数のイマージュ、形のパサージュ ― 数と戯れ、図形と遊ぶ ― 伊那 58. 闊歩 ガロワの海にて―基本定理 ガロワ理論は、たいへん不思議な魅力をもつ理論である。まずはじめに 代数方程式(多項式)が与えられて、その根が<拡大体>を作りだす。一方、 その代数方程式に固有の<群>が存在して、<拡大体>と<群>とが 1 対 1 の 対応を成す、というのである。拡大体を身体にたとえれば、群はあたかも身体 を支える骨格のような役目をはたしているのだ。自然界の脊椎動物はそのよう な体の構造を持つが、それは生物進化の結果であると見做される。しかし、数 学は宇宙のはじめから、いや、宇宙が存在しなくとも、そのような構造をもっ て存在しているのだ。なぜはじめからこのような重構造になっているのか、そ れが必然でなにか深遠な理由があるのか、たいへん不思議ではないか。 世の中には、遺伝子 DNA の 2 重ラセン、量子力学が支配的になる微小 な世界における物質と波動の 2 重性、素粒子論におけるレプトンとクオークと の関係、宇宙に漂うダークマターと銀河との妖しげな関係、等々、2 重性につ いて思いつくままに挙げれば、いくらでもある。自然科学に限らず、社会科学、 人文科学などにもこのような観点からの研究が近年なされていると聞く。 筆者の脳裏には、少し唐突ながら、新約聖書「ヨハネ傳福音書」のあの 有名な冒頭部分、 「太初に言(ことば)あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。 この言は太初に神とともに在り、萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つ として之によらで成りたるはなし。」がつねに去来する。 この聖句の「言」を <方程式>に替え、「神」を<ガロワ群>に、そして、「萬の物」を<ガロワ拡 大体>におき替えれば、そのままガロワ理論についての記述に置き換わるでは ないか。 以上、勝手気ままな宗教的、哲学的(?)考察はさておき、今回は、証 明なしに使ってきたガロワ理論の諸定理の証明をしたいと思った。数学者にと っては、定理の証明は命であるが、われわれにとっては、結局、定理の意味を 理解し、それを使いこなせればよいのではないか。あまりにも厳密な記述は、 アマチュアにとっては退屈きわまりなく、このシリーズの趣旨に反する。世界 的に有名な数学者、志村五郎氏は教育上の観点から「特に<何でも厳密に>な どと考えてはいけない。」と述べている( 参考文献( 2 ) )前回までで、ガロワ 理論にかんして、おおよその材料はそろったと思われる。それで今回は、厳密 な証明ではなく、これまでのガロワ理論の復習をして纏めながら、新たな進展 について考えよう。 まず体 K があって、その拡大体 E があり、K が E の自己同型群 G の 不変体になっているとき、E は K の正規拡大体であると定義する。このとき、 E は K の分離拡大体になっているのであった。そこで、E の中のひとつの元 x を任意にえらんでそれに G の n 個の元すべてを施してみる。それらを、 ・・・ と書く。このうち異なるものが ・・・ であったとして、これらを根として多項式: p(x)=(x - )(x - ) ・・・( x - ) (1) を作れば、これは E 内でのみ許される表現なのであって、K 内ではこの分解 はできず、多項式 p ( x ) は K 内では既約多項式である。 逆に K 内の既約多項式 p ( x ) が K の正規拡大体 E 内に根 をも てば p ( x ) は ( 1 ) のように一次因数のみに分解されるのである。つぎに、 E は K の正規拡大体であるとして、その自己同型群を G とする。M をひと つの中間体であるとする。中間体を固定する部分群を H とする。図に書けば K G ⊂ M H ⊂ E {e} ここで上向きの矢印は、下の群(部分群)が上の体(拡大体)を固定すること を表している。M ⊂ E は、体 E が体 M を含む、あるいは、E が M の拡大 体であることをあらわしている。G H は、群 H は群 G の部分群である ことを示している。集合としての包含関係が逆になっていることに特に注意さ れたい。 3 次方程式: K= Q + px + q = 0 の場合、次のような対応になる: ( Q は有理数体 ) M = Q( E = Q( G = H= )={ + } ( ) は判別式の平方根、有理数ではない とする。 、 は有理数 ) ( は 3 次方程式の根 ) ( 3 次の対称群、元は、a, b, c, d, e, f の 6 個) ( 3 次の交代群、元は、d, e, f の 3 個 ) そこで、この構造をいくつかに分けて考えよう: ( A ) 正規拡大 K ⊂ M : 部分群 H のすべての元は、M の元 + を動かさない。しかしな がら、コセット( aH )の元は、 + を - にする。 + も - もどちらも M の元であることには変わらない。故に、{ H, aH } は、M の元を M の別の元に移す自己同型群であることがわかる。この群は、 商群 G / H であるから、M の自己同型群は商群 G / H で与えられることが わかった。拡大の次数は 2 である。以上から、g を G の任意の元とすれば、 M の元に g を作用させても M の元になるから、全体として M は不変に保 たれることになり、それを g(M)=M または、M = (M) と書くことにする。一方、H ( M ) = M であるから、g H ( M ) = g ( M ) = M, また、H g ( M ) = H ( M ) = M なので、 H g = g H または、H = g H 正規拡大を固定する部分群 H は正規部分群でなければならない。 (B) 正規拡大 M ⊂ E : G の部分群 H のすべての元は、E の元 u を u 、 u 、 u のど れかに移す。ゆえに、( 1 ) によって、多項式 (x - u)(x - u)(x - u)= - は M 上で既約であり、E の自己同型群は H そのものである。拡大の次数は 3 である。なお、v は v= - のかんけいにより、独立量ではないので考慮する必要はない。 ( C ) 拡大 Q ⊂ Q ( ) この拡大は図にはない。それは、この拡大は、正規拡大ではなく、し たがってガロワ拡大ではないのだ。ガロワ拡大ならば、 に共役な根すべてを つれて拡大しているのである。これを固定する部分群は = { e, ( 23 ) } で あった。Q ( ) に G の元( 12 ) をほどこせば、Q ( ) になり、( 13 ) を 作用させれば、Q ( ) になる。正規拡大でなければ、群の作用によってふら ふらと移動するのだ。 以上の内容を定理としてまとめておこう。 ガロワ理論の基本定理: E を K の正規拡大体とし、その(自己同型)群を G とする。G の部分群 H に その不変体 M を対応させると、部分群と中間体の間の 1 : 1 の対応が得ら れる。M から E への拡大の次数は H の元の数(これを位数という)に一致 する。また、K から M への拡大の次数は、G における H のコセットの個数 によってあたえられる。M が K の正規拡大体であるための条件は、H が G の正規部分群であることであり、その(自己同型)群は商群 G / H である。 参考文献: ( 1 ) 橋爪大三郎「はじめての構造主義」(講談社現代新書) ( 2 ) 志村五郎著「数学をいかに使うか」(ちくま学芸文庫) ( 3 ) エミール・アルティン「ガロワ理論入門」(寺田文行訳、ちくま学芸文庫)
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