Untitled

A
ザグレブへ
ようこそ
ザグレブのすばらしさは通りをそ
ぞろ歩いたり、芸術作品を鑑賞
しながら体感することができるで
しょう。そしてカフェでコーヒー
を飲んだり、通りや公園を歩いた
り、友人とおしゃべりをしたり…
そんな何気ないひとときは、この
町に対する思いをより深くさせ
るに違いありません。街に一目ぼ
れしたら、その場所を知れば知
るほど愛着が沸いてくるのです。
ザグレブは洗練された雰囲をもつヨーロッパの
大都市ですが、街歩きをすれば幾たびも見知っ
た顔に出くわすような、親しげなムードをも持
ち合わせています。ホテルから劇場まで歴史的
な建造物が印象的なアッパー・タウン、こじん
まりとした、けれど趣のあるダウンタウン…
あなたはヨーロッパらしい趣きと古都ならでは
の空気を感じるに違いありません。秋にズリニェ
ヴァツ公園を歩く際の落ち葉を踏みしめる乾い
た音、アッパー・タウンのガス灯の炎、街頭で
奏でられる歌や音楽、カフェの雑然とした空気
は、まるで映画のワンシーンのよう。そして大
聖堂から溢れ出る光が夕暮れと混ざり合うとき、
この街は特別なムードに包まれます。そして夜
の帳に包まれた街は、人々を劇場やコンサート、
レストラン、クラブへと誘います。ザグレブは
長い歴史を持つ情緒溢れる街です。あなたもそ
の歴史の中の登場人物になってみませんか?そ
してザグレブという街の魂に触れてみませんか?
B
1
ザグレブ、
町と人々
ザグレブの道や記念碑には 1000
年の歴史が刻まれています。その
歴史は豊かな伝統やストーリーを
生み、この街を訪れる人々に特
別 な 美 し さ を 印 象 付 け て い ま す。
ヨーロッパで認められた、豊かな
芸術と詩情の街、ザグレブ。私た
ちの瞳に映るザグレブは詩的な響
きを持ち、私たちの胸に特別な感
情を掻き立てるのです。
2
3
町に心臓が
あるならば…
町に心臓があるならば、それは
ヨスィプ・イェラチッチ広場で
しょう。ザグレブのシンボルと言
われるイェラチッチ広場は、ポ
ストカードやポスターなどで、あ
なたも目にしたことがあるかもし
れません。この広場は予期せぬ
人々や出来事に遭遇する、街の中
心部なのです。
友だちと待ち合わせをする際にも、わざわざ場
所を指定する必要はありません。なぜならイェ
ラチッチ広場に行けば出会うことができるから
です。ストリートミュージシャンや花売りが行
き交うこの広場では、知り合いにばったり出会
うことも日常茶飯事です。広場の時計の下は待ち
合わせの場所であったり、あるときは新しい出
会いのきっかけであったり。市場の帰り道、ザ
グレブっ子たちは広場にあるカフェでコーヒー
を飲みながら政治やサッカー、世間話に昂じて
います。この広場ではいつも誰かが誰かを探し、
4
何かを待っていたりします。さあ、広場の中心へ
足を伸ばしてみましょう。馬に乗った銅像はクロ
アチアの英雄、かつての総督ヨスィプ・イェラチッ
チの記念碑です。銅像も英雄も、この国に刻まれ
た数多くの歴史や物語の一部なのです。この記念
碑の隣には人待ち顔の若者で賑わうマンドゥシェ
ヴァツ噴水があります。この広場では過去と現
在、伝説と日常とが自在に混ざり合っているので
す。そして人々は幸運がやってくるという言い伝
えを信じ今日も小銭をこの噴水の中に投げいれま
す、小銭に素敵な夢を託して!
5
ザグレブの
公園
ザグレブの中心地、ヨスィプ・イェ
ラチッチ広場からいくつかの小
さな広場と公園が「レヌーチ」と
呼ばれる蹄鉄型に広がっています。
この呼び名は発案者の建築家レ
ヌーチに由来しています。レヌー
チ型の公園は中央駅を通り、植
物公園、マルリッチ広場、チトー
広場まで繋がっています。緑の
レヌーチを歩きながら、色鮮やか
に咲き誇る花を愛で、あるいは
歴史ある記念碑を鑑賞し、博物
館やギャラリーに立ち寄ること
も可能です。
6
7
ザグレブの
タイムマシーン
さあ、過去への旅に出かけましょ
う。燕尾服、あるいはロマンティッ
クなバッスル・スカートをまとっ
て、芸術家の空想の世界へ足を踏
み入れてみませんか? BGM に身
をゆだね、芸術家と一緒にダンス
をしませんか?ザグレブでは、こ
んなイマジネーションの旅だって
可能なのです。
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町の中心にあるズリニェヴァツ公園は、ザグレ
ブで最もロマンチックな場所の一つ。この公園
には有名な散歩道があり、芸術家やその愛好家
たちが集まる場所にもなっています。花の美し
さを愛で、噴水の周りでのおしゃべりを楽しむ
ため、あるいは気象観測機を眺めに人々が集ま
ります。ザグレブでは緑の散歩道と公園が程よ
く混ざりあっており、ヨーロッパでも他に類を
みない緑豊かな都市になっています。ズリニェ
ヴァツ公園は、クロアチアのかつての総督ニコラ・
シュビッチ・ズリンスキーから名づけられまし
た。ザグレブには蹄鉄型の広場、レヌーチは全
部で 8 つありますが、ズリニェヴァツ公園は最
も人々に愛されている公園です。公園の周囲に
は様々なギャラリーが、音楽パビリオンとクロ
アチア史に欠かせない歴史上の人物の胸像があ
ちこちにあります。ズリニェヴァツ公園では世
界的に知られた芸術家の作品を鑑賞することも、
散歩しながら歴史を体感することもできるので
す。近隣にある考古学博物館では、学術的価値
の高い歴史的な異物が多数、展示されています。
19 世紀末から現在まで、ズリニェヴァツ公園
の中心にある音楽パビリオンでは夏季にプロム
ナード・コンサートが催されています。バッス
ルスカートや燕尾服で着飾った人々が手に手を
とりあい、音楽に身をゆだねるさまは、まるで
過去のどこかにタイムスリップしたような感覚
が味わえるでしょう。その一方で、現代の恋人
たちは愛を語り、子供たちは幸福な笑い声をあげ、
穏やかな幸せに満ちたワンシーンが広がってい
ます。本当に、ダンスはいかが?
9
足をとめて
みてください
ザグレブを訪れる人々は、だれ
もがシュトゥロスマイェル広場
の美しさに感じ入り、幾度とな
く足をとめます。この広場にある
美しい建物、そして公園は特別
な情景を生み出しています。広
場は「芸術の宝」と親しまれ、ザ
グレブの中心地にある最も美しい
公園の一つとしてザグレブっ子
に愛されているのです。
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クロアチアの有名な彫刻家イヴァン・メシュトゥ
ロヴィッチはご存知ですか?
彼の手によるシュトゥロスマイェル主教の記念
碑とクロアチアの有名な作家の胸像がシュトゥ
ロスマイェル広場にあります。クロアチア科
学芸術アカデミーに併設された現代美術ギャラ
リーにある 19、20 世紀の美術グラフィックの
小陳列室も見逃せません。ここでは世界的に有
名なイタリアの画家、El Greco と Goya の傑作も
展示されています。芸術愛好家にとってはこの
街はヨーロッパでも随一の芸術都市なのです。
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歓迎の別名
クロアチアの政治家・作家のスタルチェヴィッ
チにちなんで名づけられた広場と公園にも美し
い花と噴水があります。
こ の 公 園 の 隣 に は ザ グ レ ブ で 最 も 歴 史 が 深 い、
ホテル・エスプラナーデが建っています。
中央駅と聞くとどんなイメージ
を想像しますか?
治安がよくない、古めかしい…
そんなマイナスのイメージをザグ
レブ中央駅が変えました。スタル
チェヴィッチ広場とトミスラヴ
広場の和やかなムード、そして
公園に咲く美しい花々と噴水の
おかげです。
中央駅の建物は列車の出発と到着、そして人々
の運命が交錯する様子を静かに見守っています。
19 世紀に立てられたこの駅を、今までどのくら
いの人々が行き交ったのでしょうか。ここを通
る列車が何人の運命を変えたのでしょうか。あ
なたはこの建物を見て何を思うでしょう。多く
の旅行者が最初に目にするのはこの建物と、ザ
グレブの象徴である中世時代初期のクロアチア
王トミスラヴの銅像です。その広場の反対側に
芸術パビリオンがあります。このパビリオンと
トミスラヴ王の銅像の中ほどにある公園にはい
つも美しい花が咲いており、ベンチでのんびり
としたひとときを過すことができます。話はま
だまだ続きます。
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人間と自然
リラックスするため、研究のため、
静 か な 場 所 で 読 書 を 楽 し む た め、
そ し て 自 然 の 教 室 で 学 ぶ た め …。
人々はしばしば植物公園を訪れます。
ザグレブ植物公園は街の中心地に
あるにもかかわらず喧騒からはか
け離れています。
イギリス様式とフランス様式、折衷様式で建てられ
た植物公園には世界中から1万種を超える植物が集
められました。外国からもたらされたエキゾティッ
クな植物に何が必要なのか、それは植物学者でなけ
ればわかりません。人間が植物を選ぶのか、植物が
人間を選ぶのか。はたしてどちらが正しいかはとも
かく、植物公園の草花は今日も私たちの目を楽しま
せてくれています。
園内では自然の美しさを堪能することも静かに
本を読むこともできます。植物公園から反対側に
歩くとクロアチアの作家マルリッチの銅像が目印
の、マルリッチ広場に行き着きます。この広場に
あるセッセーション様式で建てられた前国立図書
館は現在ではクロアチア国立古文書館として親し
まれています。
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芸術を愛する
人々への
贈り物
ルーズベルト広場にあるベンチ
に腰掛けて昔の高等学校と公園
を眺めてみてください。この同
じ広場にあるミマラ博物館は重
要な世界的芸術の一つとして知
られています。そのコレクション
は遥かな芸術の世界へあなたを
誘います。
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ミマラ博物館に一歩足を踏み入れるとユニーク
な冒険が始まります。博物館を歩いて、ヨーロッ
パにある最も豊富な芸術コレクションの一つに
親しんでください。古代ギリシャ時代や古代エ
ジプトの遺物からヨーロッパ芸術家の彫刻、絵
画まで 3750 点のすばらしい芸術作品が展示さ
れています。クロアチアの画家兼修復士で、芸
術収集家のアンテ・トピッチ・ミマラはこれら
のコレクションをミマラ博物館に寄付しました。
彼は自分が愛した重要な作品を祖国とザグレブ
のために残したのです。だからザグレブではミ
マラが残した芸術作品の数々を、現在も楽しむこ
とができます。
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パフォー
マンスを
続けて
ください…
街のシンボルが何かと問われれ
ば、はじめにクロアチア国立劇
場の名が挙がるでしょう。チトー
広場にあるネオ・バロック様式
の劇場では夢と日常生活が交じ
り合い、雄大な芸術が私たちを
まだ見ぬ世界へ誘います。1895
年にオーストリア皇帝フラニョ・
ヨスィプが木槌を打ちこの劇場の
歴史がはじまりました。
以来、現代に至るまで様々な演劇が舞台上で
行われ、多くの俳優、歌手、ダンサーが様々な
国の、時代の物語を演じています。国立劇場の
前には、クロアチア人彫刻家、イヴァン・メシュ
トゥロヴィッチによって作られた彫刻 「 命の泉 」
がそびえたっています。ザグレブ市民は劇場の
ある場所を古くから劇場広場と呼びならわして
きました。ネオ・バロック様式の劇場に足を踏
み入れると、厳かな空気を感じます。
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劇場では俳優が新しい世界を築き、芸術家が数
奇な運命を描きます。この静粛なムード、そし
て美しい外観ゆえ、劇場は古くから人々に愛さ
れてきました。劇場にかけられた魔法は「命の泉」
を越えて、近くにあるシアターカフェ、そして
メシュトゥロヴィッチの手による彫刻「クロア
チアの歴史」まで続いています。
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ステージ
のライト
誰が演劇を始めたのでしょうか?
誰かのパフォーマンスに心を奪
われ、自分の中に眠る才能に気
づいたことはありますか?
あるいは、ステージの登場人物
に自分を投影したり、人間の弱さ
を見つけたり。一つの舞台はまる
でタイムマシーンのよう。観客は
時間旅行者のように色々な時代
を旅することができるのです。
昼 間 の 喧 騒 が 静 ま り 街 灯 に 明 か り が 灯 る と、
いよいよ舞台の幕があがります。有名な俳優が
生まれ持った才能で人々を魅了します。それぞ
れの劇場で催されている演目をご覧いただけれ
ば、ザグレブがいかに演劇や舞台が盛んな街で
あるかお分かりいただけましょう。コメディー、
ドラマ、オペラ、ミュージカル、クラシックバレ
エ、モダンバレエ…
ここでは様々なパフォーマンスが行われていま
す。そのパフォーマンスが、あなたを別の世界
へ誘います。
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日記の写真
花を買い、日記に詩を綴れば思い
出が残ります。世界には色々な
街があります。建築や文化が魅
力的な街、あるいはそこに暮らす
人々に心惹かれる街。そしてザグ
レブにはそのどちらもがあります。
ザグレブの美しい建物、博物館
での体験、そして人々との出会い
はあなたの心にも忘れがたい思
い出を刻むことでしょう。
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イリツァ通りの
終わらない話
イリツァ通りは、いわばザグレブ
の背骨です。数キロメートル続く
この通りは、いつも行き交う人々
で 賑 わ っ て い ま す。 散 歩 す る 人、
ブリーフ・ケース片手のビジネ
スマン、ウィンドー・ショッピン
グを楽しむ人々、市電の往来など、
全てがイリツァ通りの日常です。
ザグレブで最も長い通り、イリ
ツァは色々な人々の生活を見つめ
てきました。
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初めてイリツァ通りの名前が記録に登場す
る の は、 今 か ら 5 0 0 年 ま え の こ と。 そ れ
は 当 時 の カ フ ェ、 ホ テ ル、 店、 教 会 に つ い
て 記 載 し た 年 代 記 の 中 で し た。 賑 や か な イ
リツァ通りでは、誰もが自分の居場所を見つ
けることができるでしょう。アッパー・タウ
ンへ行くにはイリツァ通り沿いにあるケーブ
ルカーが便利です。ケーブルカーはイリツァ
通りJからわずか一駅でアッパータウンへ到
着します。終点で降りると 13 世紀に作られた
ロトゥルシュチャック要塞に到着します。要
塞では 100 年以上前から、毎日正午の号令に
空砲が発射されています。そして毎週日曜日
になると、イリツァ通りではアンティーク市
が開催されています。この市では過去の人間
の運命を目撃してきた年代もののお宝が見つ
かるでしょう。何気なく訪れた市で、素敵な
アンティークものと運命の出会いがあるかも
しれません。日々のイリツァ通りに戻りましょ
う。朝の喧騒、リラックスした午後のひと時…
これが人々の生活を映し出すイリツァ通りの
毎日です。しゃれたウィンドーのブティック、
レストラン、カフェにはいつも多くの人がいて
賑わっています。もしこの喧騒がなかったら、
ここは「イリツァ通り」ではなくなってしまう
でしょう。
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幸せと
思い出のため
ウィンドーショッピングを楽しみ
ながら、町歩きはいかがでしょう。
そこではクロアチア発祥のクロ
ア ー タ( ネ ク タ イ ) や ペ ン カ ラ
(ボール・ペン)、刺繍、絵画、ガ
ラスに描かれたナイーブ・アート
を手に入れられます。
ザグレブには有名ブランド店から大きなショッ
ピングセンター、ギャラリーまでショッピング
を楽しめるたくさんのショップが揃っています。
自分で吟味したおみやげはあなたの宝ものにな
るでしょう。それはザグレブの旅の思い出のよす
がとなるに違いありません。たとえば友人と会
う際、ザグレブの思い出とおみやげを持って行き、
大切な友人と旅の物語を分かちあってください。
また会う日まで!
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27
また会う
日まで!
カフェで近くに座っている人に
話しかけてください。ザグレブ
のカフェで友人を待っているとき、
のんびりと一人過ごす時間、あ
なたはこの街に特別な親愛の情
を抱くことでしょう。
ザグレブの人々はショッピングをする時や午後
に散歩をする時、町の中心地へ出かけます。車
が通れないような細い路地で友人とおしゃべり
に興じながらお気に入りのスポット、例えばイェ
ラチッチ広場、イリツァ通り、花の広場、ガイェ
バ通り、ボゴヴィチェヴァ通りを歩くことが
できます。行きつけのカフェでのんびりしたり、
友人と待ち合わせしたり。このようなザグレブ
での過ごし方はザグレブ市民ではない人々にも
当てはまります。今まではただ想像するだけだっ
たザグレブが、よりリアルなイメージとして思
い浮かべることができるでしょう。これからま
すます、ザグレブのことを好きになるはずです。
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花
賑やかなパフォーマンス、絵画
の展覧会、オーケストラとコーラ
ス隊、子供たちの歓声、そして咲
き乱れる花々…
一番長くて忙しい通り、ザグレブ
のイリツァは午後になると、リ
ラ ッ ク ス し た 雰 囲 気 に な り ま す。
近くにある広場につけられた花
の名前も、特別な意味を持ち始
めます。
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町の地図に詳しい人は、ペタル・プレラドヴィッ
チ広場がどこにあるかよく知っています。そし
てザグレブをよく知る人々はこの広場を「花の
広場」と呼んでいます。花の広場は午後のお茶、
ショッピングの間の休憩にぴったりの場所です。
そして夜遅くまで、大切な人のために花を買う
ことができます。だから、花の広場はいつも混
みあっているのです。1 世紀以上前に立てられ
たクロアチアの詩人ペタル・プレラドヴィッチ
の銅像、軒を連ねるカフェ、カラフルなパラソル、
街頭ミュージシャンたちが立ち並ぶワンシーン
は、いかにもこの広場らしい光景です。この詩
人いわく、「人間の心はいつも新しいことを探
し、決して満たされることはない」のです。もし、
特別な人に会いたくなったら、この広場へ行っ
てみてください。なぜ人々がここに集まるのか
よくわかるでしょう。
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変わらぬ
喫茶店、人々は
通りすぎる
毎日様々な人が通り過ぎ、行き
交います。いつも帽子をかぶって
いるあの人は、12 時になると同
じ場所で誰かしらとコーヒーを
飲んでいます。その時に誰が選
挙で選ばれたのか、政治とサッ
カーの話、ビンゴや日々のよも
やま話で会話が弾むことでしょう。
その横を、今日も人々が通り過ぎ
ていきます。
隣のテーブルに座っている女性たちは本、映画、
ファッション…についておしゃべりに夢中です。
その隣に一人で座っている紳士は、コーヒーを
飲みながら古い新聞ホルダーに入った新聞を読
んでいます。毎日、人々とその運命が交錯して
いきます。さらにその隣のカフェでは若者たち
が集まっています。彼らにとって今やパソコン
とインターネットが親友です。彼らはインター
ネットを通じて新しい友達をつくり、そしてま
たカフェで会う約束をします。ここから新しい
カフェの物語が始まるのです。
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自然の味と
匂い
その町の素顔を知りたいなら
ば、 ま ず 市 場 へ 行 っ て み る こ
と で す。 ザ グ レ ブ の 中 心 広 場 に
ある一番大きな市場、ドラツで
は 毎 日、 カ ラ フ ル な パ ラ ソ ル
の下に果物と野菜などを見つけ
る こ と が で き ま す。 フ レ ッ シ ュ
な果物の匂い、魚市場では海の
匂いを感じられるでしょう。小
さ な 花、 木 製 の 馬、 刺 繍 が 施 さ
れ た シ ャ ツ は お み や げ に ど う ぞ。
市場ではみな、普段着で楽しんでいます。人々
のお目当ては、なんといってもアドリア海でとれ
た新鮮な魚介類!
美味しい果物と野菜、熟成されたチーズ、素敵
な香りの花も忘れてはいけません。そのほかに
は何が?
そうですね、ザグレブの放浪者ペトゥリツァ・
ケレンプッフの銅像の隣のカフェへ足を伸ばし
てみましょうか。しばらく会っていない友人と、
久々に語り合うことができるかもしれません。
ザグレブ市民はもちろん、ツーリストもドラツ
市場を楽しんでいます。市場は毎日開催されま
すが、特に土曜日がおすすめです。ここにいけ
ば誰かしら知り合いや、友達に会うことができ
るでしょう。ここでは政治や仕事はもちろんのこ
と、週末の予定や日曜日のランチのレシピ、おす
すめのレストランや最近出かけたピクニックな
どザグレブっ子の日常が話題にのぼります。
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流れる道 ...
はるか昔、メドゥヴェシュチャックの小川が流
れていたこの場所では人々の人生が交錯し、数
奇な運命をたどっていました。現在ではその
同じ場所に新しい通りが整備され、新しいス
トーリーが生まれています。そこは昔ながらの
様式の古い家、カラフルなパラソル、花に彩ら
れ、ザグレブの年代記の著者、マリア・ユリッチ・
ザゴルカの銅像に見守られています。ではお茶
をいただきながら、トゥカルチチェヴァ通りの
親密な雰囲気を味わいましょう。
町 の 中 心 広 場 か ら 少 し 歩 く と、
トゥカルチチェヴァ通りにたどり
着きます。この通りには雰囲気
のいいカフェやレストランが軒
を連ねています。小ぢんまりとし
たムードが心地いいこのエリアは、
ザグレブの市民と同様、ツーリス
トにもお馴染みの場所です。昔な
がらの家々が連なるこの通りを
歩くと、まるで時間が止まった
かのような歴史の歩みを感じら
れます。
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ザグレブの
食卓
町 の 中 心 か ザ グ レ ブ 郊 外 か。
BGM は有名なタンブリツァ音楽
なのか、あるいはピアノの独奏か。
時間帯、雰囲気、メニューなど
レストランの選択肢はさまざまで
す。どこへ行っても、これだけは
変わりません。それは、手作り
のスローフード!
どこのレストランでもおいしい
料理に舌鼓を打つ、極上の時間
が流れています。
チーズとクリームの伝統的なチーズパイ、シュ
トゥルクリ、プリツァ・ス・ムリンツィマ(パス
タとターキー)、ダルマティンスカ・パシュティ
ツァーダ(ダルマチア風肉の煮込み)、クレン(ク
ロアチア・ソーセージ)、アドリア海の魚介類、
ファストフードは忘れて、クロアチア・メイド
の自慢の味を試してみてください。誰でもお気
に入りのレストランを見つけることができます。
同じレストランに足しげく通うにつれ、スタッ
フとも仲良くなるかもしれません。ザグレブで
はリツィタル・ハート(ハート型の置物)と花
が飾られた、小さくとも由緒正しいレストラン、
ゴージャスな内装のレストラン、エキゾチック
な料理を供するレストランなど選ぶ楽しさもひ
としおです!
今夜はアドリア海の新鮮な魚を地中海風に調理
するレストランはいかがですか。ザグレブの郷
土料理もおすすめですよ。
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アッパータウンの宝
アッパータウンの道を歩くと古いも
のと新しいもの、現在と過去が混ざ
りあっていることがわかります。公
園のベンチ、宮殿、厳かな教会はそ
れぞれの歴史を物語ります。
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41
伝説、
希望、
祈り…
町の中心の広場からラディチェ
ヴァ通りを上っていくと、ダウン
タウンの喧噪が徐々に遠ざかりま
す。反対にロマンチックな気分や
静けさ、旅情が湧き上がってくる
でしょう。ダウンタウンの賑やか
さとアッパータウンの静けさ、対
極にある両者を繋ぐのがラディ
チェヴァ通りです。命と伝説、希
望と祈りについて考えながらそぞ
ろ歩くと、石の門に到着します。
18 世紀から代わらぬ姿でそびえる石の門は、中
世の時代にすでに存在していたという記録が残
されています。かつては同じよう姿の門が 4 つ
ありましたが、現在まで残っているのはこの石
の門だけです。そこにはザグレブの作家、アウ
グスト・シェノアによって書かれた小説「ズラ
タロボ・ズラト」(宝石商の娘)の主人公、美し
い娘ドラ・クルピチェヴァの銅像と、17 世紀に
石の門の上に魔女除けのために作られた鎚鉾が
あります。石の門の隣にある薬局は、なんと 14
世紀中期から現代まで営業されています。この
薬局で 14 世紀末、ダンテ・アギリエーリ(神
曲の作者)の孫ニコロ・アリギエーリが薬剤師
として働いていたそうです。薬局の向かいに鎖
が残っています。
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言い伝えによるとこの鎖はトラファルガーの
戦いで活躍したイギリスのアドミラール・ネ
ル ソ ン の 船、 ヴ ィ ク ト リ ー 号 の 備 品 だ っ た
そうです。石の門の中の礼拝堂では蝋燭の揺れ
る炎の下、今でも静かな祈りが捧げられています。
1731 年の大火事では、当時木造だった石の門
は一部が燃え落ちてしまいました。その大火の
中、奇跡的に無傷で発見されたのはたったひとつ、
幼子イエス・キリストを抱く聖母マリアのイコ
ンです。現代も多くの人々がこの聖母マリアの
ために蝋燭を灯し、家族や愛する人の健康、幸せ、
愛のために祈ります。すると心が落ち着き、アッ
パータウンに溢れるロマンチックな世界に入り
込むことができるのです。私たちの生命が終わっ
ても、道と広場、伝説の門は生き続けます。
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過去と未来
聖マルコ広場ほど、過去と現在が
混じりあっている場所はありませ
ん。広場はそれほど大きくありま
せんが、多くの有名な建物が広場
の周りに位置しています。
聖マルコ広場で最もよく知られている建物は 13
世紀に建てられた聖マルコ教会です。屋根には
様々な色のタイルが施されており、向かって左側
はクロアチア、ダルマチアとスラヴォニア、右側
はザグレブ市のシンボルになっています。記録に
よるとこの広場で農民一揆のリーダー、マティヤ・
グベツは火のついた冠をかぶせられ処刑されまし
た。この広場には過去の記憶と伝説が現在も混沌
と生き続けており、ここからザグレブの歴史が始
まったのです。西側にあるバンスキ・ドゥヴォリ
(現在の首相官邸)はクロアチアの総督の仕事場と
して使われていたものです。
東側には昔から国会議事堂があります。クロアチ
アの国会議事堂の中ではクロアチアの現代と将来
について重要な事案が定められ、広場では歴史的
な遺物と現代の国家組織が入り混じります。それ
以外にこの広場は家族の記念日や結婚式のアルバ
ムに載っています。
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ワルツの
リズム
アッパータウンにあるカタリーナ
広場とイエズイティ広場は貴族
の舞踏会、秘密めいた策略や駆
け引きの舞台であり歴史と文化
の中心地でした。広場にある高
等学校は4世紀以上前から将来
有望な若者を輩出してきました。
美しいロマネスク様式の教会は
当時からこの広場のシンボルで
あり、反対にあるオープン・カフェ
では現代的な生活を垣間見ること
ができます。
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カタリーナ広場とイエズイティ広場には歴史を
物語る興味深い建物がいまでも残されていま
す。たとえば有名なドゥヴェルツェ宮殿、4 世
紀前に開かれたザグレブ最古の高等学校、「広場
の真珠」と称される聖カタリーナ教会などです。
こ の 広 場 は ク ロ ア チ ア の 詩 人 に し て 総 督、 カ
タリーナ・ズリンスキーにちなんで名づけられ
ました。教会は壁に描かれた絵と銅像が有名で、
バロック様式の教会の中では最も美しいものの
一つといわれています。数回の地震、雷、火事
により相当のダメージを受けましたが、人々の
信仰心によりその都度、修復されています。近
くにあるイエズイティ広場にある昔の修道院は、
現在は博物館として使用されています。この博
物館の前に漁師と蛇をモチーフにした噴水があ
ります。何世紀もの間アッパータウンの守り神と
して、様々な催し物やアッパータウンの人々の
暮らしを見守り続けています。
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石、
ブロンズ
いつも
ザグレブのアッパータウンを観
光する時はぜひ、街のギャラリー
や銅像もお見逃しなく。芸術家が
手がけた広場と、ギャラリーに
ある銅像はザグレブ市民の生活
の一部になっています。もちろ
ん作品の重要さは昔も今も変わ
りません。アッパータウンが「芸
術の宝」と呼ばれる所以です。
もしこうした芸術作品の中からなにか一つを選
ぶ と し た ら、 そ れ は イ ヴ ァ ン・ メ シ ュ ト ゥ ロ
ヴィッチの作品でしょう。1883 年にブルポリェ
で生まれ、1962 年にアメリカ・サウスベンドで
亡くなったイヴァン・メシュトゥロヴィッチ は
クロアチアの彫刻家として世界中にその名を知
られています。20 年間世界をまたにかけて活躍
した後、クロアチアに戻り、ザグレブで石とブ
ロンズを用いた多くの作品を残しました。ザグ
レブにある多くの作品を見れば、彼の豊かな才
能に気づくことでしょう。彼の家とアトリエは
現在、アトリエ・メシュトゥロヴィッチ博物館
となり、石、木、ブロンズで作られた銅像と、グ
ラフィックやスケッチが展示されています。ま
たザグレブのあちこちで、メシュトゥロヴィッ
チのスタイルと思われる作品を見ることができ
ます。彼の作品は芸術愛好家たちの関心をます
ます惹きつけているのです。
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建物が歴史を
語るとき
宮殿とホールが歴史について語
り始めたら、話はきっと長くなり
ます。アッパータウンの通りはザ
グレブで最も多くの歴史やストー
リーのある通りと言われています。
あの建物にどんなことが起きた
のか、だれが住んでいたのかなど、
それは語りつくせぬほどです。
その昔、クロアチア語とクロアタチア国の独立
を獲得するために戦ったイリリ人が会議や舞踏会
を行うなど、この建物は社会的な役割を果たして
いました。さらに先に進むとザグレブ博物館があ
ります。この中の一部にポポヴ・トラニュ(司教
タワー)があり、中には 1903 年から観測所が設
けられています。反対側、29 番地にクロアチア
歴史博物館があります。このように、オパティチュ
カ通りでは建造物が数々の歴史を物語っているの
です。
10 番地にある鉄のフェンスで囲まれた黄金の建
造物は、建築分野においても特別とされています。
建物の内部には最も美しいクロアチア芸術の
ギャラリーがあります。その先の 18 番地には、
ザグレブで最も美しい古典主義様式をもつ市民
ホールがあります。ここは近代のクロアチアの
政治、文化の歴史において最も重要な建物の一
つです。
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秘密の糸
ザグレブの道を歩く時、同じ道を
歩いた過去の誰かに思いを馳せ
たことがありませんか?
街の鼓動や時代性を感じません
か?歴史や伝説に興味はありま
せんか?
記念碑や広場、昔の記録や歴史
本の中に様々な事柄が書かれて
います。その全てをザグレブ博
物館で知ることができるのです。
そ れ は 17 世 紀 に 作 ら れ た ア ッ
パータウンのクラリッサ修道院
の中にあります。
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この博物館の中に、昔から現代までの街の歴史
と文化が保管されています。博物館に入ればザグ
レブの歴史と街の様子がよくわかるようになる
でしょう。その中で最も興味深いのは建築家ヘ
ルマン・ボレーによって作られた、考古学的価
値のある大聖堂などです。
想像の旅に出かけましょう。まずは町の中心に
ある公園を訪ね、それから今まで足を運んだこ
とのない場所へも足をのばしてみましょう。ザグ
レブ市民の習慣や長所・短所がよくわかるよう
になるでしょう。そして、この経験によりあな
たはザグレブをもっと身近に感じるはずです。
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詩人と共に…
時間があったらシュトゥロス
マ イ ェ ル 散 歩 道 を 歩 き ま し ょ う。
美しい栗の木の並木道、ダウン
タウンの屋根、碁盤の目状に並ぶ
通りとたくさんの鳩…
ザグレブの町をよく知るために、ザグレブの息
吹を感じ、目と心で街を観察することが必要です。
そのためにもこの散歩道は重要なスポットの一
つなのです。その時、私たちはただ散歩を楽し
むだけではなく、より深くザグレブを知るよう
になります。周りを見ると、心の目で街の雰囲
気を感じるようになり、初めはそれほどシンパ
シーを感じなかったザグレブを愛おしく思うこ
とでしょう。
19 世紀に人々の寄付によって作られたこの散歩
道は、司教ヨスィプ・ユライ・シュトゥロスマイェ
ルの名にちなんで名づけられました。19 世紀に
建てられたこの建物は 19 世紀中期には高等学
校となり、その後女子高等学校として使われま
した。さらに時を経た後は有名なカフェとなり
ザグレブの有名人が集ったものでした。ザグレブ
の有名な作家であり詩人、アントゥン・グスタヴ・
マ ト シ ュ も こ こ の 常 連 と し て 知 ら れ て い ま す。
その時から長い時間が経ち、人々も変化しました。
そ の 昔、 喫 茶 店 が あ っ た 場 所 に は 現 在、 ク ロ
アチア気象庁と地球物理学センターがあります。
この建物の前の散歩道には、作家マトシュの銅
像 が ベ ン チ に 座 っ て い ま す。 こ の ロ マ ン チ ッ
クな場所にも同じように時の流れは訪れますが、
その美しさが翳ることはありません。
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現在の大聖堂は 7 世紀前に建設され、その間
に戦争と火事で幾度となく打ち壊されました。
11 世紀に教区が作られた時から今に至るまで
保存されている宝物は現在、大聖堂に保管され
ています。ローマ法王イヴァン・パバオ 2 世が
訪れた大聖堂には、昔のクロアチアの英雄、殉
教者ペタル・ズリンスキー、フラーノ・クルステ・
フランコパンとザグレブの教皇アロイズィエ・
スティピナッツとフラーニョ・クハリッチの墓
があります。カピトゥルと大聖堂の美しさや歴
史についてはまだまだ話は尽きませんが、この
場所の雰囲気を感じる一番良い方法は実際に訪
れて自分の目で見ることです。
心の宝
もし希望が消え、自分が押しつぶ
されそうになったら、あなたは
誰に祈りますか?
ザグレブの美しい大聖堂で祈れば、
心の中に平安と自分の強さを見
つけることができます。
ザグレブで最も美しい広場の一つ、カピトル広
場にある聖マリア被昇天大聖堂の前に銅像と噴
水があります。多くの信者やツーリストが噴水
前に集まり賑やかですが、皆、心の平安のため
に祈っています。大聖堂の鐘(最も大きな鐘の
重さは 6 トン)の音、大きなパイプオルガンの
響きを聞きながら大聖堂の壁の絵、祭壇を眺め
厳かなムードや宗教美術の美しさを実際に感じ
てください。
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歴史が止まる
ザグレブの作家アウグスト・シェ
ノアは現在も銅像として、彼が生
まれた通りに立っています。銅像
が近くにあるためでしょうか、こ
の通りで一人きりで過ごしていて
も孤独を感じることはありません。
古く小さな家々が連なったヴラ
シュカ通りには現在、ブティッ
クとカフェがあり、くつろいだ
ひと時を過ごすことができます。
この通りの雰囲気はよく詩人の
ライフスタイルを表現しています。
ブラシュカ通りの古い部分と新しい部分の間
にはネオ・ロマネスクのエントランスを擁する
バロック様式の聖ペタル教会があります。毎夏、
聖ペタルとパブレの休日には教会の前で大きな
催し物が行われます。そこではリツィタル・ハー
ト(ハート型の置物)や伝統的な飲みのグヴィ
ルツなど歴史と伝統を思い出させるイベントが
催されています。ヴラシュカ通りから北へ行く
と、リブニャックという公園に着きます。ザグ
レブ最古の町カプトルの東の城壁に面しており
昔、司教の池があったためこう名付けられました。
このロマンチックな場所では、様々な年代の人々
がベンチに腰をかけ、あるいは噴水や銅像の周
りで遊び、花を愛でています。子供たちはここ
で歩く練習をし、若者は友人と語り合い、昔か
らお互いを良く知る老人たちは世間話をし、リブ
ニャック公園のなかで幸せなひとときを共有し
ているのです。
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オープン・
ギャラリー
小さな花とろうそくの炎がゆら
めくミロゴイ墓地は、ときに悲
嘆に包まれますが、同時に建築
的な素晴らしさを堪能できる場
所でもあります。
有名な建築家ヘルマン・ボレーによって作られた、
ヨーロッパで最も美しい墓地の一つ、ミロゴイ
墓地は、人々が最後に眠りにつくという場所だ
けでなく、特別な芸術作品の一つなのです。
芸 術 家、 政 治 家、 ス ポ ー ツ 選 手、 政 治 活 動 家、
人権活動家…国に尽くして亡くなった多くの有
名・無名の人々が眠る墓地には、今でも彼らの
精神が息づき、ここを歩くと昔の人々の思いや
歴史を感じることができるでしょう。
ミロゴイは建築と銅像の博物館でもあるのです。
墓地にそびえる堂々たるアーケードやパビリオ
ン、ドームは緑豊かな植物によって彩られ、彫
刻家の手による作品がいくつも飾られています。
そ れ は ま る で オ ー プ ン・ ギ ャ ラ リ ー の よ う。
蝋燭の炎がゆらめく静かなアーケードにある彫刻
作品は、まるで歴史を物語っているかのようです。
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美しさと永遠
英雄広場とファシスト犠牲者広
場にある 2 つの建物は美しい建
築様式が目をひき、花と噴水に
彩られたこの広場をさらにすば
らしい場所にしています。
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1927 年、 ザ グ レ ブ 市 民 の 映 画 館 と し て 使
われていた場所にクロアチアの有名な建築
家 ヴ ィ ク ト ル・ コ ヴ ァ チ ッ チ に よ っ て 当 時
の 為 替 市 場 が 建 設 さ れ ま し た。 現 在、 こ の
堂々たる建物はクロアチア国立銀行になっ
て い ま す。 こ の 力 強 い 建 物 を 見 れ ば 当 時
の 市 民 の 尊 敬 の 念 が 伝 わ っ て く る で し ょ う。
この建物の前にはクロアチアの有名な彫刻家イ
ヴァン・メシュトゥロヴィッチと細密画家ユリヨ・
クロヴィッチの銅像があります。ファシスト犠
牲者広場にあるパビリオン、クロアチア芸術セ
ンターは、イヴァン・メシュトゥロヴィッチが手
がけたものです。丸いドーム型の建物は博物館
ではなく、第二次世界大戦中はモスクとして使
われていました。その後、国立革命博物館にな
り、現在はクロアチア芸術センターになってい
ます。町の中心に位置する二つの広場には花が
溢れ、噴水の周りには人々が集まり、壮麗な二
つの建築群には特別な時間が流れているのです。
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芸術家、
恋に落ちた
人々のために
この建物では素晴らしいジャズ
を心ゆくまで堪能することがで
きます。有名な芸術家たちもこ
こに集い、仲間との交流を深め
ています。ここには、まだ無名
のミュージシャンのパフォーマ
ンスを楽しむために人々が集まり
ます。もちろん他のジャンルを
試したい人のためには別のクラ
ブもありますが。
新世代のアーティスト、ノスタルジーに浸る世
代から生粋のジャズ愛好家まで音楽を愛するす
べての人たちのためにザグレブには様々なクラ
ブがあるのです。だからこのクラブも、音楽を
楽しむ人たちでいつも賑わっています。飲み
物を飲みながら、あるいはリズムに酔いしれて。
今までとは異なる雰囲気の中で、ザグレブらし
さを満喫することができるでしょう。
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国境の
ない世界
さらにその近くにある 2 軒のモダ
ンな建物は国立大学図書館とクロ
アチア初のオペラ作曲家にちなん
で名付けられたコンサート・ホー
ル、ヴァトロスラヴ・リスィン
スキーです。この 2 つの建物には
クロアチアはもちろん、世界的な
文化遺産が保管されています。
ザグレブのコンサート・ホールは市民が気軽に
音楽を楽しむ場として親しまれており、世界的
に有名な数多くの演奏家たちがすばらしいハー
モニーを奏でています。1871 年に設立されたザ
グレブ・フィル・ハーモニーは現在、世界中の
劇場やホールで演奏しており、もちろんこのコ
ンサート・ホールも例外ではありません。この
建物の近くにある国立大学図書館は2千5百万
冊以上の蔵書を誇り、古く貴重な文献が多数
保管されています。建物は現代的建築様式が取
り入れられ、中ではクロアチアと世界の芸術的
文化遺産を手にとって鑑賞することができます。
比較的新しい蔵書も研究のため、整理され保管
されています。こうした図書館に足を踏み入れ
ると、自分と世界の間にもはや国境がなくなっ
たような、そんな感覚に陥りませんか?
そこでは文化や芸術、科学のはるかな高みへも、
自在に旅することができるのです。
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町の二つの顔
高層マンション群が建設される
ような新興のエリアにも、昔なが
らの小さな家が今もそのまま残っ
ています。そのエリアの近くにで
きた、ライトアップされた高層
ビルはいまやこの街のシンボルに
なっています。
一方、トゥルニェ地区を見てみましょう。ここは
庭付きの一軒屋が広がるのんびりとした住宅街
です。日曜日には庭の塀越しにお隣さんへ「どう
ぞ、召し上がってください」と自家製ケーキを
あげる習慣が今でも残っているのだとか。ここ
に住む人々は昔から隣人付き合いを大切にする
ため、隠し事をすることもできません。トルニェ、
トレシュニェヴカ地区に暮らすのは、庭のバラの
つぼみが開くのを待ちわび、カエルやセミの鳴
き声を愛し、自分の小さな庭を慈しむ、そんな
家庭的な人々なのです。
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自然のリズム
週に5日、朝から晩までビジネ
スにいそしむ人々は、週末になる
と平日のストレスを発散させると
ばかりにローラースケートやボー
ト遊びに励み、散歩することで気
分をリフレッシュしています。マ
クスィミール公園、スリェーメ山、
ブンデク公園、ヤルン・レクリエー
ション・センター…レクリエー
ション・センターや公園、野趣
に溢れる郊外でのピクニックなど、
こうしたお楽しみは、いかにもザ
グレブらしい週末の過ごし方とい
えるかもしれません。
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心の中に
ある公園
その昔、バッスルスカートをま
とった人々も豊かな自然が点在す
るマクスィミール公園を愛し、レ
トロなパラソルをさして優雅な
ひと時を過ごしていたものでした。
彼らの格好はスポーティーな洋
服とスニーカーに取って代わら
れましたが、マクスィミール公
園は今も昔と変わらぬ姿をとど
めています。ザグレブで最も大き
く美しいイギリス風の公園はヨー
ロッパ最古の公園といわれており、
ザグレブの人々にとって特別な
意味を持っているのです。
この公園で子供たちはよちよち歩きから歩く練
習 を 始めます。また、子供たちは様々な野生
動物を見つけては歓声をあげることでしょう。
18 世紀にこの公園ができたとき、南東ヨーロッ
パでのどこを見回してみてもこのような公園は
まだ存在していませんでした。当時のザグレブ
市はまだ規模が小さく、遠来の人々にとってマク
スィミールはめったに訪れることのできない場
所だったのです。1892 年になると馬が引くトラ
ムで多くの市民がここ訪れるようになりました。
園内には湖もあり、小さなボートに乗ってと白
鳥を眺めながら湖畔の散歩道を歩くこともで
きます。まだスポーツ施設が無かった時代、冬
季には湖がスケート場として解放されていたこ
ともありました。1925 年には併設の動物園が
オープン、園内にはそのほかにパビリオンとサ
マー・ハウス、銅像があり、そのため公園はさ
らにロマンチックな雰囲気を醸しだしています。
ここでは友だちとわいわい過したり、散歩したり、
時には一人で本を読んだりのんびりしながら
ザ グ レ ブ の 自 然 を 楽 し む こ と が で き る の で す。
何百年を経てもマクスィミールはザグレブ市民
に愛され、美しい姿をとどめています。
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ザグレブの海
あなたは信じられないかも知れ
ませんが、クロアチア内陸部にあ
るザグレブにも海があります!
それでも、ピクニックとスポーツ
が大好きなザグレブ人たちには
ピクニックやキャンプ場とスポー
ツ・レクリエーション・センター
が欠かせません。
街の西部、緑で囲まれた地区に最新のレクリエー
ション・スポーツ・センター、ヤルーンとムラ
ドストゥがあります。その反対側には新たにブン
デク公園が作られ、ザグレブは一躍「スポーツ
の町」として知られるようになりました。ヤルー
ン・センターは 1987 年に開催されたユニバーシ
アードのために作られました。ここでは曜日を
問わずさまざまなレクリエーションやスポーツ
が楽しめ、仕事帰りのビジネスマンや放課後の
学生たちに利用されています。ヤルーン・セン
ターには緑豊かな散歩道、美しい湖に加えサイ
クリングロードやランニングコース、ミニゴルフ
場まで完備され、さらにレストランやカフェが
いくつもあります。人々はここでローラースケー
トやサイクリングにいそしみ、湖で泳ぎ、湖畔の
道を散歩し、生まれ変わったような気持ちになっ
て日々の生活に戻っていくのです。
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逃げたい時は
より雄大な自然に抱かれたいなら、
スリェーメ山がお勧めです。ザ
グレブに程近いスリェーメ山は
メドゥヴェドゥニツァ山脈に連な
り、冬になると世界的なスキー大
会が行われるようなスポットです。
このスリェーメ山は、どの季節が一番美しいの
でしょう。冬、ザグレブの人々はスキーやそりを
楽しみ、夏には避暑地として、秋には美しい紅
葉を眺め、春には花々や草木の息吹を楽しみに
この山へでかけます。有名なクロアチアのスキー
選手の兄弟、ヤニツァ&イヴィツァ・コステリッ
チは子供の頃、スリェーメで練習をしていたと
いいます。ここへは徒歩で、あるいはケーブルカー
でアクセスでき、山のロッジに宿泊することもで
きます。こんな便の良さもスリェーメがマグネッ
トのように人々を引きつける要因なのでしょう。
メ ド ゥ ヴ ェ ド ゥ ニ ツ ァ 山 も ザ グ レ ブ も「 自
然 の 宝 」 と 考 え ら れ て い ま す。 今 か ら お
よ そ 20 年 前、 メ ド ゥ ヴ ェ ド ゥ ニ ツ ァ 山
脈 の 西 部 228 k m が 自 然 公 園 と し て 認
め ら れ ま し た。 こ こ に あ る ベ テ ル ニ ッ ツ ァ
洞 窟 は ク ロ ア チ ア 最 大 の 洞 窟 の 一 つ で す。
そこにある 13 世紀に建てられたメドベドグラッ
ド城は、クロアチアに現存する中世の城としては
最大のものです。15 年前、ここは大規模な修繕
がなされ、戦争犠牲者の記念碑が立てられました。
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心の中の町
ザグレブを感じたいなら、朝方
あるいは夕ぐれ時に広場やアッ
パータウンを歩いてみてください。
きっとこの街を特別な場所とし
て 感 じ る こ と が で き る で し ょ う。
ザグレブで経験した一つ一つの
出来事は、あなたが故郷に帰って
からも特別な思い出としてあな
たの心と記憶の中に、鮮明に生き
つづけることでしょう。
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発行所
ザグレブ市観光局
発行人
アメリヤ・トマシェヴィッチ PhD
制作
ドラジェン・ホヘケル
テキスト
スィルヴァナ・ヤクシュ
日本語校正
倉石綾子
写真
イヴァン・バリッチ・ツォブラ
ゾラン・フィリポヴィッチ
ジェリミール・ホルヴァットゥ
ユライ・コパチュ
ジェリュコ・クルチャディナツ
ボリス・クルスティニッチ
パトゥリク・マツェク
ジョニー・マジリ
ヴェドゥラン・メテルコ
デミレル・パシャリッチ
イヴォ・ペルヴァン
ロベルトゥ・ライティッチ
トミスラヴ・ラスティッチ
マーヤ・ストゥルガル・クレチッチ
トミスラヴ・シュクロパン
イヴォール・ヴォダノヴィッチ
アンドゥリヤ・ゼルマノヴィッチ
クロアチア国立劇場の古文書
ザグレブ市観光局の古文書
アート・ダイレクター、イラストレーター
イヴァン・ドロギ
デザイン
DZN スタジオ
カラー・デザイナー
カリグラフ
印刷
ケルショフェセトゥ
ザグレブ市観光局
10000 Zagreb
Kaptol 5
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ISBN 978-953-228-008-1
80
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