金融資本市場の国際化に伴う 明確・適正な刑事規制の必要性とその

The Murata Science Foundation
金融資本市場の国際化に伴う
明確・適正な刑事規制の必要性とその具体化
H25海人02
派遣先 ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ミュンヘン大学)
(ドイツ連邦共和国・ミュンヘン)
期 間 平成25年9月25日~平成26年9月20日(361日間)
申請者 大阪大学 大学院法学研究科 准教授 品 田 智 史
内で開催された研究会、シンポジウム、国際会
海外における研究活動状況
議へ参加する機会があり、そこでの報告や議
研究目的
論は非常に参考になった。特に研究の中心と
我が国の会社法罰則や金融商品取引法の罰
なったのは以下の二点である。
則は、比較的抽象的な文言で規定されている
第一点目は、日本の金融商品取引法157~
ため柔軟な解釈が可能であり、会社法・金融
159条の規制に対応する、ドイツ証券取引法
商品取引法が頻繁に改正されているにも関わら
(WpHG)における市場操縦(Marktmanipula-
ず、罰則の改正はほとんど行われていない。そ
tion)行為の規制に関する立法および解釈であ
の結果、これらの領域において、刑法と他分
る。ドイツでは、この市場操縦(同法20条a)と
野の間に齟齬をきたす可能性が発生し、実際
インサイダー取引(同法14条)の二類型が、市
に抽象的な文言を拡張的に用いるという形で、
場濫用(Marktmissbrauch)として、刑罰をもっ
刑罰法規の明確性が問題になる場面が登場し
て規制されている。
ている。このように刑罰法規の適用が不安定
インサイダーの法的規制が90年代になって
な状況は、金融資本市場の国際化に対する阻
はじめて取り入れられたのに対して、市場操縦
害要因となりかねず、刑罰法規及びその解釈
については、1884年から相場詐欺(Kursbetrug)
を明確にすることが要請される。
の名で規制されてきた。しかしながら、同規
本研究では、我が国と類似の犯罪論体系を
定は実効性に乏しく多くの非難に遭ってきた。
持つドイツにおける刑罰法規とその解釈の明確
そのため、2002年に、市場操縦規制が証券取
性についての議論を参考に、国際的にも通用
引法上に規定され、その後、幾度もの改正を
する経済刑法の明確な基準を構築することを
経て現在の形に至っている。
目的とする。
市場操従の様々な現象形態、及び、技術の
発展に伴う新たな行為類型の登場に対処でき
海外における研究活動報告
るように、市場操縦規制は比較的抽象的な文
研究期間中は、関係分野の書籍・論文にあ
言で立法され、規則制定権限を行政に委ねる
たったほか、ドイツの研究者や実務家とコンタ
という形が採用されている。しかしながら、そ
クトをとり情報収集を行った。また、ドイツ国
の反面として、文言と委任による規制方法に
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Annual Report No.29 2015
つき、憲法上の明確性の要請(基本法103条2
を含む罰則の取り扱いについても詳細な基準
項)等との関係で様々な異議が唱えられてきた。
を示した。
このような異議の背景には、ドイツの証券取
本決定は、法適用者に対する憲法裁判所の
引法が、伝統的な刑罰による規制の形とは異
統制の強化を示したものであるが、その示した
なる手法、すなわち、予防と抑止を目的とし、
準則の位置づけについては学説上評価が分か
他の制裁手段と協働を予定しているというアメ
れており、また、同準則の具体的な背任罪へ
リカ型の規制方法を採っていることに対する疑
の適用に際し生じた、事実認定についての具
問も見え隠れする。
体的な(過剰な)要求は、実務に対して多大な
また、ドイツの市場濫用規制の特徴として、
影響を及ぼすものとなっている。
EU法とのハーモナイゼーションが挙げられる。
日々発展していく経済活動を効果的に規制
すなわち、ドイツの市場濫用規制は、EU法の
するためには、ある程度の柔軟性を備えた立
市場濫用規制の変遷に沿う形で改正を積み重
法を行うことは避けられず、他方、法解釈の
ねている。EU法の市場濫用規制はアメリカ法の
余地は拡がる。それに対して明確性の観点か
影響が大きく、また、処罰を拡張する方向に
ら統制を行うという連邦憲法裁判所の姿勢は、
向かっている。最新の市場濫用指令(2014/57/
基本的には歓迎されるべきものと思われるが、
EU)は、一定の市場操縦行為につき未遂処罰
その具体的内容については、実務への影響を
を導入するに至っており、この改正は遠からず
含め更なる検討が必要であると思われる。ま
ドイツの規制にも影響を与える。
た、我が国とドイツとでは、刑事司法のシステ
我が国の金融商品取引法はアメリカ法に由
ムに異なる点が多く、現実の実務状況の違い
来し、刑法解釈論はドイツ刑法学に由来する
にも鑑みれば、ドイツの議論を我が国に輸入
ため、以上のような証券取引規制をドイツ刑法
する際には慎重に行われなければならない。
学がどのように取り扱うのかは、我が国の市場
今回の海外派遣により得られた知見は、刑
操縦規制を考える上でも非常に重要なもので
事実務の動向やアメリカ型の立法・解釈への
あると考えられる。また、EU法における処罰拡
反応の部分などの点で、副次的に業績等にお
張傾向は、我が国の金融資本市場の国際化と
いて反映されているが、我が国との本格的な
の関係で、今後どのような規制を行っていくか
比較法も含めた研究については、現在取り組
を占うものであると解される。
んでいる最中であり、また、ドイツ国内におい
第二点目は、連邦憲法裁判所による刑法罰
ても以上の各問題を巡る議論は今後さらなる
則の解釈についての憲法的統制の強化である。
発展が見込まれるため、引き続き調査が必要
すなわち、2010年6月23日、連法憲法裁判所は、
であるものと考える。
背任罪(ドイツ刑法266条)の合憲性とその解
この派遣の研究成果等を発表した
釈について、重要な決定を下した(BVerfGE126,
170)
。同決定は、刑法の明確な解釈について、
一般的な基準を展開するほか、抽象的な表現
著書、論文、報告書の書名・講演題目
山田泰弘=伊東研祐編『会社法罰則の検証』
(日本評
論社、近刊)
(第三編第一章第二節を担当)
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