分子インプリント法によるバイオ分子認識表面の 創製

●人工臓器 ─最近の進歩
分子インプリント法によるバイオ分子認識表面の
創製
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻
深澤 今日子,石原 一彦 †
Kyoko FUKAZAWA, Kazuhiko ISHIHARA
介する。
はじめに
1.
特定の分子を認識する表面を有する材料は,医療・バイ
2.
分子インプリント法
オ関連分野において広く利用されている。例えば,疾病マー
分子インプリントの歴史は長く,1931 年に Polyakov が
カーの検出や診断を行う医療デバイスでは,血中から微量
報告した特異的な吸着挙動を示すシリカゲルが,分子イン
の標的分子を選択的に認識する表面が求められる。また,
プリントの概念を提案した最初の論文とみなされてい
タンパク質や細胞の機能解析を行う分析デバイスでは,混
る 3) 。現在のポリマー材料への分子インプリント法は,
合溶液中から標的分子の構造を変化させずに捕捉する表面
1970 年代より Wulf f や Mosbach らにより精力的に研究さ
が必要とされる。生体内で恒久的に埋め込んで使用する人
れてきた手法である 4),5) 。原理は,標的分子とそれに対応
工血管やステントにおいても,血中から内皮前駆細胞を選
する官能基を持つモノマーを共存させ,架橋剤を加えて重
択的に捕捉し,早期に内皮層を形成させる表面創製が行わ
合する。得られたポリマーから標的分子を取り除くことに
れている 1),2)
。
より,その分子に相補的な結合部位をポリマーネットワー
混合物から標的分子を選択的に認識するためには,高感
ク内に形成させるというものである(図 1)
。この手法は薬
度で信頼性のある表面創製が求められる。一般的に物質の
物やアミノ酸誘導体,農薬などの低分子に対して適用され,
選択的認識には抗原−抗体反応,基質−酵素反応,核酸の
すでにこれらを吸着するテイラーメイドアフィニティーカ
特異的複合体形成などバイオ分子の分子認識が利用され
ラムとして市販されている 6) 。一方で,タンパク質のよう
る。これらのバイオ分子を表面に固定することで,標的分
な高分子量のバイオ分子を標的分子とした場合,認識部位
子の選択的認識が効率よく行われる。一方で,バイオ分子
を構築することが困難であり,高い選択性を得るためには
は温度や pH といった外部環境の影響により構造が変化
多くの課題が残っている。これは,タンパク質の構造が柔
し,分子認識機能が変動するため使用条件が限定されると
らかく,また外部の環境によって変化することに起因する。
いう問題がある。そこで,バイオ分子のもつ分子認識機能
さらには,タンパク質特有の弱い分子間相互作用の集積で
を化学的に安定な合成ポリマーで再現する分子インプリン
非特異的に吸着することが選択性を低下させる要因となっ
ト法が注目されている。これは標的分子に対して特異的に
ている。バイオ分子を標的分子とした分子インプリントは
相互作用する空間をテイラーメイドにポリマーネットワー
2005 年以降急速に注目を浴びており,従来の方法と異なる
ク内に構築する手法で,得られたポリマーはバイオ分子に
様々な手法が提案されている 7),8) 。
替わる分子認識素子として期待されている。本稿では,分
子インプリント法を用いた分子認識表面の創製に関して紹
† 東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻
202
バイオ分子のための分子インプリント法
従来のバルクインプリンティング(図 1)では,認識部位
■著者連絡先
(〒 113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1)
E-mail. [email protected]
3.
を保つために比較的高密度のポリマーネットワークが形成
される。しかしながら,サイズが大きくフレシキブルな構
造を持つバイオ分子が標的分子の場合,この方法では重合
人工臓器 43 巻 3 号 2014 年
図 1 分子インプリント法の基本原理
標的分子の化学的性質,形状を記憶した空間がポリマーネットワーク内に形成される。
後にポリマーネットワークから標的分子を除去することが
ティング”という手法も報告されている 11) 。この手法は抗
困難である。そこで,基材表面にごく薄いインプリントポ
体−抗原反応の特異的相互作用を模倣している。低分子量
リマー層を形成させる,または,標的分子を吸着させた担
のペプチドはタンパク質と異なり高次構造を有さないため
体(シリコンウエハー,ガラス,マイカなど)をスタンプと
外部の影響を受けにくい。すなわち,
“エピトープインプ
して用い,ポリマー表面にのみインプリントする“サー
リンティング”ではバイオ分子特有の問題を回避し,低分
フェイスインプリンティング”という手法が報告されてい
子のようなインプリントが可能となる。Dechtrirat らはシ
る。この手法は標的分子をインプリントした基材表面をそ
トクロム C の表面に露出した C 末端由来の合成ペプチド
のままセンサ素子として利用できる利点がある。Karimian
(96 ∼ 104 番目のアミノ酸残基)を標的分子とし,金基板上
らは標的分子に心臓バイオマーカーであるトロポニン T を
にスコプロチンの電解重合によりインプリントした 12) 。
選定し,金電極表面に O- フェニルジアミンの電解重合によ
標的ペプチドはインプリントポリマーに対して高い SPR 応
りインプリントした 9) 。ここでは,O- フェニルジアミンの
答を示した。一方で,アミノ酸シーケンスが 1 つ異なるペ
アミノ基が標的分子であるトロポニン T との認識部位を形
プチドでは SPR 応答は低く,アミノ酸シーケンスの 1 つの
成すると考えられている。トロポニン T の検出は緩衝液中
違いを認識できることが明らかになった。さらに,その標
および血清中で微分パルスボルタンメトリーにより行わ
的ペプチドを有するシトクロム C はインプリント表面に選
れ,校正範囲は 0.0009 ∼ 0.8 ng/ml,検出限界は 9 pg/ml と
択的に捕捉され,またそれは C 末端(標的ペプチド)を通し
報告されている。抗体を用いた他の検出方法〔酵素標識免
ての捕捉であることが示唆された。
疫測定法(ELISA),表面プラズモン共鳴(SPR)免疫センサ,
水晶発振子マイクロバランス(QCM)免疫センサなど〕に
比較して高感度検出を達成している。また,Schirhagl らは
抗体レプリカを作製し,標的分子の認識を行った 10) 。抗
4.
タンパク質インプリントの新戦略と細胞接着の
誘導
タンパク質が標的分子の場合,柔らかくフレキシブルな
体レプリカはダブルインプリントによって作製する。まず,
構造に対応した複合体(認識部位)を構築し,その複合体を
標的分子であるインスリンの抗体をインプリントしたナノ
重合中も維持することが課題となる。また,インプリント
粒子(鍵型)を作製し,続いてそのナノ粒子を QCM 基板上
の過程での変性を抑制すること,認識部位以外への非特異
にインプリントする。すなわち,インスリン抗体のポジ像
的吸着を抑制することが極めて重要である。
を QCM 基板上に構築した。作製したレプリカは標的分子
ここでは物質の選択的認識を行う細胞膜構造に着目した
のエピトープに対して親和性を有する。直接抗体を表面に
例を紹介する。細胞膜はリン脂質二分子膜にタンパク質や
固定化する,または標的分子をインプリントする場合に比
糖鎖が埋め込まれた構造をしている。中性のリン脂質は,
べ,表面積の大きいナノ粒子(抗体インプリント粒子)をイ
バイオ分子の非特異的吸着を抑制し,分子認識素子として
ンプリントするため,表面におけるインプリント密度を高
働くタンパク質や糖鎖の機能を最大限に高めている。そこ
くすることができる。さらにこの手法は,標的分子の直接
で,この細胞膜構造を模倣し,バイオ分子の非特異的吸着
使用を避けられるので,標的分子に毒性がある場合や希少
を抑制する表面に分子認識部位を構築する手法が検討され
な場合,または非常に不安定な物質の場合に有効な手段で
た。具体的には,標的分子にリガンドとしてドデシル硫酸
ある。
ナトリウム(SDS)を吸着配向させ,タンパク質の非特異的
標的分子であるタンパク質全体ではなく,ペプチドシー
吸着を抑制することで知られる 2- メタクリロイルオキシエ
ケンスの一部をインプリントする“エピトープインプリン
チルホスホリルコリン(MPC)を一成分とした光反応性ポ
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図 2 新規分子インプリント法による分子認識界面の創製
リマー (PMPAz)13)(図 2)で架橋した 14) 。タンパク質と
板上ではライン上に細胞の接着が観察された。FN-MIP 基
界面活性剤の相互作用は良く研究されており,相互作用は
板上では,培養液中から細胞接着タンパク質の FN が選択
段階的に起こることが知られている。SDS の濃度が高いと
的にインプリントされた場所に再吸着し,細胞接着を誘導
タンパク質の構造変化を引き起こすが,非常に低濃度では,
したと考えられる。この細胞接着挙動を明らかにするため,
タンパク質の構造変化を引き起こさずに,特定の位置に静
インプリント表面に再吸着した FN の量を ELISA 法により
電的相互作用および疎水性相互作用により吸着する。標的
測定した。N-MIP,BSA-MIP 基板ではほとんど FN が吸着
分子に対して最適な位置に吸着配向した SDS は,フレキシ
していないのに対し,FN-MIP 基板では多量の FN が吸着し
ブルな構造に対応するリガンドとして働くと考えられた。
ていた。これにより,細胞接着は細胞培養液中の FN の再
標的分子に細胞接着タンパク質であるフィブロネクチン
吸着に起因することが証明されている。このように,マイ
(FN)を選定し,細胞の接着を誘導する表面が研究された。
クロファブリケーションと分子インプリンティングを組み
まず,シリカビーズに FN を固定化し,プロテインスタン
合わせることにより,細胞を所定の位置に接着誘導するこ
プビーズを作製する。作製したスタンプビーズと SDS,お
とができた。培養液中から特定のタンパク質を選択的に捕
よび PMPAz を混合し,ポリエチレン基板に展開する。UV
捉することで細胞の接着を制御する表面は,新しい細胞工
照射後,ポリマー層からスタンプビーズを取り除くことで,
学デバイスとしての利用が期待できる。
FN の認識部位をポリエチレン基板上に構築する手法であ
る(図 2)
。この手法ではポリマー層に光反応性ポリマーを
5.
おわりに
使用しているので,フォトマスクを用いてインプリント部
タンパク質や DNA または細胞などのバイオ分子を対象
位を制御することが可能である。100μm のフォトマスク
とした分子インプリンティングの分野は近年急速に広がっ
を用いて,標的 FN をライン上にインプリントした表面
た。抗体や DNA などのバイオ分子に替わる分子認識素子
(FN-MIP)が作製された。比較として,タンパク質を固定
として汎用的に使用するためには,リガンドの選択やイン
していないビーズをインプリントした表面(N-MIP)およ
プリント方法などさらなる工夫と最適化が必要といえる。
びウシ血清アルブミン(BSA)をインプリントした表面
しかしながら,化学的に安定で,また工業的に大量生産が
(BSA-MIP)を作製し,これらの基板上における HeLa 細胞
可能な合成ポリマーを用いた分子認識素子は,分離・分析
の接着挙動が観察されている。図 3 に示すように,N-MIP
用のツールとしてだけでなく,バイオマーカーの探索・診
および BSA-MIP 基板上ではタンパク質の吸着が抑制され
断,センシング素子,細胞工学デバイスとして医療分野に
たため,細胞接着が観察されなかった。一方,FN-MIP 基
おける期待は大きい。
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図 3 様々な表面での HeLa 細胞の接着挙動
本稿のすべての著者には規定された COI はない。
文 献
9)
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8) Li S, Cao S, Whitcomebe MJ, et al: Size matters: challenges
10)
11)
12)
13)
14)
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