坂本弁護士よ我らは忘れない

F)4月25日 金曜日 13億 Eヨ西根巨∃山口‖ 28
一・一−.−一一 ・・一一t亡つ:ニー
コヽ■
スクローワジ
れるのは彼だけ。みんなに慕わ
間と丹沢などを踏破。﹁先生は
に辞めた﹂。以後は山好きの仲
リベラルだったが、生徒同士で
月3日には同級生らが集まる。
地方自治や行政の分野で活躍 話す方が刺激を受けた﹂と振り
してきた人も多い。
返る。2年前、現役生を前に
﹁地方分樺で私の街はこんなに
行政学の専門家として様々な
れた﹂。命日に合わせ、今も11
坂本弁護士よ我らは忘れない
横須賀高校︵以下、横高︶の
卒業生で決して忘れてはならな
い一人が、弁護士の坂本堤︵故
人、75年卒︶だ。オウム真理教
被害対策弁護団の活動をしてい
た坂本は1989年、教団幹部
らによって妻と1歳の長男と共
捉言を続ける千葉大名著教授の 変わる﹂のテーマで講演するな
新藤宗幸︵67、65年卒︶は、弓 ど、母校との縁は深い。
道部に在籍したが﹁1年たたず
横須賀市長の吉田雄人︵38、
ニア新書)などの
3年間、坂本と同じクラスだ
「行政ってなんだ
に殺害された。
94年卒︶は文芸、茶道、弓道な
ど七つの部活を掛け持ちし、好
を目指して小説を書き、1年生
奇心が旺盛だった。芥川賞作家
の後期からは生徒会長も。﹁政
治家になって世の中を変えたか
著書がある新藤
った元横領賀市部長の森山武
︵57、75年卒︶は﹁筋を通すけ
れど気さく。おちゃめな男だっ
た﹂と振り返る。最後の体育祭
では﹁緑﹂チームの団長に。
﹁個性の強いクラスをまとめら
ろう」(岩牧ジュ
母校群像記
http://t.asah;.com/dnnn
と思った原点﹂と言う。
卒︶は元EC大使の西山健彦
県肇の生え抜きでは初の女性
︵故人、51年卒︶らと日曜の朝
から教室にこもり、﹁枕草子を
署長で、大船署長の綿引緑︵54、
78年卒︶が思い出すのは、世界 読み終わるまで外に出ない﹂と
震、原発事故、源氏物語、国
際交渉力、中国文学など多岐
にわたるテーマを受講した。■
生徒たちはこれまでに、地
てもいいから自分で考えて動く
施している。知的好奇心を覚
醍させ、自己探求と確かな学
力を身につけ、社会に貢献で
きる人材を育てるのが狙い。
ようにと伝えたい。横高は、そ
と笑う愛甲
錬していた﹂と懐かしむ。
横高では大学教授を迎えた
れを許容してくれた﹂
「今が一番
﹁先生は型にはまらず、生徒は
逗子市長の平井竜一︵嘘、85
年卒︶は陸上ひと筋。真夏に3 自分で考え行動した。雑草みた
00㍍を20本走る猛練習にも耐 いな強さは横高で培った﹂
えた。﹁試合に負けて悔しく
元通産官僚でクウェート大便
を務めた愛甲次郎︵81、51年
ハッピー」
て、何くそと思って練習した。
あきらめずに努力することを学
んだ﹂。当時、逗子市では池子
米軍住宅建設を巡って反対派と
賛成派が対立。緑を守ろうと友
人と議論した。﹁市長になろう
授業「横高アカデミア」を実
ぎ切ったことも白盾になった。
史でフランス革命を学んだ時の 勉強した。西山とは、英喬の原
った。後輩には、いくら失敗し こと。黒板に書かれた﹁ラ・マ 書を1日でどれだけ読めるかも
ルセイエーズ﹂を全員で歌っ 競い合った。﹁やりたいことを
た。水泳の授業で500㍍を泳 やって勉強を楽しみ、友人と鍛
野山を駆け
回ったとい
う綿引