オバマ政権の 国際競争力強化政策の到達点と課題 田 村 Ⅰ 問題意識と現地調査の概要 産業研究所では 2010 年度から 3 カ年 計画で金融・経済危機後のアメリカ経済の 動向をテーマとする共同調査研究プロジ ェクトを開始した。具体的には、①金融・経 済危機の実態と原因、②政府の経済政策 とその効果、③関連する経済制度改革の 進展と産業の競争力回復、等々を検討課 題としている。 本プロジェクトにおける筆者の担当領域 は、産業政策である。アメリカでは、特定 産業・企業への直接的な支援という意味 での産業政策は忌避される傾向が伝統的 に根強いが、産業競争力を強化するため の政策が時代毎に―とりわけ 1980 年代以 降―採られているのが実態であり、2000 年代半ば以降になると、イノベーションを いかに促進するのかが一大焦点となって きた経緯がある。それでは、金融・経済危 機後に発足したオバマ政権は、この産業 政策の領域において、どのような政策を展 開しているのだろうか。また、2012 年 11 月 に大統領選挙を控え、その到達点と課題 をどのように評価したら良いだろうか。これ らが本プロジェクトにおいて私が検討した いと考えている論点である。 上記のような論点を検討すべく、 2011 年度 3 月に現地調査(ワシントン D.C、 考 司 2012 年 3 月 6~10 日)を行った。今回は、 科学技術振興機構と新エネルギー産業技 術総合開発機構のワシントン事務所を訪 問し、オバマ政権の政策動向についてヒ アリング調査を行った。両機関ともアメリカ の産業政策の最新動向について絶えずウ ォッチされており、私も日常の研究におい て資料を頻繁に参考させていただいてい るが、この両機関へのヒアリング調査を通 じて、多くの知見を得ることができた。本稿 では、この調査結果を踏まえて、オバマ政 権の国際競争力強化政策の到達点と課 題について現時点で考えていることを報 告したい。 Ⅱ オバマ政権の国際競争力強化政策 金融・経済危機の渦中に発足したオバ マ政権の最大の課題は、景気対策・金融 安定化対策とならざるをえなかったが、国 際競争力強化に向けてイノベーションを 推進する政策を着々と実施してきている。 それらの中で、政権の基本的なスタンスを 最も包括的に示しているのが「イノベーシ ョン戦略」である。この政策文書は大統領 府と国家経済会議、科学技術政策局によ って共同作成され、2009 年 9 月に発表さ れている(なお、その後の進展を踏まえて 新たな内容が加わり、2011 年 2 月に改定 産研通信 No.84(2012.7.31) されている)。 この「イノベーション戦略」で注目される 点は、1990~2000 年代のようなバブルに 依存した経済成長は限界であるという認 識が明確に述べられていることである。例 えば、バブルに依存した成長は、景気変 動を激しくする、所得格差を広げた、教育 やインフラなど持続可能で広く共有される 成長のために必要な分野に対する投資不 足を招いた、といった問題点を挙げている。 その上で、持続可能な成長の新たな土台 として、イノベーションを位置付けているの である。 「イノベーション戦略」では、具体的施策 として、①イノベーションの構成要素への 投資、②市場主導でイノベーションを促進 するための条件整備、③国家的優先課題 に対処するためのブレークスルーの誘発、 の 3 つの柱を掲げているが、これらの内容 は、基本的には、2000 年代半ば以降のイ ノベーション重視の産業政策の延長線上 にあるものと言って良いだろう。2000 年代 半ばには、オフショアリングの進展を背景 に、多数の機関からイノベーションによる 国際競争力強化を提言する報告書が発 表されるようになり、それを受けて政府・議 会の側でも、2006 年にはブッシュ政権から 「競争力イニシアチィブ」が発表されるに 至り、議会でも 2007 年に「米国競争力法」 が成立している。いずれも研究開発費の 増額、教育の充実を目指しているが、その 方向性は「イノベーション戦略」にも継承さ れており、金融・経済危機の前後でイノベ ーション重視の政策に変化は見られない ことが分かる。ただし、オバマ政権の特色 として、クリーンエネルギーや先進製造像 支援、バイオテクノロジーなどの新機軸を 打ち出している点が挙げられる。特に、クリ ーンエネルギーに関しては、景気対策の 中でも様々な措置が講じられており、アメ リカ経済を牽引する役割を期待しているこ とが見受けられる。 Ⅲ 到達点と課題をどう見るか それではオバマ政権の「イノベーション 戦略」の到達点と課題をどのように見たら よいのだろうか。筆者は、2000 年代半ば 以降のイノベーション重視の政策の台頭 をグローバリゼーションの進展と関連づけ て考えてきたが、オバマ政権下ではさらに 次のような意味が加わってきているのでは ないかと考えている。すなわち、バブルに 依存した成長構造の決定的な破綻を受け て、アメリカが経済再生を進める中長期的 な展望として、イノベーションの推進による 実体経済の強化を打ち出さざるをえなくな ったということである。例えば、2011 年の一 般教書では、“未来を勝ち取る”というスロ ーガンを掲げて、「イノベーション戦略」そ のものが述べられており、経済政策の中 心に据えられるようになっている(ただし、 2012 年一般教書演説では、イノベーショ ン重視の姿勢は若干トーンダウンしている が、それでも「イノベーション戦略」で掲げ た政策は継続されている)。したがって、 「イノベーション戦略」の到達点は、2000 年代半ば以降のイノベーション重視の政 策が本格的に位置付けられるようになった ことだと言えよう。 しかしながら、オバマ政権の「イノベーシ ョン戦略」はこれまでの所、顕著な成果を 上げているとは言い難い。第 1 に、クリーン エネルギー、先進製造業支援、バイオエ コノミーなど新機軸を打ち出しているもの の、全体として、その有効性は未知数であ る。例えば、オバマ政権の“グリーンニュー 産研通信 No.84(2012.7.31) ディール”の象徴であったソリンドラ社(太 陽電池メーカー)は、連邦政府から融資保 証を受けながら、中国メーカーとの競争激 化の中で、2011 年 8 月に経営破綻してし まった。ソリンドラ社以外にも、クリーンエネ ルギー関連のアメリカ企業が相次いで破 綻しており、オバマ政権の新機軸は決して 雇用を順調に創出しているわけではない のである。失業問題が深刻であることから、 イノベーションのためのあらゆる取り組み に雇用創出が期待されているが、即効性 は期待できないであろう。 第 2 は、「イノベーション戦略」の実現を 妨げる制約条件の存在がある。周知のよう に連邦財政は非常に厳しい状況にあり、 そうした中にあって、研究開発予算はそれ なりに確保されているものの、今後の大幅 な増額は難しいと思われる。また、連邦レ ベルの気候変動対策が成立しなかったよ うに、政治的にも、共和党保守派を中心と する勢力の抵抗がある。 以上、オバマ政権は、経済再生に向け てイノベーションの推進を位置付け、新機 軸を打ち出して政策を展開しているが、顕 著な成果を上げることができておらず、し たがって、雇用不安やグローバルインバラ ンスなどアメリカが長年にわたって抱え込 んできた構造問題を短期的に解決するこ とも困難であろうと思われる。実際、2012 年 1 月に発表された商務省報告『米国の 競争力とイノベーション能力』でも、研究開 発、教育、インフラ整備への連邦投資を怠 ったことが競争力を減退させていると結論 づけており、2000 年代半ば以降から状況 はさほど好転していないことを示している。 国際競争力の強化が政策課題となった時 期があった。1980 年代の場合、製造技術 の向上や生産システムの刷新が産業政策 上の焦点となったが、2000 年代にはイノベ ーションのための基礎研究投資の拡充、 教育による人材育成へと変化しており、こ の 20 数年間の経済環境の変化に応じた 産業政策が展開されているといえる。他方、 イノベーションによる国際競争力強化とい う課題はアメリカ一国だけに止まらず、他 の先進国(一部の新興国)にも共通となっ ており、そのことは 1980 年代と比べた時の 特徴的な変化といえる。こうした意味からも、 アメリカのイノベーション重視の産業政策 が今後、どのように展開していくのかどうか 注目される。 プロジェクトは今年度、最終年度に当た っており、残りわずかの期間となったが、 引き続きオバマ政権が打ち出したクリーン エネルギーや先進製造業支援などの新機 軸の面を掘り下げて考察していきたいと思 っている。 おわりに 周知のようにアメリカでは 1980 年代にも 産研通信 No.84(2012.7.31)
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