1101大学ルポ(横浜市立大学医学部) v404 木.indd

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医歯薬大ルポ
横浜市立大学医学部
入学定員の大幅増員に、
大きな期待を寄せる県民
2学部体制で「国際都市・横浜の知的創造拠点」をめざす
付属病院
医師不足を解消するための新政策に基づいて、入学定員を増やし
た医科大学・医学部が少なくないが、それまでの60人から90人へと
30人も増加させたのは横浜市立大学の医学部である。明治時代に設
立された十全医院のころから地域に根ざし、すぐれた診療活動で知
られてきた医学部だけに、定員増の効果が大いに期待されている。
池田 信一
全国平均を大幅に下回る
同県の人口10万人あたりの医師数
ワースト・5にあげられてきたからだ。
この5県は「少子・高齢=人口減」の時代
を迎えた日本では例外的に人口が増えている
浜大・Y 校・ヨコイチなどの愛称で、地域
地域であって、それは必ずしも悪いことでは
の人たちに親しまれてきた横浜市立大学の医
ないのだが、その人口増加に見合うかたちで
学部が、その入学定員を60人から90人へと増
医師数が増えないために、県内にある主要な
やしたことが、横浜市民を中心とする神奈川
病院の多くが「3時間待ちの3分診療」とい
県民に喜ばれている理由は他でもない。
う悲惨な状況に追い込まれているのである。
同県は「人口10万人あたりの医師数」が全
なかでも神奈川県の県庁がある横浜市は日
国平均(217.5人)より40人近くも少なく、
本で2番目の大都市なのに、そこに置かれて
埼玉・茨城・千葉・静岡などの各県とともに
いる国公立の医学系大学は横浜市立大学の医
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学部だけ。それも2008年までは、1学年の定
家試験に強い」ことである。最近5年間の合
員が60人という小規模なものだったので、同
格率を見ても、95.0%(12位)96.9%(7位)
市の人たちは「横浜より人口が少ない札幌や
96.7%(8位)97.7%(7位)98.3%(3位)
名古屋、京都、大阪などには、国立大学の医
といった調子で、ほとんど毎年、10位以内に
学部に加えて、公立の医科大学・医学部まで
ランクされている。
設置されているではないか」と、不公平感を
21世紀になってからの10年間に、7回も続
抱きつづけてきたのだった。
けてベスト・10にランクされる高い合格率を
だから、浜大医学部の入学定員が30人も増
あげ、ベスト・20より下になったことは1回
加したうえ、卒業後も県内の医療機関で診療
だけ というのだから、「医師国家試験に
活動をする「地域枠入学」だというので、県
圧倒的に強い医学部」と見ることができるだ
民たちは大いに期待しているのである。
ろう。
医師国家試験にも強い
設立当初からの実力派
ただ、ちょっと心配なのは、浜大医学部が
医師国家試験に強くなれたのは、2008年まで
の入学定員が60人で他大学より少なく、少数
「人口10万人あたりの医師数」が全国平均よ
精鋭の充実した教育ができたからだ、と言わ
り少ないからといって、神奈川県が「医療後
れていることである。
進地域」だったわけではない。それどころか
つまり、入学定員が他大学とほぼ同じ90人
浜大医学部のルーツである十全医院が横浜の
になった2009年以降に入学した学生たちが、
地に創設されたのは1872(明治5)年のこと
従来どおりの高い合格率をあげられるかどう
で、それは日本における西洋医学の診療・教
かと、各方面から注目されているわけで、彼
育施設として、ベスト・5と言えるほど早い
らが卒業する2015年の医師国家試験が、浜大
時期のものだった。
医学部にとって大きな試練になるだろう。
横浜は世界に開かれた港湾・貿易都市とし
て、明治維新の直後から急速に発展したとこ
ろなので、西欧の文物や医療技術などを先進
付属病院に加えて
付属市民総合医療センターも設置
的に取り入れてきたのである。
そんな実力派医学部のすぐれた特色と言え
そして、十全医院を付属病院にするかたち
るのは、金沢区福浦の医学部キャンパスにあ
で、1944(昭和19)年に横浜市立医学専門学
る付属病院に加えて、かつて医学部があった
校が設立され、それが52(同27)年に横浜市
南区浦舟町に、付属市民総合医療センターを
立大学医学部へと昇格したのだが、戦中・戦
設置していることである。
後の大変な時代にそのようなことができたの
どちらも大規模な総合病院だが、28の診療
も、十全医院の診療体制が立派なものだった
科と630の病床を持つ前者は、大都市・横浜
からだろう。スタートしたころの浜大医学部
で唯一の「特定機能病院」として、高度・先
は、横浜市民から冗談まじりに「十全病院の
進医療に取り組むだけでなく、医学研究の成
付属医学部」と言われていたそうだ。
果を実際の医療に応用する「トランスレーシ
だから、浜大医学部は設立当初から相当な
ョナル・リサーチ」など、臨床医学研究を幅
実力派で、なかでも注目されるのは「医師国
広く積極的に推進している。
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そして後者のほうには高度救命救急センタ
ーをはじめ、総合周産期母子医療センターや
小児総合医療センターなど、合わせて9部門
の疾患別センターが設置され、専門的で高度
な医療が行われてきた。さらに19もの専門的
診療科が置かれていて、大学付属の病院なら
ではの高度専門医療を提供するとともに、難
度の高い急性期医療も担っているという。
だから、読売新聞に連載中の「病院の実
力」や、週刊ダイヤモンド誌の「頼れる病院
基礎医学研究棟
ランキング」などでも、上位にランクされる
ことが多く、とくに胃ガンや乳ガン、肺ガン、
放射線治療などの分野が優れているようだ。
研究や治療の成果は
マスコミでも頻繁に報道
医師国家試験に強い医学生を育成する教育
や、地域貢献型の診療活動だけでなく、医学
研究の体制も充実していて、基礎医学系には
看護教育研究棟
組織学や神経解剖学、生理学、生化学、分子
生物学、薬理学、微生物学、免疫学、病態病
呼吸器病(内科・外科)消化器病のセンター
理学、分子病理学、社会予防医学、法医学な
に総合診療科、泌尿器・腎移植科、形成外科、
ど、合計20もの分野がそろっている。
リハビリテーション科などである。
なかには循環制御医学、薬効学、臨床試験
そして研究や治療の成果が新聞やテレビで
学、医療安全管理学、臨床統計学、医学教育
報道されることも多く、最近のそれは「閉塞
学のような珍しい分野まであるほどだ。
性動脈硬化症の LDL(悪玉コレステロール)
臨床医学系の教授陣(研究スタッフ)は福
除去による治療効果解明」とか「DNA 損傷
浦キャンパスの付属病院と、浦舟町の市民総
防ぐ仕組み解明」「ベーチェット病の原因解
合医療センターに分かれているが、その前者
明」といった調子。その数は毎月10から15件
には免疫・血液・呼吸器内科学や循環器・腎
を超えるほどだ。
臓内科学、内分泌・糖尿病内科学、神経内科
学・脳卒中医学、消化器内科学、消化器・腫
瘍外科学、外科治療学、産婦人科学、小児科
歴史を誇る看護学科では
「臨地実習」教育を重視
学などの20分野が設置されており、複数の教
浜大の医学部には看護学科も置かれている
授が担当している分野もある。
が、こちらの歴史もかなり古くて、その出発
医療センターのほうに置かれているのは総
点は1898(明治31)年に創設された横浜市立
合周産期母子医療・心臓血管(内科・外科)
十全看護婦養成所であるという。
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ていくという。
そして卒業する年の2月に看護師・保健師
の国家試験を受験し、合格するとその免許を
取得できるわけだが、合格率は毎年のように
100%を達成しており、希望どおりの就職が
できてるそうだ。
ミニ総合大学とはいえ
その守備範囲は広い
臨床医学研究棟
「国際都市・横浜の知的創造拠点」をめざす
浜大には国際総合科学部も置かれているが、
こちらは1882(明治15)年にスタートした横
浜商法学校から発展したもので、最初は「世
界に通用する貿易マンを養成するため」とい
う、いかにも横浜らしい専門学校だった。
それが2005年、浜大が「公立大学法人・横
浜市立大学」になったとき、それまであった
商学・理学・国際文化の3学部を統合したの
実習棟
で、そこには国際教養学系(人間科学・国際
文化創造コース)理学系(基盤科学・環境生
それが医学部付属の高等看護学校や看護短
命コース)経営科学系(政策経営・国際経営
期大学部などを経て、2005年に医学部看護学
コース)融合領域(ヨコハマ企業戦略コー
科(4年制)になったものだ。
ス)などと多彩なコースが置かれている。
国際都市・横浜にある市立大学医学部の看
だから、浜大は2学部しかない「ミニ総合
護学科なので、「高度高等教育として求めら
大学」といっても、その守備範囲は非常に広
れる国際性・創造性・倫理観はもとより、他
いし、学生数が少ない分だけ、全学のまとま
者の苦しみや痛み、喜びなども理解すること
りがいいので、学内の雰囲気はじつに明るく
ができるような、豊かな人間力を持った人材
活気にあふれている。「市大生がつくる金沢
の育成に取り組んでいます」とは教授陣の話
八景タウンマガジン」まで出してるほどだ。
である。
そして国際文化学部がある金沢八景と医学
その教育面で、とくに力を入れているのは
部がある福浦とは、横浜市の海岸にそって走
「実践によって看護の現場を学ぶ臨地実習」
るシーサイドラインで結ばれ、10分そこそこ
だが、学生たちは病院や健康・医療・福祉施
で往復できる便利さである。
設などで、赤ちゃんから高齢者まで、あらゆ
入学定員を増やして、ひとまわり大きくな
る成長発達段階・健康レベルにある人々に接
った感じがする医学部は、国際都市・横浜の
し、適切な看護を臨地実習・経験することに
恵まれた環境のもとで、ますます地域貢献度
よって、高度な看護技術と実践力を身につけ
を高めていくことだろう。