にも
よるが、日常生活の活動と歩行の能力
を含む多因子にわたる。網羅的ではな
いが、これら二つの成分は、QOL に貢
献する重要な機能であり、有意義にそ
れぞれバーセル指数と TUG テストに
よって測定できる。転倒予防スリッパ
の使用が高齢者の QOL に改善をもた
らすメカニズムは解明されていないが、
しかしながらそれが要因であることは
図1:3カ月の運動処方前後の TUG テスト結果の変化。
実線は同じ患者の変化を表す。
明白である。第一に運動後の軽やかな
歩行の満足感が運動を継続するモチベーションとなり、結果として QOL の全般的な向上をもたらすこ
とになる。第二に、わずか週に 20 分間の運動だったにもかかわらず、前脛骨筋の機能が改善し、これ
によりつま先が高く保たれ、つまずきによる転倒リスクを軽減した。さらに、歩行距離の増加は二次的
に幸福感を高めることとなり、徐々に歩行障害を改善していった可能性もある 4。我々は処方グループ
の複数の患者が、結果に満足をし、熱意を持って運動処方の継続を望んでいることを知った。これらの
予備的な調査をもって、我々は転倒予防スリッパが高齢者、特に歩行障害を持つ患者にとって有用なツ
ールであろうことを結論とする。
引用
1 Chiba H, Ebihara S, Tomita N, Sasaki H, Butler JP. Differential gait kinematics between fallers
and non-fallers in community-dwelling elderly people. Geriatr Gerontol Int 2005; 5: 127–134.
2
Seki T, Kurusu M, Arai H, Sasaki H. Acupuncture for gait disorders in the elderly. J Am Geriatr
Soc 2004; 52: 643–644.
3
Mahoney FI, Barthel DW. Functional evaluation. The barthel index. Md State Med J 1965; 14:
61–65.
4
Feder G, Cryen C, Donovan S et al. Guidelines for the prevention of falls in people over 65. Br
Med J 2000; 321:1007–1011.
【日本語訳 株式会社ユニケア】