第一原理計算で探るエピタキシャル力を利用した アニオン配置制御と

第一原理計算で探るエピタキシャル力を利用した
アニオン配置制御とイオン伝導性増大の機構
岡 真悠子 ・ 神坂 英幸
東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻
First-principle investigation of the control of anion ordering
and the enhancement in ionic conduction by epitaxial strain
Mayuko OKA, Hideyuki KAMISAKA
Department of Chemistry, School of Science, The University of Tokyo
パルスレーザー蒸着法(Pulse Laser Deposition = PLD 法)を使って基板上に生成した結晶薄膜
は、基板表面との格子不整合が原因となって、通常のバルク相では生じえない高い歪み(エピタキ
シャル歪み)を持っている。この歪みがもたらす様々な新奇物性発現がこれまでに報告されており、
今なお活発な物質探索が試みられている。我々の研究グループでは、エピタキシャル力が薄膜に
もたらす効果を、実験および理論的手法を用いて研究している。
そのうちの一つは、エピタキシャル力による酸窒化物のアニオン配置制御である。ペロブスカイト
系は、よく知られるように様々な物性発現の宝庫だが、既存の研究は主に金属原子の組み合わせ
をターゲットとしている。
そこで我々は軽元素置換した酸窒化物 SrTaO 2 N 系に着目し、エピタキシャル歪みがもたらす
O/N 配置のオーダーと物性発現について調べた(実験は岡、廣瀬らとの共同研究[1])。第一原理
計算によって、SrTaO 2 N 系ではエピタキシャル歪みによって O/N 配列をコントロールしうること、さら
に強誘電性の発現機構として O/N 原子の trans 配置を議論した。更に従来の構造モデルでは、カ
ソードルミネッセンス測定によるバンドギャップ値が再現できず、八面体の回転を含む詳細な構造
最適化によって、実験との対応が得られることを示した。この系に関し、現在は Raman スペクトル
の計算を試み、さらなる傍証を得ようとしている。
他のテーマとして、薄膜界面での超巨大イオン伝導(colossal ionic conduction)に取り組んでい
る。2008 年 Garcia–Barricanal らは、SrTiO 3 /イットリア安定ジルコニア(Yttrium-stabilized Zirconia;
YSZ)界面において、従来の 10 8 倍ものイオン伝導が観測されたと報告した[2]。YSZ は固体酸化物
形燃料電池に用いられ、この報告は工学的にも重要である。しかし実験上の問題や困難さから、
この報告の真偽を巡り、いまなお論争が続いている。
我々は、第一原理計算 MD シミュレーションを用いて、この系のイオン伝導の微視的解明を試み
ている。これまでに Zr 72 O 144 からなる単位セルを構成し、さまざまに構成を変化させ(格子定数の変
更、酸素欠損やイットリウムの導入)、 T = 2000K でのシミュレーションを行った。その結果、1) 既存
の理論研究による報告は初期構造の生成に問題があること、2) イオン伝導の増大はエピタキシ
ャル歪みだけでは説明出来ず、複数の酸素欠損及び Y イオンが関与していること の 2 点を明らか
にした。特に 2)は、従来の YSZ イオン伝導機構の理解に再考を迫る重要な知見だと考えている。
我々のシミュレーション結果では、複数の酸素欠損の導入によって、単なる酸素欠損数への比例
以上のイオン伝導性増加が見られる。これは、欠損が酸素イオン伝導を媒介する役割に留まらず、
酸素副格子構造に変化をもたらすことが原因と推測される。副格子の変形は、欠損だけでなくドー
パントによっても生じうる。従来、イットリウムなどのドーピングの効果は、a) ZrO2 の立方構造の安
定化 および b) ZrO 2 中への酸素欠損の導入 の 2 点から解釈されてきた。今回の結果は、上記 2
点に加え、結晶構造に乱れを導入するアプローチを示唆する。この効果には、エピタキシャル歪み
との相乗効果も確認出来る。この視点に立ち、エピタキシャル歪みに軽元素置換を組み合わせ、
従来の限界を超える高いイオン伝導を実現できないか、模索を続けている。
[1] D. Oka, Y. Hirose, H. Kamisaka, T. Fukumura, K. Sasa, S. Ishii, H. Matsuzaka, Y. Sato, Y.
Ikuhara, T. Hasegawa , Sci. Rep., 4, 4987 (2014).
[2] J. Garcia-Barriocanal, A. Rivera-Calzada, M. Varela, Z. Sefrioui, E. Iborra, C. Leon, S. J.
Pennycook and J. Santamaria, Science 321, 676 (2008).