MIC MONTHLY MAGAZINE 総務省3月号

雇用の方を加えるとほぼ100%
になります 。 歳 からの年 金 満 額
支 給 まで は 有 期 雇 用 を していま
す。雇 用を大 切にするという 創 業
当 時 の 理 念 に 従い、ずっと 働 き 続
けられる会社でありたいと思いま
す。また 、賃 上 げの件ですが、我 が
社 は 、私 も 含 めて 皆 がここで 働い
て よ かった と 思 え る よ う に 、そ し
て 金 銭 的にも 豊 かにな る よ う が
ん ばっていま す 。従 業 員 にも 家 族
がいま すし 、物 心 ともに豊 かさの
ある会社にしようと努力していま
す 。国 に お 世 話 に な り な が ら 、単
なるマネーゲームで利潤を追求す
太田直樹総務大臣補佐官
綾部を良くし、
日本を良くする
飛び回っています。マーケットを読
む力 が 落ちるからです 。一 流の人
に 会 いに 行って 、い ろ ん なこ と を
勉 強 して 、成 長 していか ないとい
けないですから。
太田 今
は東京一極集中ということで 、
その点の是 正 が 必 要です が 、一 方
太田 本
日 はお時 間 を 頂 戴し、ありがと
う ございます 。地 方 から日 本 を 元
の効果を地方にまできちんとお届
で現 実 としては、綾 部 市も人口 が
気にする 、ロー カル・アベノミクス
け す る という 政 府のミッションを
材木 私
は 人 間 の 心 理 は 、歳 を とった ら
ふるさとに帰りたいと思うものだ
減っている 。将 来 を どのよ う にお
材木 私
は地 方の良 さはす ご く あ る と
思って お り ま して 、我 々 は 地 方 の
と 考 えていま す 。生 まれた ところ
踏まえて、今 日 は様 々なお話 を 伺
役 割で国を支えていこうと思って
を 皆 が 愛 しているのです よ 。しか
考えですか。
います 。このこ と をま ず 申 し 上 げ
し 、ブレー キになるものが あ る か
えたらと思います。
たい。日 東 精 工は創 業 当 時から雇
ら帰ろうとしない。
太田 最
近のアンケ ー トで 、地 方で 過 ご
したいというシニアの方 が4割 く
用で地域に貢献するという考え方
北 部の綾 部 市に置いていま す 。こ
らいいた と 思いま す 。想いは4割
の 会 社 で 、創 業 以 来 、本 社 を 京 都
の創業精神は絶対に引き継いでい
あ れ ば 学 校 は ど う す るのか と か 、
なのです が 、地 方に病 院 が あ るの
太田 素
晴 ら しい 創 業 精 神 だ と 思 いま
す 。し か し 、綾 部 を 拠 点 と し 続 け
今社長が仰った様々なブレーキが
きます。
ることでご苦労もあるのではない
ありますね。あとは何と言っても、
せ 、情 報のあ る とこ ろに 配 してい
ケティング担 当 者は東 京に駐 在さ
き ま す 。だ か ら 、我 が 社 で もマー
く ぐって 、経 験 を 積 んで 伸 びてい
も事 実です 。人は色々な修 羅 場 を
時 流 に 遅 れ が ちにな る というの
材木 綾
部の良 さはもちろんありま す
が 、地 方 にい る と 刺 激 が 少 な く 、
りますか。
金を維持していく点でご苦労はあ
で賃 上 げ要 請の話もあります 。賃
理になってデフレ脱 却 ということ
規 雇 用 者 が 増えています 。安 倍 総
人250万円くらいの給与の非正
はあ る と 思います が 、地 方では一
題 があります 。個 々の企 業の努 力
だろ う か と か 、も う 少 し 若い方で
ですか。
ます。私も時 間の許 す限り全 国 を
お考えですか。
て知 識 を 得て、この地 域の技 術 者
修所)
をやっています。皆で勉 強し
から綾 部で夜 間 学 校( 綾 部 工 業 研
年
年 くらい
材木 我
が 社の財 産は人です 。ある 程 度
の企 業 規 模になったら一 人 一 人の
されているというのは特に素晴ら
ま す が 、そ の 中 で も 、雇 用 を 維 持
かなかできることではないと思い
太田 売
上 成 長 が 直 近 年 く らい 厳 し
い中で、利 益 を 維 持 す るこ とはな
一 年 間 の 育 児 休 業 を 我 が 社では
プロ ジェク ト 」を 展 開 し ま し た 。
つと して 、「 京 ☆ お ん な・なでしこ
社では社 長 直 轄 プロジェクトの一
と 、人 材 と い う 面 で 言 え ば 、我 が
携 帯 電 話も動 かないわけです 。あ
てい る 人 が いない と 、パソコンも
寒い工 場の中で一 生 懸 命 がんばっ
カ ー さんに出 荷 す る だけです が 、
名 前 は 出 て い ま せ ん 。全 部 メ ー
たいこ とです 。ねじに日 東 精 工の
よ 、というのがこの本の一 番 言い
材木 そ
う で す 。つま り 、一 人 一 人 が 大
切 な 役 割 を 果 た し て い る ので す
太田 一
本 一 本 全 部 大 事 だ というこ と
ですね。
材木 そ
う 、地 産 地 消 で す 。お 客 様 が 満
足していない中で入るお金は増え
6ヶ国8拠点に進出しています。
と 行 ける 、それで結 果 として海 外
スクもあるし、困ったときにもパッ
部 か ら 商 品 を 送 る には 距 離 のリ
が 社の大 切 なお 客 様 がいれば、綾
ではありません 。例 え ばタイに 我
て日 本に出 荷 す る 、という 考 え方
労 務 費の方 が安いからそこで作っ
から海外に行くと言っても、海外の
様 満 足 度 を 上 げることです 。です
す。私たちの考え方の基本は、お客
材木 基
本的には、為替リスクのヘッジは
売り買いのバランスを取るだけで
地 方 に 仕 事 が あ るのか という 問
立てることもできません。
の底 上 げになればと 思い、始 めた
100% 取 得 していま す ので 、休
ま せ ん 。我 が 社 はしっか り 知 恵 と
になります が 、我 が 社は昭 和
力 が 大 切です 。今 年で
しいと思います。
もので、週に一 回 、一 年 間 、 %以
んでいる間や復帰する時のサポー
汗を出していこうと思います。
でも時 計でも眼 鏡でも使っていま
ました。ねじというのは、パソコン
れが な か な か ご 好 評 をいた だ き
の教え』という本を出しました。こ
割 以 上 ある 状 況です が 、例えば超
で 作っていて 、国 内 の 売 上 げ が7
御 社の場 合 だ と 半 分 以 上は海 外
とい う 記 事 も あ り ま す け れ ど も 、
150円まで円安が進行するなど
太田 言
ってみれば地 産 地 消ということ
ですか。
上出席しないと卒業できないよう
ト 体 制 をもっとしっかりと 作 りた
社 したての人 や 幹 部の人 など 、自
分 の 力 や 会 社 に お け る 位 置 づけ
を 見 る た めに節 目 ごとのチェック
を し てい ま す 。そ こ で 昨 年 、創 業
年に合わせてそのエッセンスを
す が 、普 段 か ら意 識はしないです
円 安になった時の経 営 方 針などは
太田 最
後に為 替の話 なのです が 、昨 年
末 に1 ド ル 120 円 ま で いって 、
ね。し か し ね じ が な かった ら 組 み
まとめた『 人 生の
「ねじ」を 巻 く
お客様満足度に
こだわって海外へ
になっていま す 。特 徴 的 な 取 組 だ
日東精工株式会社 材木正己社長
いと思っています。
大切なのは
人を育てること
株式会社。第一回目は同社の材木正己社長に、地方における企業経営についてお話を伺った。
と 思 いま す 。ま た 、我 が 社 で は 入
50
10
ねじ生産からねじ締め機、組立装置、検査装置まで手掛ける企業へと成長してきた東証一部上場の日東精工
出荷前のねじを手に取る太田大臣補佐官
材木 我
が 社は正 社 員 比 率 が 高 く 、 %
以 上です 。そこに 歳 を 超えた 再
昭和13年(1938年)の創業以来、創業の地である京都府綾部市での経営にこだわり、地域工業の振興を支援し、
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大臣補佐官対談 第1回
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るというのは意味のない儲け方だ
と思います。
ねじの製造現場を視察する太田大臣補佐官
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日東精工株式会社 材木正己 社長
×
太田直樹 総務大臣補佐官
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MIC NEWS 01
2015 March
MIC MONTHLY MAGAZINE