第 章 計量ベクトル空間

第
章 計量ベクトル空間
計量ベクトル空間の定義
本節においては複素計量ベクトル空間と実計量ベクトル空間の定
義を与え それらの基本性質について考察する さらに 若干の例を
与える
定義
は複素数体 上のベクトル空間であるとする
の任意の二つのベクトル
に対し複素数
が一意に定義さ
れ 次の条件
が成り立つとき
は と の内積である
という
に対し
.
.
.
.特に等号が成り立つのは
のときに限る
ここで
は
の共役複素数を表す このとき
は複素
計量ベクトル空間であるという また これはエルミート計量ベク
トル空間であるといい その内積はエルミート内積であるというこ
とがある
系
は定義
と同じであるとする このとき
に対し 次の
が成り立つ
.
定義
は実数体 上のベクトル空間であるとする.
の任意の二つのベクトル
に対し実数
が一意に定義され
次の条件
が成り立つとき
は と の内積であると
いう
に対し
特に等号が成り立つのは
のときに限る
このとき
は実計量ベクトル空間であるという
系
は定義
と同じであるとする このとき
に対し 次の
が成り立つ
例
ベクトル
を等式
次元数ベクトル空間
の任意の二つの
に対し
によって定義すると
は
のとき定義
の内積
のとき定義
の内積の公理を満たす
の公理を満たし
これによって
は計量ベクトル空間であると考えたとき これ
を
と表し
次元計量数ベクトル空間であるとい
う 特に
は 次元計量複素数ベクトル空間であるといい
は 次元計量実数ベクトル空間であるという
例
閉区間
くる実ベクトル空間を
し 関数
を関係式
において連続な実数値関数全体のつ
と表す このとき
に対
によって定義すると
は定義
の内積の公理を満たす こ
れによって
は実計量ベクトル空間になる
例
高々 次の実係数多項式全体のつくるベクトル空間を
と表す このとき
の任意の二つの多項式
に対し 関数
を関係式
によって定義すると
は定義
の内積の公理を満たす
また
に対し 関数
を関係式
によって定義すると この
満たす 式
あるいは式
も同様に定義
の内積の公理を
の内積によって
は実計
量ベクトル空間になる 異なる内積
を与えられた
計量ベクトル空間としては別のものであると考える
例
対し 関数
は実
の任意の二つの行列
に
を関係式
によって定義する ここで
は 次正方行列
の跡を表
す このとき
は定義
の内積の公理を満たす これに
は複素計量ベクトル空間になる
よって
証明 定義
の公理
を満たすことを証明する
跡の定義と跡の性質によって 次の等式が成り立つ
明らかである
列ベクトル表示によって
ここで 等号が成り立つのは
のときに限られる
る すなわち これは
と表すと
のときに限
体
は実数体
あるいは複素数体
であるとする
は
上の計量ベクトル空間であるとする.このとき 内積の公理によっ
の任意のベクトル に対し
である したがって
て
が定義されるが これを
と表す このとき
はベクトル のノルムであるという
となるベクトル は単位ベクトルであるという
定理
ム
は 上の計量ベクトル空間であるとする ノル
に対し次の
が成り立つ
に対し
特に等号が成り立つのは
のときに限る
シュワルツの不等式
三角不等式
三角形の中線定理
証明 簡単のために
の場合について 定理
する
明らかである
任意の実数 に対し 不等式
が成り立つ
のとき
であるから 任意の実数
不等式の成立条件によって
判別式
が成り立つ ゆえに,
この不等式は
の場合にも明らかに成り立つ.
を証明
に対する
次
シュワルツの不等式によって 不等式
が成り立つ ゆえに
を得る
ノルムの定義によって 等式
が成り立つ ゆえに
命題
に対し 等式
は
を得る
上の計量ベクトル空間であるとすると
が成り立つ
証明 明らかである
命題
に対し 等式
が成り立つ
は
上の計量ベクトル空間であるとすると
証明 明らかである
は 上の計量ベクトル空間であるとする
ベクトル
に対し
が関係式
によって定義されているとするとき
という このとき 次の定理が成り立つ
定理
は
は距離の公理
に対し
は
の任意の二つの
と の距離である
上の計量ベクトル空間であるとすると,
を満たす
特に 等号が成り立つのは
のときに限る
証明 定理
より明らかである
は 上の計量ベクトル空間であるとする
でない の任意
の二つのベクトル
に対し コーシー・シュワルツの不等式によっ
て 不等式
が成り立つ ゆえに
となる が
の中にただ一つ存在する この を と
角であると定義する これを
と表す
でない二つのベクトル と とが の角をなすとき
直交するといって
のなす
と
は
と表す このとき 次の命題が成り立つ
命題
ではない二つの任意のベクトル
は同値である
に対し 次の
任意のベクトル に対して
であるから 直交の概念
を一般化して ゼロベクトル は任意のベクトル と直交すると考
える このとき 次の命題が成り立つ
命題
ある
任意のベクトル
に対し 次の
は同値で
直交補空間と直交系
本節においては 計量ベクトル空間において直交補空間とベクト
ルの直交系について考察する
体 は実数体 あるいは複素数体 であるとする
は体
上の計量ベクトル空間であるとする
は の部分空間であると
すると
の内積から導かれる内積によって
も 上の計量ベク
トル空間になる
のベクトル が
の任意のベクトル と直交
するとき
は部分空間
と直交するといって
と表す
定理
は計量ベクトル空間 の部分空間であるとす
る このとき
と直交する のベクトル全体のつくる集合
もまた の部分空間である
証明 は明らかであるから
であるとすると
の任意のベクトル
に
対し
ゆえに
対し
ゆえに
ゆえに
定義
分空間
であるとすると
の任意のベクトル に
.
は の部分空間である.
定理
の記号を用いる
の直交補空間であるという
の部分空間
は部
上の計量ベクトル空間 の二つの部分空間
が直交す
るということは
の任意のベクトルと
の任意のベクトルが直
交していることであると定義する このとき
と表す
命題
次の
上の計量ベクトル空間
は同値である
のベクトル
に対し
証明 明らかである
定義
は 上の計量ベクトル空間であるとする この
とき
の でないベクトルの系
が直交系で
あるということは 条件
が満たされることであると定義する
例
直交系である.
定理
の基本ベクトルの系
は
上の計量ベクトル空間
は 次独立である.
のベクトルの直交系
証明 に対し
次関係式
が成り立つとする このとき 内積の公理によって 各
に対し 等式
が成り立つ
したがって
であるから
でなければならない ゆえに 系 は 次独立であ
る
系
証明 定理
系
上の
次元計量ベクトル空間 のベクトルの系
が直交系であれば
である
と定理
上の
系
証明 系
定義
交系
次元計量ベクトル空間
は の基底である
と定理
上の
より明らかである
のベクトルの直交
より明らかである
次元計量ベクトル空間 の基底となる直
は の完全直交系であるという
例
完全直交系である
の基本ベクトルの系
は
上の計量ベクトル空間 の でないベクトル に対し
で定義される単位ベクトル をベクトル の正規化であるとい
う 正規化によってベクトルの直交性は変わらない すなわち 互
いに直交する の でないベクトル
の正規化
もまた互い
に直交する
定義
る直交系
の条件は
上の計量ベクトル空間 の単位ベクトルからな
は正規直交系であるという その為
が成り立つことである ここで
例
正規直交系である.
はクロネッカーのデルタである.
の基本ベクトルの系
上の計量ベクトル空間
の各ベクトルを正規化して
は
の任意の直交系
とおくと 正規直交系
が得られる
上の 次元
計量ベクトル空間 の完全直交系を正規化して正規直交系からな
る の基底が得られる 一般に次の定義を与える
定義
る正規直交系は
例
上の 次元計量ベクトル空間 の基底を構成す
の完全正規直交系であるという
の基本ベクトルの系
の完全正規直交系である
は
上の計量ベクトル空間 のベクトルの系
に対し 内積
を
成分とする 次正方行列
は
のグラムの行列であるという 行列式
のグラムの行列式であるという
命題
上の計量ベクトル空間 のベクトルの系
のグラムの行列を と表すとき 次の
は
が
成り立つ
は直交系であることと
ある
は対角行列であることは同値で
は正規直交系であることと
は同値である
単位行列 であること
証明 定義より明らかである
定理
ラムの行列式
上の計量ベクトル空間 のベクトルの系
が 次独立であるための必要十分条件は のグ
が でないことである
証明 次の
は同値である
系
が 次独立である.
等式
が成り立つのは
のときに限る
に関する同次連立 次方程式
が自明な解のみをもつ
ゆえに 定理が証明された
有限次元計量ベクトル空間において完全正規直交系が存在するこ
とは有限次元ベクトル空間の基底の存在に関する定理
と次の
定理によって保証される.
<グラム・シュミットの直交化法> 定理
クトル空間 の 次独立なベクトルの系を
を表す このとき 条件
を満たす正規直交系
上の計量ベ
が存在する
証明 に関する帰納法で示す
のときは明らかである
のとき成り立つとして,
のときにも成り立つことを示す
次独立なベクトルの系
に対し 部分系
も 次独立であるから 帰納法の仮定によっ
て 式
を満たす正規直交系
が存在する こ
のとき
とおくと
から,
である
である ここで
の正規化を
と表すと
が求めるものである このことは次のようにし
て証明される 式
より
であるから
は単位ベクトルであるから
によって
系である.また式
あるから
は正規直交
で
である したがって
であるから
一方 式
の
と
の定義より
の場合を用いて
式
ゆえに
式
と合わせて
系
系が存在する
証明 定理
の場合にも定理が正しいことが分る
上の有限次元計量ベクトル空間には完全正規直交
と定理
より明らかである
系
上の 次元計量ベクトル空間
の完全正規直交系
元部分空間
を補足して
の完全正規直交系となるようにできる
証明 系
と同様である
の
でない 次
に のベクトル
が
定理
の直交補空間を
上の 次元計量ベクトル空間
と表すとき,等式
の真部分空間
が成り立つ したがって 等式
が成り立つ
証明 を示せば命題
によって結論が従う
まず
を証明しよう
であれば
ゆ
えに 内積の公理によって
ゆえに
逆に
は明らかであるから
が成り立つ
次に
を示す
であるとして
の完全正規直交系
を
であるとする
の任意のベクトル に対し
とおくと
いま
とおくと
ゆえに
すなわち
て
ゆえに
したがっ
逆に
は明らかである ゆえに
は直交補空間の定義より明らかである
後半は直和と次元の関係より明らかである
定理
上の 次元計量ベクトル空間
に対し 関係式
が成り立つならば
証明 適当に選んで
ゆえに
は
と
に
系
に対し
である
であるとすると
と表すことができる
したがって
すなわち
ゆえに
に関して対称であるから 同様にして
上の
次元計量ベクトル空間
が成り立つ
証明 関係式
に定理
の部分空間
を適用すればよい
を
このとき
条件
ゆえ
の真部分空間
直交変換とユニタリ変換
本節においては 随伴写像と等長写像の概念について考察する 体
は実数体 または複素数体 であるとする
は 上の計
量ベクトル空間であるとし
はそれぞれ
の内積
であるとする
補題
は 上の計量ベクトル空間であるとし
は から
への二つの線形写像であるとする このとき,
であるための必要十分条件は 任意の
と
に対し
が成り立つことである
証明 必要性は明らかであるから 十分性を示す いま 等式
が成り立っているとすると
は任意であるから
とおけば
ゆえに
この等式が任意の
について成り立つから
二つの線形写像
に対し
が
の随伴写像であるということは 条件式
が成り立つことであると定義する このとき
定理
形写像
証明 意の
と表す
は 上の計量ベクトル空間であるとする 線
の随伴写像は存在すればただ一つである
の二つの随伴写像
に対し 等式
が成り立つから,補題
が存在したとする このとき 任
によって
であることが従う
以下
は 次元計量ベクトル空間であるとし
ベクトル空間であるとする このとき 線形写像
写像の存在定理を証明する
まず 次の定理を証明する
は
次元計量
の随伴
定理
(線形汎関数の表現定理) は 上の 次元計量
ベクトル空間であるとする このとき
上の線形汎関数 に対し
が存在して 関係式
が成り立つ このとき 写像
が
によって定義
されているとすると
はベクトル空間としての反同型写像である
したがって 反同型
が成り立つ すなわち 写像
を満たす
証明 から
は条件式
への全単射反線形写像である
に対し 線形写像
によって定義すると 内積の公理より
とおくと
は
の一つの完全正規直交系
を関係式
である したがって
の部分空間である いま
を選んで
とおくと 関係式
を満たす
ここで
は
はクロネッカーのデルタである ゆえに
の 次独立なベクトルの系であるから
ゆえに,
であるから
.ゆえに
の任意の元 は
と表すことができる このとき
とおくと 内積の性質より は式
と式
を
満たす反線形写像を定義する
によって
を定義す
れば
は の逆写像である ゆえに
は全単射反線形写像で
ある すなわち
は反同型写像である
定理
はそれぞれ
トル空間であるとする 線形写像
がただ一つ存在する
上の
次元
次元計量ベク
に対し 随伴写像
証明 の一意性は定理
において示した
いま
の存在を示す
を一つ固定すると
上の線形汎関数を定義する ゆえに 定理
によって
ただ一つ存在して
は
が
と表すことができる いま,
とおけば, が
から
への線形写像を定義することは明らかである ゆえに 関係式
が成り立つことから
は
の随伴写像である
線形写像
が等長写像であるということは が内積を
保存することであると定義する すなわち この条件は 関係式
が成り立つことと同値である 等長写像は単射である 特に,全射
な等長写像は正則である.このように正則な等長写像が存在すると
き
と
は計量ベクトル空間として同型であるという.
等長写像
は等長変換であるという.有限次元計量ベク
トル空間の等長変換は正則である.このような等長変換は,
のとき直交変換であるといい
のときユニタリ変換であると
いうことがある
命題
形写像
任意のベクトル
は 上の計量ベクトル空間であるとする 線
が等長写像であるための必要十分条件は
の
に対し 等式
が成り立つことである
証明 必要性は明らかである 十分性を示す まず
によって
合 命題
の場
ゆえに
次に
の場合 命題
によって等式
が成り立つことを用いて同様に計算すればよい
命題
ル
の
は
上の 次元計量ベクトル空間であるとし
は の完全正規直交系であるとする ベクト
に関する成分を
と表すと 等式
が成り立つ すなわち 等式
が成り立つ このとき
であって 写像
を関係式
によって定義すると
は から
への正則な等長写像であ
る これによって 計量ベクトル空間としての同型
が成り立つ
証明 前半は定義より明らかである
次に後半を示す
が完全正規直交系であるから
ゆえに 命題
によって は等長写像である さらに 関係式
を満たすから
は の完全正規直交系を
の完
全正規直交系に写す ゆえに
は正則である
定理
はそれぞれ 上の 次元
次元計量ベクト
ル空間であるとし
はそれぞれ
の完全正規直交系であるとする このとき 線形写
像
の基底
に関する表現行列
は関係式
によって与えられる そのとき の随伴写像
の基底
に関
する表現行列は関係式
によって与えられる
は の随
はエルミート共役行列であるという
伴行列であるという また
こともある
証明 の基底
に関する表現行列
は 関係式
によって決定される このとき 命題
が成り立つ
の基底
に関する表現行列
によって決定される このとき 命題
て 等式
が成り立つ ゆえに
定理
同値である
によって 等式
定理
は
と随伴行列の定義によっ
である
と同じ記号 条件の下に次の
は
は等長写像である
.
行列 の列ベクトルの系
系である
ある
証明 と
すなわち
は正規直交
は
の正規直交系で
が同値であることは次のようにして証明される
は の任意のベクトルであるとするとき 次の
は同値である
は等長写像である
等式
が成り立つ
等式
が成り立つ
等式
が成り立つ
等式
等式
が成り立つ
が成り立つ
上記において
と
が同値であることは
の定義より従う
また
と
が同値であることは補題
より証明される
ゆえに
と
は同値である
は
の行列による表示に他ならない
は
の言い換えである
と
が同値であることは等長写像の定義によって明らかで
ある
系
は 上の 次元計量ベクトル空間であるとする
このとき
の線形変換 が等長変換であるための必要十分条件は
の一つの完全正規直交系に関する の表現行列 が 直交行列で
あることである
の場合 この条件は行列 がユニタリ行
列であることであると読み替えればよい
証明 実
条件式
次正方行列
が直交行列であることは 定義によって
が成り立つことである また 複素 次正方行列
であることは 定義によって条件式
がユニタリ行列
が成り立つことである したがって 定理
を得る
の
より系
命題
のベクトルの系
完全正規直交系であるための必要十分条件は その成分行列
がユニタリ行列になることである すなわち
が成り立つことである
証明 次の
は同値である
が完全正規直交系である
のグラムの行列に対し 等式
ゆえに 行列
が成り立つ
が成り立つ
が成り立つ.
がユニタリ行列であることが証明された
命題
のベクトルの系
完全正規直交系であるための必要十分条件は その成分行列
が直交行列であることである すなわち
が成り立つことである
証明 命題
が
が
の証明と同様である
行ベクトルからなる 次元数ベクトル空間
においても
と同様に内積を定義できる このとき 命題
と命題
はユニタリ行列と直交行列の行ベクトルに関する類似の命題
に書き換えることができる