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今西錦司とその周辺
川久保剛
わが国に、何度目かのグローバル化の波が押し寄せてきている。
大学も例外ではなく、昨今急速に、英語による授業を増やす方向で改革が進んでいる。
グローバル化という名の英語化が日本の大学を席巻しつつあるといえる。このまま状況が
推移すれば、間違いなく日本の大学はアングロサクソン化し、日本という土地の個性と切
断されてしまうであろう。
もちろんある程度の国際化は時代の流れとして仕方のないことだし、英語が世界共通語
であると言われている以上、ある程度の学習の必要はあろう。しかし、それを何か積極的
な価値として追い求め、日本語をはじめ日本固有のものを軽んじる態度には疑問がある。
それは、長い眼でみれば、大学の自殺行為であるといえないか。大学はむろん学問の府で
あるが、学問やその根幹を支える思想は、その土地の個性や国柄と無縁ではありえない。
むしろその国や地域の土着性に深く根を下ろしているといえる。とくに創造的な学問や思
想は、その土地固有の感性に彩られているものだ。
日本においても例外ではなく、世界的に評価の高い創造的な研究にはどこか日本人らし
い発想や視点がみられる。そのことは人文・社会科学のみならず、国境を越えた普遍性を
もつとされる自然科学においても指摘できる。たとえば科学史家で比較文明学者の伊東俊
太郎は、物理学者としてノーベル賞を受賞した湯川秀樹の中間子理論の中に日本的なもの
の考え方の影響があることを指摘している(「日本思想を貫くもの」著作集第10巻所収)。
こうした指摘は、伊東のみならず、多くの人々によってなされている。
今後も日本人が創造的な学問研究を推進していくためには、土着性を蔑ろにしてはなら
ないだろう。また大学は、そうした観点から研究・教育環境の構築に心を傾けるべきであ
ろう。
そのような問題意識から、今回は、今西錦司の学問・思想を取り上げた。周知のように
今西は、生物学や霊長類学に独創的な業績を残した人物として広く内外で知られている。
その今西は、自分の学問形成に日本固有の自然観が与えた影響を何度も繰り返し指摘して
いる。彼は「今西進化論」と呼ばれる独自の進化論を構築し、正統的なダーウィン進化論
と対立したことで知られるが、ダーウィンに西欧的・キリスト教的な思想の影響があるよ
うに、自分の進化論の基盤には日本的な自然観があると論じている。
今回は、そうした今西の学問・思想の特徴とその背景にある日本の伝統思想について論
じ、以て現今の安易なグローバル化=英語化の風潮に疑義を呈した。