「経営者の意図」を伝える重要性

伊藤
隆がお届けする月刊創レポート~経営トレジャー~≪2011 年 1 月号≫
コミュニケーションの質がモチベーションを決定づける!
「経営者の意図」を伝える重要性
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企業価値を高める経営を目指すシリーズ①
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経営者の皆様と“個性的な経営”を考えるために!
☆☆☆☆☆☆《
目
次
》☆☆☆☆☆☆
【1】従業員とのコミュニケーション
【2】経営悪化は景気だけのせいではなかった
【3】意識統一を図るためのマニュアル?
【4】説明不足が招いた誤解
【5】ピンチの時こそ信頼を
【今月のハイライト】
数ある経営資源のなかでも、最も重要なものとして従業員の存在を挙
げ、
「社員は大切」
「人材は宝」といった言葉を口にする経営者は尐なく
ありません。では实際、経営者の従業員に対する思いは、どれほど従業
員に伝わっているのでしょうか。
今月は、従業員との信頼関係が会社経営に及ぼす影響を考えてみたいと
思います。
【公認会計士・税理士
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【1】従業員とのコミュニケーション
1》社員は大切、人材は宝
数ある経営資源のなかでも、最も重要なものとして従業員の存
在を挙げ、
「社員は大切」
「人材は宝」といった言葉を口にする経
営者は尐なくありません。
特に創業期の厳しい時期、あるいは経営がピンチに陥った際に、
従業員を含め、周囲の人たちの力でピンチを乗り切った経験があ
る場合、そうした思いはさらに強くなるようです。
では实際、経営者の従業員に対する思いは、どれほど従業員に
伝わっているのでしょうか。
下の表は、平成 21 年に厚生労働省が労使間のコミュニケーシ
ョンについて調査した結果です。
【[労使コミュニケーションの現状についての評価別事業所割合]
出所:厚生労働省『平成 21 年労使コミュニケーション調査結果』
2》コミュニケーションは取れているのか?
上図では、「労使コミュニケーションは重要である」と回答し
ている企業は 87.5%あるのに対し、良好にいっていると考えてい
る企業は 66.7%に止まっています。
つまり現状において、
企業が求めているコミュニケーションのレベルと実情との間には
ギャップがある
ということが分かります。
そこで今月は、
「コミュニケーション」
「説明責任」をキーワー
ドにしながら、従業員との信頼関係が会社経営に及ぼす影響を考
えてみたいと思います。
企業価値を高める経営を目指すシリーズ:1 ㌻
【2】経営悪化は景気だけのせいではなかった
1》学生起業家としてスタート
昭和が終わり平成を迎えた年、大学進学を目指す高校生のため
のT学習塾をT社長は立ち上げました。
T社長は、当時まだ大学4年生でありましたが、その豊富な家
庭教師のアルバイト経験を生かし起業することを決めたのです。
大学の同級生数人を講師としてスタートした塾でしたが、教育
費に余裕がある時代だったこともあり、生徒数は見る見る増えて
いったといいます。
1年後には生徒数は 200 名に達し、バブル景気の追い風にうま
く乗ったかのように見えました。
2》生徒が離れていく
しかし、バブル崩壊とともに生徒数は減尐を始め、業績は落ち
たけのこ
込んでいったそうです。バブル時代に雤後の 筍 のように学習塾
は増えましたから、ただでさえ競争が厳しいところへもってきて、
景気の悪化と受験生の減尐傾向が加わり、生き残り競争は熾烈に
なっていったといいます。
新しい生徒の獲得が難しくなると同時に、
自塾の生徒が他塾へと移っていく状況
にまで至り、いよいよ経営が厳しくなってきました。
3》生徒の母親からのクレーム
悪いことは重なるものです。ただでさえ頭を抱える状況だとい
うのに、さらにT社長の気を滅入らせる出来事が起きました。生
徒の母親からクレームが入ったのです。
どうやら、成績の上がらない息子を母親が責めたところ、息子
は「T学習塾の授業は教科書をなぞるだけでやる気が出ない」と
口にしたようです。
授業の改善を図るとその場で約束はしたものの、内心では「ま
た生徒を一人減らしたか」と思っていました。電話を切った途端
に大きな溜め息がもれましたが、T社長はふと
生徒離れの大きな原因に行き着いた
気がしたといいます。
もし母親のクレームが真实ならば、生徒が減るのも当然に思え
たからです。早急に現状を自らの目で確認する必要がありました。
企業価値を高める経営を目指すシリーズ:2 ㌻
【3】意識統一を図るためのマニュアル?
1》授業レベルのばらつき
T学習塾の場合、授業の進め方には講師にかなりの裁量が認め
られています。そのほうが教えがいがあると家庭教師の経験から
T社長は知っていたからです。
实際、T社長は現場を視察してみて、多くの講師が自作のプリ
ントを用意し、適宜小テストを行うなど、創意工夫を凝らして授
業に臨んでいることを確認できました。しかし、
裁量が悪く出ているケース
も見受けられました。あの母親のクレーム通りの授業であり、一
部の講師からは熱意がまったく感じられなかったのです。
T社長は「生徒離れの一因は授業の質のばらつきにある」と確
信したそうです。と同時に、ばらつきをなくすために「授業マニ
ュアル」導入の必要性を強く感じたといいます。
2》他社との比較
T社長は早速、つてをたどって、他社の情報を集めてみました。
すると、小規模の塾、大手予備校もそれぞれに他にはない指導法
を売りにしていることが分かります。
特にある予備校では、父兄とのコミュニケーションを密にする
ことで「受験戦争を共闘しよう」という意識を醸成しており、
結果的に他塾への流出を阻止する仕組み
を構築していました。父兄を敵に回してしまった自分たちとの違
いをまざまざと見せつけられたといいます。
T社長はマニュアルの作成とともに、こうした工夫も必要であ
ると实感したそうです。
3》マニュアルと管理
作成に1カ月の時間を要したマニュアルは、50 ページ近くに及
びました。それは講師の心構えに始まり、授業の時間配分、生徒
への質問のタイミングや声量などにまで言及しています。
また、マニュアルが实践できているかの確認のため、授業後に
講師自らがチェックシートを記入、提出するようにしたそうです。
さらに、父兄を巻き込む工夫については、定期的に授業見学会、
言わば授業参観を開催し、父兄を安心させながら、共闘意識を形
成していくことにしたといいます。
企業価値を高める経営を目指すシリーズ:3 ㌻
【4】説明不足が招いた誤解
1》外れた目論見
管理体制の導入によって、T社長の目論見では講師のレベルが
均質化し、生徒離れに歯止めがかかるはずでした。しかしながら、
結果はまったくの当て外れだったそうです。
一体、何が悪かったのでしょうか。一人で考えていても何も分
かりませんから、マニュアルを含めた新たな体制についての意見
も含め、T社長は疑問を講師陣に直接ぶつけてみたといいます。
一人ひとりと時間をかけて話すうちに彼らの本音が見えてき
ました。要するに、
講師のほとんどがやる気を落としていた
のです。特に熱心な講師ほどその度合いは甚だしかったようです。
2》すれ違うメッセージ
彼らの言い分はこうです。
生徒が減っているのはもちろん気づいていたし、だから自分た
ちなりに授業を充实させようとがんばっているところへマニュ
とど
アルが配られ、チェックシートが導入された。止めは授業参観で、
まるで監視されているように感じた、と。
結果、講師独自の持ち味、ノウハウを生かす余地はなくなり、
彼らはやる気を失っていったというわけです。無論、T社長の意
図は授業レベルの底上げにあったのですが、そのメッセージは
講師には「私はあなたたちを信用していない」
と、まったく別の形で受け取られてしまっていたのです。
3》二度目のマニュアル
こうした事態を受けて、T社長はすぐさま全講師を集め、今回
の諸制度導入の背景を改めて説明したそうです。自社の経営状態
や例の母親からのクレームも含めてです。
そうして彼らの納得を引き出した上で、マニュアルの再策定に
取り掛かりました。今度は講師全員を交えてです。結果、講師の
裁量部分は復活し、マニュアルは 10 ページ程度にまで圧縮され
ました。言わばエッセンスだけを取り出したのです。
思いがけない提案もありました。授業改善のための会議を全社
員が集まって定期的に開こうというのです。
反対する者は誰もいませんでした。
企業価値を高める経営を目指すシリーズ:4 ㌻
【5】ピンチの時こそ信頼を
1》T社長の教訓
会議をきっかけに实行に移された改善案は、数多くあります。
個別指導の充实、志望校を意識させた動機付け、冊子『受験生の
親として』の父兄への配布……。
また、一度失敗した後で講師の裁量権が復活したのも、結果的
にプラスに働いたのかも知れません。講師陣は以前にもまして創
意工夫を凝らすようになり、横の連絡も密になったようです。
効果が出るまでに3カ月もかからなかったそうです。講師の熱
に引っ張られるようにして、生徒の学力も目に見えて上がってい
きました。T社長はこうした成果を喜びつつも、
従業員とのコミュニケーション不足の恐ろしさ
を心に刻んだといいます。
2》急がば回れ
例えば、会社において同じ改革案が提出されたとしても、従業
員との信頼関係がなければ従業員の受け取り方は違ってくるで
しょうし、もちろん結果もまったく変わってくるはずです。
ですから、T社長の感じるところはもっともと言えます。もち
ろん、場合によって早急な対応を要する事項もあるでしょうが、
实はそんな時こそ、現場のモチベーションを引き出すような
事前のコミュニケーションが大事になってきます。
経営者の意図が伝わらず、疑念や反発といったネガティブな思
いを従業員が抱えてしまえば、かえって回り道となるばかりか、
期待される成果に至れない確率は高まるでしょう。
3》ピンチの時こそ信頼を
ですから、この場合のコミュニケーションは、経営者の「説明
責任」と言っていいものです。従業員に対して、必要ならば社長
自らが先頭に立ち、自社の現状と方針について、数字などを使っ
て具体的に説明する行為こそ、
「社員を大切に」
「人材こそ宝」と
いった言葉に实体を与えてくれるのではないでしょうか。
社員たちは必ずや会社の役に立ちたいと考えているはずです。
ですから、順調な時だけでなく、ピンチに陥ったらなおさら、彼
らの力を最大限に引き出すためにも、辛抱強い経営者としてのコ
ミュニケーションが重要になるのではないでしょうか。 以上
企業価値を高める経営を目指すシリーズ:5 ㌻