JASSW NEWS LETTER 教育実践報告 社会福祉実習におけるケースメソッド討議の導入 ~現場で力動的な活動をしているさまざまなモデルを共有し疑似体験し備えるために~ 同志社大学 野村 裕美 3・4 回生に社会福祉士や精神保健福祉士に関わる資格実習を控えた 2 回生の社会福祉実習において、 2008 年度よりケースメソッドを用いた授業の運営に取り組んでいる。2 回生実習は、春学期は必修(履修 学生約 100 名)、秋学期は資格取得を視野に入れた学生が選択必修として取る科目としている(履修学生約 90 名)。 双方向の討論授業形態であるケースメソッドは、ケース教材を用いて行われる。ケースとは、文字で書か れた冊子のことであり、たとえば、企業で起きた経営の出来事を物語的に記述したものや、経営活動の当 事者にインタビューし現場の経営情報を入手することで、出来事を記述しケースとするものもある(髙木 2010:9)。原則としては、内容は事実であって、架空でないことが重要とされているが、授業目的により架 空ケースも作られているのが現状であり、本校での授業においては授業目的に沿って架空ケースを担当講師 陣 8 人で作成したものを用いている。 適したケースの条件としては、①経営教育で取り上げる何らかの訓練主題を含んでいること、②その訓練 に必要な情報が盛られていること、③訓練を受ける者を登場人物の立場に立たせ、その責任において意思決 定を迫るように表現されていることなどが挙げられる。 重要なのは、一つの正解や正しいやり方を知らしめるためのものではないという視点である。このケース を用いて、ディスカッション・リーダー(講師)のかじ取りのもと、討議計画に沿って進めている。年間5 つのケースを用いている。ケースの作成であるが、担当教員の専門や実践分野を活かした講義目的と討議目 的を計画し、実務者である教員に専任教員がインタビューを行い、支援者が直面している現代的な課題が見 え隠れするケースについて、2 つ以上の事例をまず聞き取る。複数の事例の中から、ソーシャルワーカー(社 会福祉実践者)が直面している葛藤場面(ジレンマケース)を実務者教員とともに選び出す。 そして葛藤場面、決断を迫られる場面などをいくつか盛り込みながら、社会福祉の制度政策等、最新の動 向を反映させる。以上のような手順にて架空ケースを作成し、分量としては A4 で 2 枚程度のショートケー スを作成し用いている。 授業運営方式は、言うまでもなく講義授業形態とは異なる。大・小クラス(講義と討議)の組み合わせに おいて、講義とケース討議を一体化させた一連の授業形態の導入により、社会福祉問題を自らが捉える力・ 自らの立場で考える力を中心とする総合的な実践力を養う場を学生に提供できる効果が予測されると考えて いる。講師はさることながら、討議の参加者である学生たちも授業参加準備を入念に行い、討議に備えるこ とを要求している。 大クラス講義終了時にそれと関連するケース教材を配布し、学生たちは一週間かけてその教材を問いに そって読み込み、自説をまとめる。わからない法制度、サービス等については自習してくる必要がある。討 議の当日は、学生同士の自発的な発言によりグループを動かすことを前提としているため、講師と参加者と もに責任を果たし力を発揮する必要がある。また、討議の中での発言には、個人的な経験、価値観、人間性 が反映されるため、抵抗や恥ずかしさなどがあるかもしれないが、これらを披露することで共同体としての 進化を遂げることができることを教員は促す。 本講義におけるケースメソッドは、イメージや定義を一箇所にまとめあげて答えをだすことではなく、 「こ んな考え方もあるのか」「こんな感じ方もあるのか」と、柔軟にかつ多角的にとらえたことを参加者相互に 交流させ、学ぶ喜びを共有することを目指している。 学校連盟通信 / No.68 7 JASSW NEWS LETTER 教育実践報告 さらに、ケースに描かれている状況に身を置くことで疑似体験ができ、そのような状況にある場合の「私」 の対処方法のバリエーションを想起することで、次年度以降に控える現場実習に向け、より良い助走・準備 ができると考えている。参加している学生同士、学生と討議をガイドしている講師間において相互に個々の 見解や意見、予測、洞察を交流させるケースメソッドには、参加者同士、参加者とディスカッション・リーダー との対話、すなわちダイアログ(dialog)の積み重ねや上書きをその場に生む。発言は積極的にできなくても、 他者の意見を聞くことで考える機会を得ることができる。この対話の積み重ねが、その場に参加している仲 間との協力への士気を増大させ、自分はどのような貢献ができるのかという主体的な探求心を育むことにな ることが各種文献においても指摘されている。 以下、受講した学生の感想を引用することとする。児童養護施設で働き始めたばかりの新人指導員が主役 として描かれた初回ケース討議を終えた感想を学生たちは以下のように書いている。 大切なことはその事例を自分自身に起こっているものとしてとらえ、深く考察し、いろいろな立場の意 見をききながらよい方法とは何なのかを考え続けていくことであると私は考える。(2012:42) 1 回生の時のクラス討議とも共通しているが、自分だけの意見だけでなく他の人の意見も聞く事ができ、 似た考えや異なった考えを知り、そこからまた考えを深めていく事ができた。お互いの考えを話し合うこ とで、そこから生み出される良い解決策を探り続けることにとても意味があると学んだ。(2013:39) こうして複数人で一つの事例について検討していくことで答えに向かっていく姿勢が大切なのだ。人は 皆価値観が全く異なり、ワーカーとクライエントはおろか、ワーカーとワーカーでも大きな違いがあるだ ろう。複数で討議することで様々な価値観を知ることができ、その結果自分が向き合っている問題に対し ても多角的に対処する余裕が生まれる。実際のケース討議では私だけでは考えつかなかった意見を多く聞 くことができ、私の意見を補い確かなものにしてくれる意見もあった。(2014:43) 以上は、本学で発行している社会福祉実習報告集からの引用である。このような気づきをいつか現場に出 ていった時に目の前の状況から目をそらさず、粘り強く考える力として発揮してほしいと思う。 引用参考文献 髙木晴夫監修 竹内伸一著(2010)『ケースメソッド教授法入門 理論・技法・演習・ココ ロ』慶應義塾大学出版会 同志社大学社会学部社会福祉学科発行(2012)『社会福祉実習報告集 2011 年度』 同志社大学社会学部社会福祉学科発行(2013)『社会福祉実習報告集 2012 年度』 同志社大学社会学部社会福祉学科発行(2014)『社会福祉実習報告集 2013 年度』 8 学校連盟通信 / No.68
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