栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) 重点研究 水熱処理による重金属フリー無機顔料の合成(第2報) 金田 健* 加藤 栄* Synthesis of Heavy-metal-free Inorganic Pigment by Hydrothermal Treatment (2nd Report) Takeshi KANEDA and Sakae KATO 水熱処理による環境負荷の小さな無機顔料の作製法の実現を目指し,ウルトラマリンと同様の硫黄含 有アルミノケイ酸塩系顔料の多色化について検討を行った。種々のハロゲン元素を添加しての水熱合 成・加熱処理を行い色の変化を観察した。ヨウ化ナトリウムを加えた系から橙黄色を持つ顔料が得られ, その色調を分光測色結果から L*a*b*表色系における b*の値で評価した。ヨウ化ナトリウム量,加熱温度 を検討した結果,L*:86.4, a*:1.89, b*:15.4 を持つ試料が得られた。 Key words: 1 無機顔料,ウルトラマリン,ゼオライト,水熱合成 はじめに ウルトラマリンに類似したイオウ含有アルミノケイ酸 無機顔料は,有機顔料に比べ耐候性,耐熱性に優れ 塩系顔料を排出ガスのない水熱法を用いることで作製 ることから耐久性が必要な屋外用の塗料・インクなど できることを示した。水熱合成は,硫黄以外の元素を の色材として広く利用されている。しかし,カドミウ 均一に導入することが可能で,ソーダライト格子中の ムを含むカドミウムイエロー,水銀を含むバーミリオ 硫黄原子と添加元素の相互作用が期待できる。本研究 ンのほか有害重金属を含んでいるにもかかわらず,良 では前報に続き,水熱法による硫黄含有アルミノケイ 質な代替品がないことから現在も利用されているもの 酸塩系顔料作製法を検討し,ハロゲン元素の添加によ も多い。青色の無機顔料であるウルトラマリンの一般 る青以外の色調を持つ無機顔料の作製を目的とする。 組成は Na6Al6 Si6O24 ・Na2Sx(5>x>1)で表され,ソーダラ イト構造のβケージ(ソーダライトケージ)に入った硫 黄化合物が発色団となっている 1) 2 。ウルトラマリンは 研究の方法 原料のゼオライト A は東ソー株式会社「ゼオラム A-4」 他の顔料に比べ有害金属を含まない点で優れているも を用いた。製造に用いた過剰の水酸化ナトリウムが付 のの合成ウルトラマリンはカオリナイトなどの粘土鉱 着している可能性があり,蒸留水1L に 10g のゼオライ 物に硫黄,炭酸ナトリウムなどを混合し,焼成する固 ト A を加え,吸引ろ過を行うことで洗浄した。ろ過後, 体加熱反応により得られ,高温と長時間をかけて工業 40℃の乾燥機で乾燥させ用いた。 2) 。合成ウルトラマリンは,さら 所定量の硫化ナトリウム九水和物をフッ素樹脂製容 に塩化アンモニウムを添加して約 250℃に加熱するこ 器にはかりとり,少量の蒸留水を加え加温溶解後,さ とでウルトラマリン・バイオレット,塩化アンモニウ らに蒸留水を加え,50ml の硫化ナトリウム水溶液を調 ム,硝酸アンモニウムを加えて約 200℃で数時間加熱す 製した。1.0g のゼオライト A,必要量のハロゲン化ナ ることで,ウルトラマリン・レッドを作製することが トリウムをフッ素製密閉容器に入れ,そこに硫化ナト 的に合成されている できる 3) 。ウルトラマリンは青色ウルトラマリンの発 リウム水溶液を 10ml 加え,軽くかくはんし,所定温度 - - で所定時間水熱合成を行った。ハロゲン化ナトリウム - については,ゼオライト A(Na 12[Al12Si12O48])からソーダ 色団は S3 ,紫色,赤色のウルトラマリンは S3 のほかに 赤色の S4 分子が存在していること,黄色の S2 を含むこ 4) 。ウルトラマリ ラ イ ト (Na8[Al6Si6O24]Cl2)を 合 成 す る の に 要 す る ハ ロ ンにはこのようにソーダライトケージの中に含む硫黄 ゲンの理論等量を 1.0 として,量論比 0~1.0 について 化合物の酸化数を変化させることで多色化を実現して 合成を行った。 とで緑色になることが知られている いる。前報 5) では,ソーダライトと同様にソーダライ 水熱合成で得られた前駆体約 0.1g を電気炉で加熱し トケージを構成単位として持つゼオライト A などから, た。加熱の条件は 10℃/min で所定温度まで加熱し, 10 * 分間保持した。 栃木県産業技術センター 材料技術部 - 70 - 栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) 試料の結晶構造は粉末 X 線回折法(XRD) (理学電機, では 1000℃の加熱が必要であり,いずれの試料もそれよ RINT-2550H)により調べた。生成物の色は積分球ユニッ り低い温度では青色を示す傾向が見られた。加熱温度 トを設置した分光光度計(日本分光株式会社,V-670)を 1000℃において b*は量論比 0.5 前後で最大になり,適切 用い,試料を微量粉末セルに詰めて反射光を測定した。 なヨウ素/硫黄比があることを示唆している。b*は量論 発色の程度を L*a*b*表色系での b*の値で評価した。+b* 比 0.6,1000℃で加熱した試料で最大になり,このとき は黄色方向,-b*は青色方向を表し,絶対値が大きいほ L*:86.4, a*:1.89, b*:15.4 であった。 ど色鮮やかであることを表す。 NaF NaCl NaBr NaI 10 3 結果及び考察 0 b* 図1に得られた前駆体試料の XRD パターンを示す。ど の試料もソーダライト構造を示しており,ハロゲン元素 -10 を添加して合成してもソーダライト構造に変化するこ とがわかる。前駆体の色はどの試料も白色であったが, -20 900℃に加熱した試料から,青色に変化した試料と黄色 0 に変化した試料が得られた。生成物の b*を図2に示し 0.2 0.4 0.6 0.8 1 量論比 た。フッ化ナトリウムを添加した試料はその添加量によ 図2 らず青色で,b*もほぼ横ばいであり,フッ素イオンがソ ーダライトに取り込まれていないことがうかがえる。塩 各ハロゲン元素の量論比と b*の関係 (加熱温度:900℃) 1100℃ 1000℃ 900℃ 700℃ 20 化ナトリウム,臭化ナトリウムの場合,添加量が増える 10 と b*は 0,つまり白色に近づいた。ソーダライトケージ b* 中に塩化物イオン,臭化物イオンの占める割合が増加 し,青色の発色団である S3 - が生成しにくくなったと考 0 -10 えられる。一方,ヨウ化ナトリウム加えた系では,添加 量が増えるとともに b*が増加し白色に近づいたものの, -20 量論比 1.0 添加した試料は b*が 10 と黄みを帯び 0 ていた。そこで,ヨウ化ナトリウムの添加量,加熱温度 1 量論比 2 図3 各加熱温度におけるヨウ化ナトリウムの量論比 と b*の関係 について更に検討を行った。ヨウ化ナトリウム添加量を 量論比 0~2.0,加熱温度を 700~1100℃として実験を行 った結果を図3に示す。試料が黄色(b*が正の値)を示す 4 には量論比 1.0 以上では 900℃以上,量論比 1.0 未満 おわりに 青以外の色調を持つ硫黄含有アルミノケイ酸塩系顔 料の作製に取り組み,ヨウ化ナトリウムを添加した系か (a) NaF ら橙黄色を持つ顔料を得ることに成功した。市販品のよ うな顔料としての色調には足りないものの,新規顔料作 Intensity / a.u. (b) NaCl 製法としての可能性を見いだすことができた。 参考文献 (c) NaBr 1) "ゼオライトの科学と工学" 小野嘉夫,八嶋建明 編, 講談社サイエンティフィク,(2000) (d) NaI 10 20 30 Diffraction angle, 2theta / degree 2) 石田ら,窯業協会誌,90,234 (1982) 3) 石田ら,窯業協会誌,92,10 (1984) 40 4) A. Sidike et al., Phys. Chem. Minerals, 34 477 (2007) 図1 ハロゲン元素を添加し合成した試料の XRD パタ ーン(量論比:1.0) (a)NaF, (b)NaCl, (c)NaBr, (d)NaI 5) 金田ら,栃木県産業技術センター研究報告,No.11 - 71 - (2014)
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