カリフォルニア アーバイン校への研究留学

海外体験記
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カリフォルニア大学
アーバイン校への研究留学
大阪市立大学大学院医学研究科麻酔科学講座 講師 末廣 浩一
はじめに
この度はAnetに寄稿する機会を与えて頂きまして、
ありがとうございます。私は2014年 4 月より 1 年間、
カリフォルニア州アーバイン市にあるカリフォルニア
大学アーバイン校麻酔科(Department of Anesthesiology and Perioperative care, University of California,
Irvine:UCI)の Maxime Cannesson 教授のもとに、
Research Fellowとして研究留学させていただきまし
た。留学を希望したのは、研究者として自分自身の成
長に何となく行き詰まりを感じていたためでした。そ
んな折に、2012年に福島で行われた臨床麻酔学会に血
行動態モニタリングで著名なCannesson教授が講演に
来られると聞き、お話する機会をいただきました。海
Fig.1. カリフォルニア大学アーバイン校メディカルセンター
(UCI Medical Center)
外留学の希望を伝えると、快諾していだだき今回UCI
に研究留学する運びとなりました。
構の中で 2 番目に新しい研究型大学です。創立40年弱
で全米の州立大学ランキングのトップ10位以内に名を
カリフォルニア大学アーバイン校
連ねる名門校へと成長しており、これまでに 3 名の教
職員がこの大学における研究でノーベル賞を受賞して
今回留学したアーバイン市は地中海性気候に恵まれ
います。UCIに附属するUCI Medical Centerはアーバ
た、治安の良い人口約20万人が住む静かな郊外都市で
イン市ではなく、オレンジ郡(Orange county)にあり
す。FBIが発表する安全都市ランキングでは、人口10
ます。手術室や麻酔科の研究室はこの UCI Medical
万人以上の街で最も安全な都市ベスト10に毎年入っ
Centerにあるため、毎日車で20分程度かけてUCI Med-
ています。また、ロサンゼルスとサンディエゴの中間
ical Centerに通勤していました。
に位置しているため、大都市圏へフリーウェイで容易
にアクセスでき、アメリカで最も暮らしやすい都市の
1 つとされています。アーバイン市は安全なこともあ
り家賃が非常に高く(最低でも月1,600ドル程度)、私
研究生活
UCIの麻酔科は、スタッフ28名、レジデント40名で
達のアパートも 1 LDKで月1,800ドルの家賃でした。
手術室28室、年間手術数15,000件の麻酔管理を行って
ただ、全てのアパートにプールとジムが完備されてお
います。手術室麻酔以外に、手術室外での鎮静、無痛
り、その点では非常に恵まれていました。
UCIは1965年に創設され、カリフォルニア大学機
分娩なども積極的に行っています。Cannesson教授の
ラボは周術期モニタリングを研究テーマとしており、
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A net
Vol.19 No.3 2015
ました。また主要な研究と平行して、心拍出量モニ
ターに関するメタアナリシス、重症症例における血行
動態モニタリングに関するsurvey、Goal-directed therapyに関する reviewの執筆などを行いました。他の
fellowの研究も共同で行うため、平日の日中は非常に
忙しく、有意義な時間を過ごすことができました。そ
の反面、週末は特にdutyはないので、家族と色々な場
所へ出かけました。アーバインの周辺には、ディズニー
ランド、レゴランド、シーワールドなどのテーマパー
クが数多くあり、家族連れで過ごすには非常にいい場
所であったと思います。また、イースターやハロウィ
ンのイベントに出かけたり、ラボのメンバーとのバー
Fig.2. 毎週木曜日に行われる Grand Rounds、 著名な先生を招いて講義が行われます。
教授自身も Anesthesia and Analgesia誌の Monitoring
部門のSection editorを務められています。ラボには
ベキューパーティーやクリスマスパーティーなどに参加
して、アメリカの文化を肌で感じることができました。
留学とは何か?
Cannesson教授以外に医師 2 名、研究の手伝いをして
留学中は特に研究面においてうまくいかないこと
くれるResearch Intern数名が所属しており、私と同時
も多く、「何のために留学しているのか」ということを
期には、ベルギー人とフランス人のResearch Fellowが
考えさせられることもありました。ある留学ブログ
2 名所属していました。主に行った研究は、胸郭イン
(http://blogs.yahoo.co.jp/jumpei_gucci)に書いてあっ
ピーダンスを用いたGoal-directed therapyに関する臨
た文章ですが、「留学するということは知恵の樹の実
床研究、動静脈二酸化炭素圧較差に関する基礎研究で
を食べるようなものだ。知恵の実は、食べる前はとて
した。特に動物実験に関しては、研究のアイデアから
もおいしそうに見える。アダムとイブは知恵の実を食
治験審査委員会(Institutional review board:IRB)へ
べたことにより善悪の知識を得て裸の姿が恥ずかしい
の書類提出、実験のセットアップまで全て行う必要が
ことを悟った。そして楽園を追放されてしまう。知恵
あったため、言語面も含めて色々な点で非常に苦労し
の実を食べることさえなければ何も考えずに裸で楽園
生活を謳歌できていたのに。留学という実はとてもお
いしそうに見える。食べたくてもなかなか食べられな
い高嶺の花だ。しかし一旦食べてみると、思ったより
はおいしくない。もちろん色々と勉強になるが、余分
Fig.3. ASA発表前、
Cannesson教授と Research FellowのAlexと。
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Fig.4. 送別会にて、
Cannesson教授と Research Fellowの Alex、Olivierと。
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な苦労を背負い込むことになる」とありました。まさ
その意味で私の留学は本当に有意義で、医師として一
しく「留学する」ということはこの通りだと思います。
人の人間としてかけがえのない時間となりました。特
私も実際に留学する前は、ただ漠然と「留学する」と
にボスであるCannesson教授と同僚のfellow 2 人とは、
いうことに憧れを持ち、あまり深く考えていませんで
公私共にとても良い関係を築くことができ、これから
した。しかし、いざ留学してみると確かに多くのこと
研究を行っていく上でも大きな財産となっていくと確
を得ることができますが、生活面、言語面も含めて本
信しております。
当に色々なことで苦労します。留学を経験した身とし
て、人に留学を勧められるかどうかは留学する当人に
よって変わってくるものだと思います。一度、実(留
最後に
学)がおいしそうに見えてしまったら、その実をただ
最後になりましたが、この留学の機会を与えていた
放っておくのは良くないのかもしれません。もし留学
だき、サポートいただきました西川教授をはじめ、医
に興味を持っているのであれば、是非とも留学して下
局員のみなさまに感謝申し上げます。これから研究留
さい。つらいことや失う物もあるかもしれませんが、そ
学を考えている先生方に、この体験記が一助となれば
れでも留学は他のものには代え難い、素敵な知恵の実
幸いです。帰国後は大阪市立大学麻酔科学講座で血行
だと思います。何のために留学するのでしょうか?決
動態モニタリングを中心とした研究に取り組んでいく
して異文化間コミュニケーションをしに行くのではあ
予定です。もしご興味がある先生がおられましたら、
りません。海外で自分の意志を通し、同じ目標を持っ
E-mail : [email protected]までお気軽にご連絡
た仲間と切磋琢磨し、自分を高めるために行くのです。
下さい。
Profile
末廣 浩一 すえひろ こういち
略歴
2005年 3 月:奈良県立医科大学医学部医学科 卒業
同 年 4 月:大阪市立総合医療センター 前期研修医
2007年 4 月:大阪市立総合医療センター麻酔科 前期研究医
2010年 4 月:大阪市立総合医療センター救命救急センター シニアレジデント
2011年 4 月:大阪市立大学大学院医学研究科博士課程 入学
2014年 3 月:大阪市立大学大学院医学研究科博士課程 卒業
同 年 4 月:Department of Anesthesiology and Perioperative care, University of California Irvine,
Research Fellow
2015年 4 月:大阪市立大学大学院医学研究科麻酔科学講座 講師
趣味:ランニング、子供と遊ぶこと
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