2 社会 日本の諸地域学習における地理学的思考力の育成

2 社会
日本の諸地域学習における地理学的思考力の育成
―思考ツール,論述を活用して―
七里 広志
本論の要旨
論述,思考ツール,グループワークの活用などを,言語活動としてこれまでの研究で実践し,生徒の
思考力・判断力・表現力をある程度高めることができてきた。しかし,これらの活動は時間がかかる上に,
学習において継続性が必要であり,実践に向けては長い目で見た単元構成を意識しておく必要がある。
今年度はとくに,日本の諸地域学習について研究を深めたい。中学校社会科の学習指導要領によると
日本の諸地域学習では,各地方に関して中核考察を行う。これまで実践してきた思考ツールやグループ
学習,論述などの方法の他,従来から行われてきた地図の加工や読図の方法,統計資料の処理,また本
校の研究主題である判断の場面を設定するといった方法なども整理して小単元地方ごとに取り入れ
ることで,地理学的思考力を効果的に高め,中核考察を深められる絶好の教材に発展させたい。日本の
諸地域各単元において,効果的な学習展開の設定と評価を模索したい。
キーワード 日本の諸地域学習,地理学的思考力,論述,思考ツール,グループ学習,統計処理,判断
1.今年度の授業研究の視点
その上で,学習に効果があったのかを,生徒の学
平成 年 年度から実施されている中学校
の学習指導要領において,社会科でも思考力・判断
力・表現力を身につけさせる学習が重要視されてい
習評価から検討したい。
2.研究仮説
る。ここ数年の全国の実践状況でも,教育研究のテ
社会科地理的分野の日本の諸地域学習について,
ーマを見ていると思考力・判断力・表現力を身につ
社会的事象をとらえさせ,言語活動につながる思考
けさせるために言語活動を取り入れた授業研究は多
ツールやグループ学習,論述などの学習方法を活用
くなってきた。
し,単元地方ごとに判断の場面である中核考察を
思考力・判断力・表現力を身につけさせることを
させることを整理し,継続して実践していけば,思
継続的に意識した社会科の授業作りのために,これ
考力・判断力・表現力を身につけさせ,地理学的思考
までも授業研究を進めてきた。そのなかで
力を活用させる学習を効果的に進められるであろう
は,$思考ツール,% 人班によるグループ学習,
図 。
&論述の活用,などの言語活動を意識して継続的に
取り組んできた。
また,今年度はとくに, 年生で担当する日本の
諸地域学習について研究を深めたい。日本の諸地域
地理学的思考力の育成
学習は,現行の学習指導要領から実施されることに
中核考察日本の諸地域学習
なった新しい単元である。そして,各地方に関して
↑ 中核考察を行うという条件が設定されている。これ
↑ ↑
まで実践してきた思考ツールやグループ学習,論述
などの方法の他にも,従来から社会科の学習で重要
技 能 思考・判断 表 現
地図
加工
読取
統計
処理
とされてきた地理学的思考力である,'地図の加工
や読図の方法,(統計資料の処理といった力をつけ
る絶好の機会である。
さらに,本校の研究主題である)判断の場面を,
公正な判断に向けての練習として設定するといった
方法も小単元地方ごとに取り入れることで,中核
思考ツール 論述
グループ学習
(公正な)
判断の場面
の設定
考察の問いを充実させることができると考える。
図 研究テーマの構造図
—126 —
表 「日本の諸地域」の単元構成と各授業で実践した具体的内容
社
会
— 272 —
3.研究の具体的方法
的・基本的な知識が必要であり,その知識を整理する
思考力・判断力・表現力を身につけさせることを
時間を確保するためには,思考ツールや論述の時間
継続的に意識した社会科の授業作りのために,これ
が縮減されてしまう。そこで,これまでは論述を まで気をつけてきたことと,今回の授業実践で工夫
文か 文程度のものに限って実施してきた。
した点は,以下の通りである。
しかし,日本の諸地域学習においては,中核考察
が求められる。単元地方ごとに視点を選び,その
$思考ツール
視点を中核とした考察が求められる。この中核考察
思考ツールとは,ベン図やマトリクス図など,思
こそが論述によってなされるべきであり,そのため
考を可視化できるツールの総称である。学習活動に
には単元地方のまとめとして,中心発問に対して
おいて,思考力や判断力を養う言語活動での効果が
長めの論述を必ずさせることにした。
期待できる。ここ数年は,本校の各教科の授業で利
'地図の加工や読図の方法
用されている。
地図を加工したり,それをもとに読図をしたりす
思考ツールは,学んだことや考えを整理するには
るのは,地理学的に地域をとらえるのに重要な思考
よいが,授業で使う際には課題の設定に合った思考
力である。これは,中学校社会科の授業において
ツールを使うことと,完成した思考ツールを次の思
かつてから大事にされてきた力である。しかし,思
考や判断のステップに活用すること,そしてそのた
考力・判断力・表現力を軸に授業を進めていくと,と
めに時間を確保することが必要であることなどに課
もすると白地図を埋めて終わりとか,既成の主題図
題を感じてきた。
を読み取って終わり,といった活動だけで思考を深
時間の確保については,これまでは 時間の授業
められない学習展開になりがちである。
の中でなるべく使うようにしてきた。今回は日本の
何も描かれていない白地図に作業を加えたり,地
諸地域学習において,単元地方ごとに 回とし,
図を探したり,主題図を作り上げたりする作業の中
ノートではなくワークシートとしてなるべく複数時
で,地域の特徴を読み取る活動は引き続き大事にし
間にわたって複数回かかって仕上げるものとした。
たい。$~&,(,)といった他の工夫も実施
% 人班によるグループ学習
しながら,各単元地方 回から 回は地図の加工
人班によるグループは,近年多くの学校で実施
や読図の方法を工夫したい。
されるようになってきた。生徒同士が話をして意見
(統計資料の処理
を交流する活動は,授業の活性化にもよいだろう。
統計資料を読み取ったり,グラフに加工したり,
しかし,この方法も自分の意見を考えさせてから意
グラフを読み取ったりする学習も,以前から社会科
見交流をしたり,意見交流したことをまとめたり,
では活用の力として大事にされてきた。資料を読み
発表させたりして学級全体で共有するには多くの時
取って地域の特徴を考察することは,地理学的思考
間を要してしまう。そこで,今回の日本の諸地域学
力を深める上では重要である。これも($~',)
習においては,グループ学習を単元地方ごとに といった他の工夫も実施しながら,各単元地方で
回とし,グループで話し合ったり,意見交流をした
必ず統計資料にふれさせたい。可能ならば,グラフ
りした方がよいと考えられる課題を厳選して実施す
や主題図作りなど,数字データから可視化できる資
ることにした。
料への加工をさせたい。
&論述
)判断の場面
論述は,学習指導要領にも明示されている言語活
動の方法の一つだが,あまり社会科の授業では
本校の今年度の研究である,判断の場面について,
論理的な思考をさせることが必要である。
精力的に行われてこなかった。そこで,平成 年
まず,社会科における判断とは,学習指導要領中
年度から思考ツールを用いて思考・判断した
学校社会編にある「公正な判断」を目標としたい。し
ことから論述させるという授業展開を実践してき
かし,「公正な判断」は,公民的分野において具体的
た。
学習場面を多く設定し,身につけさせるねらいがあ
これまでは,論述で書く文章を整理するために,
る。そのため,地理的分野においては,「公正な判断」
思考ツールを使わせることを進めてきた。しかし,
を磨くための基礎として,地域地方の地理的特徴
思考ツールを整理して論述させることについても一
や社会的事象をとらえ,課題に対して状況を把握し,
定の時間が必要である。本来は毎時間,中心発問に
自分の意見を整理してまとめる学習の場としたい。
対して思考ツールで整理させて論述させたいが,そ
そこで,単元地方ごとの中心発問を「公正な判
のためには社会科の場合どうしても最小限の基礎
断」につながる判断の練習となるようにして,思考ツ
— 328 —
ールの活用や論述につなげるようにした。
き入れる,山陰,山陽,瀬戸内,南四国などの地域
区分を赤でかき入れる,など作業をさせた図 。
以上のように,今日の社会科の授業において授業
その上で,「どうして山陰・瀬戸内山陽・南四国
者が実践すべき課題は山積みである。これまではな
で生活圏が分かれるのだろう"」という問いを出し,
るべく 時間の授業の中で$~)の工夫の組み合
できあがった白地図から問いについて考察させて発
わせを変えて実践してきたが,日本の諸地域学習に
表させた。
おいては中核考察をさせることもあり,単元地方
ごとに$~)の要素を整理して組み入れていく
②中国・四国地方の結びつきの変化(
と,教材の飽和状態に対して効率よく,中核考察に
まず,本州四国連絡橋の整備について表でまとめ,
対して効果的に学習を進められると判断した。そこ
その次に高速道路の整備を地図で確認させた。そし
で,研究仮説をもとに,具体的に授業を実践してい
て,「本州四国連絡橋や高速道路の整備によって,中
く柱を次のようにした。
国・四国地方に見られる良い変化は"」という問いを
出し,ノートに自分の意見を書かせた。その際に,
つくり,単元を通しての論述課題とする)。
教科書や資料のグラフや表,図などから根拠を探さ
地方の地域的特徴をとらえるために,白地図
せ,「○○によると,□□がわかる」という形で記述
に情報を加えることで加工し',また,統計情
させた図 。
会
報を読み取ったり,統計情報を主題図にしたり
グラフにしたりして(,地理学的思考を深めさ
せる。
その上で,グループ学習%をしたり,複数時
間にわたって思考ツール$を書き加えたりし
て,中核考察に対する地理的事象を整理させる。
図 第②時の生徒のノートメリット
最後に,完成した思考ツールを使って中核考
察に対して論述&させる。
社
まず,単元の中心発問を,中核考察をもとに
③中国・四国地方の産業$
4.中国・四国地方での実践例
前回にノートに書いた,交通網の整備によって見
中核考察:他地域との結びつき
られた良い変化について,学級全体で交流した。そ
3.で述べた授業実践の柱をもとに実践を行った
の際に,ステップチャート思考ツールと論述がセ
結果が表 である。このうち,具体的な例として中
ットになったワークシートを配り,ステップチャー
国・四国地方での実践を挙げる。
トにこれまでの課題を整理させて,良い変化に関し
授業の実践
て学級の意見を+面として記入させた図 。
①中国・四国地方の地図'
その上で,産業面では実際にどうなのかを教員に
中国・四国地方の白地図を配り,海岸を青で,県境
よる講義で整理した。交通網の発達によって瀬戸内
を赤でなぞって県名を入れる,中国山地と四国山地
工業地域の存在や農業の促成栽培など,中国・四国地
を茶色で塗る,瀬戸内海や宍道湖をかき入れる,四
方にはメリットがあることを伝えた。
万十川と吉野川を青色でかき入れる,鳥取平野,岡
山平野,広島平野,讃岐平野,高知平野を緑色でか
図 第③時の板書ステップチャート
図 第①時生徒のノート白地図作業
— 429 —
④中国・四国地方の産業とまとめ%&)
評価
まず,本州四国連絡橋や高速道路が整備されたこ
①ワークシート
とでのデメリットを予測させた。はじめに個人で意
生徒の学習評価については,ワークシートとテス
見を考えさせ,次に 人グループで交流させた。ホ
トによる評価とした。ワークシートは,各単元地方
ワイトボードにまとめて発表させた図 。
の④時間目に,学んだことを思考ツールにまとめ,
その上で,「★中国・四国地方内の結びつきや他の
地理学的思考に関わる中核考察の問いに対して論述
地域との結びつきはどのように変わってきたと言え
させた。論述は 行程度とし,その都度思考ツール
るだろうか。」という中心発問を出し,これまでまと
の情報の活用や書き方について条件をつけた。
めたステップチャートをもとに論述させた図 。
中国・四国地方の場合は,問いに対して,元々どの
ような状況にあったかをステップチャートの つ目
の枠から,どのように変化したかを つ目の枠から,
変化したことによるメリットとデメリットをそれぞ
れ つ目の枠から書き出し,文章化するよう指示し
た。そして,以下のような評価規準を設けた。
表 中国・四国地方まとめの
論述の評価規準と評価の内訳
評価
規準
$○
思考ツールに記入した内容をも
とに,条件に沿って論理的に論述
図 第④時グループ学習によるホワイトボード
人数
できている上に,他の地域のとの
デメリット
結びつきについて,深くかつ簡潔
に考察できている。
$
%
&
思考ツールに記入した内容をも
とに,条件に沿って論理的に論述
できている。
問いに対して論述しており,文意
が通っている。
問いや文意に沿った論述になっ
ていない。
表 からわかるように,実際には $○と % の生徒が
多い結果となり,十分考察して論述できている生徒
と,論述はできているが条件に沿っていない生徒に
分かれた。条件に沿っていない生徒は,ステップチ
ャートの つ目の,元々の状況について記述がない
生徒が多く,判断基準が曖昧で論理的に論述できて
いない様子が浮き彫りになった。
②テスト
さらに,地理学的思考力や判断,論述の定着を図
るため,テストでも同様の出題をした。ここでは,
評価規準や具体的解答例は省き,問題と評価点数
の分布のみを示す。
表 によると,②の問題については 割以上
図 中国・四国地方の論述ワークシート
の生徒が満点で,授業で行った地理学的思考力の論
述について定着している様子がわかる。しかし,
— 530 —
表 テストでの中国・四国地方に関する論述問題
以上のように,社会科の指導に関して今日的に求
中国・四国地方内の結びつきや他の地域との
められる力や手法が多くあるが,単元構成を整理す
結びつきはどのように変わってきたと言えるだろ
ることで,単発ではなく継続して教材をつくること
うか。次の条件に合うようにそれぞれ答えなさい。
ができた。
問題
得点
人数
①高速道路や本州四国連絡橋が
開通する前の状況について,
6.課題と今後の展望
今回は,研究の具体的な方法である$~)の工
の内容をもとに述べなさい。
では,中国山地,四国山地,
瀬戸内海の位置を白地図に示し
ている。
開通した後の状況について,図 では,本州四国連絡橋につい
て,表に整理している。
には方法が目的になっているときがあり,あまり効
果的でないこともあった。もう一度必要性を検討し,
必ずしも$~)のすべての要素を入れなくとも効
果的な単元構成を練るようにしていきたい。
また,これまでは論述を練るために思考ツールを
活用させることに研究の主眼を置いてきた。ただ,
論述を授業で繰り返すことで確実に思考・判断・表現
の力がついているのか,もう少し評価と絡めた研究
をする必要性を感じており,今後の課題としたい。
■文献
①の問題は中国山地・四国山地・瀬戸内海など元々の
七里広志「論述で表現するために,思考ツール
状況について上手く論述できている生徒が少なく,
で思考・判断することを重視した社会科学習」,『滋
授業時のワークシートの論述でつまずいた点が解消
賀大学教育学部附属中学校研究紀要第 集』,滋賀
できていない様子がわかる。
大学教育学部附属中学校,SS~,,「滋賀
なお,無解答や文章が成立していない論述で 点
大学学術情報リポジトリ」にて電子情報として閲覧
になっている生徒はわずかであり,論述そのものに
が可能 対する意欲は授業で培われていることがわかる。
KWWSKGOKDQGOHQHW
七里広志「社会的事象を多面的・多角的に思考
5.成果
し,公正に判断し行動につなげていく生徒の育成-
4.のような実践を,実際には 単元地方で繰
思考力・判断力・表現力を継続的に意識した社会科学
り返し行った。 時間を 単元として,白地図に作
習の展開-」,
『滋賀大学教育学部附属中学校研究紀
業をしたり,資料を読み取ったり,思考ツールを活
要第 集』
,滋賀大学教育学部附属中学校,SS
用したり,論述したりするので,生徒はパターンと
~,,「滋賀大学学術情報リポジトリ」にて電
して取り組みやすかったようである。とくに課題に
子情報として閲覧が可能
対する抵抗なく毎回の授業に取り組んでいた。
KWWSKGOKDQGOHQHW
また,$~)の工夫を つの授業ではなく,
田村学黒上晴夫,滋賀大学教育学部附属中学
単元を 時間で実践することで,様々な課題を継続
校「こうすれば考える力がつく 中学校思考ツー
して何度も繰り返すので,効率よく授業を進め,地
ル」
,小学館,
理学的思考力を身につけさせることができたのでは
七里広志「情報を正しく判断し,未来を見通す力
ないかと考える。
を育てる社会科学習~シンキングツールを活用して
とくに,まとめをさせる上でワークシートを用い, ~」,
『滋賀の情報・統計教育研究紀要第 集』,滋賀
上半分を思考ツール,下半分を論述としたことで,
県小中学校教育研究会情報・統計部会,SS~,
生徒はこのワークシートを見れば単元でどんなこと
学習指導要領の社会編に,中教審答申の紹介と
を学び,中核考察に対してどんな地理学的思考をし
して「子どもたちの思考力・判断力・表現力等を確実
て論述したかを一目で振り返ることができた。この
にはぐくむために,まず,各教科の指導の中で,基
手法は,今後も他の単元でも取り入れていきたい。
礎的・基本的な知識・技能の習得とともに,観察・
なお,ワークシートは返却後,切り取ってノートに
実験やレポートの作成,論述といったそれぞれの教
貼るよう指示し,生徒の学習の記録として残し活用
科の知識・技能を活用する学習活動を充実させるこ
した。
とを重視する必要がある」とある。
— 631 —
会
点を挙げて述べなさい。
夫を単元地方ごとに必ず取り入れた。しかし,時
社
②高速道路や本州四国連絡橋が
やの内容をもとに具体的な利