人工現実感環境における生体反応に関する研究

電子科学研究 Vol.7,1999
人工現実感環境における生体反応に関する研究
感覚情報研究分野 上見 憲弘 井野 秀一 奈良 博之 伊福部 達
北大医学部,㈱ MR システム研究所*,キヤノン㈱**
鈴木 康夫 *恩田 能成 **堅田 秀生
人工現実感技術は様々な分野での応用が期待されている.しかしながら,そのような技術により人
体がどのような影響を受けるかについては十分な検討が行われていない.人工現実感デバイスの設計
に関わる安全基準を定めることや,人体に悪影響を与えないような刺激呈示方法を見つけることは急
務であると考えている.本報告では,人工現実感で用いられる装置やその仮想環境が人体に与える影
響について調べた結果を例を挙げて説明する.
1 はじめに
人工現実感技術(VR 技術)は,医療,リハビリ
テーション,建築設計などさまざまな分野に応用を
期待されている[1]
.しかし,このような新しい技
術が人体にどのような影響を与えるかはまだ十分に
調べられていない.特に視覚呈示技術では,テレビ
映像より遙かに臨場感の高い映像が呈示でき,また
我々が普段経験しないような視覚刺激を与えること
が出来るため,その人体への影響が懸念される.
我々は,ハードとして①人体に悪影響を与えない
図 1 GRND の計測方法
人工現実感デバイスの設計基準を求めること,ソフ
トとして②安全で臨場感のある刺激呈示方法を見つ
けること,を目的に研究を行っている.具体的に
は,視機能,自律神経系,平衡機能を調べ,総合
的に VR 刺激の人体への影響を把握することを考え
ている[2]
[3]
[4]
[5]
.
今回の報告では,これらの研究のうち視機能に関
する検査結果と平衡機能に関連して視運動刺激後の
自己運動感覚について調べた結果についてのべる.
図 2 緊張時 GRND の計測結果(*:有意差あり)
字幕付き映画を 4 時間鑑賞した.そして,負荷前,
2 VR 映像呈示による視機能への影
響評価
負荷後,負荷後 30 分,60 分,90 分で視機能を測
定した.測定項目は 1)調節安静位,2)間接対光
反応,3)調節の動特性,4)調節性輻輳・開散運
本項では,VR で用いられる視覚呈示デバイスの
一つであるヘッドマウントディスプレイ(HMD)に
よる視機能への影響評価結果について紹介する
動である.本報告では項目 3)について説明する.
測定にはアコモドメータ(ニデック,AA2000)を
[4]
.
被験者は HMD(キヤノン,GT270)を装着し,
使用し,その内部指標を図 1 のように Step 制御し
た時の目の調節応答を左右各眼 8 回測定した.3 名
─1─
で負荷前後・負荷後 30 分に視機能検査を行い,う
ち 2 名で負荷後 60 分と 90 分に追検査を行った.
その結果,調節の変化速度である GRND 値の緊張
時で,負荷前と負荷後 30 分の値の間に有意な変化
られた.まず,時計回り 30deg/sec で動く縦縞の映
像を 30 秒間被験者に呈示した後,その映像を停止
する.このとき被験者には反時計回りに自己運動感
覚が生じる.よって,視運動刺激が停止すると同時
に回転イスを回転させた.回転刺激のパターンは以
を認めた(p < 0.05,両側 t-検定)
.しかし,この
値は映像負荷後 60 分以降では負荷前の値に復帰し
前に行った実験から山型とし,角加速度を 10 ∼
50deg/s2 の範囲で設定した.主観評価と自己運動感
覚の持続時間で評価した.
主観評価結果の一例を図 4 に示す.被験者には,
視運動刺激のみの時の自己運動感覚を「5」
,なにも
ているため,4 時間までの映像負荷による視機能へ
の影響は,一過性のものと考えられる.図 2 に検査
結果を示す.
3
感じないときを「0」として,実験時の感覚を「0」
視運動刺激による自己運動感覚
の制御の試み
から「5」の数字で答えさせた.各回転刺激に対し
て 5 回ずつ行った.その結果,回転刺激の角加速度
が大きいほど感覚の主観的大きさが小さくなるこ
と,またその抑制効果は回転の方向に依らないこと
がわかった.自己運動感覚の持続時間についても同
視覚刺激を主に用いる現在の VR 環境では,
「VR
酔い」と呼ばれる乗り物酔いに似たような症状が誘
発されることがある.ヒトは視覚・平衡感覚・体性
感覚を統合させることによりバランス機能を維持し
ているため,視覚情報とその他の感覚情報の不一致
がおこることが「VR 酔い」の原因と言われている.
このような VR 環境特有の症状を軽減する方法を探
る目的で,視運動刺激のみで起こる自己運動感覚に
じ傾向が得られた.以上のことから,前庭刺激によ
り「VR 酔い」を軽減できる可能性を示した.
注目し,それを前庭刺激により制御できるかどうか
を調べた[5]
.
実験手順を図 3 に示す.視覚刺激はスクリーンに
より呈示され,前庭刺激は回転イス(第一医科,
FRC-03)をコンピュータで制御することにより与え
本報告では,我々が行っている VR 技術が人体に
与える影響を調べる研究について報告した.このよ
うな結果を,安全な装置のためのガイドラインの作
成や,人体に悪影響を与えない刺激呈示方法に役立
てていきたい.
図 3 実験手順
図 4 自己運動感覚の測定結果
4 まとめ
[参考文献]
[1] 伊福部: IVR '98 セミナー要録,144-148,1998.
[2] 恩田,鈴木,井野,堅田,奈良,永井,伊福部:
日本 VR 学会第 4 回大会論文集,81-84,1999.
[3] 奈良,井野,恩田,田中,伊福部:日本 VR 学会
第 4 回大会論文集,237-240,1999.
[4] 堅田,恩田,井野,永井,鈴木,伊福部:神経眼
科,16,39,1999.
[5] 井野,小林,奈良,上見,伊福部:日本 VR 学会
第 4 回大会論文集,241-244,1999.
─2─