大阪市立科学館研究報告 25, 23 - 26 (2015) メントール結晶調査 小 野 昌 弘 * 概 要 2014 年 は、「世 界 結 晶 年 2014」と国 連 で制 定された年 であった。それを記念 し、当 館でも結 晶に関す る資 料 を収 集 し展 示 する「THE 結 晶 展 ~これが結 晶 、これぞ結 晶 ~」を実 施 したが、その中 で巨 大 な メントール結 晶 を寄 贈 されるにあたり、その製造 工程などの調査を行った。以下にその内容を報告する。 1.はじめに 中 でもℓ-メントールは、独 特 の香 り、いわゆるハッ カ メントール( menthol)は、別 名 メンソー ルとも 呼 ばれ る有機化合物。和 名では、薄 荷 脳とも呼 ばれる。 臭を持つ。その香りや冷 感 作 用 特 性から、食 品 、嗜 好 品、医薬品などに添加される。 C 10 H 20 O のモノテルペン・アルコールの一 種 。キラル 分 子 で 複 数 の 異 性 体 を 持 ち 、以 下 の よ う な性 質 を 持 つ。 2.寄贈を受けたℓ-メントール結晶 資 料 2014 年 11 月 15 日から開催した企画展「THE 結 ・分子量:156.27g/mol 晶 展 ~これが結 晶 、これぞ結 晶 ~」において結 晶 資 ・融 点:42~43℃ 料を展 示するにあたり、様々な資 料を収 集した。ただ、 ・密 度:0.89 g/cm 3 ・無 色 の針 状 結 晶 結 晶 そのものとしての資 料 は小 型 のものが多 かった 。 今 回 寄 贈 を受 けた ℓ-メント ール結 晶 資 料 について、 以下に紹介する。本資料は寄贈元の長 岡 実 業 株 式 図1.ℓ-メントール結 晶とその構 造 式 * 図 2.寄贈を受けたℓ-メントール結晶 大 阪 市 立 科 学 館 /中 之 島 科 学 研 究 所 [email protected] 小野 昌弘 会社が西 宮 工 場 において高 さ約 70 ㎝、幅 奥 行きとも 約 27cmの大きさの結 晶として製 造 している(図 2)。 そのうち、和 種 薄 荷 精 油 中 には、ℓ-メントールが 65 ~85%程、ペパーミントには 50~60%程の割合で含ま このメントールの結 晶 は、一 塊 の大きな単 結 晶として れている。結 晶 化 するための精 油 を得 るためには、和 作 られているものではなく、図 1のような針 状 結 晶 が大 種 薄 荷 が含 有 するℓ-メントール濃 度 が必 要 とされてい きく成 長 し、それら結 晶 が束 になって塊 を作 っているも る。 のである。近 くで見 るとたくさんの細 長 い結 晶 が集 まっ ている様 子 が確 認 できる(図 3)、また、上 面 において は、細かい針状の結 晶 の先 端 の様 子 まで確 認 すること ができる(図 4)。 図 5.和種薄荷 4.メントール結晶の作り方 本メントール結晶の原料となる和 種 薄 荷は、19 世 紀 の初めごろから岡 山 県 を中 心 に栽 培されていたといわ 図 3.細長く成長 したメントール結 晶が、束 状 にな れる。その後 、各 地 で栽 培 されるようになったが、特 に って一塊になっている。 北 海 道 で効 率 よく生 産 されるようになった。ただし、 現 在 生 産 さ れる ℓ-メント ール 結 晶 の 原 料 と なる 和 種 薄 荷は、インド及び中国で生産されている。 製造の流れは、 ① 大 量 の 葉 を 乾 燥 さ せ、 水 蒸 気 蒸 留 する こ と で油 「薄 荷 油 」を取 り出 す。この時 点 でℓ-メントールは、 70~85%程含まれている。 ②こ の 薄 荷 油 ( 薄 荷 取 卸 油 )を 冷 却 や 遠 心 分 離 さ せることで粗結晶とハッカ油 に分離する。 ③この粗 結 晶 に所 定 のℓ-メントール濃 度 になるまで ハッカ油を加え、粗結晶母 液が作られる。 ④母 液を結 晶 成 長 させる容 器に入 れ(図 6)、容 器 図 4.結晶の上 面 は、針 状 の結 晶 の先 端 が様々 の 状 態 を 底 面 が 冷 える よう に 、上 面 をヒーターで な高 さで存 在 している。本 物 の縫 い針 のように細 保温する状態で 2 週間ほど静置する。 い結晶も存在する。 3.ℓ-メントールを得 るための薄 荷 について ℓ- メントールは 、 シソ 科 の 多 年 草 の 植 物 である 、和 種薄荷(ニホンハッカともいう 図 5)から得 られる。シソ 科には 3500 種ほどの植 物 があり、和 種 薄 荷 が代表的 な植物として知られている。シソ科には、他にもシソ、バ ジル、ローズマリーなど、香 料 としてよく利 用 される香 り が強い植 物が目 立 つ。ℓ-メントールは和 種 薄 荷 から最 も効 率 よく得 ることができるが、他 にもペパーミントから も得 ることができる。ただ、その含 有 量 には違 いがある。 乾 燥 葉 中 に、精 油 は約 1.5~2%程 ほどの重 量 しかな い。 図 6.結晶成長をさせる缶と保温室 メントール結晶調査 缶から取り出した、ℓ-メントール結晶は、図 2 のような 形状をしているが、製品化されるものは、これらをさらに ほぐして乾 燥 させることで完 成 する。これを、薄 荷 脳 (はっかのう)と呼び、ℓ-メントールがほぼ 100%の結晶 である。 現 在、ℓ-メントールは、この天 然の薄荷から作る方 法 と、野 依 良 治 博 士 が発 明 したBINAP触 媒 による不 斉 合成で作る方法がある。2007 年の統計では世界で使 用されたメントールは 15,000 トンでそのうち天然由来の ものは、10,000 トンと言われている。 図 7.結 晶 化されるための缶 に入 れられたℓ-メント 5.まとめ ール。液 を入 れられてから数 日 を経 ており、ℓ-メン 今 回 「THE 結 晶 展 」を開 催 するにあたり、長 岡 実 トールが長 い針 状 に成 長 している様 子 を確 認 でき 業 株 式 会 社 から、この大 きなメントール結 晶 資 料 を受 る。 けたこ と に より 、 本 企 画 展 が と ても 充 実 した も の と なっ た。 メントールもしくは、メンソールと呼ばれるこの物 質に ついて、一 般 的 には、キャンディー、ガム、湿 布 などで その香りは多 くの人 が知っている。ただし、香りのもとと なるその本体がどのようなものかを知っている人は少 な い。 実際に薄荷の香りがする結晶を確認できるとともに、 その形状を間近で確認でき、結晶としてのℓ-メントール を認知してもらうことができたと考えられる。 寄贈頂いたℓ-メントール結晶は、本企画展終 了後、 常設展示として、本館 3 階「においコーナー」において 展示している。 図 8.缶の中のほとんどの液 体 が、ℓ-メントールと して結晶化した状 態 のもの。 6.謝辞 ℓ-メントールを寄贈していただきました、長岡実 業株 式会社に改めてお礼を申し上げます。 図 9.結晶缶からメントール結 晶を取り出す様 子
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