過疎化する雪国のあたたかさと豊かさー高校2年生研修旅行 越後妻有

鶴学園新聞2010春pdf 10.5.25 10:43 ページ 9
過疎化する雪国のあ たたかさと豊かさ
つま り
ー高校2年生研修旅行 越後妻有ス タディーツアーー
広島なぎさ高等学校
教 諭
米 倉 愛 彦
振り返りワークショップ
長いトンネルを抜けた瞬間に広がっ
た一面の銀世界。川端康成作「雪国」
の冒頭文そのままの感覚。広島から新
幹線、
ほくほく線を乗り継いで約7時間。
高 校 2 年 生 1 2 名は、
目的 地・まつだい
駅に到着しました。
【研修の内容】
主なプログラム
1日目
2日目
雪国の暮らしにゆったりひたる旅
本校では、中学から高校まで様々な
形で研修旅行が実施されます 。自然・
社会・人とのつながりを感じながら、
「自
分らしさ」や「社会の中での自分の役割」
を発見する体験型を重視しています。
高校2年生では、8コースある研修旅
行の中から1つを選び参加します。
今 年 度から新たに加わった新 潟 県
南端の越後妻有地域へのスタディーツ
アー。12月23日から28日までの6日間の
旅程で、そのうち4泊は地元農家へ 民
泊をしながら、地 域の方々と交 流を図
る研修です。
【研修の目的】
1.厳しい自然条件の中で暮らす人々の生
活様式を体験する。
(発見術、活用術、
保存術、手入れ術、生産術、共同術、芸術)
2.「大地の芸術祭」を通して地域に根付こ
うとしているアートを体験する。
繭玉から作る糸巻きストラップ
手作り郷土料理でパーティ
8
3日目
4日目
5日目
6日目
宿泊
出発
越後妻有地域の見学(棚田他)
三省ハウス
「大地の芸術祭」作品見学(「脱皮する家」他)
NPOスタッフやホストファミリーとの交流
まつだい農舞台でアートワークショップ
(糸巻きストラップ作り)
ホストファミリーとの対面
ホストファミリーと過ごす(農家の生活体験)
雪山歩き
ホームステイ
「森の学校キョロロ」、美人林の見学
スキー
振り返りワークショップ
地元の方々と郷土料理作り
さよならパーティー
帰広
なぜ越後妻有なのか
越 後 妻 有( 十日町 市・津 南 町 )は、
農業と織物を主産業とする人口8万人
弱の町。人口3万人を超える町では「世
界一の豪雪地帯」で、人々は1年のうち
約5ヶ月間を雪とともに暮らします。清ら
かな雪解け水によって育まれる県下最
高品質の魚沼産コシヒカリ。四季折々
に豊かな表情を見せる信濃川、
ブナ林、
棚田。日本人の心の故郷とでも言うべ
き
「里山」の風景が今なお生きています。
一方で若年層の流出による過疎化、
高齢化の問題は、妻有も例外ではなく、
伝統的な生活や文化が継承されない
危 機 的 状 況にあります 。地 域 再 生の
一つの試みが 、妻 有 地 域を舞 台に三
年ごとに開 催される世 界 最 大の国 際
芸術祭「大地の芸術祭」です。その自
然環境を活かし持続可能性を重視し
たこの取り組みは、地方と都市、
そして
世 界を結 ぶ 架け橋として確 実に実を
結びつつあります。
日本の原風景と過疎化、
そして地域
再 生 。これからの日本 社 会の 地 域 復
興のあり方を考えさせられる旅なのです。
ホストファミリー
雪山歩き
豊かさのものさし
「 妻 有 里山 協 働 機 構 」代 表の方の
印 象 的な言 葉「 豊かさを図るものさし
の種類は多い方がよい。」田舎と都会、
妻有と広島 、高齢者と若者 、昔の暮ら
しと現代の暮らし。様々な違いや共通
点の発 見で、
ものさしの種 類が増える
かもしれません。
生徒一人ひとりの体験から
研修中の様々な体験は、美しさや楽
しさがある一方で、地域が抱える問題、
特 有の 歴 史 、困 難を克 服 するための
工夫などを併せ持っています。表面的
な現象にとらわれず、
その物事の本質
をも感じることで、体験はより一層意義
深いものとなります。
■田んぼをこんなにきれいだと思った
のは初めてだった。
(中田歩美香)
地 形 的に恵まれない土 地に生きた
先人たちが作り守ってきた棚田。狭い
土 地や急 斜 面を活 用した棚 田は、多
様な生物を育み、
また洪水や地滑りを
防ぐ機能も持っています 。その景観は
美しく、
日本の棚田100選に選ばれ、写
真におさめようと首 都 圏から訪れる客
も多いといいます。
しかし作 業や管 理には大 変な労 力
を要します。農業の担い手の高齢化、
後継者不足といった問題から、棚田は
存続の危機にあります。光輝く棚田の
景色の裏にも、社会的な問題が陰を落
としています。
■ 古い伝 統と芸 術の 融 合でなんとも
いえない迫力(福長莉奈)
「大地の芸術祭」の一作品である「脱
皮する家」。築150年の曲がった梁や
柱も巧みに使った古 民 家 。大 学 生が
一年をかけ、囲炉裏やかまどのすすで
黒く変色した壁や床、柱などの木材の
表 面を、
ひたすら彫 刻 刀で彫ったもの
です 。昔の人の技 術を保 存しながら、
空き家をアートに。家の中全部が鑑賞
対象でもあり、同時に宿としても利用さ
れる生きた芸術作品。古いものを壊すか、
古いものを古いまま使うか、古いものに
新しい息吹を吹き込んで再生させるか。
この地域が目指す再生の象徴となって
います。
■これが本当のにんじんなんだと思わ
せるほど、強烈ににんじん本来の味
がした。
(家護谷秀裕)
1日目の夜は、廃校になった小学校を
活用した宿泊施設、
三省ハウスに宿泊。
ここではマクロビオテック料理(玄米菜食、
地産地消を実践する食事法)
をいただ
きました。肉や魚を一切使わず野菜だ
けの料理。普段と違う野菜の濃厚な味
に、
野菜だけとは思えない満足感でした。
■カラカラカラとまわすだけでどんどん生
糸が増えていって、
その生糸の束に光
が当たってキラキラしている(藤田えりか)
まつだい農舞台―地域の中心産業
である農業を斬新なアート空間で体験
できる施設―にて、繭からシルクを取り
出し、
それを糸巻きに巻きつけたストラ
ップを作りました。昔、妻有では冬の副
業として織物業が栄えていたのです。
しかし、安い輸入品に押され妻有の養
蚕業は衰退 。経済構造の変化で地域
の伝統がまた一つ消えていきます。
■今日はクリスマスイブだから、チキンを
買ったよ。一緒に食べようね。
(濱田有希)
電 動カーで移 動する7 9 歳のおばあ
ちゃんの言葉です。一人暮らしで家族
の帰省を心待ちにしておられます。
地域の人々とじっくり交流できるこの
プログラム。全日程のうち5日間はホスト
ファミリーと共に過ごします。ホストファミ
リーはほとんどの家庭が夫婦のみ。平
均年齢は69歳。最高齢は四世代家族
のおじいちゃん、89歳。高齢の方々が、
見ず知らずの高 校 生を5日間 、面 倒を
みて下さるというのは簡単なことではあ
りません。それでも家庭に受け入れて、
自分たちの地域の歴史や生活を、文化
を伝えようという姿 勢 。過 疎 化で若 者
が減っているといはいえ、地 域に対す
る愛情やパワーの強さを感じます。
■ ふわふわした新 雪の 上でも長 靴が
埋もれることもなく歩 行することが
できる。
(増村聡)
雪 国の雪は深く、量も感 触も広 島と
は別物です 。雪の上を歩きやすくする
伝統的な履物、
カンジキを付けて、
ブナ
林を散 策 。野うさぎやタヌキの 足 跡を
発見したり、
雪合戦をして楽しみました。
しかし雪国での生活は厳しいもので
す 。それを「 結(ゆい )」と呼ばれる助
け合いで乗り越えてきた妻 有には、過
疎化に直面した現代でも、
あたたかい
人との絆が生きています。
■アートは言葉なしで心情を伝える神
秘的な情報伝達(上田勇一)
振り返りワークショップでは研修を振
り返り、
自分の体験を色、形、
アートを媒
介に表現し、
さよならパーティーで発表
しました。アートで地域再生を試みる妻
有ならではの方 法です 。6 つのピース
のデザインを描き、
そこに自分達の生活
体 験をデザインで再 現します 。写 真な
どの客観的なイメージでなく、一人ひと
りの主観的なイメージを素直に表現し、
地元の人たちと共有しました。
■妻有は今日本人に必要なもので溢れ
ているのではないかと思う(中田歩美香)
年末の慌しさの中、地元の皆さんは
生徒達を快く受け入れ、多くのチャンス
を与えてくださいました。
気候の厳しさゆえに、お互いに気に
掛け、助け合い暮している住民たちの
あたたかさ。地 域 再 生 のために 働く
N P Oの人たちの熱 意 。里山と現 代ア
ートの共 生 。幻 想 的な棚田 。埋もれて
しまいそうな雪 。美味しい料理 。見て、
聞いて、味わって、心と体 全 体で妻 有
地 域の人たちやその生 活を感じた研
修でした。
最後に
人生の中ではほんの一瞬の5泊6日
の旅ですが、
これからの社会を担う若
者たちが「 豊かさとは何か 」を考えな
がら、
この体 験が 種となりそれぞれの
心の中でどのように育ち実って行くのか、
とても楽しみです。
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