第5章 応用の一例:プレートの冷却モデル 第4章までは地球惑星科学の力学的な挙動を理解するために最も基本的である、連続体についての運動 方程式に関係した内容を学習した。地球惑星科学では一見複雑で、かつ極めて時空間で様々な日常生活とは かけ離れたスケールにわたる現象を、地道に観測データを得て、それを解析することが基本となる。そし て、それを単にまとめるだけでなく、背後に潜む最も本質的な物理過程を推測し、それに基づくモデルを構 築して、そのモデルを記述するためのパラメターの値を推定したり、モデルからの予測値と観測値を比較す ることで、モデルを検証したり、複数のモデルの優越を判定する、といった過程が基本となる。そこでは、 観測データの測定誤差や信頼度を見積もることや、解析手法を工夫してデータから取り出したり信号を摘 出する工夫と、具体的な数字を最終的に得て、定量的に解釈することが大切である。このような作業は実例 を用いて考えることが役に立つ。ここでは、中央海嶺で生成される熱いプレートが移動しながら時間とと もに冷却して過程を,簡単な熱輸送モデルで説明する例を取り上げる。そこでは、観測データが物理モデル とどのように関係するかも考える。特に、この問題はいくつかの基本的な数理的手法が用いられているの で、それらの応用例としても貴重である。つまり、熱輸送方程式、その方程式がいかに簡略化できるか、境 界条件や初期条件の重要性、偏微分方程式の解法、アイソスタシーの概念、フーリエ級数、固有値問題など で、いずれも地球惑星科学の重要な素材である。また、2つのモデル(半無限媒質冷却モデルとプレート冷 却モデル)を取り上げて比較することで、地球惑星科学における物理モデルの検証・比較のよい例ともなっ ている。(プレートが冷却するモデルは、1970年代までは重要な問題であり、既に解決済みと思われて いたが、最近、新たにいくつかの研究もなされており、「古くて新しい」重要な問題のようである。) 5.1 プレートの冷却と熱伝導方程式: Thermal conductive equation for plate cooling 地球の表面はほぼ剛体とみなせる厚さ約 100km の十数枚のプレートで覆われ、それが相対的に水平運動 をする。このように考えると、地球表層のさまざまな現象をよく説明でき、プレートテクトニクスと広く呼 ばれる。そこで主要な役割を演じるのは、中央海嶺で生成されてから両側に開き、水平に移動し、最後は沈 み込み帯で地球内部へと同化していく海洋プレートである。1年に 1-10 cm ほどの速度で移動する。 中央海嶺で生成される海洋プレートは、マントル上昇流によって部分溶融されてできた玄武岩質マグマ に起因するから、かなり深部まで温度は融点近くでほぼ一定とみなしてもよい。この熱いプレートは両側に 水平移動して、中央海嶺から遠ざかるに従い、上面から冷却を受ける。つまり、海水によって表面はほぼ一 定の温度と見なしてよい。一方、十分に深い所ではマントルの標準的な温度が常に保たれていると考えてよ いだろう。このような状況で、プレートは中央海嶺からの「距離」によって表面から深部へと徐々にその温 度を下げていく。しかし、プレートの拡大速度は場所によって異なり、冷却過程はプレートが生成されてか らの「時間」によるので、「プレート年代」(plate age)を変数とみなすと、どの地域のプレート運動にも 統一的に解釈することができる。以下はプレート年代によって、プレート内の温度の深さ分布がどのように 変化するかを定量的に考察する。つまり、深さ z 、プレート年代 t として、温度 T (z, t) のモデルを考える。 プレート内部の温度分布を直接測定することは、例え1点でも現在の技術をもってしてもほとんど不可 能である。しかし、表面での各種の観測量はその下の温度構造を反映しているものが多く、それらのプレー ト年代による変化から、間接的に推定することができる。最も簡単に測定でき、かつ温度分布の推定に有効 なのは海底面の深さの変化である。参考資料の Fig. 7.7 の下図は、太平洋において海嶺軸からの距離が離 れるについて水深が次第に深くなっていることを示している。ハワイなどの海洋島はホットスポットの火山 活動でプレートが再加熱されてしまい、単純な議論はできないが、これらの影響がない部分のデータのみ を選択すると、Fig. 7.8 のように単調に深くなっていき、何らかの規則性が見いだせる。特に、横軸を海嶺 からの距離ではなく、プレート年代とすると、どの大洋においてもほぼ同じ関係となるので、年代による海 洋プレートの変化を反映している。この図は次の2つの節で説明するプレート冷却モデルからの予想値も 45 プロットしているが、実際のデータと比較することで二つのモデルの優劣も検証できる点も重要である。 水深のプレート年代による変化は、プレートの温度構造に応じて密度構造も変化するためである。熱いプ レートでは密度が小さい。地球内部は固体部分でも第4章で論じたように流体として振る舞うので、アイ テキスト ソスタシーが成り立つため、密度の小さい分は盛り上がることで重力補正される。水深の他にも多くの物 理的な観測量がプレートの温度構造の年代変化によって異なり、以下に主要な観測量をまとめる。 • 水深: 熱膨張によってプラット流のアイソスタシー(isostacy of Pratt type )より、プレートが冷 却されるとともに水深が深くなる。 • 熱流量: 表面での温度勾配に比例する、つまり 率)、冷却とともに減少していく。 と表現されるので(k は熱伝導 • ジオイドや重力: 冷却によって密度は変化していくが、アイソスタシーにより重力(厳密にはフリー エア補正後の重力値)は変化しない。言い換えれば、一定の重力値となるように水深が変化する。し かし、重力の等ポテンシャル面であるジオイドの高さは、重力値を深さ方向に積分した形となってい るので、温度分布(つまりは密度分布)によって変化する。 • プレートの弾性的厚さ: 冷却によってプレートの「固さ」は増していくはずである。第4章で説明 したように、ある地点の温度が深さによって増加していくと、弾性的性質から粘性流体的に振る舞う 領域に移行する。プレートの温度が高いと、この移行する深さが浅くなるので、冷却とともに弾性的 に振る舞う部分の厚さは次第に増してくる。ホットスポットによる海山の過重や沈み込み帯によるプ レートの曲がりから、この厚さが推定でき、プレート年代とともに厚さが増す。 • 表面波の伝搬速度: 地震波の一種の表面波の分散を測定すると、伝搬する地域の平均的な速度の深 さ分布が推定できる。つまり、位相速度や群速度の周波数依存性から、S 波の深さ構造が求まる。多 くの震源-観測点のペアを用いることで年代別の S 波速度の深さ分布が推定できる。冷却するにつれ て、全体の速度が大きくなる他、低速度層が始まる深さ、すなわちリソフフェアの厚さの変化も推定 できる。 • 電気伝導度の深さ分布: 外部からの電磁場の変化によって誘導された電磁場を海底面で測定するこ とで、電気伝導度の深さ分布が推定できる。熱い部分では全体的に電気伝導度は小さく、冷却ととも のこの分布が変化していく。 ここでは基本的な水深と熱流量と、温度の深さ分布の関係を説明するが、5.4 節ではその他の観測量にも 簡単に触れる。 さて、これからプレートの冷却の基本となる熱伝導方程式を導く(物理数学やその他の講義で既出かも しれないので、要点のみまとめる)。図5−1のような媒質の一部の微小な直方体を考える。一つの角は (x, y, z) に位置しており、それぞれの辺の長さを Δx, Δy, Δz、体積は ΔV Δ x ΔyΔ z とする。そして、こ の直方体への熱の出入りを考える。それは (a) 6つの面を熱伝導によって出入りする熱量、(b) 物質の移動 によって出入りする移流項(advection term )による熱輸送 (c)、 内部熱源による発熱量(例:放射性元素 の崩壊によるエネルギー)である。これらの合計が、直方体の温度変化をもたらす。 まず、(a) の熱伝導では第2章の弾性運動方程式の導入と同じ形式で求められる。図2−4の各々の面に かかる応力テンソルσij を、図5−1 (a) のように面を通しての熱流量 qi に置き換えればよい。すなわち、 面 A を通る熱流量は x 成分なので、単位時間あたりで単位面積あたりの熱流量は qx (x + Δ x, y, z) とな る。符号がマイナスなのは直方体から外側に出ている量を正と定義しているからである。一方、面 B につ いては符号が逆となり、q x (x, y, z) である。この面の面積は ΔyΔz であるから、2.3節と同様なテイラー展 開を用いると、 46 z (a) Δx 図5-1 Δz x Δy B qx(x,y,z) A (b) v x(x+Δx,y,z) y qx(x+Δx,y,z) T(x+Δx,y,z) 次に、xz 平面にある2つの面については、熱流量は y 成分なので、qy となり、同様に {q y (x, y + Δ y, z) + qx (x, y, z)} ΔxΔz qy ΔV y 最後に、xy 平面にある2つの面についても同様に {q z (x, y, z + Δ z) +q x (x, y, z)} Δ xΔy qz ΔV z これら3つを合計すると、6つの面を通しての熱伝導での熱の出入りの量が求まる: (5.1) ここで、q = (qx, q y , q z) は単位面積あたりの熱流量ベクトルである。 次に (b) の物質の移動による熱輸送量を考える。物質の速度ベクトルを v = ( vx , vy , vz ) とすると、図5− 1 (b) のように、(a) と同じ面 A を単位時間あたり通過する量は vx (x + Δx, y, z)ΔyΔz となる。ここでの 物質の単位体積あたりの熱容量は、ρと Cp を密度と比熱とすると、 なので、結局、面 A と B を通し て移動する物質の移動による熱の出入りは T vx という値の x の偏微分を取って となる。同様に、y 方向の2面と z 方向の2面の熱の流入出量を計算し、これらをまとめると、以下のよう に移流項のよる熱輸送量が求められる: (5.2) [問題5-1] 式(5.2)を導け。 最後に、(c) の内部熱源による発熱量を考える。単位質量あたりの発熱量を H とすると、今考えている図 5−1の直方体における発熱量は (5.3) となる。 [問題5-2] 固体地球の内部熱源で最も重要なのは、半減期が数千万年以上の放射性元素の崩壊による発熱 である。実際には、 の4種類の同位体が重要である。文献を調べて、これらの4つ 同位体元素の大まかな単位質量辺りの含有量を以下の種類の岩石について調べ、さらに単位時間単位質量 あたりの発熱量を推定せよ:(a) 大陸地殻を形成するカコウ岩、(b) 海底地殻を形成する玄武岩、(c) カンラ 47 ン石を主成分とするマントル物質、(d) 地球の始源的材料と考えられているコンドライト質隕石。 上の (a), (b), (c) の3つを合わせた直方体に出入りする熱の総量により、直方体の温度が単位時間あたり 変化する。直方体の質量と比熱 Cp と温度変化との積が、3つの項の和と等しいので、 ρΔV Cp T = t · q Δ V ρCp · (Tv) Δ V + ρHΔV つまり、以下のようにまとまる: )、温度の高い所から低い ここで、熱流量ベクトル q は温度勾配に比例し(フーリエの法則、Fourier s law 所へ流れるように符号を考えると、 qx = k T T T , q y= k , qz = k x y z と表され、この比例係数 k を熱伝導率(thermal conductivity )と呼ぶ。まとめると、 (5.4) これを上の式に代入すると、結局、熱伝導方程式は以下のようになる: (5.5) ここで、第3章の粘性流体で示したように、質量保存の式 (3.19)を考慮して、式 (5.5)の別の表現を導く: この章で考えるプレート冷却については、密度変化は小さいので「密度が一定」と見なせる(後で、温度に よる密度変化で水深の変化を計算するが、通常の岩石では熱膨張係数 α 10 6で、温度変化 Δ T が最大で 1,000 度程度なので、¦Δρ/ρ¦ = αΔT 10 3 程度となり、熱伝導方程式においては無視できる大きさであ る)。よって、質量保存の式は (3.21)の となり、式 (5.5) の左辺の第2項は · (Tv) = T ·v+v· T v· T となる。さらに、熱伝導率 k は厳密には温度や圧力依存性があるし、構成鉱物や割れ目・空隙の存在など で変化するが、ここではほぼ一定と見なしてよい。よって、この章における問題では ρC p T +v· t T =k 2 T + ρH (5.6) と、より簡単な形式で近似できる。ここで、κ k/ρCp は熱拡散率(thermal diffusivity)と呼ばれる係数 であり、 H/C p は内部発熱による温度上昇率である。 [問題5-3] 熱拡散率 κはどんな単位となるか。また、この章で考えるプレート冷却は 107 時間スケールである。問題5−2の結果から、この場合には内部発熱は無視できる( 108 年程度の 0)ことを示せ。 式 (5.6)で = 0 とした式を、プレート冷却では用いる。プレートが生成される海嶺はほぼ一直線でこれ に沿ってはほぼ温度分布は一定である。つまり、図5−2のように深さ方向を z 軸、プレートの拡大方向を 48 図5-2 0℃ ridge v 1300℃ 0℃ v y a t = x/v z b x 軸として、この2次元問題と考えてよく、海嶺方向の y 軸には一定とする。また、プレート拡大速度は x 軸方向に対称で一定と見なす(図の右半分のみを以下では考える)。さらに、プレートは移動しながら冷却 されるが、時間によって温度は変動するのではなく、「プレートの位置」のみによるので、時間の偏微分の 項はゼロとなる(これを、 と呼ぶ)。 以上、まとめると (5.7) となるので、式 (5.6) はさらに以下のように簡単になる: (5.8) さらにこの問題ではプレートの形の特徴によって、上式はさらに以下のように簡単になる。プレートは水 平方向(大きいもので 10,000キロ以上)に比べて深さ方向(厚さ約100キロ)には大きさがはるかに小さ い。つまり、図5−2で深さ方向の代表的スケール a が 100kmで、水平方向のスケール bが 1,000-10,000km である。すなわち、b a が成り立つ。これによって、式 (5.8)の右辺の2つの項の大きさを比較すると、 T x2 ΔT 2 b2 T z2 2 , ΔT a2 → となり、式 (5.8) はこの問題においては となる。さらに、この節の最初で述べたように、各地域のプレートの拡大速度は一桁以上異なる場合でも、 海嶺からの距離ではなくて「プレート年代」を考えると種々の観測量がほぼ統一的に説明できる。よって、 x ではなくて t x/v を変数とすると(この場合の t はあくまで時間ではなく、プレート年代に対応する点 に注意)、最終的に (5.9) が解くべき方程式となる、すなわち、この方程式から T(z, t) を求めることになる。 地球惑星科学のこのような問題では、上のように各項の大まかなスケールを推定して、支配的な項だけを 取り出して簡略化することが大切である。さらに、式 (5.9)よりプレート冷却の大まかな時間スケール τを、 方程式を解く前に見積もっておくことも重要である。マントル岩石の熱拡散率はだいたい κ 10 2cm2/s で、プレートの厚さ L は約 である。式 (5.9) の大きさを見積もると、 ΔT τ ΔT κ 2 L → (5.10) となる。この3億年の半分ほどが地球のプレートで一番古い年代に対応するので、式 (5.9)の形の近似の妥 当性が示される。 [問題5-4] プレートが冷却する時間スケールを推定したのと同じように、海洋底に貯まる堆積物の冷却す る時間スケールを推定せよ(海水の温度がプレート上面まで伝わる時間スケールである)。ここで、堆積物 の熱拡散率 κは 2 10 3cm2/s で、堆積物の厚さは 0.5 kmとする。 49 5.2 半無限媒質冷却モデル: Half-space cooling model 前節では、式 (5.9)という時間 t と空間 z を変数とする温度 T(z, t) についての偏微分方程式を求めた。こ れを解くためには、初期条件や境界条件を指定しないといけない。方程式そのものよりも「いかに実際の現 象を説明するような初期条件・境界条件を選択するか」という点が、地球惑星科学では重要、あるいは難し い場合も多い。それが実際に観測される複雑な現象について、「いかによいモデルを構築するか」の鍵とな る。この節と次の節で2つの異なったプレートの冷却モデルを比較することで、その一例を学ぶ。 どちらのモデルでも、海嶺(t = 0)では下から部分溶融したソレアイト質の玄武岩組成のマグマが一気 に表面まで上昇するわけなので、表面から深い所までマントル温度(Tm )でほぼ一定と見なしてよい。ま た、表面は常に海水で冷却されており、その温度 T0 はプレート年代によらずに一定と見なしてよいであろ う。つまり (5.11) とみなす。問題は、海嶺から離れていったプレートの下面の温度をどうするか、である。単純に考えると、ど んどんプレートは年代とともに深い所まで冷却されるから、十分深い所の温度をマントル温度 Tm とすればよ いとみなせるかもしれない。一方、プレートは有限の厚さがあり、その下の は何らかの理由で、低速度・低粘性度・高減衰率であることが観測で推定されているから、流動しやく、よっ て温度もプレートの底面ではマントル温度 Tm として常に一定と見なしてよいかもしれない。図5−3に2 つのモデルの初期・境界条件を示す。つまり、深い部分の境界条件は、(a) の「半無限媒質冷却モデル」では (5.12) に対して、(b) の「プレート冷却モデル」では、プレートの厚さ a というもう一つのパラメターを導入し T(z = a, t ) = Tm (5.13) とする。前者をこの節で、後者を次節で解説し、さらに両者の比較を行なう。 (b) plate cooling model (a) half-space cooling model ridge v 図5-3 ridge T= T0 at z=0 v T= T0 at z=0 v v T= Tm at t=0 T= Tm at t=0 z −> ∞ T= Tm z=a T= Tm 半無限媒質冷却モデルは、T(z, t) が満たす式 (5.9) を、式(5.11)と (5.12)の下で解くことになる。式 (5.9)のような偏微分方程式の代表的な解法は、変数分離(separation of variables)であり、この場合もそ れを利用できるが、それは次節に回し、ここでは式(5.10)の2つの変数z と t の間の関係から、以下の新 しい変数を導入し、常微分方程式に変換する(熱伝導方程式の解析解は物理数学の講義で扱ったはずで、そ の解には以下の x と t の関係で必ず表現されるので、この変数の導入は偶然でないことが理解されるであ ろう) : z 2 κt u (5.14) こうすると、T(z, t) が T(u) という一つの変数、すなわち式(5.9)が以下に示すように u のみの常微分方程 式に帰着できる。式 (5.9) のそれぞれの項は新しい変数 u によると、 dT u dT z u dT T = = = t du t du 2t du 4 κt 3/2 dT u 1 dT T = = z du z 2 κt du 50 → 1 d 2T T = 2 z 4κtdu2 2 となる。よって、式(5.9) は u についての常微分方程式となる: ∂T ∂2T =κ 2 ∂t ∂z −→ − u dT 1 d2 T =κ 2t du 4κt du2 −→ d2 T dT = −2u du2 du (5.15) この常微分方程式には T (u) の項がないので、f (u) ≡ dT /du とみなせ、f (u) についての1階の常微分方程 式となり、以下のように簡単に解を求めることができる: df = −2uf (u) du df = −2udu f −→ d ln f = d(−u2 ) −→ −→ ln f = −u2 + C つまり、未定定数 A を用いて、 2 dT = f (u) = Ae−u du となるので、結果的に温度分布は以下のようになる(B も未定定数) : T (z, t) = A ! √ z/2 κt 2 e−u du + B (5.16) 0 2つの未定定数 A, B は式 (5.11) と (5.12) という初期条件と境界条件で決まる。まず、表面(z = 0)で 温度が T0 より T (z = 0, t) = A ! 0 2 e−u du + B = B = T0 0 と B が定まる。一方、t = 0 または z → ∞ はともに、式(5.16) の積分の上限が無限大になる。この積分 √ は統計のガウス分布に出てくる形で、 π/2 となるので、 √ ! ∞ 2 π T (z = ∞, t) = T (z, t = 0) = A e−u du + T0 = A + T0 = Tm 2 0 √ となり、A = 2(Tm − T0 )/ π と定まる。 "∞ √ 2 [問題5-5] 0 e−u du = π/2 を示せ。(ヒント:左辺の変数 u を x および y に置き換えた2つの積分の 積を求めればよい。この (x, y) についての二重積分を x = r cos θ, y = r sin θ と変数変換して、r と θ につ いての積分の積の形にすれば、解析的に積分を求めることができる。) まとめると、半無限媒質冷却モデルの解は、以下のようになる: 2 T (z, t) = (Tm − T0 ) √ π ! √ z/2 κt 2 e−u du + T0 (5.17) 0 慣例的に定義される、以下の誤差関数(error function) ! x 2 2 erf(x) ≡ √ e−u du π 0 を用いると、 T (z, t) = (Tm − T0 ) · erf # z √ 2 κt (5.18) $ + T0 (5.19) と表わせる。誤差関数は、図5−4 (a) のようにガウス分布の途中までの面積に対応し、無限大では1とな √ る(確率が1になるように係数 2/ π を定義(5.18)につけたわけである)、すなわち図5−4 (b) の形に なる。代表的な値としては、erf(0) = 0, erf(1) = 0.843, erf(2) = 0.995, erf(∞) = 1 などがある(図5− 4 (b) の erfc(x) ≡ 1 − erf(x) は、後の水深の計算で用いる)。 [問題5-6] 誤差関数 (5.18) は数値積分をしないと求まらない。そこで、以下のシンプソンの方法(Simpson’s 51 − 2/√π (b) (a) erf(x) erf(x) 図5-4 x erfc(x) x method) を用いて、プログラムを作って erf(x) を求めよ(ヒント:十分な精度の結果となるように、小区 間の数 n を推定すること)。また、Matlab の積分を用いて求めよ。 < シンプソンの方法 > 関数 f (x) の a から b までの定積分 I ≡ S= !b a f (x)dx を、以下の形で近似する: h [f (a) + 4f (a + h) + 2f (a + 2h) + · · · + 4f (b − 3h) + 2f (b − 2h) + 4f (b − h) + f (b)] 3 (5.20) ここで、h = (b − a)/n で、n は偶数とする。I を S で近似した時の打ち切り誤差は、普通は区間 (a, b) 内 のある値を ξ として、S − I = (b − a) f (4) (ξ)/180n4 である。 5 図5−5 (a) に、半無限媒質冷却モデルの結果 (5.19) を示す。ここではマントル温度 Tm = 1300◦ C、表 面温度 T0 = 0◦ C、熱拡散率 κ = 10−2 cm2 /s の値を用いている。図中の数字はプレート年代(単位は Ma) を示す。表面から急激に冷却されていくことがわかるが、冷却が始まる深さは式 (5.10) で示したように、 √ L ∼ κt でほぼ説明される。つまり、プレート年代の平方根に比例する形で冷える深さが単調増加していく。 T0 Tm (a) (b) half-space cooling model 図5-5 z プレートの温度分布 T (z, t) が求まったが、それは直接測定できないから、表面での観測量にどのように 反映されるかが、地球惑星科学では重要である。温度構造が時間変化していくので、まず考えられる観測量 は熱流量(heat flow) である。式 (5.4) で既に示したように、温度の空間勾配に比例し、温度が高い方から 低い方へと流れる。ここでは深さ z が大きくなると高温になり、鉛直方向のみ考えればよいので " $ % & '( # z/2√κt ∂T 2 ∂ 2 1 z2 −u2 √ exp − q=k |z=0 = k(Tm − T0 ) √ e du = k(Tm − T0 ) √ ∂z 4κt z=0 π ∂z 0 π 2 κt z=0 となる。最後の等式では、以下の公式を用いた: # f (x) d g(y)dy = f ′ (x)g (f (x)) dx 0 結果として、熱流量のプレート年代による変化は以下のようになる: q(t) = k(Tm − T0 ) √ ∝ t−1/2 πκt 52 (5.21) つまり、海嶺では で、十分に年代が大きくなると に収束していく。プレートが生成さ 1960年頃から英国の Bullard らのグルー れる海嶺付近では熱流量は大きく、年代と共に減少していくのは、 プが測定を精力的に開始してから、この特徴は直ちに認められていた。プレートを構成する岩石はだいた い k = 3.1W/m/K であり、図5−5 (b) に示すような値となる。 ridge (a) 図5-6 ρw z=0 ρm ridge (b) w(t) ρ(z,t) z=0 z=a ρw ρm w(t) ρ(z,t) ρm 次に、プレートの温度構造が変化すると密度も変化するから、水深という観測量を式(5.19)の T(z, t) か ら求める。この場合には、アイソスタシー(isostacy)、とりわけ「Pratt 流のアイソスタシー」という概念 が重要となる。地下十分深い場所では第4章で考えたように、塑性変形してしまい、圧力(単位面積あたり に上からかかる重さの積分値)が一定になる。固体部分では密度分布ρ(z) の積分値となるが、この場合に は海底面の上には海水があるので、水深 w を一番浅い海嶺での値を基準としてゼロとすると、海水の重さ : (海水の密度がρw )を加えたものが一定となる(図5−6 (a)) 0 ρ(z, t)dz+ wρw = const . = (5.22) 右辺は水深の基準とした海嶺の値で、一定のマントル密度 ρmで w だけ盛り上がっている。よって、以下 の関係式となる: (5.23) ここで、密度ρ(z, t) は式 (5.19)の温度 T(z, t) によって決まる。つまり、温度が高くなると、膨張して密 度が小さくなる。経験的に、密度変化と温度変化はほぼ比例し、以下のような関係式で表わされる: (5.24) 比例定数 αは「熱膨張率、熱膨張係数」 (thermal expansion coefficient )と呼ばれ、プレートの主要構成鉱 物のかんらん石などでは、たいだい 3 10 5deg 1 である。マイナスの記号が付くのは、温度が高くなる と密度が減少することに対応する。この問題ではマントル温度 Tm が基準となる(海嶺での水深を基準とし た)ので、密度も温度もそこからのずれを上式に当てはめて、 ρ(T) ρm = の形式とする。ここで、ρm (5.25) ρ(Tm ) はマントル温度に対応するマントル密度である。 式 (5.25)をアイソスタシーの式 (5.23)に代入し、さらに温度 T に式(5.19)を代入すると、 w(ρm ρw ) = ρmα(Tm T0) 0 1 erf z 2 κt dz となる。被積分関数は図5−4 (b)のerfc(x) に当たる。よって、海嶺を基準とした水深 w は、以下のよう になる。 問題5−7のように、上の積分は解析的に求めることができ、最終的に (5.26) 53 となる。すなわち、プレート年代の平方根に比例して水深が深くなっていくわけである。マントルと海水 3 3 の密度を ρm 3300kg/m , ρw 1000kg/m として、図5−5 (b) には水深の変化も熱流量と合わせて示 す。次節のプレート冷却モデルの結果と比較して、後に解釈を加える。 [問題5-7] 次の積分の結果を導き、式(5.26)を示せ: [1 erf(x)] dx = 0 (ヒント:誤差関数はerf(x) x 0 e u2 0 erfc( x) dx = 1 π (5.27) du なので、上の積分は、変数 x と u についての二重積分となる。積 分範囲は (u, x) 平面の三角形状の領域となるが、積分の順序を交換した場合のそれぞれの変数の積分範囲を 考えれば、新たに現れる2つの積分はどちらも解析的に求めることができる。このように積分の順序を入 れ替える手法は有用で、様々な場合に用いられる。例えば、蓬田の 9.1節や 11.2節を参照のこと。) 5.3 プレート冷却モデル: Plate cooling model 前節の半無限媒質冷却モデルは、プレート年代が古くなればいくらでも深い所まで冷却が続く。しかし、 地球内部はある深さ以降は、伝導よりも効果的な対流などの熱輸送過程により、冷却が抑えられることが考 えれる。プレート、あるいはリソスフェアとは、まさにある深さで冷却が止まり、そこから下は均質に加熱 されるというイメージである。そこで、ある深さでの温度を一定とした境界条件で冷却を考えたモデルを、 「プレート冷却モデル」と呼ぶ(D.P. McKenzie,J. Geophys. Res. , 72, 6261-6273, 1967)。 図5−3 (b) のように、深さ z = a での温度をマントル温度 Tm で固定とする。つまり、半無限媒質モデ ルの境界条件 (5.12)の代わりに、(5.13) の とする。方程式は (5.9) で、他の初期条件や 境界条件は同じ、つまり式 (5.11)と (5.13)である。前節のような変数変換の解法もあるが、ここではその 特徴を理解するために、まずは定常状態、すなわち t → から、式 (5.9) より の温度分布を求める。そこでは温度変化がない 2 T T (t → ) =0= κ 2 t z となる。この右辺の等式を2階積分することで、T(z, t) = Bz + C(ただし、B, C は未定定数)と求まり、 表面 z = 0 とプレートの底 z = a の境界条件である (5.11)の第2式と (5.13)より、 (5.28) 図5−7 (a) の太線にあるように、表面とプレートの底の温度が固定されているので、時間が十分に長く冷 却されると、一定の温度勾配の分布となる。これだけでも図5−5 (a) の半無限媒質冷却モデルでは、次第 により深くまで冷却されるのとは対称的である。また、定常状態での熱流量も簡単に計算できて、 q(t → )= k T ¦ = z z=0 という有限な値になる、温度勾配が一定の分布に収束するからである。半無限媒質冷却モデルでは、q 1/ t であるから、ゼロに収束していく。つまり、熱流量の観測データがあれば、2つのモデルの優劣を判定でき そうである。水深も含めた比較は、5.4節で行なう。 それでは、プレート冷却モデルの場合の温度構造を式 (5.9)という時間と深さについての偏微分方程式を 解いていく。まず、最終的な温度分布が上で求めたようになるので、温度 T(z, t) ではなく、 T(z, t) Tm a T0 z + T0 +θ(z, t) (5.29) を式 (5.9)に代入して得られる、定常状態からのずれθ( z, t ) についての方程式を考える: (5.30) 54 T0 (a) Tm (b) plate cooling model 図5-7 a z θ(z, t) についての初期条件と境界条件は、式(5.11)、(5.12)から以下のように代わる: ! Tm − T 0 z" θ(z, 0) = − z + Tm − T0 = (Tm − T0 ) 1 − , θ(0, t) = 0, θ(a, t) = 0 a a (5.31) 偏微分方程式の最も代表的な解法は「変数分離」(Separation of variables)である(蓬田の 2.1 節参照)。 z と t の関数である θ をそれぞれの変数のみの関数の積と仮定する: θ(z, t) ≡ τ (t) · ζ(z) (5.32) これを式(5.30)に代入し、常微分で表わした上で、t のみの形と z のみの形で両辺に分ける。両辺が等式 で結ばれているのでどちらも定数でなくていけない: ζ dτ d2 ζ = κτ 2 dt dz 1 dτ d2 ζ /τ = 2 /ζ = const. ≡ −λ2 κ dt dz −→ つまり、以下の2つの常備分方程式となる: dτ = −κλ2 τ, dt d2 ζ + λ2 ζ = 0 dz 2 and (5.33) 前者の t に関する方程式は「減衰」を、後者は振動を表わす典型的な常備分方程式であることがわかる。 (よって、すぐ上の定数の λ の前にマイナスの符号を付けたわけで、プラスだと前者は時間とともに「増幅」 していまい、実際的な解を得られない。)式(5.33) の解は以下のようになる: τ (t) = C exp(−κλ2 t), and ζ(z) = A sin λz + B cos λz (5.34) ここで、A, B, C は未定定数である。 あとはこれらの未定定数を初期条件・境界条件の式(5.31)より求めればよい。まず、表面 z = 0 とプ レートの底 z = a での境界条件より θ(z = 0, t) = τ (t) · (A sin 0 + B) = Bτ (t) = 0 B=0 −→ θ(z = a, t) = τ (t) · A sin λa = 0 後者の式で、A ̸= 0 の解を得るには、sin λa = 0 でなくてはいけないので、 λa = nπ with n = 1, 2, 3, · · · −→ λn ≡ nπ a このように、λ は連続な値では満足されず、離散的な値のみとなる。このような形式は、行列の固有値問題 と同様に、境界条件による微分方程式の固有値問題(eigenvalue problem)という一般的な原理の一例であ る。ここまでで解の形をまとめると、 θ(z, t) = ∞ # Cn exp(− n=1 55 κn2 π 2 nπ t) sin z a2 a (5.35) となる(定数 C もλn に合わせて離散化した値 Cn とする)。t → で θ→ 0 となることも確認される。 式(5.35)は三角関数の級数形であり、任意の関数をこうして表わすことは「フーリエ級数」( Fourier series )という極めて代表的な手法である(例:蓬田の第7章参照)。残っている作業は C n を決めることで、 フーリエ級数の係数を求めることに対応する。式(5.31 )の最初の式より、 θ(z, t = 0) = ( Tm z = a - T0) 1 - n=1 Cn sin nπ z a (0 ≦ z ≦ a) ここで、三角関数の直交性を利用して、両辺にsin(mπz/a)(m は整数)をかけた上で、z について 0 から a まで積分すると、 a 0 mπ z dz = θ(z, 0) sin a n=1 Cn a 0 sin nπ mπ z sin zdz a a となる。右辺の積分は m = n 以外はゼロとなり、m = n の場合には a/2 となる。 [問題5-8] 次の三角関数の直交性を示せ。 a 0 sin nπ a mπ z sin z dz = δmn a a 2 (5.36) こうして、上の右辺は aCm /2 と求まり、以下の関係となる: a mπ θ(z, 0) sin z dz = ( Tm a 0 - T0) a 0 1- z mπ a sin z dz = Cm a a 2 [問題5-9] 上式の2番目の積分は以下のようになることを示せ。 a 0 1- a z mπ z dz = sin a a mπ (5.37) これで、Cm が以下のように定まり、未定定数がすべて求まった: 式(5.35)の解は、 θ(z, t) = 2 n=1 κn2π2 nπ (Tm - T0) exp( t) sin z nπ a2 a (5.38) となり、式(5.29 )より、温度分布は最終的に以下のようになることがわかる: (5.39) 前節の半無限媒質冷却モデルとパラメターはすべて同じで、プレートの厚さ a = 120kmとした場合のT(z, t) を図5−7 (a) に示す。図5−5 (a) の結果に比べて、z = a での温度が Tm に固定されているので、温度 が勾配一定の定常状態に収束していくことがわかる。 プレート冷却モデルの温度分布が求まったので、前節と同様に熱流量と水深について求める。まず、熱流 量は式(5.39 )より、以下の形となる: q= k T ¦ = z z=0 (5.40) 56 ここで、L 2 2 κπ /a とすると、上の和の部分は e Lt + e 4Lt + e9 Lt + e 16 Lt + · · · の形なので、プレート年代 t がゼロ付近でない限りは急速に後ろの項が小さくなっていく。つまり、最初の 2つの項を取った以下の式でかなり正確な熱流量の値が求められる: (5.41) 厳密な(5.40)でもわかるが、上式だとはっきりとt → では、半無限媒質冷却モデルではゼロになった (5.21)に対して、有限な値 q → (Tm T0)k/a となることがわかる。定常状態では式(5.28 )のように温 度勾配が一定となり、この値に収束することに対応する。また、t = 0 では式(5.40 )の級数和が無限大に なるが、これは z = 0 で海底面直下の温度 Tm と海水の温度 T0 が z = 0 で不連続となるので、半無限媒質 冷却モデルの式(5.21)と、同様な結果となっている。 [問題5-10] 年代が5、10、20、30、50、100 Ma において、熱流量の厳密な形(5.40 )と、近 似式(5.41)とを比べよ。パラメターはすべて上で用いた値とする。 次に、プレート冷却モデルの水深の年代変化を求める。ここでは z = a の深さより深部は温度が一定、す なわち密度も一定なので、Pratt 流のアイソスタシーではこの深さから上の単位面積あたりの質量がどこで も一定となる。前節と同じように、海嶺での深さから測った水深を w とすると、 : a 0 ρ(z, t)dz + wρw = const. = (5.42) 右辺が海嶺での値である(図5−6 (b) 参照)。こうして、水深 w を定める式が以下のようになる: (5.43) ここに式(5.25)の密度と温度の関係を代入し、温度 T(z, t) の (5.39)を代入すればよい: w(ρm ρw) =ρmα(Tm T0) a 0 1 2 z κn2π2 nπ 1 exp t sin z dz a πn=1 n a2 a [問題5-11] 上の式の右辺にある、次の2つの積分の値を求めよ。 a 0 1 z a dz = , a 2 a 0 sin 2a nπ z dz = 0 forn : even, · · · = forn : odd a nπ (後者で、n が偶数(even)の場合にゼロになるのは、深さ a までの間に、温度が正と負の部分が同じだけ あるわけで、密度も小と大が同じ分だけ分布しているからである。n が奇数(odd )ならば、相殺されない ため、水深に影響する。) 上の積分で n が奇数のみの項しか残らないので、問題5−11の結果を用いて n とすれば、水深 w は最終的に以下のように表わされる: 2k+1(k = 0, 1, 2, · · · ) (5.44) 式(5.44)の級数を数値的に求める他に、代表的な値や近似からおおかまな特徴がわかる。まず t=0: 1 k=0 2 (2k + 1) = 57 π2 8 → w=0 となる(数学公式集などで確かめよ)。一方で t→∞: w(∞) ≃ ρm α(Tm − T0 ) a 2(ρm − ρw ) と有限な値に収束する。前節の半無限媒質冷却モデルでは w ∝ t1/2 と単調増加が続く結果と対照的である。 前節で用いたパラメターと同じ値とすると、w(∞) ≃ 0.034a となる。a が 100 km 程度とすると、だいたい 最深で 3,400 m ほどとなり、これは実際の水深の年代変化の値と大きくは矛盾しない。 プレート年代 t があまり小さくなければ、式(5.44)の級数には負の値の指数関数がかかっているので、 急激に収束していく。例えば、t > 20Ma 程度だと、指数関数の係数 L ≡ κπ 2 t/a2 は1よりもずっと大きい ので、k = 0 の項だけで十分な精度で水深の値が求まる: ! 2 " # ! "$ π e−L e−9L e−25L 4ρm α(Tm − T0 )a π 2 κπ 2 w(t) ∝ − − − − · · · −→ w(t) ≃ − exp − t 8 1 9 25 π 2 (ρw − ρm ) 8 a2 (5.45) 図5−7 (b) に水深 w(t) を示す。実際の観測値による両モデルの比較などは次の節に示す。 [問題5-12] 年代が5、10、20、30、50、100 Ma において、水深を求めよ。その際、精度が 1%として、式(5.44)でいくつの項まで足し合わせないといけないか、調べよ。パラメターはすべて上で 用いた値とする。 5.4 観測量の検証とモデルの解釈: Corrections of observed data and interpretation of models 前の二つの節で、半無限媒質とプレートという2つの冷却モデルを求め、観測量としての熱流量と水深に ついても、それぞれ求めた。この節では、これらのモデルを検証するために、観測したデータについて何 らかの補正が必要な点を触れる。そして、2つのモデルを比較し、その違いとなる物理的過程も簡単に考 える。 まず、熱流量であるが、どちらのモデルからの結果、式(5.21)でも(5.40)でも、t = 0 では発散してし まう。海嶺では表面までマントル温度 Tm という一定の温度を設定したから、表面 z = 0 での温度勾配は無 限大になる。実際の熱流量の測定値は参考資料の Fig. 7.7 にあるように、海嶺付近(プレート年代 t が小さ い)以外では、どちらのモデルともたいへんよく一致するのに対して、海嶺付近では大きくはなるものの、 有限な値となり、モデルの推定値(∞)から大きくはずれてしまう。海嶺では部分溶融したマントル物質で あるマグマが地表(海底面)に直接噴出して固結する「枕状溶岩」で覆われており、地表面近くまでかなり 高温であり、モデルで用いた温度構造がそれほど非現実的でないことがわかっている。無限大にならないま でも、実際に観測される熱流量の値は明らかに海嶺付近の温度分布から推定されるより、系統的に小さい。 熱流量は、温度勾配に比例した「熱伝導」によって表面から上方へ放出される熱量を表わしている。海底 に長さ2 m ほどの槍を突き刺し、その槍の3カ所以上に設置された温度計の測定値からの温度勾配より求 める。堆積物が海底を十分に覆っているなら、このような熱伝導率による熱輸送が、実際に地球内部からの 熱輸送量と考えてよい。しかし、海嶺近くでは下からのソレアイト質玄武岩溶岩が冷却してできた枕状溶 岩で覆われ、堆積物はまだ溜まっていない。溶岩には割れ目等が必然的にあり、ここを通して海水が少し深 くまで浸透して、そこで熱せられる。海底の圧力は大きいので沸点は百℃以上となり、そのような温度の熱 水が今度は海底面から海水中へと吹き出す。実際に、海嶺付近では初期の探査時代から、熱水が噴出してい る現象が確認され、化学・生物学的にいろいろと興味深い観測がなされていた。特に、地下の鉱物元素が高 温で溶け出し、それが海水中で吹き出すと急激に冷却して微粒子になり、真っ黒な熱水の泉となり、black smoker などと呼ばれる(図5−8の写真)。 熱水が湧き出ると、その物質が持っている熱容量の移動に伴う熱輸送、すなわち熱水の移動による熱輸送 が起こる。これは地下の温度勾配から求められる通常の熱流量の測定値には含まれない。海嶺付近で2つ 58 (a) 海嶺付近での熱水循環 (b) effect of sediment original sea floor 図5-8 actual w w’ ρL a ρm s ρs a ρL ρ w sediment ρm s+w-w’ のモデルからの熱流量の予測値から大きく下回っているのは、このような熱水に伴う熱輸送が地下からの 熱の移動の多くの部分を担っているからである。熱水活動の詳しい研究によれば、堆積物が海嶺から離れる につれて(プレート年代が大きくなるにつれて)次第に溜まっていき、地形の細かな凹凸にも関わらず均質 に海底面を覆い尽くすようになる。すると熱水活動は消滅し、熱伝導のみの測定される熱流量も、モデルの 予測値に一致していく(図5−8 (a) 参照)。堆積物がどのくらいで溜まるかは、海嶺が大陸からどのくら い離れているかや、土砂の流出量の大きい河川があるかなどの条件によって、場所ごとに異なるようだが、 だいたい 5Ma までには、十分に溜まることがわかっている。 参考資料の Fig. 7.7 の右図には、上のような効果や、ローカルなテクトニクスの影響などを排してまと めた熱流量の観測値と、2つのモデルの予測値を比較する(点線が半無限媒質、実線がプレート冷却モデ ル)。つまり、式(5.21)と(5.40)を比べる。上に述べたように、t = 0 のごく近傍を除いては、この2つ のモデルと観測値、特に 100 Ma より若いプレート年代ではほとんど一致する。またそれより古い年代にお いても、半無限媒質冷却モデルでの熱流量は減少し続けていくものの、プレート冷却モデルとの違いはご くわずかで、観測データから比較することは実質的には不可能である。これは、熱流量が地表面(海底面) z = 0 という一点での温度勾配によるからである。図5−5 (a) と図5−7 (a) の温度分布の年代による変 化を比べると、深い部分では大きな違いがあるが、z = 0 の地表付近ではほとんど同じである。すなわち、 表面(海底面)からの冷却の影響は浅い部分では2つのモデルでは違いはほとんどない。 では、水深について2つのモデルの予想値と観測データはどうなるか。上で述べたように、海嶺付近以外 では海底は厚い堆積物に覆われているし、その上の海水の重さの影響もある。よって、実測された水深の 値をそのままモデルからの予測値と比較してはいけない。堆積物の影響を除いた水深を実測値から計算し、 その補正された水深の値を式(5.26)や(5.44)と比較しなくてはならない。 図5−8 (b) のように、堆積物がない場合のもともとが水深が w′ のプレートを考える。簡単のためにプ レートの厚さを a でその密度は一定で ρL とする(以下の結果に示すように a や ρL には依存しないので、 温度分布がどんなに複雑であっても、堆積物の効果の影響は変わらない)。ここに厚さ s で平均密度が ρs の 堆積物が上にかぶさるとする。アイソスタシーが成り立つとして、単位面積あたりの質量は前後で変わら ないので、 ρw w′ + ρL a + ρm (s + w − w′ ) = ρw w + ρs s + ρL a となる。実際の水深 w と堆積物の補正後の水深 w′ の関係が重要なので、堆積物の厚さ s と以下の線形関係 にあるとして、その比例係数 β を考える。ここで、通常の堆積物の密度は ρs ∼ 2g/cm3 くらいなので w′ ≡ w + βs, β= ρm − ρs ∼ 0.5 − 0.7 ρm − ρw (5.46) となる。実際の水深と堆積物の厚さ(簡単な地震波探査によって、おおまかな値なら求めることができる) を測定すれば、上式より真の水深の値 w′ を推定できる。 [問題5-13] 金星にもしプレートテクトニクスがあるとしたら、やはり海嶺で出来たプレートが冷却して 59 いくので、海嶺では高く、次第に標高が小さくなっていく地形が認められるはずである。ただし、金星に は海洋がなく、堆積物もほとんどない。固体部分の物性や温度は地球と同じと仮定して、地球と比べると、 標高の凸凹の程度は大きいか、小さいか、理由と簡単な数値の見積もり量も含めて答えよ。 参考資料の Fig. 7.8 に、こうした水深の補正をした場合の、水深データと2つのモデルの比較を示す(そ の前に、Fig. 7.7 の左下図にあるようにホットスポットなどの影響がある地域のデータは排除しないといけ ない)。100Ma より若いプレート年代では2つのモデルともに、観測値とよく一致している。しかし、熱流 量ではほぼ同じであったのに比べて、それより古い年代ではプレート冷却モデルがあまり水深が変化しな いのに対して、半無限媒質冷却モデルでは水深が引き続き大きくなる。熱流量は z = 0 という一点のみの 温度勾配を表わしているのに対して、水深は表面から深くまでの温度分布の積分値となっている。よって、 図5−5と図5−7 (a) での温度分布は、プレート年代が若い場合にはあまり変わらないが、古くなった場 合に深い部分に大きな温度の差があり、これが水深の予測値の食い違いに反映される。プレート冷却モデ ルでは予め既定したプレートの厚さ z = a よりも深い部分は温度は一定なのに対して、半無限媒質冷却モ デルではいくらでも深くまで冷却されるので、水深もどんどん深くなっていくわけである。観測データは、 何となくプレート冷却モデルの方が合っているように見える。 熱流量と水深の他にもプレートの冷却過程を制約できる地表での観測量があることは、この章の初めに 触れた。一例として、海洋プレートを伝搬する表面波の分散、すなわち位相速度や群速度の周波数(または 周期)依存性を考える。参考資料の右下にはナスカプレートという拡大速度が大きい(よってプレート年代 ごとの面積が大きく測定がしやすい)地域での、プレート年代別の位相速度の分散(周期による速度変化) を示す。プレート年代が古くなるにつれて、どの周期でも位相速度が大きくなっていき、さらに100秒の 長周期ではあまり変わらないが、20秒くらいの短周期で大きく年代による変化が見られる。短周期の速度 は浅い部分、長周期は深い部分までの平均値を反映しているので、マントル(アセノスフェア)の速度を一 定として、プレートの厚さやプレート内の平均速度(S 波)を求めた結果を、右下図にまとめる。プレート (リソスフェア)は最初の数 Ma の範囲で急激に厚さが増大するが、それ以降はあまり変化せずにほぼ一定 のようである。そして、プレート内の S 波速度は徐々に大きくなっている、すなわち温度が低くなってい ることを示している。 プレート冷却モデルではプレートの厚さが一定、つまり深さ a での温度が一定とした。実際にこうなるた めには、この深さでは上からの熱伝導による冷却よりも下からの加熱が支配的になる何らかの熱輸送過程を 考えなくてはいけない。その一つのメカニズムとして、参考資料の Fig. 7.19 に示すような、プレート下の アセスフェア内でのロール状の小規模対流が提案されている。粘性率が小さいアセノスフェアの上を剛体の プレートが水平に動くと、図のようなプレートの運動方向に細長い何本もの対流セルができることが室内実 験などで得られている。対流内での粒子はらせん状の運動をする。このような小規模対流がプレートの底に あれば、効果的な熱輸送が起こり、底の温度がほぼ一定となる。このロール状対流は、地表面ではジオイド 面が細長く筋状のパターンになるはずで、これも衛星による海水面の高さを測定する Radar Altimetry に よる観測などで、その存在が示唆されている。しかし、最近の各種データを用いると半無限冷却モデルの方 が正しいという指摘もあり、このプレートの冷却過程は未だに未解決な問題のようである(例:Korenaga and Korenaga, Earth Planet. Sci. Lett., 268, 41-51, 2008)。 60
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