経営者のメンタルヘルスの重要性

個性的な経営を目指す社長のための経営情報レポート
≪月刊創レポート 2009 年 12 月号≫
責任と立場が経営者を追い込む?
経営者のメンタルヘルスの重要性
☆☆☆ 的確な経営判断を行うために
☆☆☆
経営者の皆様と“個性的な経営”を考えるために!
あと一歩先の経営を考えるシリーズ⑭
経営者のメンタルヘルスの重要性
【1】注目されるメンタルヘルスの重要性
【2】「不況の時代」こそチャンス!?
【3】万策尽きた経営者の姿
【4】無自覚な意識をどのように認識するのか?
【5】経営者が的確な判断を下すために必要なこと
【今月のハイライト】
資金繰りや渉外など、会社存続のために日々強烈なプレッシャーを
受け、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいる経営者は非
常に多いのではないでしょうか。
「経営者の健康管理」は「従業員の
健康管理」とはまったく別物です。そこで今月は、経営に影響を与
える「経営者の心の健康管理」について考えてみたいと思います。
【公認会計士・税理士
【本
伊藤
隆】
伊藤会計事務所
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会計事務所がお届けする~経営トレジャー~
本レポートは経営者の皆さんと経営についてご一緒に考える目的で作成されています!
【1】注目されるメンタルヘルスの重要性
1》動き出した行政
仕事や職業生活に強い不安や悩み、ストレスを抱える人は増加
傾向にあり、心の不調による休職や離職もまた増加しています。
働く人たちがその持てる能力を発揮し、仕事や職場で活躍する
ためには、
心の健康管理(メンタルヘルス・マネジメント)への取り組み
が一層重要になってきています。
それを象徴するかのように、厚生労働省は、仕事を原因とする
うつ病などの精神疾患や過労自殺の労災認定基準について、10 年
ぶりに見直しを行いました。このことにより労災認定がされやす
くなると見られています。
2》経営者の健康管理は誰がケアするのか?
このように従業員は、時代の流れや政策によって、セイフティ
ネットが充実しつつありますが、果たして経営者はどうなのでし
ょうか?
より大きな責任を担い、会社を継続させることはもち
ろん、従業員のみならず、その家族の生活も守らなければなりま
せん。メンタルヘルス管理が重要であると分かっていても、
事業運営に必死になるあまり、そのケアにまで手が回らないまま
無理をしている経営者は多い
のではないでしょうか。
そこで今月は、経営にまで影響を与える経営者の心の健康管理
について考えてみたいと思います。
3》時代の先を読む豪腕社長
H社は、創業 35 年になる中堅出版社です。O社長は大手企業
でマーケティング部部長として勤務していましたが、時代を読み
戦略を立ててきた経験を活かしてH社に転職。
わきあいあい
活気に溢れ、和気藹々とした社風の中、O社長は実力をいかん
なく発揮して 7 年前に先代から社長の座を引き継ぎました。
その後、O社長の企画した
エンターテインメント性の高い書籍がベストセラー
となり、業界からも注目される存在になりました。
O社長は社員数を一気に倍増させ、組織管理の徹底を図る一方
で、新企画に向け精力的に動き回っていました。
あと一歩先の経営を考えるシリーズ:1 ㌻
【2】「不況の時代」こそチャンス!?
1》不況の波に飲み込まれ、経営悪化
しかし、インターネットの浸透に歩を合わせるかのように出版
業界の不振は深まり、それはH社においても例外ではなく、書籍
の売上は徐々に下降していきました。さらに昨今の不況が追い討
ちをかけ、銀行からの貸し渋りが続き経営状況は悪化。また、
日本人の本離れが加速度的に進んだ
ことも事態をいっそう悪くしました。時代とともに読者のニーズ
が変化していったとも言えます。
2》豪腕社長の腕の見せ所
O社長は業績の立て直しに躍起になっていました。社長自ら書
店や取次業者への営業を行い、自社の書籍がどれほど優れている
かを説いて回り、大量の注文を獲得し、書籍を増刷して書店に送
り込みました。さらに新規事業戦略として、
インターネットを利用した書籍販売の企画
にも乗り出しました。
ブログなどで人気のコンテンツを次から次へと書籍化し出版。
そして、高額なためにこれまでためらっていたテレビCMも流し
始めました。
新規事業に乗り出したH社の日常は、まさに目の回る忙しさで
あったそうです。しかしながら、その内実は以前のような「活気」
とはまるで違っていたのです。
3》営業報告会議
その変化は営業部長からの「実売が伸びていません……」とい
う報告に集約されていました。その言葉にO社長は思わず大声を
張り上げていたそうです。
「お前たちはちゃんとやっているのか?! 書店の反応はすご
く良かったじゃないか! 店頭に本は並んでいるのか?」
コストをかけてテレビCMを始めた今となっては、引き返すこ
とはできません。
一向に売上が伸びない中、O社長は各部門長を呼び、それぞれ
の部門にこれまで以上に厳しい売上ノルマを言い渡しました。と
にかく会社を潰してはいけない、というプレッシャーが巨大な力
の
となってO社長に伸し掛かっていったのです。
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【3】万策尽きた経営者の姿
1》資金繰りがいよいよ厳しく、追い込まれる日々
O社長の様子が違ってきたのはこの頃からで、社員たちはその
異変に気づいていたといいます。
「いくら経営が厳しいとは言え、最近の社長はどうもおかしい」
たいぜん
「以前は何があっても泰然と構え、冷静に次の対策について考え
ていたのに」
「あんなに明るかった社長の笑顔を近頃見ていない」
「どこか体調が悪いんじゃないか?」
こんな噂話が飛び交うようになったある日、会議中のO社長を
めまい
目眩と激しい頭痛が襲いました。社員はO社長に駆け寄りました。
「大丈夫だ、どうってことない」
「社長、病院へ行きましょう! もう何カ月も休まれていない
じゃないですか」
2》いよいよ病院へ
経営不振に陥って以来、昼は社員たちへの指示や取引先との交
渉、夜は新規企画のための接待に追われ、家に戻らずにビジネス
ホテルから通うこともしばしばでした。
平均の睡眠時間は 4 時間を切っていた
といいます。こんな生活が一年近く続いていたら、体のどこが悪
くなってもおかしくありません。社員に説得され、O社長は重い
腰をあげ、病院で精密検査を行いました。過去に経験したことの
ない不安がジワジワと体に広がっていったそうです。
しかし幸いにも、検査結果にはまったく異常が見当たらないと
のことでした。「疲れが溜まっているのではないか」という医者
の言葉に、O社長はまず、病気でなかったことよりも仕事が続け
られることに安心したといいます。
3》体調不良の原因は?
その後もO社長は「会社を潰すわけにはいかない」「社員を守
らなければいけない」「どうにか業績を上向きにしなければ」そ
ればかり考えていました。
そしてO社長の体調は良くなるどころか、日に日に悪くなって
いったのです。社長室にこもり考え込むことが多くなり、顔色は
めまい
鉛のようでした。食欲も落ちこみ、慢性的な頭痛や目眩だけでな
く、ついには耳鳴りにまで悩まされるようになっていたのです。
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【4】無自覚な意識をどのように認識するのか?
1》頼ることは悪いことか?
そんな時、現在の会社の状況を知ったのか、先代の社長から連
絡が入りました。「もう私が口を出すことではないけど、話を聞
くくらいならできる」とのでした。
その日の晩、O社長は先代に会うことになりました。
O社長は、引き継いだ会社をここまで切迫した状況に追い込ん
でしまったことを詫び、これまで誰にも話せなかった会社を取り
巻く厳しい経営状況を包み隠すことなく話しました。
そして少し安心したのか、最近の疲れが原因と思われる体調の
悪さについても触れたのです。
2》先代の教え
すると、先代から「まずはお前が休んで一呼吸置くことが先決
かも知れないな」と言われたそうですが、O社長の胸の内は「今、
私が休むわけにはいかない。社員を食べさせていかないと……」
というのが正直なところでした。
先代は続けます。「私にも同じような経験がある。一人で考え
すぎてはいないか? 私がお前に託したのは、会社という器だけ
じゃなく、社員という財産も託したんだぞ。だからこそ、お前が
倒れてからでは遅いんだ。産業医をやっている知り合いを紹介す
るから一度行ってみろ」
「……また医者……ですか?」
3》認識できないストレス
翌週、紹介された産業医を訪ねることになりました。とは言う
ものの、過労との診察はすでに受けています。「少し体を休めれ
ば良くなる」くらい言われて終わるだろうと軽く考えていました。
しかし、診察を終えた担当医が発した言葉は、まるで想定外の
ものでした。「心因性精神障害と考えられます。長い間、ストレ
スを抱えてはいませんか?」
心因性精神障害……? 何だそれ?
私は会社を何とか立て直そうと必死にやってきただけだ。それ
を心の病だっていうのか? 社長である私に再建計画を考えるな
ということなのか?
O社長は、担当医の言葉に混乱したといいます。
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【5】経営者が的確な決断を下すために必要なこと
1》心にゆとりはありますか?
O社長がそうであったように、経営者はいつも重い責任を背負
い事業を守ろうとしています。そして、それがいつしか重大なス
の
トレスとなって伸し掛かっていることに、なかなか気づかないの
かも知れません。
O社長は、産業医からの強い勧めもあって、思い切って1カ月
の休養をとることにし、その後も定期的に心療内科を訪れて心の
ケアを続けました。そして今では、ある程度の心のゆとりを持っ
て会社の再建に取り組めるまでには回復しているとのことです。
2》
「コンディション」という名のプレッシャー
社員であれば「職場の環境がストレスとなっている」と誰かに
訴えることもできますし、「体のために会社を休む、あるいは辞
める」という選択もあります。
しかし経営者はそう簡単にいきません。会社経営という重責は、
休養という道を選択肢から消し去り、ましてや辞めるなど
端からあり得ないもの
とまで考えさせるものです。
さらに、経営者に対しては、「メンタルヘルス」という言葉は
なかなか使われず、調整可能な範疇としての「コンディション」
という言葉が使われているようです。
そして、「自身のコンディションを整えることも経営者として
の責務」とのプレッシャーが、またもここで存在するのです。
3》経営者の「ヘルス・リスクヘッジ」
しかしながら、どんな言葉で置き換えようと、経営者のメンタ
ルヘルスが重要であることは否定できません。経営者の心の持ち
ようで会社の経営は大きく変化するからです。
O社長のような状態になってからでは、経営に支障をきたすリ
スクは大きいでしょう。だからこそ、
従業員のみならず、自身のメンタルヘルス対策にも
経営課題として取り組んでいく
ことが重要ではないでしょうか。経営者が病んでしまったら、そ
れこそ会社が潰れかねません。ご自身の精神力の強さを過信する
ことなく、心の健康管理にはお気をつけください。
以上
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