植物プランクトンが関わる自然起源エストロゲン暴露シナリオの評価 滋賀県大・環境科学 ○大倉英也, 山田祐輝, 肥田嘉文 Evaluation of a natural estrogen exposure scenario that involves algae, by Hideya OOKURA, Yuki YAMADA, Yoshifumi HIDA (School of Environ.Sci., The Univ. of Shiga Pref.) 05 栽培期間 300 06 栽培期間 hERα med ERα SS 200 導入 150 藍藻 緑藻 珪藻 渦鞭毛藻 取り上げ 100 導入 取り上げ 50 100 池干し 0 0 6 8 10 12 2 2005 | 2006 4 6 8 エストラジオール活性換算値 (ngE2/l) SS (mg/l) , 細胞容積 *10 9 (μm 3) 3 結果と考察 調査地 T の植物プランクトンとエストロゲン活性 調査地 T の栽培期 (A) 放流栽培魚(05.10-11 月) (B) 琵琶湖追跡調査(05.12-06.3 月) (放流量比 24%) 頻度 (%) 頻度 (%) 頻度 (%) 頻度 (%) 頻度 (%) 100 100 100 ♂ 80 80 80 n=122 n=52 n=104 60 60 n=11 60 40 40 40 20 20 20 0 0 0 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 100 100 0 2 4 6 8 100 100 ♀(%) GSI (%) GSI (%) GSI GSI (%) 80 80 80 n=64 n=102 80 n=45 n=20 60 60 60 60 40 40 40 40 20 20 20 20 0 0 0 0 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 0 2 4 6 8 GSI (%) GSI (%) GSI (%) GSI (%) 調査地T 他調査地 天然魚 (0+) 栽培魚 (0+) 100 80 60 40 20 0 頻度 (%) 頻度 (%) 1 目的 リスクコミュニケーションの失敗事例に挙げられる内分泌撹乱影響に 対する社会の混乱は沈静化したと言える。一方で、特に生態影響の問 題の全体像は未だ示されておらず、問題の真の解決に向けて、過去 の誤った危険情報を払拭し得る具体的根拠の提示が望まれる。 我々は植物プランクトンが過剰繁茂しているニゴロブナ栽培池の高 エストロゲン活性に注目し、その主因が懸濁物質 (SS) として存在す る植物プランクトンにあることを、現地調査および培養藻類実験により 明らかにした。また、そこに生息する雄ニゴロブナ精巣にエストロゲン 作用によると考えられる成熟抑制を認めた。本研究では、植物プランク トンのエストロゲン活性についてさらに詳細な検討を試み、また、その 生物学的意味を栽培魚と琵琶湖天然魚との比較により考察した。 2 方法 主調査地の概要 滋賀県のニゴロブナ栽培事業 (6~11 月) が行 われている 4~5 地点 (調査地 T・O・Y・S、A は 2006 年のみ) で調査 を行った。稚魚を導入後、主に、植物性 (大豆) 油かす類を 18~22% 含む市販飼料 E が給餌された。 水質調査 (1) 現地調査および一般水質: 調査地Tでは 2005 年 6 月より 2006 年 10 月まで栽培期間外も通じて 1 週間に 1 回、他調査地 では栽培期間のみ月に 1 回、さらに琵琶湖流出水を 2 週間に 1 回採 水した。水温は自記記録し、現地でEC、DO、ORPを測定した。調査項 目はpH、SS、窒素、リン濃度、発光細菌毒性試験である。調査地Tで は月に1回~週に1回、動植物プランクトン調査を行った。結果は、同 定した種の細胞数を基に、一瀬らの方法1)に従い細胞容積 (生物量) として表した。(2) エストロゲン活性の評価: ヒトおよびメダカのエストロ ゲン受容体遺伝子を導入した 2 種の酵母ツーハイブリッド・アッセイ法 (hERα,medERα試験系) を用いた2)。hERα試験系は内因性エストロ ゲンに、medERα試験系は外因性エストロゲンに対して高感度であり、両 試験系の併用でエストロゲン活性総量および質の評価を行った。 ニゴロブナ調査 (1) 栽培魚調査: 栽培魚の放流時 (10~11月) に、 各調査地につき約 30 尾を調査した。また、生殖腺の経時的な発達過 程を調べるため 8~11 月において数地点で調査を行った。(2) 琵琶湖 における追跡調査: 耳石標識が 100%なされている 2005 年度栽培魚 (0+)の追跡調査および天然魚(0+)との比較を行った。琵琶湖北湖にお ける沖びき網漁 (水深 50~80 m) で混獲されたニゴロブナを、2005 年 12 月~2006 年 3 月にかけて月に 1 回の頻度で、2 地点で約 60 尾ず つ調査した。年齢は外観および生殖腺の成熟度、および鱗紋から特 定した。また、形態的特徴からフナの 3 亜種を判別し、さらに形態的に 類似するニゴロブナとギンブナは血球径の観察により同定した。 調査項目は、体長/全長、体重、血中ビテロジェニン濃度、生殖腺体 指数 (GSI) 、肝膵臓体指数 (HSI) 、性別である。 (放流量比 76%) 図 2 栽培ニゴロブナ(A)と琵琶湖ニゴロブナ(B)の GSI 頻度分布 間では、2006 年度においても過去 3 年と同様に顕著に高い medERα 活性 (40 ngE2/l) が認められ、他調査地は琵琶湖流出水 (3.4 ngE2/l) と同レベル (3.0~5.3 ngE2/l) であった。hERα活性はそれぞれ 1.9, 0.2 ngE2/l と低値であった。 調査地 T では池干し直後に、ほぼ 100 %緑藻が優占して medERα 活性の上昇が見られた (図 1) 。その後、稚魚が導入されると 8 月にか けて藍藻が優占するようになり、活性は 9 月 4 日に 73 ngE2/l まで達し た。9 月下旬には植物プランクトン、活性ともに減少したが 2005 年と異 なり、10 月に入って藍藻、緑藻ともに再び増加し、活性は取り上げ直 前に栽培期間中最高値の 98 ngE2/l となった。エストロゲン活性と SS の 経時変動はおよそ一致したものの、植物プランクトン生物量、総細胞 数の変動とは完全には一致せず、これには植物プランクトン種による エストロゲン活性の相違、あるいはエストロゲン寄与物質の細胞内での 極在等が関与していることが推察された。 ニゴロブナ調査 栽培魚が摂取する市販飼料と、藍藻や緑藻が有 する medERα活性を実測値で比較すると、0.5~6.1 および 99~230 μgE2/kg (調査地 T の栽培期間中の SS は 450 μgE2/kg) であった。 これより、後者が天然魚が通常受けているエストロゲン作用の暴露レベ ルで、栽培魚はそれを大きく下回るレベルの餌料を摂取している、と みなすことができる。調査地 T を除く他調査地では、雄の GSI 分布は 4 ~5%がピークであった。また、この GSI の増加は 10 月になって生じる ことを確認した。一方、調査地 T では、ピークが 0~1%と低値に偏って いた (図 2.A) 。これは、調査地 T の栽培魚が高いエストロゲン活性を 有する植物プランクトンを栽培期間を通じて相対的に多く摂取すること で、精巣の成熟抑制が生じたものと考えられた。さらに、追跡調査によ り栽培魚 (調査地 T を含む全調査地からの放流魚) および天然魚の GSI 分布を調べた結果 (図 2.B) 、調査地 T の栽培魚に見られた生殖 腺発達の現象が特異なのではなく、むしろ天然魚に近い特徴であるこ とがわかった。このことは、植物プランクトンが過剰繁茂していた調査 地T の栽培魚と、自然環境下においてプランクトンを摂取して成長した 天然魚が、類似するホルモン環境下にあったことを示唆している。 4 結論 水環境中で普遍的に存在する低次栄養段階の植物プランクトンが 有するエストロゲン活性は、水環境中のバックグラウンドレベルとして 魚類の生殖腺発達に一定の役割を果たしていると推察される。この知 見は、自然環境中における内分泌撹乱影響の「評価基準」の提起と、 内分泌撹乱問題解決に向けた議論の出発点の提供を意味する。 10 (月) 図 1 調査地 T の植物プランクトン生物量とエストロゲン活性 参考文献 1) 一瀬 諭他, 滋賀県立衛生環境センター所報, 30, 27-35 (1995) 2) 白石不二雄, 環境化学, 10, 57-64 (2000)
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