第 30 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書 (98) 2013 年度 pp.98∼102(2015.4) 社会環境と生活習慣の交互作用が膝・腰痛に及ぼす影響 濱 野 強* 北 湯 口 純** 武 田 美 輪 子* ASSOCIATIONS OF LIFESTYLE AND RESIDENTIAL ENVIRONMENT WITH KNEE AND LOW BACK PAIN Tsuyoshi Hamano, Jun Kitayuguchi, and Miwako Takeda Key words: knee pain, low back pain, social capital, elevation, social epidemiology. 緒 言 う社会環境からの視座に基づき、個人の行動変容 を支える環境づくりから議論を展開する研究であ 国民生活基礎調査(2008年)の報告によると、 る。社会環境の一側面である物理的環境(physical 男性の4.1%、女性の7.1%が膝痛の自覚症状を有 environment)に関しては、特に地理情報システム し、腰痛では男性の8.9%、女性の11.8%と報告さ (geographic information systems; GIS)を活用した れている。こうした現状に比して我々が中山間地 研究の興隆を指摘できる。例えば、地理情報シス 域で実施した健康調査(2011年)においては、男 テムを活用して居住地に隣接する健康増進・非増 性の51.9%、女性の57.0%が膝痛の自覚症状を有 進施設へのアクセシビリティが健康指標に及ぼす しており、腰痛についても男性の55.6%、女性の 影響の検討3,9)、標高が膝痛、腰痛に及ぼす影響2) 50.4%と全国調査に比べて高値であることが明ら といった地理的な視座に基づく議論が展開されて かになっている。我々の研究は、高齢化の進展が いる。加えて、社会環境の議論には、地域の文化・ 著しい地域の結果であることから、個人属性の差 慣習・人間関係という社会的環境(social environ- 異を踏まえた解釈が必要であるが、中山間地域に ment)に基づく知見も示されている。例えば、地 おいて膝痛、腰痛は解決すべき健康課題の 1 つと 域に固有の人間関係の表現系であるソーシャル・ 言っても過言ではないと考えられる。 キャピタルは、こころの健康4,6)、血圧5)、更には 膝痛、腰痛のリスク要因としては、従来、個人 7 年後の死亡リスク 10) など多様な健康アウトカ 要因を主として議論が進められてきた8)。一連の ムとの関連が示されている。これらの知見が意味 議論は、個人の行動変容を意図した介入における するところは、個人の健康の維持・増進には、個 エビデンスとして位置付けられている。そうした 人要因に限らず社会環境も視座に入れた取り組み 議論に加えて近年では、社会環境に着目した議論 が不可欠であることを示唆している。 も示され始めている 。すなわち、従来の「どの しかしながら、膝痛、腰痛について社会環境に ような個人であるか」という個人要因の議論に加 基づく議論は、いまだ十分になされておらず、主 えて、 「どのような地域に住んでいるのか」とい として個人要因に着目した議論が進められてい 1) * ** 島根大学 Shimane University, Shimane, Japan. 身体教育医学研究所うんなん Physical Education and Medicine Research Center, Shimane, Japan. (99) る。そこで、本研究では、先行研究を踏まえて社 高を算出した。社会的側面であるソーシャル・ 会環境を物理的環境・社会的環境の両面からとら キャピタルは、先行研究を踏まえて地域の信頼 え、膝痛、腰痛との関係を明らかにするとともに、 感、および地縁組織への参加を用いた6)。地域の その影響について生活習慣を踏まえて考察し、地 信頼感は、対象者に 1 ∼ 9 点の範囲でご近所の住 域の特徴に応じた予防活動を提案することを目的 民に対する信頼感を評価してもらい、分析では中 とした。 央値に基づき地域の信頼感高( 8 ∼ 9 点) 、地域 研 究 方 法 A.研究対象 の信頼感低( 1 ∼ 7 点)とした。地縁組織への参 加は、参加の有無について「はい」「いいえ」で 回答を得た。 本研究では、島根県雲南市において島根大学疾 膝痛は、対象者に 0 ∼10点で現在の痛みを評価 病予知予防プロジェクトセンターが実施してきた してもらい、得点が高いほど痛みが強いとした。 健康調査のデータを活用した。具体的には、2006 腰痛については、対象者に現在の腰痛の有無につ 年以降、雲南市と共同で健康診査に併せて健康調 いて「はい」 「いいえ」で回答を得た。その他には、 査を実施し、住民の健康維持・増進を目指した取 年齢(歳)、性別、学歴(年数)、body mass index り組みを進めてきた。本稿では、雲南市掛合町、 (BMI)、運動習慣の有無( 1 回30分以上の軽く汗 三刀屋町で実施した健康調査のデータを活用し をかく運動を週 2 日以上かつ 1 年以上実施してい た。雲南市掛合町は、雲南市のなかでも山間部に るか)、喫煙習慣の有無、飲酒習慣の有無(毎日, 位置していることから旧来の農村地域の文化を有 ときどき,ほとんど飲まない・飲めない)を用い する一方、三刀屋町は平地に位置しており都市的 た。 な様相を備えた地域である。このように、対照的 C.解析方法 な両市を研究対象とすることで、社会環境の影響 膝痛の解析では、目的変数を膝痛評価(中央値 をより明確にできると考えられた。 に基づき「痛みあり」 「痛みなし」の 2 値を用いた) 解析では、健康調査において膝痛、腰痛の問診 として、年齢、性別、学歴、BMI、運動習慣、喫 を実施した2011年(掛合町439名) 、2012年(三刀 煙習慣、飲酒習慣、標高、およびソーシャル・ 屋町285名)の受診者を対象とした。なお、調査 キャピタルを説明変数としたロジスティック回帰 体制の都合上、問診の実施が毎年ではなく地域に 分析を行った。同様に腰痛の解析では、目的変数 よって異なっている。分析対象者は、解析に用い を腰痛評価としたロジスティック回帰分析を行っ たすべての変数に欠損値を有しない掛合町101名、 た。なお、オッズ比は、膝痛、腰痛ともに「痛み 三刀屋町90名である。 なし」をレファレンスとして解析を実施した。更 B.変数 には、社会環境と生活習慣が膝痛、腰痛に及ぼす 本研究では、社会環境について物理的側面、お 影響を検討するため、日常生活における活動状況 よび社会的側面より把握を行った。物理的側面 別(日常生活において歩行または同等の身体活動 は、先行研究に基づき対象者の居住地標高を用い を 1 日 1 時間以上実施しているか否か)に検討を た 。標高は、中山間地域において傾斜度を反映 実施した。解析では、有意水準を 5 %として、 する変数として用いることが可能であると考え、 IBM SPSS Statistics 21を用いた。 2) 標高が高い地点に居住する住民の膝痛、腰痛のリ D.倫理上の配慮 スク要因になることが考えられた。標高の算出方 研究のプロトコールは、島根大学医学部医の倫 法は、分析対象者の自宅住所に基づき地理座標 理委員会で承認を得ている(承認番号:1555)。 (緯度・経度)を特定し、ESRI ジャパン株式会社 ArcGIS for Desktop エクステンション Spatial Analyst と ArcGIS データコレクション地形に含まれ るメッシュ数値標高モデルを活用して住所地の標 結 果 A.分析対象者の特性 分析対象者の特性を表 1 に示す。平均年齢は (100) 71.3 (38.2%)、BMI の平均は21.9 5.9歳、女性が122名(63.9%)、喫煙習慣が 3.1 kg/m2、教育歴 ある者は 5 名(2.6%)、毎日の飲酒習慣がある者 の平均は10.4 は 42 名(22.0 %) 、 運 動 習 慣 が あ る 者 は 73 名 ている者は84名(44.0%)、腰の痛みを感じてい 2.1年であった。膝の痛みを感じ る者は93名(48.7%)であった。社会環境である ソーシャル・キャピタルについては、地域内の信 表 1 .分析対象者の特性 Table 1.Characteristics of the study participants. n % or Mean (SD) Knee pain, % yes 84 44.0 Low back pain, % yes 93 48.7 Age, years(SD) 191 71.3(5.9) Sex, % female 122 63.9 Educational attainment, years (SD) 191 10.4(2.1) 頼感を中央値により区分した場合に否定的に回答 した者は109名(57.1%)、地縁組織に参加してい Pain Smoking, % ると回答した者は166名(86.9%)であった。また、 回答者の居住地標高の平均値は、191.1 125.6 m であった(表 1 )。 B.社会環境と膝痛・腰痛の検討 標高とソーシャル・キャピタルを説明変数とし 5 2.6 Everyday 42 22.0 Sometimes 47 24.6 的変数とした場合、標高のオッズ比は1.003(95% Rarely(including can't drink) 102 53.4 confidence interval; CI = 1.000-1.006, P = 0.025)で BMI, kg/m(SD) 191 21.9 (3.1) 73 38.2 あり、統計学的に有意な関係が認められた。なお、 191 191.1 (125.6) Neighbourhood trust, % low trust 109 57.1 に有意な関係は認められなかった。 Neighbourhood association, % yes 166 86.9 また、腰痛を目的変数とした場合には、地縁組 て、膝痛、または腰痛を目的変数としたロジス Alcohol consumption, % 2 Exercise habit, % yes Elevation, m ティック回帰分析の結果を表 2 に示す。膝痛を目 ソーシャル・キャピタルでは、地域内の信頼感、 および地縁組織への参加において膝痛と統計学的 Social capital 表 2 .ロジスティック回帰分析 Table 2.Multivariate logistic regression models. Knee pain aOR Elevation (continuous) 1.003 Low back pain 95% CI 1.000 – 1.006 0.338 – 1.321 aOR 0.999 95% CI 0.997 – 1.002 0.805 – 2.818 Social capital Neighbourhood trust High 1.000 Low 0.668 1.000 1.506 Neighbourhood association Participating 1.000 Not participating 1.174 0.433 – 3.178 3.139 1.117 – 8.815 Age 1.097 1.026 – 1.172 1.010 0.954 – 1.069 Sex 1.567 0.644 – 3.814 0.989 0.422 – 2.316 Smoking 2.596 0.251 – 26.849 4.241 0.394 – 45.658 1.000 Alcohol consumption Rarely(can't drink) 1.000 Sometimes 1.983 0.838 – 4.692 0.955 0.421 – 2.166 Everyday 0.852 0.293 – 2.473 0.880 0.322 – 2.411 Exercise habit 0.852 0.434 – 1.671 2.030 1.072 – 3.845 Body mass index 1.322 1.170 – 1.494 1.073 0.968 – 1.190 Educational attainment 1.180 0.997 – 1.397 0.881 0.751 – 1.034 aOR; adjusted odds ratio. CI; confidence interval. 1.000 (101) 表 3 .日常生活における活動状況別でのロジスティック回帰分析 Table 3.Multivariate logistic regression models by physical activitiy in daily life. Physically active (n = 107) Knee pain aOR Elevation (continuous) 95%CI 1.004 1.000 – 1.008 Physically inactive (n = 84) Low back pain aOR 95%CI 0.998 0.994 – 1.001 Knee pain aOR 95%CI 1.002 0.998 – 1.007 Low back pain aOR 95%CI 1.002 0.998 – 1.007 Social capital Neighbourhood trust High 1.000 1.000 1.000 1.000 Low 0.792 0.315 – 1.991 1.950 0.779 – 4.880 0.464 0.148 – 1.459 1.649 0.605 – 4.495 Participating 1.000 1.000 1.000 1.000 Not participating 0.700 0.163 – 3.005 10.614 1.754 – 64.240 2.200 0.460 – 10.517 1.677 0.392 – 7.171 Neighbourhood association aOR; adjusted for age, sex, educational attainment, smoking, alcohol consumption, BMI, exercise habit. CI; confidence interval. 織に参加している者に比べて参加していない者の 地縁組織に参加していない人で腰痛の確率が上昇 オッズ比が3.139(95% CI = 1.117-8.815, P = 0.030) していた。更にその関係は、日常生活において一 であり、統計学的に有意な関係が認められた。な 定時間以上の活動を行っている群に限り認められ お、地域内の信頼感、および標高では、腰痛と統 たことから、社会環境が生活習慣を介して膝、腰 計学的に有意な関係は認められなかった(表 2 )。 の痛みにつながっている可能性が推察された。 C.日常生活における活動状況別での社会環境 と膝痛・腰痛の検討 日常生活で一定時間以上の活動を行っている群 において標高と膝痛の間に関係が認められた理由 社会環境と膝痛、腰痛の関係を生活習慣の影響 として、中山間地域に特有の傾斜が考えられる。 を踏まえて明らかにするため、日常生活における すなわち、対象地域では、標高が上がるにつれて 活動状況別に解析を実施した(表 3 )。その結果、 傾斜が急峻になることから、そうした土地で日常 日常生活において一定時間以上の活動(日常生活 的に活動を行うことにより膝に負荷が生じている において歩行または同等の身体活動を 1 日 1 時間 ことが推察された。標高と膝痛の関係について 以上実施)をしている群(107名)では、標高と は、先行研究でも同様の知見が報告されているこ 膝痛において統計学的に有意な関係が認められた とから2)、盆地型ではない急峻な地形を有する地 が(オ ッ ズ 比 = 1.004, 95% CI = 1.000-1.008, P = 域においては居住地の傾斜を加味した地域別の予 0.036) 、日常生活において一定時間以上の活動を 防活動が有用であることが考えられた。 していない群 (84名)では両者に関係を認めなかっ また、腰痛と地縁組織への参加の間に関係が認 た。また、地縁組織でも日常生活において一定時 められた理由として地域での健康づくり活動の実 間以上の活動をしている群(107名)では、腰痛 践が考えられる。雲南市には、身体活動の普及・ と統計学的に有意な関係を認めたものの(オッズ 啓発を目的として活動している身体教育医学研究 比 = 10.614, 95% CI = 1.754-64.240, P = 0.010)、活 所うんなんが地域住民を対象として腰痛予防等の 動をしていない群(84名)では両者間に統計学的 体操を実践してきた経緯がある。地域の集会やサ に有意な関係を認めなかった(表 3 ) 。 ロン等で活動し、また、地域運動指導員(運動普 考 察 及の地域ボランティア)の育成にも努めており、 こうした地域での活動が地縁組織の会合等を利用 本研究では、中山間地域に居住する住民を対象 しながら実践されてきたことを鑑みると地域活動 として社会環境と膝痛、腰痛の関係について検討 へ参加していない者における腰痛のオッズ比の上 を行った。その結果、膝痛については、標高が高 昇が理解できる。本研究では、一定時間以上の活 くなるほど膝痛の確率が上昇し、腰痛については、 動を行っている群についてその活動量を詳細に検 (102) 討することができなかったが、過活動が腰痛のリ スクになることが指摘されている7)。したがって、 腰痛を生じやすい日常生活で活動的な群におい て、地域での健康づくり活動がより影響を及ぼし ていると推察される。 参 考 文 献 1)Diez Roux AV, Mair C(2010) : Neighborhoods and health. Ann N Y Acad Sci, 1186, 125-145. 2)Hamano T, Kamada M, Kitayuguchi J, Sundquist K, Sundquist J, Shiwaku K(2014) : Association of over- 本研究の限界として、以下の 4 点がある。第一 weight and elevation with chronic knee and low back pain: に本研究は、縦断研究でないことから因果関係を a cross-sectional study. Int J Environ Res Public Health, 明らかにすることはできない。しかしながら、膝 痛、腰痛と 2 つの側面に基づく社会関係の影響を 検討した初めての研究であり、今後の予防活動を 検討するうえで有益な知見を提起できたと考え 11, 4417-4426. 3)Hamano T, Kawakami N, Li X, Sundquist K(2013) : Neighbourhood environment and stroke: a follow-up study in Sweden. PLoS One, 8, e56680. 4)Hamano T, Yamasaki M, Fujisawa Y, Ito K, Nabika T, る。第二に本研究は、島根県の中山間地域で実施 Shiwaku K(2011): Social capital and psychological dis- している健康診査に併せた健康調査で得たデータ tress of elderly in Japanese rural communities. Stress and を用いている。したがって、サンプリングバイア スが生じていることは否めない。したがって、今 後、知見の一般化を図るために、研究デザインの 更なる精緻化が望まれる。第三には、分析対象者 数が限られていることから、対象地域を拡大した 追試が望まれる。最後に膝痛、腰痛の評価につい ては、本研究では主観的な評価に基づく質問項目 をそれぞれ採用した。痛みの評価については、先 行研究で評価法が示されているものの高齢者を対 象とした場合にはより簡便な方法が望まれる。し たがって、今後、痛みの評価についても検討が必 要と考える。 Health, 27, 163-169. 5)Hamano T, Fujisawa Y, Yamasaki M, Ito K, Nabika T, Shiwaku K(2011) : Contributions of social context to blood pressure: findings from a multilevel analysis of social capital and systolic blood pressure. Am J Hypertens, 24, 643-646. 6)Hamano T, Fujisawa Y, Ishida Y, Subramanian SV, Kawachi I, Shiwaku K(2010) : Social capital and mental health in Japan: a multilevel analysis. PLoS One, 5, e13214. 7)Hootman JM, Macera CA, Ainsworth BE, Martin M, Addy CL, Blair SN(2001) : Association among physical activity level, cardiorespiratory fitness, and risk of musculoskeletal injury. Am J Epidemiol, 154, 251-258. 8)Kamada M, Kitayuguchi J, Lee IM, Hamano T, Imamura F, 総 括 本研究では、膝痛、腰痛ともに影響を及ぼす社 会環境変数は異なるものの、生活習慣を介して痛 みにつながっている可能性が考えられた。した がって、今後は、個人要因にとどまらず、地域の 急峻な地形や住民間のつながりを考慮した予防活 動が有益であると考える。 謝 辞 本研究の実施に対して助成を賜りました公益財団法人 明治安田厚生事業団に記して深く感謝申し上げます。 Inoue S, Miyachi M, Shiwaku K(2014) : Relationship between physical activity and chronic musculoskeletal pain among community-dwelling Japanese adults. J Epidemiol, 24, 474-483. 9)Kawakami N, Li X, Sundquist K(2011): Health-promoting and health-damaging neighbourhood resources and coronary heart disease: a follow-up study of 2 165 000 people. J Epidemiol Community Health, 65, 866-872. 10)Sundquist K, Hamano T, Li X, Kawakami N, Shiwaku K, Sundquist J(2014): Linking social capital and mortality in the elderly: a Swedish national cohort study. Exp Gerontol, 55, 29-36.
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