第4章 静磁気 磁気(magnetism)という言葉は,2千年 以上も前にギリシャ人によって発見された 特殊な石(磁石)の産地であるエーゲ海の 島の名マグネシアに由来する。 磁気とは磁気力の根源となる気というこ とであるが,19世紀の前半に,アンペール はそれが電流であることを提唱した。 磁場と磁気力 電流(電荷の運動)により引き起こされる空間 の性質の変化(空間の歪み)を磁場(magnetic field)という。磁場はベクトルで表され,その単 位はA/mである。 磁場を介して運動している電荷に作用する力を 磁気力(magnetic force)という。 運動というものが相対的な概念であるため,磁 場も相対的な存在である。ある観測者から見て 電荷が運動しているとき,その観測者に対して 磁場は存在するが,電荷と共に運動している観 測者に対しては,磁場は存在しない。 磁力線 各点で接線方向がその点での磁場の方向と一致する 向きをもった曲線を磁力線(line of magnetic force)という。 磁力線の向きは,磁場の向きを与える。 磁石と磁極 周囲に磁場を作り出す物質を磁石(magnet)と呼んでいる。磁石は他の物質 に力を及ぼすことがあり,そのような力を一般に磁力と呼んでいる。また,物 質が磁石になることを帯磁とか磁化(magnetization)という。 磁力の実体は磁気力であるが,磁石には,磁力の特に強まる部分があり, そのような部分を磁極(magnetic pole)と呼んでいる。磁極は2ヶ所あって,そ の一方をN極(指北極),他方をS極(指南極)という。 磁石の作る磁場の磁力線は,N極からS極に向かう。 異極は引き合うが, 同極は反発し合う。 N極とS極は必ず対になっており,単独では存在できない。 電子のスピンと軌道運動 磁場は電流が作り出す。それでは,磁石のどこに電流 が流れているのだろうか。 磁石は,電子のスピン(自転)と軌道運動(公転)により磁場を 生ずる物質である。たいていの磁石は鉄,ニッケル,コバルト の合金であるが,このような磁石では,磁場の源は電子のスピ ンである。 スピンが同じ向きの電子の対はより強い磁場を作り出すが,ほ とんどの物質では,スピンの向きが不揃いで,各電子の作る磁 場は互いに相殺する(ほとんどの物質が磁石でない理由)。 磁気双極子と磁気モーメント 電子のスピンや軌道運動は微小な円電流と見なすことができ る。作り出す磁場が円電流の作る磁場で置き換えられるものを 磁気双極子(magnetic dipole)という。 円電流の大きさを I 〔A〕,円の面積を S 〔m2〕とするとき,大き さが IS のベクトル m を磁気モーメント(magnetic moment)とい う。 原子中の各電子の作る磁場が互いに相殺しないとき,原子は 一つの磁石(磁気双極子)になる。このとき,原子は磁気モーメ ントをもつという。 m S I 磁区 個々の原子の作る磁場が非常に強いとき,近くの原 子同士の相互作用によって,原子の大きな集団がそ の磁気モーメントの向きを揃えるようになる。このよう な磁気モーメントの向きの揃った原子の集団を磁区 (magnetic domain)という。 磁区は微細なもので,鉄の結晶には多数の磁区が含 まれている。 磁区(その2) 磁区が多数存在しても,それらの磁気モーメントの向 きが揃っていなければ,物質は強い磁場を作り出すこ とができない。そこで,何らかの方法で磁気モーメント の向きを揃える(磁区の整列という。)ことができれば, 物質は磁石になる。 鉄を強力な磁場の中に置くと,鉄の磁区は整列され, 磁場の中から取り出した後も,その状態が保たれる。 さらに,鉄をたたいて,頑強に抵抗する磁区まで整列 させることができる。 地球磁場 地球は一つの磁石であり,その磁石が地球の内外に 作る磁場を地球磁場(geomagnetic field)という。地球 磁場のことを地磁気と呼ぶこともある。地球磁石の磁 気モーメントの向きは,地軸(自転軸)から約11.5度傾 いている。 S N 地球磁場(その2) 地球磁場は,その99.8%が地球内部に起因すると考えられてい る。地球の核(コア)の外核(深さ3000∼5000 km)は一種の流 体であり,そこには放射能の熱による対流や渦が生じている。 これに地球の自転に伴う核の自転が加わり,外核は一種の発 電機の役割を果たして,外核には電流が生じ,地球磁場が作ら れる(ダイナモ理論)。 ダイナモ理論にとって,自転の速度が重要である。木星は10時 間で1回転するが,地球よりもはるかに強い磁場をもつ。月は28 日で1回転するが,その磁場はたいへん弱い。金星はさらに ゆっくり自転するため,観測にかかるような磁場は存在しない。 地球の核は鉄やニッケルから出来ていると推定されるが,核自 体が永久磁石になっているとは考えられない。鉄やニッケルの ような強磁性の金属は,温度が上昇すると,キューリー点と呼 ばれる温度で磁性を失ってしまう。鉄のキューリー点は770℃, ニッケルのそれは358℃である。核はこれらよりはるかに高温の 状態にあると推定されている。 残留磁気と地磁気の逆転 高温状態にある岩石が冷却して,温度がキューリー 点以下に下がると,そのときの磁場の方向に磁区が 整列する。この現象を熱残留磁気という。 磁化した岩石の破砕物が水底に沈殿すると,磁場の 方向に粒が並び,堆積岩や堆積物の中に堆積当時 の磁場の方向が記録される。この現象を沈殿残留磁 気という。 古地磁気学(残留磁気を用いた過去の地磁気の研 究)により,地球の過去には,北磁極と南磁極の逆転 が繰り返して起こったことが判明した(地磁気の逆転)。 電流と磁場の右ねじの関係 電流の向きと電流の作る磁場の向きには,右ねじの関 係がある。 電流の向き 磁気力 磁束密度 B 〔Wb/m2〕の中を電荷 q 〔C〕が速度 v 〔m/s〕で運動するとき,そ の電荷は F = q v × B 〔N〕 なる力 F を受ける。この力を磁気力(magnetic force)またはローレンツ力 (Lorentz s force)という。 v × B もベクトルであり,v と B の大きさを各々 v と B とし,v と B のなす角度 をθとすると,その大きさは v B sinθ で与えられる。なお,磁束密度 B 〔Wb/m2〕と磁場 H 〔A/m〕には,真空の透磁 率μ0 を用いて, B = μ0 H v×B なる関係がある。 ■ 磁気力は,電荷の軌道を曲げるが,仕事はしない。 B θ v 磁気力(その2) 宇宙線(宇宙から飛来する高エネルギーの荷 電粒子)は生命にとって非常に危険であるが, そのほとんどは地球磁場によって偏向させられ て,地上に到達しない。 導線に働く磁気力 電流の流れている導線を磁場の中に置くと,電流を担う伝導電 子に磁気力が作用し,その磁気力は伝導電子を導線の表面から 飛び出させようとする。ところが,電子は実際には飛び出すこと ができないので,磁気力による伝導電子の軌道の曲がりは導線 自体を動かすことになる。 S S N N 電磁モーター 電磁モーターは,磁気力を利用 して,電気エネルギーを力学的エ ネルギーに変換する装置である。 電流は,ループの上側と下側で 逆向きに流れる。もし,ループの 上側の部分に左向きの力が働く とすると,下側の部分には右向き の力が働く。しかし,電流は軸に 付けられた整流子によって半回 転ごとに反転するので,上側と下 側に働く力はループが回転しても 向きを変えず,電流が供給されて いる限り,回転は続く。
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