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--------------------------------------------------------------------------------統合的非侵襲脳機能計測に基づく視覚的気づきの脳内機構に関する研究
Integrated Noninvasive Neuroimaging Studies on Brain Mechanisms of Visual Awareness
--------------------------------------------------------------------------------1051007
研究代表者
京都大学大学院工学研究科
[研究の目的]
教授
小林哲生
複雑な仕組みを解明することは困難である。
そこで、本研究では,時間分解能に優れる
医用画像診断機器をはじめ各種の臨床検査機
MEG と,空間分解能に優れる fMRI の各々の
器は現在の医療にとって欠かす事のできない重
長所を相補的にいかした統合解析手法の開発を
要なものである。コンピュータによる自動診
行った.MEG における信号源推定には,脳内
断・検査機器開発の試みも進んでいるが、現段
の広がりを持つ活動を単一もしくは複数の等価
階では最終的に診断を下すのは観察者である医
電流ダイポール(ECD: equivalent current
師、すなわち人間であり、人間の脳が病巣や異
dipole)に集約して推定する ECD 法と脳内の電
常に気づき適切な判断を下す事が必要である。
流源を微小な電流の集合として仮定し,その電
しかし、この気づきの仕組みの詳細は未だに不
流源分布を推定する手法がある.しかし,いず
明であり、その脳内機構を探る事には大きな意
れの方法においても近接する複数の皮質領域が
義がある。本研究では、計測原理の異なる非侵
同時に活動する場合には推定が困難である.
襲脳機能計測データを統合的に用い、この視覚
本研究で開発を行った統合解析法において
的気づきの脳機構を調べることを目的として研
は,最初に fMRI データを統計解析することに
究を行った。
より複数の活動領域を決定する.次に,この活
動領域を ECD の空間的拘束条件として用い,
[研究の内容、成果]
ECD から発生する脳磁界分布(リードフィール
ド)を計算によって求める。続いてリードフィ
1.
fMRI-MEG 統合解析法の開発
ールドと計測される脳磁界分布を各々単位ベク
トルに規格化した上で両単位ベクトルの内積を
現在普及している脳機能計測法は、脳神経活
動に伴う電磁気量を計測する方法と脳神経活動
に伴って変化する血行動態を計測する方法に大
別される。前者には脳波(EEG)と脳磁界(MEG)
、
後者にはポジトロン断層撮像法(PET)
、機能的磁
気共鳴画像法(fMRI)
、近赤外分光法(NIRS)
がある。しかし、各計測法には計測原理に由来
する避けられない弱点と限界があり、一つの計
測法のみにより、時空間的に変動する脳機能の
最大化する操作により,ECD の最適な位置と方
向を推定する.その後,最適化された ECD に
よるリードフィールド単位ベクトルに時系列計
測信号を射影することにより,ダイポールモー
メントの時間変化を求める.本解析手法を,第
1、2、5 次視覚野(V1, V2, V5)といった複数
の近接した視覚皮質を賦活することが知られて
いる仮現運動視知覚課題遂行時の脳活動計測デ
ータに対して適用し、各視覚皮質における動的
活動を捉えることが可能である事を実験的に検
証した.
本研究では、さらに fMRI と MR 拡散テンソ
ル(MR-DTI)の統合による脳活動領域解析に
関しても検討を行った。MR-DTI とは、6 方向
以上の異なる方向の拡散強調画像から水分子の
拡散異方性を計測する手法である。従来の
fMRI 解析においては、統計的処理に起因して
実際より広く活動領域が抽出される、あるいは
ノイズの影響により誤って活動領域が抽出され
るといった問題がある。ここで、高次脳機能に
関わる皮質活動領域は他の機能部位との間の神
経線維を介して情報を送受していると考えられ
るので、MR-DTI の計測により、fMRI により
得られる活動領域近傍における拡散異方性を解
析することにより信頼性の高い限局した皮質活
動領域を描出することが期待でき、実際に計測•
解析を試み fMRI と MR-DTI を統合的に用いた
Fig. 1 Schematic view of binocular rivalry.
解析の有効性を確認した。
2. 視覚的気づきの脳内プロセスに関する検討
本研究では、両眼視野闘争と運動性多義図形
知覚という視知覚現象に注目し、総合的に視覚
的気づきに関連する中枢神経部位を調べること
を目指した。
両眼視野闘争とは、左右の眼に異なる視覚刺
激が独立に呈示される場合、それらが交互に知
覚される現象である。図1にその概念図を示す。
一方、多義図形とは、一つの図形に複数の解釈
が可能な図形であり、盃に見えたり向かい合っ
た二人の横顔に見えたりするルビンの盃と呼ば
れる図はその代表的なものである。本実験では、
図2A に示すような、運動性の菱形図形を用い
た。この2つの現象はいづれも多安定知覚現象
と呼ばれる。多安定知覚においては、物理的に
は視覚刺激が変化しないにも拘わらず、観察者
には複数の異なる知覚が交互に繰り返し生ずる。
Fig. 2 (A) An diamond used in the experiment of
ambiguous figures (B) Three different percepts
experinced by the observers.
が見られた。
現時点において、本研究の成果をまとめると、
多安定知覚には、局在した特定の部位が関与し
ているのではなく V1 を含め、視覚前野、頭頂、
前頭前野といった複数の視覚関連領野並びに連
合野が関与しているということができる。
近年、多安定知覚に関与する部位に関する非
侵襲的研究が幾つか報告されており、V1 の重
要性を強調する報告がある一方、頭頂ならびに
前頭の関与を指摘する報告、さらに視覚系の腹
側経路、側頭頭頂接合部の関与に関する報告も
あり、現時点においても一致した見解は得られ
ていない。従って、本研究の結果は、前頭前野
ならびに頭頂の役割の重要性を示す新たな証拠
と位置づけることができる。
最近、経頭蓋磁気刺激を用いた実験により視
覚的気づきにとって高次視覚野から V1 へのフ
ィードバックが必要であることが報告された。
この結果と本研究で得られた多安定知覚に関連
Fig. 3 Differencial activations observed in the
experiment of binicular rivalry. Shown are loci
where the BOLD signals in binocular rivalry were
significantly larger (p < 0.001,uncorrected) than
those in a control condition.
する部位に関する知見、さらにこれまでの心理
学的知見などを考慮すると視覚的気づきに関し
て次のようなメカニズムが仮説として導かれる。
すなわち、
「視覚的気づきとは、眼という受容
器から入る視覚刺激に関するボトムアップ的情
両眼視野闘争に関与する部位をブロックデザ
報が、刺激の各属性に応じて異なる部位で直並
イン fMRI パラダイムにより調べた結果を図3
列的に処理され、過去の視覚的体験等に基づく
に示す。後頭葉の視覚系の背側経路
記憶と共に V1 にトップダウン的にフィードバ
(Brodmann's Area (BA) 18、及び BA19)
、第
ックされ、
フィードバックに要した時間Δt 遅れ
4次視覚野(V4)
、頭頂間溝近傍(BA7)
、前頭
て V1 に到達するボトムアップ情報と統合され
前野(BA44、9、46、10)において BOLD 信
るというプロセスである」ということになる。
号の有意な上昇を捉えた。また、本研究では
ここで、各属性を処理するのに要する時間には
EEG と MEG の計測と解析によって、頭頂に至
時間差があることが知られているが、それが実
る視覚系の背側経路と前頭の関与を捉えている。
際には統合されているという事実を考慮すれば、
一方、多義図形知覚状態と各々の対照状態であ
統合できるか否かは、
このΔt の間のボトムアッ
る単安定知覚状態の活動の差をグループ解析し、
プ情報の変化量に依存すると考えられる。この
統計的に BOLD 信号が有意に大きい部位(p <
推論に基づき、
さらにΔt の間にボトムアップ情
0.001, uncorrected)を求めた結果、多義図形知
報が無くなる、すなわち消える場合、トップダ
覚状態では、頭頂間溝近傍(BA7、40)、前頭
ウン情報のみにより統合が起こることが予測さ
前野(BA44、9、8、46、10)、第5次視覚野
れる。ここで、刺激が 200ms 以下の短時間呈示
(V5/MT)において BOLD 信号の有意な上昇
された場合には、両眼視野闘争が生じず融合図
形が知覚される事が知られており、この予測と
合致するのである。
医工学シンポジウム論文集 、pp.144-147 (2006)
7. 井前直人、小林哲生、鄭 址旭、東 高志、堤 定美:
MR-DTI の併用による fMRI 脳活動領域解析の精度向上に
[今後の研究の方向、課題]
関する検討 ‘、第 1 回複合医工学シンポジウム論文集、
pp.30-33 (2006)
統合的脳機能計測法に関しては、BOLD 法に
8. 田中哲平、小林哲生、甲本亜矢子、鄭 址旭、東 高志、
代わる拡散 fMRI 法やアダプティブビームフォ
堤 定美:サッカードに関わる脳活動領域の fMRI 計測:
ーマ法の適用といった更なる高度化が課題であ
多安定知覚時との比較、第 1 回複合医工学シンポジウム論
る。一方、上記の視覚的気づきに関する仮説に
文集、pp.48-51 (2006)
関しては、いかにして情報統合が実現され得る
9. 折尾大樹、小林哲生、鄭 址旭、井前直人、東 高志、堤
のかという点が説明されなくてはならない。現
定美:水分子 ADC 変化と BOLD 法に基づく示指伸展運動時
時点における最も有力な候補は、約 40 Hz の神
の脳活動計測、第 1 回複合医工学シンポジウム論文集、
経発火の同期であり、これがマクロに観測され
pp.40-43 (2006)
たものが EEG/MEG のγバンドのリズムである。
10. Jiuk Jung and Tetsuo Kobayashi: The analyses of brain
一方、情報統合に関しては量子論的機構も提唱
functions
されており、他の可能性も含めて、今後、実験
gamma-band activities: An application to a perceptual
による検証を行うことが課題である。
grouping task, Proc. of World Cong. on Medical Physics
based
on
wavelet
coherence
of
EEG
and Biomedical Engineering 2006, (in press)
[成果の発表、論文等]
[2] 国際会議発表(国内学会発表は省略)
1. Tetsuo Kobayashi, Yasuyuki Innami, Jiuk Jung, Shunpei Ohashi,
[1] 論文ならびに著書
1. 隠浪康行、小林哲生、鄭 址旭、他:複数皮質活動の動的
Shoji Hamada, Takashi Nagamine, Hidenao Fukuyama,
Takashi Azuma and Sadami Tsutsumi: Development of an
イメージングのための fMRI-MEG 統合解析法、生体医工学、
integrative fMRI-MEG technique for dynamic neuroimaging of
Vol.43, No.4, pp.777-784 (2005)
multiple cortical activities, The 16th World Congress of the
2. 小林哲生: 両眼視野闘争から意識を探る、作業の科学、
pp.48-64、協同医学出版社 (2006)
3. 濱田昌司、小林哲生:ボクセルデータ用高速多重極表面電
International Society for Brain Electromagnetic Topography,
(Bern, Swizerland, 2005, 10)
2. Isamu Ozaki, Tetsuo Kobayashi, Hideo Eda, Rumi Yamauchi:
荷法による低周波磁界誘導電界計算、電気学会論文誌 A、
Functional brain mapping of voluntary finger movements by
Vol. 126, No. 5, pp.355-362 (2006)
multimodal methods. A comparison of MEG, fMRI and NIRS,
4. 小林哲生:視覚的認知の脳機能イメージングから意識へ、
第 20 回生体・生理工学シンポジウム論文集、pp.239-242
(2005)
The 16th World Congress of the International Society for Brain
Electromagnetic Topography, (Bern, Swizerland, 2005, 10)
3. Tetsuo Kobayashi, Yasuyuki Innami, Jiuk Jung, Shunpei Ohashi,
5. Jiuk Jung, Shohko Tokita and Tetsuo Kobayashi: Brain
Shoji Hamada, Takashi Nagamine, Hidenao Fukuyama,
activity in a similarity grouping task: A functional MRI
Takashi Azuma and Sadami Tsutsumi: Development of a
study,
dynamic neuroimaging technique based on fMRI-MEG
Proc. of The First Inter. Conf. on Complex
Medical Engineering, pp.843-846 (2005)
6. 岡田雄介、鄭 址旭、大橋俊平、小林哲生:事象関連脳磁
界計測における雑音成分の自動同定•除去手法,第 1 回複合
integration, 12th International Conference on Functional
Mapping of the Human Brain, (Florence, Italy, 2006, 6)