研究所の動き 番組視聴時の心理状態推定技術 ∼「笑い」を感じる脳のメカニズムを解明∼ 人間の心の動きを読み取る。最新の脳科学研究では,このようなSF的な発想が現実のものになろうとしている。 当所では,これらの研究で用いられている技術を応用し,映像を見ている人の脳活動から,映像が人間の心にどのよ うな効果・影響を与えたのかを推定する技術の研究を進めている。映像に対する心の動きを,客観的に,かつ高い時 間分解能で把握することができれば,従来のアンケートに基づく映像評価を補うものとして,さまざまな応用が期待 できる。 今回,お笑い番組を視聴中の脳活動を解析することで,人が実際に笑うより前のあたかも次の展開を期待するよう な心の状態の推定に成功した。機能的磁気共鳴画像装置(fMRI:functional Magnetic Resonance Imaging)*1で計 測した脳活動データを,コンピューターによるパターン認識技術を用いて解析し,映像を見ている人が「笑い(ユー モア) 」を感じたと報告する数秒前に,前頭葉の一部に,平常時や笑っている最中とは異なる特別な脳活動パターン が現れることを見いだした。この結果は,映像を見ている人が「笑い」を感じる少し前に,未来の「笑い」を期待す るような心の状態にあることを示す証拠と考えられる。 さらに,映像を見ているときの脳活動を2秒ごとに計測し,あらかじめ蓄積した脳活動パターンと照合することで, 心の状態が「笑い」を期待する状態かどうかを,継時的に推定することができた(1図) 。通常,映像を見ていると きの無意識的な心の動きを,その人自らが報告することは困難である。今回の結果は,脳活動解析を用いることによ り,本人も意識していない心の動きの推定が,原理的に可能であることを示している。 映像が人間に与える効果・影響を知ることは,より良い放送サービスを提供する上で重要である。脳は行動や意思 決定に深く関わる器官なので,映像に対する脳の働きを調べることは,映像の効果・影響を知るための最も直接的な アプローチと考えられる。今後は, 「笑い」以外の番組演出効果の評価や,高臨場感放送システムの設計パラメーター の評価など,多方面への応用を図っていく。 *1 神経活動に関連した血流反応を,3次元画像として可視化する装置。 番組映像 <フリ> <間> <落ち> 「笑い」 「笑い」の強さ パターン認識技術を用いた 未来の「笑い」体験の推定 「笑い」を 報告する装置 強 fMRI装置の中で 映像を視聴 脳活動の時間変化 弱 脳活動 −10 −8 −6 −4 −2 0 2 4 6 赤枠は「笑い」の直前の特異的な脳活動パターン 8 10 時間(秒) 1図 脳活動による未来の「笑い」体験の推定 NHK技研 R&D/No.150/2015.3 53
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