神経疾患に対する音楽療法:認知症と失語を中心に

平成 27 年度 第3回全国研修会
神経疾患に対する音楽療法:認知症と失語を中心に
三重大学大学院医学系研究科 認知症医療学講座
准教授 佐藤正之
音楽療法は「精神および身体の健康の回復・維持・改善という治療目的を達成するうえ
で音楽を適用すること」
(全米音楽療法協会)と定義される。治療目的を有することから、
単なる嗜好・娯楽としての音楽聴取・歌唱行為とは区別される。音楽の適用方法により、
受容的音楽療法と活動的音楽療法に大別され、それぞれ音楽の聴取と歌唱・演奏を治療手
段として用いる。実際の療法では、両者がさまざまに組み合わされて行われることが多い。
音楽療法のエビデンスは未確立である。そのような中、神経疾患で音楽療法の有効性の報
告が多くなされているものに認知症、失語症、パーキンソン歩行、脳卒中後の麻痺、半側
空間無視がある。本講演では前二者について、自身による研究も含めて紹介する。
認知症の症状は、中核症状と behavioral and psychological symptoms of dementia
(BPSD) に分けられる。音楽は情動にはたらきかけることから、BPSD に対する音楽療法
の有効性が複数のシステマティック・レビューで報告されている。認知症の一次予防とし
て、有酸素運動の有効性がほぼ確立しており、運動と認知刺激療法を組み合わせるとさら
に有効性が増すと示唆されている。私たちは、三重県御浜町・紀宝町、ヤマハ音楽研究所
との産官学共同研究で、地域在住高齢者の認知機能維持・改善を目的とした音楽体操によ
る介入を一年間行い、音楽伴奏のない運動に比べ視空間認知への有意な効果を確認した
(Satoh M, PLOS ONE, 2014)。
全失語の患者が歌唱の際には流暢に歌詞を発音するという現象は、臨床場面でしばしば
観察される。このことから、歌唱を用いて失語症の発話障害を改善させる試みがなされて
きた。しかし、通常の歌唱ではその効果はないか、あっても限定的とされた。音楽的要素
を用いた言語訓練で有効性の確認されているものにメロディック・イントネーション・セ
ラピー (melodic intonation therapy, MIT) がある。MIT は 1973 年に Albert らのグルー
プにより開発され、本邦へは 1980 年代に関らにより MIT 日本語版として導入された。私
たちは、慢性期失語症患者に MIT 日本語版を施行し、効果と脳内機序について検討を進め
ている。
音楽療法を始めとする非薬物療法は、医療従事者以外でも導入が容易で、日常生活で生
かせるなど利点も多い。一方、適応や効果について科学的な検証のなされないまま、はな
はだしい場合はビジネスとしての話題性のみに重きが置かれているケースもある。医学的
に妥当な方法論によりエビデンスを一つずつ積み上げていくことが、医療現場で音楽療法
の活用を拡げるために必要である。