附中研究紀要57_p.32-37 小谷雅彦

3
数学
「予習課題」を軸に生徒の「問い」を広げ深める授業の工夫
小谷
雅彦
本論の要旨
「予習」とは,次に学ぶことを先取りして学ぶ「先取り学習」を意味すると考える場合が多い。し
かし,本論における「予習」とは「先取り学習」ではなく,既習事項を活用することで解決できるよ
うな課題を予習として取り組ませることとしている。
授業のねらいに即した予習課題を取り組むことによって,「確かめたいこと」や新しい「問い」を授
業へ持ち込むことができる。昨年の取り組みでは,自らが抱いた「問い」や「疑問」を授業の中で交流
することが活発になった。また,生徒がより主体的に取り組み,数学的に考えたことを自分の言葉で説
明する力の向上につながったと考える。
本年度は,「予習課題」を他者との関わりの中で活かしながら学習を深めること重点をおいた。この
ことによって,仲間と交流するだけではなく,自分の「問い」を仲間に「問う」活動が活発化し,
「問う」
ことで自らの「問い」を解決する過程を明らかにできた生徒や,学んだ内容をより確かなものにし,自
分の考えを広げることができた生徒が増えるなど,この授業スタイルの良さが認められた。
キーワード
予習,既習事項の活用,反転学習,活用力,問い
1.研究主題によせて
聞いてみたい」につながり,学びが活性化した。こ
(1)はじめに
のことによって,論理的な考察を磨き合うことがで
中学校学習指導要領では,「問題を解決し,判断
し,推論するなかで, 学ぶことの意欲を一層高める
き,数学的な見方や考え方を更に伸ばすことができ
たと考えている。
とともに, 数学的活動に主体的に取り組むことや数
しかし,仲間の考え方と自分の考え方を交流する
学的な思考を活用し, 判断することができるように
ことにより,もともと自分がもっていた考え方と方
すること」を重要なねらいとしている。また,「数
向性は同じであるが,より深く考えている場合や,
学的な活動を通して」「数学的活動の楽しさを実感
異なる視点で考えていたりすることがある。このと
する」とし, 数学的な見方や考え方,数学的に処理
きに,仲間の考え方に新たな「問い」をもち,それ
したり表現したりする能力の育成を図ることをねら
を「問う」という活動が十分ではなかったと反省を
いとしている。
している。
この数学的な見方や考え方を伸ばすためには,問
この「問う」という活動は学習指導要領改定に当
題を解決する過程や学習内容において,自分の考え
たって充実すべき重要事項である,言語活動の充実
を深めるとともに,他者との関わりの中で多様な数
に直結しており,「自ら学ぶ力」の育成につながる
学的な見方や考え方に出会い,気付くことが大切で
ものといえる。解決したいと強く思い,そこから生
ある。つまり「他者との関わりの中で学ぶ」の中で
まれた「問い」は,自分だけでなく他者にとっても
気づいた新たな問いに対して,既習事項をいかに活
解決したいものであり,自分にとっても他者にとっ
用すれば,より効果的に解決に結びつけることがで
ても考える価値にあるものである。
以上の理由から,本年度は「問い」を「問う」と
きるのかを判断させることが大切であると考える。
そのため,昨年度は「学びの交流」を活性化させ
いうことの価値を実感する学び合いを模索した。
るために,予習を学習活動に取り入れた。生徒たち
は家庭学習として予習に取り組み,課題に対してい
(2)研究仮説
ろいろな考え方で解決しようとした。この予習から
教師のねらいと「予習」から出てきた生徒たち
出てきた多様な考え方を授業の中で交流することで
の「問い」とを融合させ,学習を展開させることが
新しい発見に目を輝かせる生徒も多く,多様な考え
できれば,生徒たちの表現力や思考力が高まり,学
方に触れることのよさを再認識することができた。
力の向上につながるであろう。また,次の「予習課
また,この「話したい」という気持ちが,
「もっと
題」への取り組む意欲につながるであろう。また,
数学 1
— 32 —
生徒の「問い」を軸に授業を展開することによって,
することで,身のまわりにある問題を解決する態
「自らの思考・判断をもとに,自分や他者に働きか
度を育てたい。
ける生徒」そして「他者との関わりを通して,自
分自身の考え方を見直し,さらに深め成長に向か
(3)学習目標
事象の中に1次関数として捉えられるものがあ
える生徒」の育成につながると考えている。
ることを知り,表,式,グラフを相互に関連付け
「予習」
て理解することができる。
自分 で課題に
1次関数を用いて具体的な事象を捉え説明する
つい て考える
「終末」
ことができる。
(4)評価規準
「導入」
課題解決「問う」こ
とによる課題解決
① 数学への関心・意欲・態度
「問い」を共有
様々な事象を1次関数として捉えたり,表,
考えを伝える
式,グラフなどで表したりするなど,数学的に
考え表現することに関心をもち,意欲的に数学
「展開」
を問題の解決に活用して考えたり判断すること
深く考 える。
ができる。
「問い」を
② 数学的な見方や考え方
「問う」
び技能を活用しながら,事象を数学的な推論の
数
1次関数についての基礎的・基本的な知識及
方法を用いて論理的に考察し表現したり,その
2.授業事例
過程を振り返って考えを深めたりするなど,数
学的な見方や考え方を身に付けることができる。
第2学年・連立方程式の利用
③ 数学的な技能
1次関数の関係を,表,式,グラフを用いて
(2)単元設定の理由
的確に表現したり,数学的に処理したり,2元
関数の学習については,これまでに生徒は,小
1次方程式を関数関係を表す式とみてグラフに
学校において,数量の関係を□,△,a,x 等を用
いて式に表し,それらに数を当てはめて調べ,変
表すことができる。
④ 数量や図形などについての知識・理解
化の様子を折れ線グラフで表し,変化の様子の特
事象の中には1次関数として捉えられている
徴を読み取ったりして,比例と反比例の関係につ
ものがあることや1次関数の表,式,グラフの
いて学習している。
関連などを理解することができる。
また,中学校第1学年では,具体的な事象にお
ける2つの数量の変化や対応を調べ,関数関係に
(5)指導と評価の計画(全17時間)
ついて理解し,比例,反比例を関数として捉え直
第1次
1次関数(10時間)
した。
第2次
方程式とグラフ(3時間)
第3次
1次関数の利用(4時間)
本単元では,具体的な事象の中から関数関係を
見いだし,表,式,グラフ等に関連づけて表すこ
とや,一次関数を利用して問題を解決することを
学び,伴って変わる二つの数量の変化の様子をよ
時程
学習活動
第1時 1次関数とグラフ(1)☆本時
第2時 1次関数とグラフ(2)
り深く捉えることを学習する。
この学習を通して,関数について理解を深める
とともに,関数関係を見いだし表現し考察する能
評価の観点
関 思 技 知
○
○
第3時 1次関数と実験
第4時 1次関数と図形
○
○ ○
力を養っていく。また,日常生活や社会には,関
数関係として捉えられる事象が数多く存在する。
(6)思考力・判断力・表現力を伸ばす方策
その変化や対応の様子を表やグラフ,思考ツール
①学習課題設定の工夫
・それぞれのプランの違いや特徴を把握し,ど
のプランが最も低価格で購入することができ
などをもとに相互に関連付けて予測・考察・判断
数学 2
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学
(1)対象・単元名・実施日
— 34 —
数
学
— 35 —
※表にしてみるとどうか。
ることができる。
【数学的な見方や考え方】
○4つのプランをまとめた4本のグラフを見 ★◆自分の考え方を根拠をもって説明させる。
てわかることは何か。
【数学的な見方や考え方】ワークシート
※このDプランはお得ではない。
・グラフを活用することの有用性とその意味を理
※グラフがあれば簡単に比べることがで
解させる。
きる。
まとめ
4 本時のまとめ
・事象をグラフなどを活用して,2つの数量のおよその変化の様子を比
・本時の学びを振り返
較することができる。またグラフを活用することは,より経済的な方法
り,自分の考えが変わっ
は何なのかを考えるときによい判断材料となる。
た点やさらに疑問に思う
点について記入させる。
(8)成果と課題
0枚買うごとに1枚無料でもらえる」条件において
①成果
は,式や表で表すことは困難であり,違和感を抱く
・「ずれ」や「違和感」を感じる課題を軸に,数学
ポイントとなった。この違和感が「問い」を「問う」
的な思考の高まりへ
原動力になったと考える。
生徒は「予習課題」(資料1)を表や式,グラフ
ここで多くの生徒が「グラフで表すとどうなるの
などを用いて解決してきた。授業では,予習で活
だろうか」と考えるようになった。しかし,お助け
用した方法が本当に有効であるかをさぐる全員共
カードと称したグラフ用紙(資料4)は,肝心なと
通の「問い」をもとに展開した。どの方法を活用
ころが描けないように設定してあり,グラフだけで
しようとしても一長一短があり,必ずどこかに不
も解決できないようにした。最後はグラフをもとに,
都合がおこる課題設定であったため,自分の「問
式を活用することで課題を解決することができた。
い」を仲間に「問う」活動が活発になった。
「問う」
つまり,「予習課題」での考え方を軸にすること
ことで自らの「問い」を解決する過程を明らかにで
で,表・式・グラフの一長一短を確認しながら,効
き,また,それぞれの解決方法(表・式・グラフ)
果的に活用することを実感することができる学習に
のメリット・デメリットもまとめることができ,学
つなげることができた。
習を深めることができた。
「予習課題」を効果的に授業に活かすためには,
生徒の取組の結果をある程度把握しておく必要が
あり,そのための時間の確保も必要である。
DプランがC
プランより安
くなるのは,
こ のあ た り 。
今年度の実践研究の中で,身の周りにあるような
題材を扱うことや,授業の中で生徒が「違和感」を
感じるような題材を用いて実践を行ってきた。本時
資料4
の取組においては,「予習課題」を(資料3)のよ
うにグラフで解決してくる生徒は少なく,式や表を
以上のことより,「予習課題」を軸に考えてきた
作成して解決する生徒が多かった。表や式で予習課
ことを交流することだけではなく,さらに発展する
題を解決した生徒にとっては,本時の課題である
「1
形で「予習課題」での解決方法だけでは解決に直結
5
—数学
36 —
しないような課題を授業の中で展開することによ
という生徒同士の主体的な学習活動の中から解決に
り,「問い」を「問う」活動,つまり,他者との関
向かうことができた。
わりの中で学びを深めることに成果が見られ,数学
的な思考を耕すことができた。
このように,「予習課題」に取り組むことを軸に
さらに追究してみたいことを考えることを,日常的
に取り組むことによって,課題を多面的にとらえよ
うとする習慣や違う解決方法を探る習慣がつき,
「問
・さらに追究してみたいことをさぐる習慣化
資料5は今年度1年生で取り組んだ「予習課題」
である。
い」を「問う」ことへの原動力になったと考えてい
る。
②課題と今後の展望
・「問う」ことに価値を実感する学びへ
「予習課題」を軸に「問い」をもつことを出発点
に「問う」ことを追究し実践してきた。しかし,生
徒が自発的に「問う」ことは簡単なことではい。自
分で解きたい気持ちもあれば,他者へ「問う」こと
への照れくささもあるからである。
今年度の研究で見えてきたことは,生徒は「問う」
ことで「問い」を解決する過程を明らかにしていっ
資料5
数
たが,そのことを通じて「問う」て良かった,と実
感することができる課題設定が大切であるというこ
「図形の作図」を学習した後に,コンパスと定規
とである。つまり,課題解決に向けて,生徒が何を
だけで作図することができる角度を探る
「予習課題」 「問う」のか,教師は何を「問(う)」わせたいの
かを明確にさせなければならい。そのことが不明確
<資料6>のよう
に,
であった。
次年度への課題は,課題解決に向けて教師が何を
①描けそうな角度
生徒に「問(う)」わせたいのかを明確にすること
を予想し,作図し
である。問題解決に向けて自分と他者との考え方の
てみる。
「違い」を「問う」のか,「共通点」を「問う」の
②予想の共通点を
か,「方法」を「問う」のかなど,「問う」ことを整
考える。
理し,生徒に何を「問わせる」ことで「問う」こと
ことを予習の内
容として取り組ま
の価値を実感する学びに繋がるのかを整理すること
でさらに研究を進めていきたい。
せた。
そして,授業の
資料6
中では,作図の方
【引用参考文献・参考図書】
法の交流と確認を
・『平成25年度
した後,③さらに
・小谷雅彦「予習から生まれる問いを広げ深める授
追究してみたいこ
業の工夫」,『滋賀大学附属中学校研究紀要第56
甲賀市教育研究所
研究紀要』
集』,滋賀大学教育学部附属中学校 p32~37
とを書かせている。
この実践では,「3の倍数と15の倍数の角度は
どうやら描けそうだ。」「では,15°や3°は描け
るのだろうか。」という「問い」をもとに授業を展
開することができた。「3°を描く」ことが争点と
・『こうすれば考える力がつく!中学校思考ツール』
文部科学省初等中等教育局教育課程教科調査官
田村 学
関西大学総合情報学部教授 黒上 晴
男 著 2年生数学 式の利用~カレンダーの不思
議~ p56~p61
なり,描くためには何が必要か。という「問い」か
ら
⇒正五角形が描けたら可能だ。→なんで?
⇒正五角形はどう描くの?
→ほんまや。
⇒先生に聞いてみよう。
数学 6
—
37 —
学
を設定した。