9 構造物の変形性能 9.1 変形性能と地震エネルギー 前章までの議論では,振動による変形は弾性的であるとして,弾性解析を前提にしてい た.しかし,実際の地震時の変形は塑性変形も生じるので,弾塑性解析が必要となる.以 下の議論では,弾塑性解析を前提としている. 地震エネルギーは,地震波とともに伝播され,構造物に到達すると,構造物が振動する ことにより,運動エネルギーと歪みエネルギー(歪みエネルギーとは 4 章のポテンシャル エネルギーに相当する),すなわち,振動エネルギーに変換される.それでは,振動エネル ギーに変換された地震エネルギーは最終的には,どうなるのであろうか.振動を減衰させ る要因がないと永久に振動し続けることとなってしまうが,実際には,様々な減衰要因が 存在する.構造物が歪むことによって生じる塑性変形,構造物内部の摩擦によって生じる 熱,構造物の周囲(空気,水,地盤など)の抵抗などである.これらの減衰要因の中で最 も大きな減衰効果をもたらすのは,一般的に塑性変形である. これらの減衰現象の多くは,4章で示されたダッシュポットのように,速度に比例する抵 抗力(減衰力)によって表現するが,塑性変形による減衰現象は,ばねに弾塑性の性状を 考慮することにより,直接表現する.ただし,振動解析を簡単にするために,塑性変形に よる減衰効果を等価なダッシュポットに置き換え,ばねは弾性のままとすることもある. 塑性変形による減衰効果を理解するためには,次のように実際の現象を単純化して考え るとよい.今,構造物が,下図のような荷重 P と変形 δ の関係で示される弾塑性状を有する とする. δ P A O 図 9.1 B C D 荷重-変形曲線と吸収エネルギー 構造物が地震時に変形して,O→A→B と点 B に到達したとする.その時,四角形 OABD の面積が構造物に生じる歪みエネルギーを示す.その後除荷され,点 C に至ったとき,解 放されるエネルギーは三角形 CBD の面積であるので,四角形 OABC の面積が残ったエネ ルギー,もしくは,塑性変形 OC によって吸収された(消費された)エネルギーという. つまり,この吸収エネルギーが,構造物に入力された地震エネルギーなのである.このよ うな地震エネルギーの吸収能力により,地震による振動が減衰すると考えればよい. 今,構造物が O→A と弾性変形を生じ,除荷され点 O に戻った時を考える.点 A におい 48 て生じていた歪みエネルギーは,点 O においては全て解放され,残されたエネルギーは 0 となる.つまり,吸収エネルギーはない.この場合,地震エネルギーは吸収されないので, 振動は収まらないことになる(実際は,前述の塑性変形以外の種々の減衰効果により,最 終的には振動は収まる).つまり,弾性変形だけでは減衰効果はないが,塑性変形が生じる と減衰効果があることになる. 再び,弾塑性変形したときを考える.図 9.1 では点 A で塑性変形が始まるので,この点で 構造物は降伏したと通常いう.弾塑性変形する場合,一般的には,降伏後,荷重を概ね一 定に維持したまま変形が進み,ある変形に達すると荷重が維持できなくなる,つまり終局 状態を迎える.このときの変形を終局変形 δ u という.終局変形以降は,耐荷力(抵抗でき る力)が小さくなり,最後は 0 となる(図 9.2 参照).終局変形が大きいほど,変形性能が 良いという.耐荷力が 0 となったときの吸収エネルギーが P − δ 曲線と横軸とで囲まれた部 分の面積(図 9.2 の灰色部分)であることを考えると,変形性能が良ければ良いほど,吸収 エネルギーは大きくなることは明らかである. このように,変形性能を良くし,地震時の吸収エネルギーを大きくすることで,構造物 が地震に耐えるように設計することを「じん性設計」という. P P エネルギー小さい エネルギー大きい δ δ δu δu 終局変形が小さい場合 図 9.2 9.2 終局変形が大きい場合 終局変形 δ u と吸収エネルギー エネルギー一定則 (最大応答変形を求める簡便法) エネルギー一定則とは,ニューマーク(Newmark)が唱えたもので,地震時の構造物の応答 に関する次のような経験的な法則を言う. 弾性剛性が同じであるが,最後まで弾性変形を示す構造物aと,弾塑性変形を示す構造物bが 同じ地震動を受け,最大応答変形δE,δPを得たとする(図9.3参照).このとき,最大応答変 形と同じ変形まで仮に単調載荷したとした時に得られる荷重-変形曲線と変形軸とで囲まれた 面積は相等しい.つまり,図9.3の三角形OADと四角形OCBEの面積が等しい.三角形OADと 49 四角形OCBEの面積が等しいことより, [( ) ] PE δ E Py δ P − δ y + δ P = 2 2 (9.1) 上式より,次式が求まる. Py PE = δE (δ P − δ y ) + δ P (9.2) 今,δP とδy との比をμS とし, δ E = (PE / Py )δ y 、δ P = µ S δ y (9.3) を代入すると,次式が得られる. Py PE = 1 2µ S − 1 (9.4) 弾性応答(振動)解析⇒8 章までの知識で可能 A 弾塑性応答(振動)解析⇒8 章まで の知識で不可能⇒エネルギー一 C O B D 定則を使って簡単に推測可能 E 図 9.3 エネルギー一定則 上式の左辺が弾塑性変形を起こした場合の慣性力の最大値と弾性変形した場合の慣性力と の比を表している.換言すれば,同じ地震に抵抗する際に,弾塑性変形を起こすことによ 50 って,弾性変形を起こしたときと比較してどの程度慣性力が低減するかを示している. エネルギー一定則に従えば,構造物が弾性応答したときの最大応答変形を応答スペクトルな どで求め,弾性剛性は同じだが,降伏荷重が弾性応答時の慣性力の最大値より小さい場合の最 大応答変形を求めることができる.すなわち, 1 ⎡⎛ P µ S = ⎢⎜ E 2 ⎢⎜⎝ Py ⎣ 2 ⎤ ⎞ ⎟ + 1⎥ ⎟ ⎥ ⎠ ⎦ (9.5) このエネルギー一定則は経験則であり,構造物が一質点系に置き換えられるような場合に, 概ね正しいが,他の場合にあまり合わないことがあることも知られている.しかし,8章まで の知識に基づき,簡単な弾性応答解析(線形動的解析)により最大応答さえ求めれば,複雑な 弾塑性応答解析(非線形動的解析)をしなくても簡単に最大応答が計算できるという簡便さが 重宝がられている.将来的に,より現象を忠実に追う非線形動的解析が一般的に行えるように なれば,エネルギー一定則の役目も終わると考えられる. 9.3 変形性能に与える諸要因と変形性能の推定 コンクリート部材は塑性変形が大きくなるに従い,様々の材料的な損傷が部材内に生じ て,最終的には耐荷能力を失い,終局変形に至る(図 9.4 参照). 荷 重 ④⑤ ⑦⑧ ③ 降伏 荷重 ② 曲げ降伏後の せん断破壊 ① せん断破壊 ⑥ 曲げ破壊 降伏変形 終局変形 図 9.4 ①ひび割れ発生 ②軸方向鉄筋の降伏 ③部材の降伏 ④軸方向鉄筋の座屈 ⑤かぶりコンクリートの剥落 ⑥終局点 ⑦コアコンクリートの圧壊 ⑧軸方向鉄筋の低サイクル疲労破壊 変形 棒部材の荷重と変形関係 コンクリート部材の変形性能は,コンクリート部材のせん断耐力が曲げ耐力と比較し, 相対的に大きいほど,変形性能は向上する.このような経験的な事実に基づいて,土木学 会では次のような式が提案されている. 51 µR = Vc + V s − Vmy 0.18Vc + 3 ≥ 3.0 ここに, µ R = δ u / δ y : (9.6) じん性率(変形性能を表す指標) δu: 終局変形 δ y: 降伏変形 Vc : コンクリートの受け持つせん断耐力 Vs : せん断補強筋の受け持つせん断耐力 Vmy : 曲げ耐力(もしくは曲げ耐力時のせん断力) 部材のせん断耐力は Vc + Vs で表されるので,上式においてもせん断耐力が曲げ耐力より大 きくなる度合が大きいほど変形性能を表すじん性率が大きくなることが示されている.阪 神・淡路大震災において,大きな被害を受けたコンクリート構造物は,せん断耐力の曲げ耐 力に対する比が小さかったものが多い. せん断耐力は,せん断補強筋比,引張補強筋比,せん断スパン比(せん断スパンと部材 有効高さとの比),有効高さ,軸方向力,コンクリート強度の影響を受け,曲げ耐力は,引 張補強筋比,軸方向力,コンクリート強度の影響を受ける.従って,変形性能も,これら の諸要因の影響を受け,一般的には以下の場合に変形性能は良くなる. n せん断補強筋比が大きい時 n 引張補強筋比が小さい時 n せん断スパン比が大きい時(ただし,せん断スパン比が 4 以上となると影響なし) n 有効高さが小さい時 n 軸方向力が小さい時 n コンクリート強度が大きい時(ただし,せん断補強筋がない場合のみ) 52
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