俳優 中学で落ちこぼれました。1 年生の 9 月から 青少年の犯罪の特徴がいかにも無慈悲なことに 12 月まで 2 学期まるまるを肺炎で入院し,3 学 あると気づく」 「数学上の発見には,それがそう 期に学校へ戻ってみると授業はチンプンカンプ であることの証拠のように,必ず鋭い喜びが伴 ン,もともと勉強嫌いだったこともあって,す うものである。この喜びがどんなものかと問わ っかりやる気をなくしてしまいました。授業中 れれば,蝶を採集しようと思って出かけ,みご に悪ふざけしたり騒いだり喧嘩したり,自分自 となやつが木に止まっているのを見たときの気 身を持て余していました。 持ちだと答えたい」中学生の僕にはとても難し 3 年生になると周りは高校受験の準備を始め い内容で,たぶんその十分の一も理解出来なか ました。どうせ自分なんかと思ってた僕は,同 ったように思います。でも,博士の平明で独創 じように落ちこぼれていた友達と結託して,中 的な考え方は中学生の僕にも新鮮で面白く,む 学を卒業したらとにかく上京して工場でもなん さぼるように読んだことを覚えています。 でもいいから就職しようぜと親には内緒で計画 最近三十数年ぶりにこの本を読み返してみま を立てていました。ところがこれが親にバレ, した。そして当時の自分の精神がどれだけこの 先生にもバレて計画は頓挫,親の要望もあって 本によって救われ,現在の自分の中心に博士の けっきょく高校受験に組み込まれることに。 思想がいかに色濃く存在しているかを改めて思 ある秋の日のことでした。校庭でひとりぼん い知らされました。演技や演出を考える上で, やりしていた僕のところに,1 年生のときの担任 人の情緒がいかに大切か,発見の喜びがいかに で数学教師だった先生がやってきて,いろんな 楽しいか。 話をしてくれました。そして将来に悩んでいた 劇団で若い人たちと接していて心配になるこ 僕に「お前は芸能界に向いてるんじゃないか」 とがあります。彼らは自分自身が面白いと思う と言ってくれました。 「俺の友達にテレビのディ こと,自分自身が正しいと思うことに確信が持 レクターをやってるやつがいるけど,そいつよ てないと言うのです。誰かが面白いと言うこと りお前の方が才能あると思うぞ」勉強も出来な を面白いと感じ,誰かが正しいと言うことを正 い,将来への希望もない,そんな枯渇した僕の しいと信じる。自分自身の「心」が喜ぶという 心に先生の言葉はみるみる染みていきました。 実感が彼らにはないのです。これなど,暗記中 そして別れ際, 「これを読めばきっとお前も数 学が好きになる」そう言って先生は 1 冊の文庫 本を僕に渡してくれました。 「春宵十話」岡潔と いう数学博士が綴ったエッセイでした。 「人の中心は情緒である」「頭で学問をするも 心の現在の教育の弊害だと痛感します。学問は 発見です。発見は喜びです,のはずです。 中学生の時,人生を発見させてくれた先生に 僕はずっと感謝しています。ちなみに僕は現在 も数学は大の苦手です。 のだという一般の観念に対して,私は本当は情 緒が中心になっていると言いたい」 「どうもいま の教育は思いやりの心を育てるのを抜いている のではあるまいか。そう思ってみると,最近の 田窪 一世(たくぼ いっせい)
© Copyright 2025 ExpyDoc