描画活動を通した認知発達プロセスの探求

描画活動を通した認知発達プロセスの探求
―物体色の認知と重力方向の認知について―
佐々木宏之(新潟中央短期大学)
キーワード: 貼り絵 描画 認知発達 物体色
保育における製作活動は、子どもの表現力や手先の
発達を促す一方で、子どもの発達を確認する機会を提
供する。本報告では、実習中の製作活動を通して、本
学学生が子どもの認知発達を研究した成果を報告する。
物体色の認知について
生後数か月の乳児でも色を識別する能力はあるが、
色という概念を理解し、物と関連づけるようになるの
は幼児期まで待たなければならない。例えば、物の典
型色(苺は赤い)を同定する能力は 4 歳頃獲得される
と言われている。そこで本研究では、この能力とは対
照的に、色から典型的な物(赤いのは苺)を連想する
能力を調べ、色のイメージの発達について検討した。
手続き: 10 色の折り紙から一枚自由に選ばせた後、
子どもたちに「黒いクレヨンで描きたい物を描いて、
ちぎった折り紙を貼って色をつける」
よう説明した
(物
連想課題)
。比較条件はこの順序とは逆に、黒いクレヨ
ンで自由に絵を描かせた後、
「折り紙を一枚選んで、ち
ぎって貼って色をつける」
よう説明した
(色連想課題)
。
どちらの条件も典型色については説明せず、色使いは
子どもの自由な発想に委ねた。作品が完成した子ども
に何を描いたのか尋ね、その回答を記録した。
対象児: 物連想課題は 3 歳児クラス 44 名(平均月齢
49 ヶ月)
、4 歳児クラス 48 名(平均月齢 61 か月)
、5
歳児クラス 34 名(平均月齢 73 か月)
、色連想課題は 3
歳児クラス 45 名(平均月齢 50 ヶ月)が参加した。
結 果
子どもが描いた絵を典型色の適合性に基づいて分
類した。典型色を持つ物が描かれ、その典型色が貼ら
れた絵(赤い苺)を「適合」
、典型色以外の色が貼られ
た絵(青い苺)を「不適合」と分類し、典型色を持た
ない物の絵(緑の車)を「中立」と分類した(下表)
。
その結果、物連想課題の年齢比較から、4 歳児クラ
スになると多くの子どもが色から物を連想できること
が明らかとなった(χ2(4,n=124)=47.25,p<.001)。3
歳児クラスの物連想と色連想の比較では、両条件に差
適合
不適合
中立
色連想課題
3 歳児クラス
9 (0.21) 18 (0.42) 16 (0.37)
物連想課題
3 歳児クラス
8 (0.19) 15 (0.36) 19 (0.45)
4 歳児クラス 32 (0.67)
9 (0.19)
7 (0.15)
5 歳児クラス 32 (0.94)
2 (0.06)
0 (0.00)
*括弧内の数値は比率を示す。
重力方向
はなく(χ2(2,n=85)=0.57,p=.75)
、物から色の連想と
色から物の連想が同時に発達することが示唆された。
重力方向の認知について
子どもの描画では、物の形を秩序立てて描くように
なると、物の位置関係も表現できるようになる。例え
ば、両目だけ描かれた不完全な顔の絵から体全体の絵
を完成させる課題では、体の空間的な配置と頭部の向
きを矛盾なく描く様子が見られる。
そこで本研究では、
屋根や壁だけ示された家の絵を完成させる課題を用い
て、重力方向の認知の発達について検討した。
調査 1: 向きの異なる三つの三角形を屋根に見立て
て家の絵を描くとき、重力方向がどのように表現され
るか確認するため、9 月の実習において 5 歳児クラス
(11 名)で製作活動を行った。その結果、10 名が重力
方向ではなく、家の形の整合性に従って家を描き(左
図)
、1 名だけが重力方向に従って家を描いた(右図)
。
調査 2: 一つだけ向きが傾いた三つの正方形を家の
壁に見立てて家の絵を描くとき、三角形屋根がどのよ
うに貼られ、重力方向がどのように表現されるか検討
した。調査は 10 月の実習において 5 歳児クラス(17
名)の製作活動で行った。その結果、12 名は家の形の
整合性に従って傾いた家を描いたが、2 名は家が傾い
た理由を風で飛ばされた様子で表現し(左図)
、3 名は
屋根の向きを揃えて重力方向を表現した(右図)
。
結 論
本研究の結果は、保育における製作活動が子ども一
人ひとりの発達の確認に留まらず、未だ明らかにされ
ていない認知発達プロセスの解明にも寄与する可能性
を示唆している。