聴覚障害幼児における絵本の挿絵の理解に関する研究

聴覚障害幼児における絵本の挿絵の理解に関する研究
栗俣 理恵
Ⅰ
問題と目的
らかにした。本研究の目視特徴は、「全体の読み
聴覚障害児に絵本の読み聞かせを行う時に、絵
時間」、
「挿絵の目視回数」、
「5 秒間のうち 3 回以
本や本に対する関心が薄い、想像力を働かせるこ
上挿絵を目視した反復目視」「挿絵、読み手、そ
との困難などの様々な問題がある。絵本の内容を
の他の目視時間」、
「挿絵、読み手、その他の目視
理解するためには読み手の話の内容や挿絵から
した割合(目視率)」を示したものとする。
の情報を解釈する必要がある。絵本の読み聞かせ
Ⅲ
実験2
時、聴覚障害幼児は、健聴幼児とは異なった方法
1
目的
で絵本の挿絵を見ているため、上記のような課題
挿絵の理解テストを使って短時間、長時間の 2
があるのではないかと考える。しかし、聴覚障害
つの条件で挿絵を見たときの理解力を明らかに
幼児を対象とした絵本の読み聞かせに関する研
する。
究があまりされていない。
2
対象幼児
本研究で、聴覚障害幼児は絵本の読み聞かせを
健聴幼児 10 名と、聾学校幼稚部に在籍する、
するときの挿絵の目視特徴、挿絵の理解を明らか
聴覚以外に障害がない幼児のうち、日常会話で口
にし、絵本の読み聞かせを行う時の絵本の挿絵の
話を主に使っている聴覚障害幼児 10 名、日常会
提示の仕方を検討することを目的とする。
話で手話を主に使っている聴覚障害幼児 10 名を
Ⅱ
実験1
分析対象とした。対象幼児年齢は 5 歳 4 カ月から
1
目的
6 歳児 3 カ月である。その中から 5 名ずつ、Ⅰと
絵本の読み聞かせ場面から挿絵の目視特徴や
全体の様子を明らかにする。
2
Ⅱの 2 グループに分けた。
3
対象幼児
方法
短時間で挿絵を目視したときの理解を明らか
健聴幼児 6 名と、聾学校幼稚部に在籍する、聴
にするために、三森(2002)の挿絵の分析力を高
覚以外に障害がない幼児のうち、日常会話で口話
めるテキストを参考に挿絵の理解テストを作成し
を主に使っている聴覚障害幼児 6 名、日常会話で
た。まず、Ⅰグループに短時間(1 秒~2 秒間)、
手話を主に使っている聴覚障害幼児 6 名を分析対
Ⅱグループは長時間(10 秒間)の 2 つの条件で、
象とした。対象幼児年齢は 5 歳 4 か月から 6 歳児
理解テストの質問絵カードを提示した。その絵カ
3 か月である。
ードを提示した後、テーマ、場所、季節、天気、
3
時間の中から 1 つ質問を行い、4 つの回答絵カー
方法
健聴幼児に音声言語で、日常生活で口話を主に
ドから正しいカードを選択して貰った。
使用する聴覚障害幼児には口話で、手話を主に使
挿絵の理解テストの結果から短時間、長時間で
用する聴覚障害幼児には手話を用いて、「ちいさ
挿絵を見た時の正答率、挿絵を目視した時、理解
なひつじフリスカ」の絵本の読み聞かせを個別に
できた部分の比較を行った。
行っている場面を、2 台のビデオカメラで全体の
Ⅳ
結果と考察
様子と幼児の目線を撮った。読み手は、対象幼児
1
実験1について
の幼稚園、または聾学校幼稚部の先生に依頼した。
そのビデオを分析し、目視特徴や全体の様子を明
図 1 に絵本の読み聞かせの平均時間を示した。
健聴グループは 260.2 秒、口話グループは 347.0
秒、手話グループは 573.7 秒であった。健聴幼児
る。平均目視回数の中から、反復目視は何回行っ
よりも、聴覚障害幼児に絵本を読み聞かせた時の
たかを算出した結果、健聴グループの挿絵の目視
方が、時間がかかることが明らかになった。口話
回数 9.3 回のうち、反復読みは見られなかった。
で絵本を読み聞かせる時は、口を大きくあけて、
口話グループの挿絵の目視回数 50 回のうち、5.3
絵本の内容をゆっくり読むため、手話で絵本の読
回反復読みを行っていたことが明らかになった。
み聞かせを実施した時は、手話表現に挿絵の情報
1 つの反復読みを 3 回として、挿絵の平均目視回
を含めて話すため、時間がかかったのではないか
数 50 回のうちに何割で反復読みを行うか算出し
と考える。例えば、「大きな木の下で本を読む。」
たところ、31.8%挿絵と読み手を 3 往復、反復目
という文に対して、絵本の挿絵の情報を取り入れ
視していることが明らかになった。手話グループ
た手話で表すと「大きな木の(木+大きい+緑の
81.3 回のうち、10 回反復読みをし、挿絵の平均
葉+生い茂っている)下で(地面+すわる+寄り
目視回数のうち、36.9%反復読みを行っていたこ
かかる)本を読む(本を出す+本のページをめく
とが分かった。聴覚障害幼児は、挿絵を目視する
る。
)
」と表現する場合がある。全体の様子をビデ
時に何回も挿絵と読み手を繰り返して目視するパ
オ分析した結果、口話、手話グループに挿絵の方
ターンがあることが分かった。
図 4 に挿絵、読み手、その他の平均目視率を示
に近づく、後ろの方を振り向く幼児が見られたこ
とも 1 つの要因と考える。
した。健聴、口話、手話グループの挿絵と先生の
図 2 に、目視回数 1 回の平均時間を示した。読
目視率の平均を比較した結果、健聴グループは、
み手から挿絵を1回見た時に何秒間かかるかを算
ほとんど挿絵を目視していることが明らかになっ
出した結果、健聴グループは、目視回数 1 回につ
た。口話グループは、対象幼児の平均目視率は読
き 26.9 秒間、口話グループは 3.9 秒間、口話グル
み手と挿絵と同じぐらいの割合になった。対象幼
ープは 2.0 秒間、目視していることが明らかにな
児の目視率を 1 人ずつ分析したところ、挿絵を多
った。健聴グループは、挿絵を見ながら読み手の
く見る人、読み手を多く見る人、挿絵と読み手と
話を聞いているために、挿絵を 1 回見た時の時間
同じぐらい見る人 3 つのパターンがあることが明
は長いと考えられる。手話と口話は、挿絵を見た
らかになった。手話グループは、読み手の方を多
らすぐ、読み手の方を目視することが分かった。
く目視していることが明らかになった。
図 3 に、健聴、口話、手話グループの反復目視
2
実験2について
を示した。反復目視とは 5 秒間のうち、読み手と
図 5 に理解テストの平均正答率を示した。Ⅰは
挿絵を 3 往復したものを 1 回とし、読み手と挿絵
1~2 秒間で目視した時の正答率、Ⅱは 10 秒間で
の方を繰り返して目視した回数を表したものであ
秒
40
秒
800
26.9
573.7
20
400
260.2
347.0
3.9
2.0
0
0
健聴
図1
口話
絵本の平均読み時間
手話
健聴
口話
手話
図 2 目視回数 1 回における平均時間
表1
健聴
目視した時の正答率を表示した。健聴グループは
理解した項目
短時間(1~2 秒間)
長時間(10 秒間)
季節
テーマ、場所、
天気、時間
口話
テーマ、場所、季節、
もに 92%、手話グループのⅠは 80%、Ⅱは 86%
であった。健聴グループは、短時間の目視では理
解できない挿絵があることが分かった。口話グル
天気
ープはⅠとⅡの差がないことにより、短時間でも
時間
手話
Ⅰが 76%、Ⅱが 90%、口話グループのⅠとⅡと
テーマ、場所、天気、
挿絵の内容を理解できるのではないかと示唆され
季節
た。手話グループは、ⅠよりⅡの方が理解した平
時間
均正答率は高いが、ⅠとⅡの差があまり見られな
いことから、短時間の目視でも挿絵の内容を理解
%
40
31.8
36.9
できることが分かった。
表 1 に、短、長時間で挿絵を目視して理解でき
た問題をテーマ、場所、天気、季節、時間とカテ
20
0
ゴリーに分けて分析をした結果を表した。その結
果、短時間で理解したカテゴリーは、健聴グルー
0
プは季節、口話グループはテーマ、場所、季節、
健聴
図3
口話
反復目視の割合
手話
手話グループはテーマ、場所、天気、時間であっ
た。短時間ですべてのカテゴリーを理解できたグ
ループは見られなかった。
健聴幼児は、短時間の目視に慣れていないのに
対し、聴覚障害幼児は、短時間で絵本を目視する
機会が多いために、短時間で目視しても理解でき
たと思われる。しかし、短時間で挿絵を見ただけ
では、すべてのカテゴリーを理解できるとは限ら
ないため、絵本の読み聞かせ時に挿絵を見る時間
を長めに設けることが望ましい。
Ⅴ
絵本の提示の仕方
聴覚障害幼児に絵本の読み聞かせをする時、絵
図 4 挿絵、読み手、その他の目視率
本の提示の仕方について検討した。聴覚障害幼児
に絵本を読み聞かせる時は挿絵を見せる時間を設
けることが必要だと思われる。注目してほしい挿
絵のところを指差しながら話す、絵本のページを
めくったときに少し間を置いて、幼児が挿絵を見
たことを確認してから語り始めることが望ましい。
文献
三森ゆりか(2002)絵本で育てる情報分析力.一声社.
図 5 理解テストの平均正答率