危険物施設の事故防止の取り組み 消防庁危険物保安室長 白 石 暢 彦 危険物施設における事故件数は高止まりの傾向が続いている。平成26年中の事故件数は599件で、 平成6年と比較すると2倍を超えている。また、近年の危険物施設の減少を考慮すると1万施設あ たりの事故発生率は3倍に迫る。 消防庁では、平成15年度から危険物事故防止アクションプラン(以下「アクションプラン」とい う。 )を策定し、事故防止の取り組みを官民一体となって進めているが、事故件数からだけでは、そ の効果は分かりにくい。そのため、消防庁では、危険物施設の事故について、その人的被害、被害 額、流出量に基づく深刻度を加味した分析1を試みている。深刻度は5つの区分(ランク1∼5に区 分、5が最も軽微な事故)に分けられており、過去10年間の傾向を見てみると、 “最も軽微な事故” 以外の事故は減少傾向が見られるものの、 “最も軽微な事故”が増加しており、全体の事故件数の高 止まり傾向に影響していると考えられる。このことは、重大な事故の防止には、関係者の努力によ り、一定の効果を上げてきているものと評価することができる。 しかしながら、確率論的に議論をすると、軽微な事故件数の増加は、その中には深刻な事故の芽 が隠されている可能性のあることを認識し、不断の事故防止対策を進めて行く必要があることを示 している。 平成27年度も消防庁ではアクションプランを定め、関係機関に事故防止への取り組みを促してい る。取り組みには最近の事故動向を踏まえ、次の4つのテーマを掲げている。 ①保安教育の充実による人材育成・技術の伝承(ノウホワイ教育の強化、事故事例や良好事例の 共有等) ②想定されるすべてのリスクに対する適時・適切な取り組み(スタートアップ、シャットダウン、 メンテナンス等の非定常作業時におけるリスクアセスメントの重要性や危険感受性や想像力の 醸成) ③企業全体の安全確保に向けた体制作り(経営層のコミットメントや資源の投入) ④地震・津波対策の推進(南海トラフ巨大地震や首都直下地震発生が懸念される中、想定を踏ま えた適切なハード対策とソフト対策の実施、対策の検証や訓練の実施) 危険物事故を取り巻くこれまでの状況を見ると、高度成長期に数多くの事故を経験し、その教訓 を生かし様々な安全対策が実施されてきた。さらに、技術革新に伴う自動化の進展等も加わり、確 実に安全性が向上してきたことは疑う余地もない。一方で、自動化の進展による安全システムのブ ラックボックス化、近年の団塊の世代の大量退職による技術伝承の課題が生じたこと等により、現 1 米国化学工業技術者協会 化学プロセス安全センター(The Center for Chemical Process Safety)の実施 している Process Safety Leading and Lagging Metrics(Process Safety Metrics ) を利用 Safety & Tomorrow No.163 (2015.9) 2 場の危険感受性や想像力の低下等による事故の潜在的危険性が増大しているのではないかと推定さ れる。この静かな危機は、どの事業者にも共通することではないかと思われる。 一方、平成26年の危険物施設1万施設あたりの事故件数は、平成6年の5.1件と比較し、14.0件と およそ2.8倍に増加しているが、これでも1万施設のうち9,986施設、つまりほとんどの施設では、 事故を経験しないこととなる。 “統計上の事故件数の増加”という警鐘だけでは、個々の事業所、現 場において危機感を持って事故防止に取り組む気運を高めて行くことは容易ではなく、経営層の強 力なリーダーシップの必要性を示していると考えられる。 企業の枠を超え、業界団体、さらには異業種間で、事故情報だけではなく、事故防止のための良 好事例等の情報共有を進め、様々な教訓を他山の石として、能動的かつ積極的に活用していく取り 組みも始まっている。このような事故防止の取り組みは、産業保安の観点からの国土強靱化につな がっていくものであり、関係者と連携協力しながら、広く推進していきたい。 3 Safety & Tomorrow No.163 (2015.9)
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