ヨーロッパ日本研究協会 第14回大会

The Murata Science Foundation
19世紀末における監獄のグローバルネットワーク:
万国監獄会議を媒介とする日本の国際参加とその意義
The 19th Century Global Prison Network: Japan's International Participation Through the
International Penitentiary Congresses and its Global Historical Significance
H26海人01
派遣先 ヨーロッパ日本研究協会第14回大会(スロヴェニア・リュブリャナ)
期 間 平成26年8月25日~平成26年8月31日(7日間)
申請者 九州大学 人文科学府歴史空間論専攻 日本史学分野
博士後期課程3年 赤 司 友 徳
ともあり、過去最高の規模(報告者だけで800
海外における研究活動状況
人程)となったという。社会学、言語学、文学、
研究目的
美術、考古学、メディア学、経済、政治、歴
本研究は、19世紀半ばに始まった万国監獄
史、哲学など実に多様な14のセクションに分
会議(the International Penitentiary Congress、
けられ、その中でそれぞれ10前後のセッション
以下IPC)という監獄改良を国際的な連携のも
があった。報告者は歴史部門「Japan in World
とで推進するネットワークに、日本がいかにし
History」中で、
「長い19世紀における日本と世
て参加し、その場をどのように活用したのかを
界秩序」と題したパネルを四人の報告者で組
検討するものである。従来の研究では日本がド
み、そこで報告を行った。
イツの監獄制度を受容したことが強調されてき
たため、国際的な監獄改良の動きやIPCにほと
2.発表の概要
んど関心が示されることはなかった。そこで本
本報告では、19世紀半ばに始まったIPCとい
研究は、アメリカとドイツに留学した二人の日
う監獄改良を国際的な連携のもとで推進する
本人を題材に、当時の国際社会における監獄
ネットワークに、日本がいかにして参加し、そ
改良のネットワークを明らかにすることを目的
の場をどのように活用したのかを検討した。
とした。
19世紀以降、国家を超えた人口移動や交流
が日常化したが、このグローバル化によって生
海外における研究活動報告
じた重要問題の一つが、犯罪者を収容する監
1.学会の概要
獄の制度を、人権問題にも配慮しながらどのよ
今回参加したヨーロッパ日本研究協会大会
うに国際化・普遍化していくかであった。IPC
(European Association for Japanese Studies)は
はそうした課題を解決するために設けられた国
3年毎にヨーロッパ内の各大学を持ち回りで開
際会議である。1872年のロンドン会議を第1回
催される学会である。年々大会参加者の数は
として定期的に開催されるようになった。日本
増加し、近年は日本からの参加者が増えたこ
は当初から注目しており、IPCへの参加を前提
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Annual Report No.29 2015
に監獄制度を作っていたが、日本が初参加し
の文通を取り上げ、留岡の積極的な人的ネッ
たのは1895年のパリ会議からである。この頃ま
トワーク形成の過程とそのネットワークの広が
でにはIPCへの参加国と参加者は増大し、1900
りを指摘した。留岡の人脈は小河滋次郎や彼
年ブリュッセル会議には清国やシャムといった
の同志社の後輩らとも共有されただけでなく、
他のアジアの国が参加するなど、ますます「万
ミッターマイヤーも活用した。日本の監獄改
国」に近づいた。
良に強い関心を抱き、自らのネットワークに留
先行研究では、ドイツ監獄学の日本への影
岡を組み込もうとしたのである。
響を強調するあまり、これまで19世紀における
続いて小河滋次郎の活動を分析した。小河
監獄改良の国際的な動きにはほとんど関心を
はパリ会議参加を果たし、各国の監獄関係者
示されたことはなく、IPCについても紹介以上の
と議論を行い、交流を深めた。その後のドイ
検討がされたことはない。しかし国際社会にお
ツ留学中もパリ会議で得たネットワークを駆
ける監獄ネットワークとそれへの日本の参加状
使して交流を深めた。その間に小河は留岡と
況を見なければ、そもそもなぜ日本がドイツ監
盛んに文通を行い、彼らの海外の知人を紹介
獄学を受容するに至ったのかがわからないので
し合いながら彼らのネットワークを一つにして
ある。
いった。上述の通り、この状況は雑誌上の海
そこで本報告は、1895年パリ会議の時期に
外通信欄で公開し、雑誌の読者である監獄関
欧米留学中の二人の日本人に注目した。その
係者に情報提供と教育を同時に行い、かつ今
一人は1890年頃から監獄行政を主導した小河
後目指す行政の方針を示した。
滋次郎であり、もう一人は北海道集治監教誨
本報告の分析によって、日本の監獄制度は
師を経て後に未成年者の感化事業に尽力した
国際的な監獄改良の動きの中で形成されたこ
留岡幸助である。留岡は多くの書翰や日記を
とが確認された。監獄のグローバルネットワー
記し、あるいは雑誌に頻繁に投稿した。また
クというものが形成される中で、日本もこれに
小河も留学中に認めたものを多く雑誌上で公
積極的に加わったのである。留岡と小河の二
開した。興味深いことに、彼らの研究状況や
つのネットワークが一つになっていく様子は、
交流の様子は監獄雑誌の海外通信欄で逐一紹
次のことを意味する。すなわち日本が自らの監
介された。よって本報告はこれらの史料を手
獄改良を進める上で、IPCとそこを媒介する人
がかりに、小河と留岡の構築したネットワーク
と情報のネットワークを資源として活用しよう
を主に分析した。
とした過程だったと言える。
まずは留岡の米国留学時代のネットワーク
について検討した。留岡は同志社神学校時代
3.学会の成果
の恩師であるアメリカ人牧師ゴードンの紹介に
報告者は近代化が進み既存の秩序と認識が
よりニューヨーク監獄協会を拠点としながら
変容していくなかで、新たに発生してきた社会
研究を行った。ここを通じたコネクションを利
問題の一つとなった監獄に目を向けたものであ
用しながら米国内の各刑事施設を見学し、ま
る。前近代には人間の往来が厳しく制限され
た欧米の監獄関係者や刑法学者との繋がりを
ていた列島地域が外界に開かれたことで、19
持った。その一例として本報告では、ドイツの
世紀後半には国家を超えた人口移動や交流が
刑法学者ヴォルフガング・ミッターマイヤーと
日常化したが、このグローバル化によって生
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じた重要問題の一つが、犯罪を犯した人間を
たことに驚きと関心が集まり、報告した他にど
収容する監獄の制度を、人権問題にも配慮し
のような交流があったのかなどの質問があった。
ながらどのように国際化・普遍化していくかで
また多分野の万国会議-例えば、通信・衛生・
あった。本報告ではIPCに関わった日本人の史
刑法・議会等-にも話が及び、19世紀におけ
料から日本の監獄改良の展開を明らかにする
る万国会議の多様性と各分野のグローバル化
ことを目的とした。
が予想以上に進んでいることが話題となった。
こうした視座は大会の歴史部門「J a p a n i n
こうした新たな議論を喚起したことも、本報告
World History」の趣旨とまさに合致するもので
の成果と言える。最後に本大会の派遣につき
あり、多くの聴衆の耳目を集めた。ディスカッ
援助をいただいた村田学術振興財団には深く
ションでは、人的ネットワーク形成を主として
感謝の意を表したい。
文通によってのみ明らかにする手法に批判が出
この派遣の研究成果等を発表した
たものの、世界と日本の関係性において監獄
著書、論文、報告書の書名・講演題目
を視座とする点、また監獄改良の動きが単な
今回の成果は現在のところ未発表であるが、博士論
る欧米中心のものではなく、真に「万国」であっ
文の一部として今後発表する予定である。
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