廃棄物を化学する(27)

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廃棄物を化学する(27)
水素元年 水素は本当にエコなのか
循環資源研究所 所長
村田 徳治
燃料電池の原理
燃料電池の原理は 1801 年、イギリスの化学者で電気分解により金属を得る方法を開
発し、金属ナトリウムを始め数々の金属の発見者として有名なハンフリー・デービーに
よって考案された。1839 年、イギリスのウィリアム・グローブは、電極に白金、電解
質に希硫酸を用いて、水素と酸素から電力を取り出す燃料電池を造った。
水 H2O を電気分解すると水素 H2 と酸素 O2 が得られる。
2H2O → 2H2 + O2
水の電気分解反応の逆反応である水素と酸素を白金電極上で反応させると、導線を通
して電力を取り出すことができる。
2H2 + O2 → 2H2O
この反応は熱が発生するばかりでなく、発電効率の高いものほど反応に高温を必要と
する傾向がある。反応によって生成する水は、水蒸気または温水である。
燃料電池は、水素などの燃料を負極活物質として供給し、正極活物質として空気中の
酸素等を供給して、継続的に電力を取り出す発電装置で、蓄電できないので電池ではな
く発電装置である。一次電池や二次電池と異なり、正極活物質と負極活物質を連続的に
供給し続けることで電気容量の制限なく放電を永続的に行うことできる。
火力発電では、熱エネルギー(化学エネルギー)を熱機関に与えて発生する運動エネ
ルギーを電気エネルギーに変換するが、燃料電池は熱機関特有のカルノーサイクルを経
由せず、化学エネルギーを直接電力に変換するので発電効率が高い。回転運動をする装
置がないので、騒音や振動も少なく、規模の大小に影響されないため、家庭で電力・給
湯・暖房を主な目的として、2008 年に家庭用燃料電池コージェネレーションシステム
(エネファーム)」が誕生し、現在、200 万円を切るものも出てきている。コージェネ
レーションシステムとは熱電併給システムのことで、発生する電気と熱の両方を有効に
使う方式をいう。
燃料電池自動車は発生する熱エネルギーを有効に利用できない。
水素と燃料電池自動車・電気自動車
自動車の黎明期には電気自動車とその他の自動車は競い合っていたが、ガソリン車の
発明により、その他の自動車は敗北した。構造が簡単な電気自動車は安価であったが、
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電池の性能が悪く、フォークリフトやゴルフカートで実用化されただけで内燃機関の自
動車に駆逐されてしまった。ただし、潜水艦や電話には鉛蓄電池が使われていた。
地球温暖化問題が顕在化し、化石エネルギーに頼らない電気自動車が内燃機関自動車
と肩を並べるまで開発が進んでおり、アルコアのカートリッジ式アルミニウム空気乾電
池で走る電気自動車は、カートリッジ載せ替え時間が給油時間と変わらず、走行距離は
1600km とガソリン車の約 3 倍であり、1 日 100km 走るユーザーは半月間、電池交換をす
る必要はなく、ガソリン車を凌駕している。
燃料電池の原理
「ゼロ・エミッション」ではない燃料電池自動車
2015 年 1 月、デトロイトで開かれた北米国際自動車ショーでは、次世代エコカーを
めぐる各国・各社の戦略が割れている。
トヨタは、2014 年末に世界で初めて市販した「MIRAI(ミライ)」を展示の最前列に置
き、水素社会を迎えるのに重要な車と力説している。ホンダも 16 年 3 月に燃料電池自
動車を市販するという。
アメリカシリコンバレーの電気自動車メーカーテスラモータースは、フル充電した時
の走行距離が、最大 502km の高級セダンを日本で発売している。燃料電池自動車「ミラ
イ」では水素充填時間 3 分・走行距離 650Km であるが、電気自動車は、まだその域に達
していない。
燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle)の燃料は水素であるが、電気でモーターを回し
て走行する電気自動車の一種である。バッテリーではなく、車上で発電するので、電気
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自動車よりもはるかに長距離走行が可能である。しかし、「水素は水から無限に取り出
せるため、枯渇しない究極のエネルギー」と喧伝するマスコミや木を見て森をみないモ
ータージャーナリストなどは、とんでもない間違いを犯している。水素を水から生産す
るのには莫大なエネルギーが必要であり、投入エネルギーを化学エネルギーとして水素
に置きかえただけである。また、投入エネルギーが化石燃料であれば CO2 も発生してお
り、ライフサイクルの観点からは決して「ゼロ・エミッション」ではない。CO2 や大気
汚染物質を排出しないため究極のクリーンエネルギー車と喧伝されているが、水素の製
造過程で CO2 を発生していることには言及されていない。
燃料電池自動車は、排出するのは水だけという究極のエコカーであり、エネルギー効
率はガソリン車の 2 倍以上。モーターで走るため静かで乗り心地が良いのが特徴と喧伝
されている。しかし、電気自動車は水すら排出しないので、燃料電池自動車を究極のエ
コカーというのは誇大広告である。
最初に燃料電池自動車に取り組んできたのはアメリカであるが、現在、アメリカでは
燃料電池自動車の開発は下火になっている。
燃料電池自動車は、走行時に CO2 を排出せず、エコカーのメリットが強調されている
が、通常のガソリン車の技術があれば製造できるハイブリッド車と異なり、水素の製
造・水素の輸送供給・水素ステーション建設など、新たに燃料電池などを量産だけでは
すまないコストがかさみ、これが、欧米勢が参入に二の足を踏む理由といわれている。
ドイツのダイムラーは、売れ筋の中型セダンでトヨタのハイブリッド車「プリウス」
の約 30km/L を大きく上回りガソリンの燃費は 47.6km/L である。欧州最大手の自動車メ
ーカー、ドイツ・ホルクスワーゲンや韓国の現代自動車も新型ハイブリッド車を開発し
ている。フォルクスワーゲンは「水素のインフラさえ整えば、すぐに市場投入できる用
意はある」という。
ハイブリッド車は、普段は自宅のコンセントから充電して電気自動車として走り、週
末に遠出したときなどにはエンジンも使う。日産自動車の電気自動車リーフは 228km と
フル充電で走れる距離が短く、この弱点を補うものであるという。
ハイブリッド車を重視したのはドイツだけではなく、アメリカの大手ゼネラル・モー
ターズも、ハイブリッド車「新型ボルト」を初公開。電池の容量を従来より 15%増や
すなどして、走行距離を約 680km に延ばしている。
欧米勢は、すでにある電気自動車とガソリン車の技術を組み合わせたプラグインハイ
ブリッド車を重視しており、究極のエコカーと日本が喧伝している燃料電池車は、世界
には普及せずエコカーの主流を占められない可能性が高い。
ガソリンスタンドに代わり、巨額の資金を投じて水素ステーションを各地に建設する
という機運が、日本以外の国に広がる可能性は低い。日本が官民あげて燃料電池自動車
の普及に力を入れても、日本だけが突出し、世界のスタンダードにはならない商品にな
ってしまう可能性が高い。高度で精緻だが日本国内でしか普及せず「ガラパゴス化」し
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た携帯電話(ガラケー)二の舞を演じ、ガラケイならぬ「ガラカー」になる危険性が極め
て高い。優れた技術が必ずしも「勝ち組」となるわけではないことは、1980 年代後半
に戦われたビデオ規格におけるソニーのベータ方式の敗北がこれを証明している。
経済産業省は「水素社会の第一歩」と位置づけ、燃料電池自動車の水素を充填する「水
素ステーション」の設置を税金を使って後押しする政策を打ち出している。日本の大手
自動車メーカーのトヨタが先行し、ホンダも含め日本メーカーが先行しているとはいえ、
燃料電池自動車に未来があるかは不透明である。燃料電池車の前途に待っているのがバ
ラ色の未来ではなく、茨の道と言われる最大の要因は燃料である水素そのものにある。
水素の製造とその供給
現在、水素は、アンモニア製造原料・ロケット燃料・半導体製造・ベルヌーイ法宝石
製造・金属表面処理などに用いられているが、1965 年にアメリカの有人宇宙飛行計画
(ジェミニ 5 号)で固体高分子形燃料電池が採用され注目された。アポロ計画からスペ
ースシャトルに至るまで燃料電池は電源・飲料水製造に用いられた。
水素は化石燃料とは異なり、油井やガス田から採掘によって得ることはできない。一
方でマスコミは、水素の使い道はクルマを動かすだけではなく、海外の石油資源にエネ
ルギーの大半を依存する日本にとって、水からつくることもでき、使用時に CO2 を出さ
ない。水素は、将来のエネルギーの主役になる可能性があると期待されていると誤った
情報を流し続けている。確かに水素は水からできるが、そのためにはエネルギーが必要
であり、CO2 を出さないエネルギーは自然エネルギーしかなく、このエネルギーで発電
した電力で水を電気分解して水素を造る以外にない。わざわざ水素を製造して、燃料電
池自動車を動かすのであれば、電気自動車に直接充電した方がエネルギー効率は良いし、
燃料電池・高圧水素燃料タンク・水素ステーションも不要になる。
現在、アンモニア製造など工業的に使用する水素は、石油や廃プラスチックを熱分解
したり、石油精製や製鉄所のコークス炉で副産物として発生するガスから水素を分離精
製して利用している。石油やガスを原料にして改質した水素は改質時点で CO2 を発生す
るので地球温暖化防止に対してクリーンな水素というわけではない。
エネファームでは都市ガス(主成分メタン CH4)を改質して水素 H2 を得ている。メタ
ンの水蒸気による改質反応では、メタン 1 モルと水 2 モルから水素 3 モルと CO21 モル
が生成するので完全にクリーンなガスとは言えない。
CH4 + 2H2O → CO2 + 3H2
自然エネルギーで発電した電力で水を電気分解して得た水素だけがクリーン水素と
いえるが、自然エネルギーで発電した電力は、水素を作るより電力のまま使った方がエ
ネルギーの節約になる。水素を余った電力の貯蔵に使うとしても、ダムを利用した揚水
発電に比べてエネルギー効率ではるかに劣っている。
金属スクラップからクリーン水素の製造という不合理な技術に環境省が研究費を出
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した。
水素の供給
日本ではガソリンスタンドに併設した水素ステーションが建設されているが、その建
設費はガソリンスタンドの 5 倍といわれている。水素ステーションにはいくつかの方式
があって、①ステーション内でガスや石油を改質して水素を作り出すオンサイトと呼ば
れる方式、②あらかじめ他所で造った水素を液体水素・圧縮水素の形で輸送するオフサ
イト方式などがある。水素吸蔵合金の性能が向上すれば、低圧で比較的穏和な水素供給
が可能なタンクが開発されるとされているが、現状では、吸蔵放出温度・吸蔵放出速度・
吸蔵放出時の反応熱のやりとり、合金重量など未解決の問題が多い。安全性の面からは、
液体水素や水素吸蔵合金が有利ともいわれている。
最も安価な水素を供給できるのは、副生水素から不純物を除去したもので、圧縮水素
としてローリーで運ぶオフサイト方式である。水素の末端価格は同じ熱量のガソリンと
は比較できない高価であるが、水素を量産すれば価格が低下するというものではない。
天然ガスのような常温で気体は、通常は加圧・冷却して液体にして輸送する。しかし、
水素は液化しにくく、―260℃に度まで冷却しなければ液化しない。因みに液化天然ガ
ス LNG の―160℃に比較して如何に液化しにくいかがわかる。外国で製造した水素を LNG
のように液化して輸送するという計画があるが、水素液化エネルギーは、液化する水素
の持つエネルギーの 3 割にも達し、コスト面でもエネルギー効率面でも、タンカーでの
水素輸送は経済性が見いだせない。
水素をトルエン C6H5CH3 と反応させてメチルシクロヘキサ C6H11CH3 にし、ケミカルタン
カーで常圧で輸送し、日本で熱分解してトルエンと水素に戻す手の込んだ方法を有機ハ
イドライド法と言うらしいが、化学的には単なる炭化水素である。
C6H5CH3 + 3H2 → C6H11CH3 ・・・・トルエンの水素添加反応
C6H11CH3 → C6H5CH3 + 3H2 ・・・・メチルシクロヘキサンの分解(脱水素反応)
メチルシクロヘキサンの分子量は 98.2、輸送できる水素量は 6/98.2=6.1%に過ぎな
い。これは 100 トンのメチルシクロヘキサンを運んでも得られる水素はたったの 6.1 ト
ンということになり、本当にこれで良いという結論がえられているのであろうか。
水素をアンモニアに加工して液体アンモニアとして輸送し、アンモニアを水素と窒素
に分解すれば効率よく水素を輸送できるはずである。
N2 + 3H2 → 2NH3 ・・・アンモニアの製造
2NH3 → N2 + 3H2
・・・アンモニアからの水素の製造
アンモニアの分子量は 17、輸送できる水素量は 6/34=17.6%と大きい。100 トンのア
ンモニアを運ぶと水素を 17.6 トン運べるので、有機ハイドライドの約 3 倍運べること
になる。
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<引用・参考文献>
1) www.ifs.tohoku.ac.jp
2) ja.wikipedia.org/wiki/燃料電池水素自動車とは
3) president.jp › ビジネス › 産業研究
4) 燃料電池.net/fcv/about.html
5) www.huffingtonpost.jp/foresight/fcv_b_6234136.html
6) diamond.jp › 企業・産業 › inside Enterprise
7) www.nikkei.com › テクノロジー › 環境・エネルギー › グリーンBiz
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