研究課題別事後評価結果 1.研究課題名 知的学習の成立と評価に関する脳イメージング研究 2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点) 研究代表者 主たる研究参加者 仁木和久(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門 門脇厚司(筑波学院大学 学長) 主任研究員) 3.研究内容及び成果: 本研究では、現代教育に不可欠な「主体的行動・経験に基づく学び」の脳科学的基盤に基づ く解明を目指し、「(認知)行動に基づく記憶」の脳イメージング研究を行った。 (1)脳イメージング研究 ①自伝的記憶の海馬傍回における経時的活動変化の検出 空間移動体験の記憶について、一度だけ訪ねた場所における行動や風景を被験者に思い出 してもらうタスクを採用し、最近2年以内の記憶想起ブロックと、7年以上昔の記憶想起ブ ロックの脳活動の比較を fMRI で行ったところ、2年以内に訪ねた場所を思い出した時に活動 する部位が MTL(海馬、海馬傍回を含む内側側頭葉)にあり、7年以上昔に訪ねた場所を思 い出した時に活動する部位が前頭葉下部にあることを示した。 ②意味記憶想起における海馬の寄与 意味記憶の形成と想起の実験として、提示する3つの単語について中央の単語と左右の単 語が意味的に近いかどうか判断させるタスクを設定し、左右のいずれも中央の単語と意味的 に近ければ(両者関係条件)意味情報の検索が高頻度に起こる、一方が意味的に近ければ(一 方関係条件)意味情報の検索が減少し、いずれも意味的に異なっていれば(意味形成条件) 意味の検索が起こらない、との実験の結果、海馬の活動量は意味の想起の量に比例して、両 者関係条件で最大となり、一方関係条件がそれに次ぎ、意味形成条件で最小となり、海馬が 意味記憶の想起状態で働いていることを明らかにした。 ③洞察(インサイト)時における海馬活動の検出 ヒトの洞察について、「なぞなぞ」を用いた課題により、「問題は理解できるが解が分から ない」状態で解を見せ、解を「理解・納得」した事象(Aha!効果)についてイベント関連解 析を行った結果、全頭的な活動に加え、右海馬領域で非常に大きな活動を示すことを明らか にした。これは、脳内で記憶の想起が瞬時に起き、解が正しいことを一瞬で確認している状 態を脳イメージングにより捉えたと考えられる。 ④洞察時の大脳前頭葉の役割 また、Aha!効果時における ACC(前部帯状回)及び左の外測前頭葉で有意な活動を測定し、 さらに詳細な解析により、ACC が問題解決過程における誤差検出と矛盾モニタリングに関連 し、左外側前頭葉は重要な概念の意味属性の洗濯メカニズムとして役立つことを導出した。 ⑤時間的離散事象における海馬活動の検出 2語の意味的関係判断を行う実験において、同時提示条件と遅延提示条件(短い休止時間 を挟んで一語ずつ提示)により、離散性の連合プロセスにおける事象関連 fMRI 実験を行い、 遅延提示された2語の結合に左海馬の活動と関係していることを脳イメージングにより明ら かにした。 ⑥洞察(インサイト)時および知識の再構成時における「こころの理論」脳領域活動の発見 洞察・非洞察課題や再構成・非再構成課題の実施により、洞察や再構成時の主要な脳の活 動領域が内側前頭回及び TPJ 領域(側頭-頭頂部接合)であることを脳イメージングで示し、 「他人の立場で物事を考える」こころの理論で観察される脳領域と同様であることを示し、 「問題の構造を別の視点から捉え直し再構成する」洞察と、 「他人の立場で物事を考える」こ ころの理論が、同じ情報処理過程である可能性を示唆した。 以上により、海馬が関与する記憶・学習が、単なる入力箱ではなく、主体的な認知行動を伴い、 多様な認知要素機能から構成され、知的満足等感情の修飾を受け、早い形成等の特色をもつ事を 考察した。 (2)「外界にひらかれ、早く、多様で柔軟な知能」の脳認知科学的解明 上記の成果と脳科学的知見に基づき、ヒトの認知行動の記憶現象を、脳システムレベルの表 現としてモデル化することを提唱し、長期記憶としての海馬バインディング記憶モデルを提案 した。このモデル化からの示唆に基づき、ヒト知能を社会環境で発揮される(認知)行動レベ ルの脳表現として定義することにより、 「外界に開かれ、早く、柔軟で多様なヒト知能特性とそ の形成原理」を説明する「構成的知能」の脳認知科学モデルを提案した。 (3)教育問題への脳認知科学的貢献、特に「構成的知能」による構成的学習の位置づけ 構成的知能モデルは、 「ヒト知能」と「社会、文化」、 「言語、思考」、 「感情」 、 「身体」との関 係を、脳科学的な基盤に基づいて、俯瞰的に研究することを可能にし、社会(そして教育環境) の中で形成されるヒト知能の本来の姿を、脳科学を中核としながらも、多面的に論じられる科 学的研究の枠組みであると提唱した。 4.事後評価結果(コメントによる記述) 4-1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果 の状況 脳イメージングの研究においてオリジナリティーがあり、洞察時のfMRIによる成果や長期記憶 における海馬の役割を示した成果はレベルの高い成果と言え、国際的にも評価できるものである。 外部発表に関しては、論文発表が国内39件、海外19件、口頭講演が国内30件、海外30 件であり、決して不十分な発表状況ではないが、贅沢な望みとしては、本研究の重要さを知らし めるように、もっと国際的な研究活動を展開してほしかった。 4-2.成果の科学技術、社会への貢献 構成的学習の理論と脳機能測定の研究を結びつけ、教育問題への貢献を目指した方向性と意欲 は評価できるものである。実験成果をもとに新しい理念といえる「海馬バインディング」を導入 し、構成的知能の教育への応用を提示したことは野心的である。また、研究期間内に社会力と脳 機能を関連付けた先駆的実験を行えればさらによかったと言える。 教育現場など社会で実用とされるにはまだ多くの課題はあるが、更なる研究によって海馬バイ ンディング、インサイトなどの脳内メカニズムの解明を進めることにより、その成果を社会で実 用に移す可能性は高い。 一方、社会に対する正確な情報発信についての留意を望みたい。今回の研究成果から、より精 緻な研究が必要な分野が提示されたと捉えられる。今後、焦点を絞りつつ学術分野での発展・展 開が進み、さらに理論研究を深めた上で、社会的に有効なものを生み出していくことを期待した い。その意味で、人文学系の研究者との一層密接な連携が必要であろう。 今回、脳科学、心理学、教育学が密接に連携したチーム構成として進めており、実際的な対応 がとられているが、研究期間内にシナジー効果を必ずしも十分に発揮できていないと伺える。異 分野の研究者間の協働には時間を要することが多く、今後、研究を展開する中で連携を深めたり 広げたりしつつ、相補的に研究を進めていくことを期待したい。
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