第30回2014年ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」 内閣府特命担当大臣賞 これから必要な消費者教育-主体的な社会参画の意識を高める消費者教育の在り方- 関ヶ原町立今須中学校(岐阜県在住) 藤井健太郎 1.はじめに 日本の戦後史の中で,1960 年頃というのは大きな時代の転換点として位置づけられている。1960 年 11 月, 経済審議会が国民所得倍増計画を答申し,翌 12 月に閣議決定された。ここに,高度経済成長の政治的基盤が 確立することとなったのである。その後 1968 年には,アメリカに次いでGNP世界第 2 位の経済大国となり,他国 に例を見ない経済発展を遂げていくこととなる。急速な生産と消費の拡大は,家庭電化製品をはじめとして物質 的な豊かさを国民が享受し,さらなる豊かさを追求する消費社会へと通じていく。高性能,多機能の新しい製品 が次々に開発・生産され,消費されていった。戦後のモノが不足する時代から,国民の生活水準は飛躍的に向 上し,物質的な豊かさを十分に感じられる時代へと大転換を遂げたのである。そして,モノが溢れる時代となった 現在でさえ,さらなる消費の喚起が継続的に行われる。情報化の進展とも相まってマスメディアによる新しい付 加価値が創出され,拡大再生産を続けていく。テレビや新聞,雑誌,インターネットなど情報媒体は多岐に渡り, モノとそれに付随する膨大な情報が社会に供給される。また売買の仕組みにも多様性が見られるようになり,複 雑化してきている。こうした社会状況の中で,消費者が自分の意思と判断によってモノを購入することは難しさを 増し,同時に購入をめぐる様々な問題も発生している。 私は,公立中学校で社会科を教えている。いずれ社会に歩み出す生徒たちには,自ら考え判断し,行動でき る「自立した消費者」になってほしいと願う。そして,自立した消費者であることが主体的に社会参画する態度へ とつながっていくものと考える。現行の学習指導要領においても,主体的な社会参画を目指す教育の推進が示 されている。消費は生きていく上で必要不可欠な活動であり,重要な社会参画の場でもある。しかし膨大な情報 を一方的に受容し,消費するだけでは主体的な社会参画とは言えない。膨大な情報から自ら考え判断し,消費 活動ができること。さらに,発信する消費者になることで主体的な社会参画へとつながる。消費者としての意見を 発信することで,必然的に社会への関心と理解は深まる。そして何より,生産者と消費者という異なる立場が相 互に関わり合うことで,より良い社会形成の発展に寄与できるのではないだろうか。第 35 代アメリカ合衆国大統 領ケネディは,消費者の権利を明らかにした。その一つに,意見を反映させる権利が盛り込まれている。将来, 生徒一人一人がこの貴重な権利を自らの権利として行使できるためにも,中学校段階において消費者教育を 位置付ける。そして消費者の視点に立ち,意見を伝え合うことや書くこと,体験的な活動を積極的に取り入れて いきたい。私は,学校教育において自立した消費者への基礎を養うことができるよう努めたいと考える。その具体 的な提言を実践例をもとに,以下に述べる。 2.提言 学校における教育活動にはカリキュラムが作成されており,それに則って行われる。それゆえ,消費者教育の みを特別な活動として取り出して指導することよりもカリキュラムの範囲内において指導し,他の教育活動と関連 させることで教育的効果は高まると考える。生徒の思考にとっても,自然な流れで理解を深めていくことができる。 また現在は,どの学校においても教科指導の時間数の確保が優先課題となっており,特別活動を新たに位置 付けることは難しいのではないだろうか。そこで,消費者教育と関連する学習として社会科を取り上げ,前述のよ うな消費者教育の視点から授業を立案する。おもに,公民的分野「(2)私たちと経済 イ国民の生活と政府の役 割」での学習内容が消費者教育と関連しており,本単元において実践を試みる。そして,学校教育における消 費者教育のモデルの一つとして提案できればと考える。なお対象学年は,3年生である。 (1)指導計画の構成 消費者教育として実践する授業は,表1のように5時間設定した。中学生にとっては「私たちと経済」の学習を通 して,初めて社会経済について学ぶこととなる。それゆえ,段階的に生徒の思考を深めていく必要がある。それ ぞれの時間の目標を明確にし,授業実践をすることとした。まず,第1,2時を通して現在の消費社会についての 大概をつかむ。第1時では,おもに家計について理解する。家計は,食費や住居費,交通・通信費など支出は 広範囲に及び,生活全般にわたって消費活動が行われていること。そして,収入の中で配分を考え支出するこ との必要性を実感する。第2時では,企業は利潤を追求するものであり,購買意欲を喚起する魅力的な商品開 発を進めていること。そして,その商品を販売するために様々なメディアを活用して宣伝活動に取り組んでいるこ とを理解する。しかし,なかには利潤を追求するあまり,過大広告や違法な商法などの実態もあることを知る。第 3時では,「よい商品とは何か」というテーマで話合い,よい商品の条件について多面的・多角的に考えを広げる。 そして第4時では,生徒自ら製作した作品を「販売する製品」と仮定し,第3時で考えたよい商品の条件に照らし 合わせて評価する活動を行う。これにより,製作者(生産者)として気付かなかった消費者としての視点を育むこ とができると考える。第5時では,評価した点に 表1 指導計画 ついてまとめる活動を通して消費者としての在り 時 方を振り返らせ,論理的に自らの考えを伝える 第1時 消費社会について知る ―家計の視点― 力を付けたい。 第2時 消費生活について知る ―企業の視点― 以上のような段階を経ることで,自立した消費 第3時 よい商品の条件を考える 者への基礎を養うことができ,主体的な社会参 第4時 商品を評価する 画へつながると考える。 第5時 評価したことをまとめる 学習内容 (2)実践例 ①第1時 消費社会について知る時間 ―家計の視点― 中学生にとって消費活動の経験は少なからずある。しかし,それは限られた消費活動であり,おおよそ個人の 嗜好の範囲内にとどまる。言い換えれば,家計の全体像は見えていない。そこで,毎年総務省が実施している 「家計調査年報(家計収支編)」(2013 年)の調査結果を示しながら概況をつかませていった。たとえば,総世帯 (平均世帯人員 2.44 人,世帯主の平均年齢 58.0 歳)の消費支出は,1世帯当たり1か月平均 251,576 円であ ること。また,「食料」「教養娯楽」「交通・通信」「住居」などの 10 大費目別の平均支出についても生徒に予想さ せた上で,提示していった。特に,食費の 59,375 円という金額は予想より多い支出だったようで,驚いた様子で あった。また,クレジットカードによる買い物やローン(借り入れ)によっては,自己破産に陥る危険があることも教 えた。このように,消費支出は生活の多岐に渡ること。そして,収支のバランスが必要であることを生徒は理解す ることができた。 ②第2時 消費生活について知る時間 ―企業の視点― 企業は,利潤を得ることを目的として生産活動を行っている。そして,生産したモノの購入を促すために,様々 な宣伝活動を行う。生徒もテレビや新聞,雑誌,インターネットなどを介して目や耳にしている。この時間は,そ の宣伝活動の中から新聞広告を取り上げ,企業の視点に立った消費社会を考えさせた。具体的には,大手衣 料チェーン店の広告を提示し,企業の視点に気付かせていった。例えば,広告内にある「期間限定」という言葉 や「価格の文字の大きさ」などから,消費意欲を喚起する工夫があることに気付くことができた。生徒の中には, 「期間限定と書いてあると,つい買ってしまう」「お値打ち感があって買い過ぎてしまう」という生活経験を交えて 話す姿も見られた。普段何気なく見ている広告への見方が,大きく変わったようである。またこの時間に,かたり 商法やマルチ商法などの悪質な商法によるトラブルがあることも教えた。 ③第3時 よい商品の条件を考える時間 この時間は,「よい商品とは何か」について考える時間である。生 徒たちは限られた範囲内ではあるが,消費活動を行っている。また, こうした経験知だけでなく,家族をはじめとする周囲の大人たちの話 やマスメディアを通して得た情報など,少なからず商品に対する見 方や考え方をもっている。それらを整理するとともに,仲間との話合 い活動を通して多面的・多角的に消費者としての見方を広げていき 図1 ウェビングマップを書く様子 たい。そこで,はじめに一人一人が「よい商品」だと考えることをウェ ビングマップに書き出していく。図1は,生徒のウェビングマップを作 成している様子である。「高性能」「安全」「壊れにくい」「エコ」などの 言葉が並んでいく。こうして書き出したことを,さらに学級全体で交流 し,図2のような拡大ウェビングマップにまとめた。生徒たちからは, 「ああ,そうか。」「これも,(よい商品として)あったなあ。」という声が 図2 拡大ウェビングマップ 聞かれた。この時間を通して生徒たちは,よい商品の条件は複数ある こと。そして,「安心」や「安全」という言葉からは多く派生し,他の言葉とのつながりが深いことに気付くことができた。 ④第4時 製品を評価する時間 本校の現3年生は,昨年度,総合的な学習の時間に図3のような作品を製 作した。学校が在る岐阜県関ケ原町今須地区は林業の盛んな地域で,択伐 林として今須杉が特産である。生徒たちは,地域の学習を進める中で今須杉 について調べ,その杉を使って図3の玩具「じゃんけん将棋」と「積木」を製作 した。そこで,このじゃんけん将棋と積木を販売する製品だと仮定し,第3時で 考えたよい商品の条件に照らし合わせて評価をする。本時は,「安心・安全」 図3 今須杉を使った作品 と「長期使用」の2つの視点から評価を行った。とくに,安全を求めていくことは, 消費者の4つの権利の一つでもある。まず,2つの視点に沿って,メリットとデメ リットを付箋に書き出していく。その際,生徒たちは製品を手に取り,眺め,触り, 叩き,臭いを嗅ぐなど,五感のすべてを活用して考えていった。図4は,その様 子である。次に個人で書いたものをグループ内で交流し,似たような意見のも の同士をまとめ,集約する。図5は,グループ内で出された意見である。安心・ 安全という視点からは,「割れにくいので,けががないだろう」「生産者の顔が見 図4 付箋に書く様子 える」などのメリットがある一方で,「面取りがしていないものもあるので,端が割 れて刺さるかもしれない」「小さい子どもは,誤飲のおそれがある」などのデメリ ットも出された。また長期使用という視点からは,「今須杉は年輪が細かく割れ にくいので,長く使用できる」というメリットと「表面に貼ったシールがはがれや すい」などのデメリットが出された。 こうした意見をもとに,この製品を総合的に評価する活動を行った。具体的 には図6のようなグラフを活用し,評価判断をプロットする。玩具という特性を考 慮し,縦軸を安心・安全,横軸を長期使用の評価とした。生徒たちはグループ 図5 グループ内の意見 の仲間と話し合い,製品を客観的に評価していく。その結果が,図6のグラフ内にシールが貼られた箇所になる。 なお3グループあるため,シールは3箇所に貼られている。ややグループ間の 相違は見られるが,長期使用という点では肯定的に評価できる。しかし,安心・ 安全という点では評価が低い,もしくは否定的という結果となった。このように自 分たちが製作したものを消費者の視点に立ち,評価する活動は生徒にとって 新鮮だったようである。授業後の感想には,「自分たちではまあまあできた作品 だと思っていても,消費者の視点からみてみると,全然できていなくて安心でき なかった」と書かれていた。製作した時点では,楽しく遊ぶことができるという視 点のみに特化しており,安心・安全に使用するという視点は持ち合わせていな かった。それゆえ前述のような記述になったと思われる。生徒にとって新たな 図6 評価グラフ 発見ができたのではないだろうか。 ⑤第5時 評価したことをまとめる時間 本時は,前時の活動内容を踏まえて自らの考えを 400 字程度の小論文にまとめた。活動したことを活動した ままで終わらせるのではなく,生徒一人一人が学習内容を振り返り,自分なりの言葉で表現することで消費者の 視点を確かなものにしていきたい。また論理的に自分の考えを述べることは,意 見を反映させる権利につながると考える。ただ不平不満を口にする消費者では なく,建設的に意見が伝えられる消費者であってほしいと願う。それが,よりよい 社会の形成にも通じていく。 図7は,生徒が書いた小論文である。この生徒は,じゃんけん将棋と積木とい う製品について「長く使えるという面では高評価であるが,安心・安全という面で はやや欠ける部分がある」という結論に達した。安心・安全と長期使用の2つの 視点から,メリットとデメリットについて具体例を挙げるとともに,改善点も含めな がら自らの意見を論理的に述べることができている。 図7 生徒が書いた小論文 (3)授業実践後の生徒の意識 図8 学習活動に関するアンケート結果 図 10 商品選択の態度に関するアンケート結果 図9 商品の見方に関するアンケート結果 図 11 意見の反映に関するアンケート結果 全5時間の授業後に,消費活動に対する生徒の意識をアンケート形式で調査した。調査は「学習活動」「商品 の見方」「商品選択の態度」「意見の反映」の4つの観点から実施し,四件法で回答させた。結果は,図8~11 の 通りである。すべての項目において,生徒は肯定的にとらえている。特に,商品を購入するときに様々な視点か ら考えようとする意識が高い。また同時に,商品に対して意見を述べていこうとする意欲も見られる。生徒の感想 の中にも「今までは,物を買う時,商品の良い点,良くない点や商品の使い道をあまり考えたことがなかったけど, 授業を通して物を買う時はいろいろ考えてみたいと思った。」や,「今まで以上に商品を一つ一つよく見て購入し ていけたらいいなと思いました。」と述べられている。本実践による成果であると考える。 3.おわりに ―これから必要な消費者教育- 私は生徒がもつ経験知を整理し,商品を見る視点を培っていくこと。それも指導者による一方的な視点の押し 付けではなく,仲間との話合い活動を通して生徒自ら気付くことが大切であると,本実践から考える。そうすること で,消費者として主体的に社会生活に関わろうとする意識は高まる。そして,生徒によって製作された作品を自 己評価する体験的な活動を取り入れることでより実感を伴い,意見を反映させようとする態度を養うことができる。 こうした体験的な活動が自立した消費者への基礎となり,主体的な社会参画につながると確信する。消費者が 自分の意思と判断によってモノを購入することの難しい現代にあって,今後必要とされる消費者教育の在り方と して提言したい。 [審査委員長からのコメント] 学校教育の現場における消費者教育として、非常に具体的であり、誰もが実践しやすい内容である。生 徒が考え、身近なものとして取り組めるプログラムとして高い評価を得た。自ら考え判断し、行動できる「自立 した消費者」育成を目的に広く活用いただきたい。
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