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第 23 回木原記念財団学術賞
受賞研究紹介
名古屋大学・生物機能開発利用研究センター教授
芦苅
基行
圃場から研究室へ、そして再び圃場へ
人類が生きていくのに必要な食糧、中でもイネ、コムギそしてトウモロコシ
は世界 3 大穀物と言われ、この 3 種の植物だけで、人類が消費する全カロリー
の約 50%を供給していると言われています。これらの穀物は、もともと存在し
ていたわけでなく、それぞれの野生種から栽培化されたものです。野生種は、
種子が自然に落下する性質(脱粒性)や、種子がなかなか発芽しない性質(休
眠性)を保持しており、また雑草の様な草型および低い収量という、人が栽培・
収穫するのに好ましくない形質を沢山もっています。しかし、人類はこのよう
な野生種の中から、脱粒性・休眠性を消失した系統、栽培しやすい草型の系統、
より収量が高い系統を数千年かけて選抜し、現在利用している栽培種を生み出
すことに成功しました。イネは東アジアと西アフリカの 2 カ所で栽培化が起こ
りましたが、栽培化されたイネにおいて、選抜の結果として様々な変異が生じ
ていることから、野生種に比べ、沢山の遺伝変異を蓄積していると考えられま
す。
分子生物学の発展と共に、様々な形質を制御する遺伝子を特定することがで
きるようになり、栽培種に変異原処理して生まれた突然変異体を使った研究が
盛んに行われてきました。栽培種と突然変異体の比較に基づく研究手法は、遺
伝子の同定やその機能を明らかにするうえで大変有用な研究手法です。しかし、
少し考え方を変えると、そもそも栽培種は突然変異体と考えることが出来ます。
すなわち、野生種から栽培種になる栽培化の過程で沢山の自然変異を蓄積した
と考えると、栽培種は野生種に対して突然変異体と考えられるのです。栽培種
において、既に変異している遺伝子については、いくら変異原処理を行っても
新たな変異体は獲得できません。そこで、野生種(野生型)—栽培種(突然変
異体)と考え、野生種−栽培種間の自然変異(Natural variation)を比較する研
究をおこなえば、これまでの突然変異体を用いた解析では明らかにされていな
い形質やその遺伝子を見いだせる可能性があります。また、品種改良された様々
な品種同士を比較することでも有用形質遺伝子を解析できると考えました。
イネには約 20~21 の野生種と 2 つの栽培種が存在します。その中で、栽培種
に比較的近い近縁野生種 6 種が存在します。これらを研究の材料として扱いま
した。しかし、近縁野生種といえども、栽培種と直接比較するにはあまりに表
現型やゲノムが異なるため、様々な形質を支配する遺伝子を見いだすことは困
難です。そこで、染色体部分置換系統(群)を用いた解析が提唱されました。
染色体部分置換系統とは、ある野生種の染色体の一部を栽培イネの染色体と置
換した系統であり、染色体部分置換系統と栽培種とを比較することで、置換さ
れた野生種染色体に由来する形質変異や遺伝変異を明らかにすることができま
す。
アジアの野生種である O. rufipogon とコシヒカリの染色体部分置換系統群と
O. nivara とコシヒカリの染色体部分置換系統群を作出し、圃場に展開しました。
今回、着目した形質は芒(のぎ)と呼ばれるものです。芒とは、一部の単子葉
植物の種子の先端に発生する針状の器官で、オオムギやコムギ等の穀物の種子
の先端に見られます。イネにおいては、野生種には芒がありますが、殆どの栽
培種には芒がありません。芒は播種や収穫といった農作業を煩雑化するため、
栽培化の過程で取り除かれた形質と考えられています。コシヒカリには芒があ
りませんが、O. nivara は芒があります。コシヒカリの染色体部分置換系統群の
うち、第 4 染色体が部分置換した系統と第 8 染色体が部分置換した 2 系統で芒
が観察されました。すなわち、O. nivara には芒形成遺伝子が 2 つ独立に存在す
ることが明らかになりました。すなわち、アジアのイネ野生種から栽培種への
栽培化過程において、芒の喪失には 2 つの遺伝子の喪失が関わっていたことが
推測されました。一方、O. rufipogon とコシヒカリの染色体部分置換系統群の
観察したところ、第 4 染色体が部分置換した系統で芒が観察されましたが、第 8
染色体が部分置換した系統では芒が観察されませんでした、すなわち O.
rufipogon には芒形成遺伝子が1つだけ存在することが分かりました。2 つの結
果をまとめると、アジアで起こったイネの栽培化において、芒形質は 2 段階の
選抜が起こったことが推測されます。すなわち、もともと第 4、第 8 染色体に座
乗する芒形成遺伝子のうち、まず第 8 染色体の芒形成遺伝子の変異を選抜し、
次に第 4 染色体に座乗する芒形成遺伝子の変異を選抜することで、アジアの栽
培イネが芒を消失したと考えられます。
一方、アフリカの栽培種、O. glaberrima とアジアの栽培種コシヒカリの染色
体部分置換系統群を観察すると、O. glaberrima は芒を保持しないにもかかわら
ず、第 4 染色体が部分置換した系統と第 8 染色体が部分置換した 2 系統では、
芒が観察されました。この結果は、O. glaberrima は第 4 染色体と第 8 染色体に
座乗する芒形成遺伝子が機能しているにも関わらず、芒を消失していることに
なります。すなわち、第 4、第 8 染色体に座乗する芒形成遺伝子以外の遺伝子変
異を選抜することで、芒を消失したと考えられます。そこで、西アフリカにお
けるイネの栽培化において、芒消失の原因になった遺伝子の座乗領域を探査し
ました。その結果、第 6 染色体に O. glaberrima の芒喪失に関わった遺伝子が
座乗することが明らかになりました。このように、野生種と栽培種の染色体部
分置換系統群を観察するとことで、栽培種とその変異体では見いだせない表現
型とその遺伝子座、遺伝的相互作用が見えてくることがあります。
今回の講演では、芒を中心に説明しましたが、野生種と栽培種の部分置換系
統群をもちいることで、野生種が保持する様々な形態や性質(収量性の向上や
病害虫抵抗性)を明らかにすることが出来ます。野生種は収量がとても低いで
すが、野生種の染色体の一部が栽培種に導入されると、種子のサイズや穂の長
さ、種子の数が向上する例も見いだされています。
また、これらの研究で見いだされた収量増加に関わる遺伝子座や、病害虫抵
抗性遺伝子座など有用農業形質に関わる遺伝子座を実際の育種にしようと考え
ています。近年、アフリカではコメの需要が伸び、アジアからコメを大量に輸
入しています。アフリカにはコメを作っている国が沢山ありますが、これらの
国は独自にイネを改良する技術を保持しておらず、品種開発が遅れています。
そこで、日本で発見された有用農業形質遺伝子座を交配によって、アフリカの
品種に導入することや、世界でもっとも利用されているイネに導入することや、
乾燥や塩害や冷害に強いイネに導入した系統を作成しています。中には、試験
段階に入った系統もあり、近い将来、日本の植物基礎研究で明らかになった成
果をもとにイネの品種開発を行い、世界に無償分与したいと考えています。