武石憲貴

ピーコックバス:尾びれに孔雀の
羽の目玉模様と似た斑点がある
武石憲貴
ピードで回遊して獲物を追い回す熱帯
河の王者である。
ジャングルの水域でトーマンを狙
う 場 合、こ ち ら の 気 配 を 悟られ ぬ よ
う、小舟で静かに近づいてゆく。水辺
では木々が倒れ込み水中に没していた
り、水草がこんもりと繁っていたりす
るが、トーマンはそんな物陰に身を潜
め、獲物が通り過ぎるのを待ち構えて
いる。ポイントにルアーを正確に打ち
込 み、 ひ た
すら高速で
釣り糸を巻
き、 水 面 を
全力で逃げ
惑う小魚を
演出する。
マレー半島中西部に位置するペラ州
の州都イポーを中心とするエリアは、
かつて錫の一大産地として栄えた。鉱
山閉鎖後、露天掘りの採掘穴に河川か
気候が育む豊かなジャングルの水域に
マレーシアは国土の約 %を熱帯雨
林に覆われた常夏の国である。温暖な
もまさに勇猛果敢。アジアに棲む他の
構えは見掛け倒しではなく、その性質
ルを超える。鋭い牙を生やす凶悪な面
雷魚の一種で、大きなものは1メート
トーマンは東南アジア一帯に生息する
そんなトーマンの王座を脅かす新たな
り続け、釣り人を魅了する。ところが、 水系を代表する魚のひとつ。ペンキを
ンはパワーあふれる泳ぎで湖底へと潜
しい圧がかかる。針に掛かったトーマ
ドォーン!と水面が炸裂し、竿に重々
塗りたくったような黄色の美しい体、
なった。ピーコックバスはアマゾン川
いつからか、これらの野池で南米原
産のピーコックバスが見られるように
き、ハッと息を飲むことがある。直後、 無数の野池が誕生する。
ら氾濫した水が流れ込み、この一帯に
は実に多種多様な魚たちが生息してお
雷魚は泥底でひっそりと暮らすものが
水面を疾
走するルアーが舟まで迫ったところ
マレーシアの淡水域で食物連鎖の
頂点に君臨するのがトーマンである。 で、黒 い 影 が 追 尾 し て い るのに 気 づ
り、乱獲により魚の減少が著しい東南
島
パワフルで俊敏、そして、大口で小魚
ラ
怪魚がマレーシアの淡水域に現れたの
島
ト
多いが、トーマンは非常に遊泳力が強
半
マ
アジア諸国において、まだ魚たちの楽
ー
ス
を食い散らす大食漢である。観賞用と
レ
インドネシア
である。
60
シンガポール
く、そ の 巨 体 か ら は 想 像 で き な い ス
マ
マレーシア
28
29
キノボリウオ:実際には木に登ることはないが、地面を歩
くことができる珍魚
1973 年、秋田県生まれ。大学卒業後、会社勤めをするが 2 年
半で退社し、まだ見ぬ怪魚を探索するためインドに旅立つ。以
後、怪魚を追い求め世界 34 カ国を放浪する。1 年の半分を海
外釣行にあてる、人生を釣りに捧げてしまった釣り馬鹿。著書に
「世界怪魚釣行記 ( 扶桑社 )」
「地球村怪魚大探検 ( 禮曹院 )」。
武石憲貴(たけいしのりたか)
クアラルンプール
メダン
イポー
★タンジュン・トゥアラン
園が残る数少ない国と言える。
タイ
あり、複雑な心境である。
ターゲットが増えることがうれしくも
たが、釣り師の僕にとっては新たな
があることを知り、少し気が重くなっ
とも言えるマレーシアにも外来魚問題
態系が崩れ始めている。魚たちの楽園
を続けており、豊かな自然を支える生
近年マレーシアではピーコックバス
のみならず、さまざまな外来魚が増殖
繁殖するに至った。
暖な気候と豊富な餌に支えられて自然
して持ち込まれたものが放流され、温
効果は薄いのだ。
て細々とバスの駆逐を続けるだけでは
う可能性が高いように思う。網を張っ
見えるが、ただの徒労に終わってしま
る。一見駆除は順調に進んでいるかに
を殺すことを義務付けている地域もあ
に加え、自治体によっては釣ったバス
ち出しや飼育などが禁止される。それ
外来生物に指定され、生息地からの持
る。2004年、ブラックバスは特定
各 地 に 拡 散 し、在 来 種 を 脅 か し て い
り業者や釣り人による闇放流により
外 来 種 の 代 名 詞 と し て 悪 名 高 い。釣
次々と獲物が針に掛かった。
ペラ州のタンジュン・トゥアランを目
クアラルンプール在住の友人の案内
で、ピーコックバスが繁殖するという
だろうか。
の無駄な殺生を防いでいるのではない
いうおおらかな心の持ちようが、生物
南国らしい成るようにしかならないと
顔で挨拶をしてくれる。外来魚問題は
朝靄が漂う静寂な水面を舟はゆっく
りと進んで行く。広大な平原にぽっか
日の出とともに舟でこぎ出す。
と 約 3 時 間、夜 明 け 前 に 現 地 入 り し、
深刻に捉えられていないように思える。 る。クアラルンプールから北上するこ
一方、マレーシアは外来魚問題に対
してのほほんとしたもので、それほど
頭の中からすっかり吹き飛び、釣りへ
指した。日本並みに交通網が整備され
日本では米国産のブラックバスが
に1匹目が掛かった。サイズは セン
る。力任せにルアーを飛ばし、とにか
アマゾンでの釣りは豪快の一言に尽き
ふいにアマゾンでピーコックバスを
狙った時の記憶がよみがえった。本場
再び友人が センチ半ばを釣り上げ
たところで、この地の釣りの状況を尋
強い跳躍を繰り返す。
スは針掛かりと同時に水面を割って力
目に入った。友人が水草の切れ目にル
小魚を追い回すピーコックバスの姿が
動する。浅瀬に群生する水草のなかで
別の野池に移動しようと思い岸辺に移
日がすっかり高くなり水面が熱を帯
始めるとアタリが途絶えた。そろそろ
日本の野池感覚で気軽に楽しめる
フ ィ ー ル ド な が ら、魚 影 が 非 常 に 濃
るのが精一杯だった。
はあっけにとられ、愛想笑いを浮かべ
に。友人は無残な骸を手に苦笑い。僕
い で 襲 い か か っ た の だ。 ピ ー コ ッ
い引きに慌てていると、巨大な黄色い
ピーコックバスがアタックする。力強
を精密な日本製の小物用に換えた。間
センチ程度までだという。僕はルアー
のように巨大にはならず、最大でも
こってしまう。
し、フ ァ イ ト 中 に 驚 く べき こ とが起
ピーコックバス 匹以上を釣った。ほ
クバスはあっという間に真っ二つ
く速く激しくアクションをつける。す
ねてみる。友人の話によると、マレー
い。結局、釣果は友人と二人で1日半、
固まりが宙を舞う。まさに釣り師に
も な く、初 め て マ レ ー シ ア 産 の ピ ー
針から逃れようと暴れ回るピーコッ
ク バ ス に、突 如 ト ー マ ンが 物 凄い勢
半のピーコックバスが掛かった。しか
とって夢のような一時であった。
コ ッ ク バ ス を 手 に し た。そ れ か ら は
釣果を誇るマレーシア人のすてきな笑顔
マンの強さを見た瞬間であった。 ■
コックバスを駆逐した在来の王者トー
の 心 に 何 よ り 残 っ た は、外 来 魚 ピ ー
んとうに楽しい釣りの旅だったが、僕
40
30
チぐらいと小振りだが、ピーコックバ
ると突然、人間が水に飛び込んだよう
アーを撃ち込むと、途端に センチ前
うと、みな大漁の獲物を手に満面の笑
めいていた。時折漁師の小舟とすれ違
まれ、澄んだ水が朝日を反射してきら
りとできた野池は豊かな水生植物に囲
たマレー半島の快適な道をひたすら走
の集中力は高まってゆく。
トーマン:漆黒の体ににじむエメラルドグリーン。艶かしいまでの美しさに
自然と口元が緩む
な大音量とともに水しぶきが上がり、 シアのピーコックバスは南米アマゾン
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湖畔のジャングルから突然現われたアジア象
トーマンにより無残に食いちぎられたピーコックバス
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我に返って釣りを開始。すぐに友人
野池で網漁をするおばちゃん