線形代数学 B 2 たい 以下では, K をひとつの体 (加減乗除の四則が普通にできる集合) とし, K の元をスカラーと呼ぶ. 体と いう言葉に慣れていないならば, K は実数全体のなす体 R または複素数全体のなす体 C であると思って も構わない. また, 特に断らない限り, 行列や数ベクトルの成分は K の元であるものとする. 線形代数学 A と同様に, スカラーはアルファベットの小文字やギリシア文字の小文字を用いて表すことが多い. K の元を 係数とする変数 t の多項式 f (t) = cn tn + · · · + c1 t + c0 (cn ̸= 0) に対し, その次数 n を deg f (t) で表す. ただし f (t) = 0 の場合には, その次数は −∞ と定める. 関係式 ( ) deg f (t) g(t) = deg f (t) + deg g(t), ( ) ( ) deg f (t) + g(t) ≤ max deg f (t), deg g(t) ( ) は断りなく用いられる. ここで max deg f (t), deg g(t) は deg f (t) と deg g(t) の大きい方を表す. 11 11.1 ベクトル空間 I ベクトル空間の公理化 空でない集合 V に加法 V × V ∋ (x, y) 7−→ x + y ∈ V とスカラー乗法 K × V ∋ (a, x) 7−→ a · x ∈ V が定義されていて次の条件をみたすとき, V は K 上の (抽象) ベクトル空間であるといい, V の元をベクト ルと呼ぶ: (1) 任意の x, y ∈ V に対し, x + y = y + x. (2) 任意の x, y, z ∈ V に対し, (x + y) + z = x + (y + z). (3) 零ベクトルと呼ばれる 0 ∈ V が存在して, 任意の x ∈ V に対し, x + 0 = x. (4) 任意の a, b ∈ K と x ∈ V に対し, (ab) · x = a · (b · x). (5) 任意の x ∈ V に対し, 1 · x = x. (6) 任意の x ∈ V に対し, 0 · x = 0. (7) 任意の a, b ∈ K と x ∈ V に対し, (a + b) · x = a · x + b · x. (8) 任意の a ∈ K と x, y ∈ V に対し, a · (x + y) = a · x + a · y. K = R の場合には実ベクトル空間ともいい, K = C の場合には複素ベクトル空間ともいう. なお, a · x を 単に ax とも書く. また, (−1)x を −x とも書き, x + (−y) を x − y とも書く. 問 11.1 V を K 上のベクトル空間とするとき, 次が成り立つことを示せ: (1) 任意の x ∈ V に対し, x − x = 0. (2) 任意の a ∈ K に対し, a 0 = 0. (3) a ∈ K と x ∈ V が ax = 0 をみたすならば, a = 0 または x = 0. 11 ベクトル空間 I 3 例 11.2 K の元を成分とする n 次の数ベクトル (列ベクトル) の全体は, 通常の加法とスカラー乗法により K 上のベクトル空間となる. このベクトル空間を n 次の数ベクトル空間といい K n (または An (K)) で表 す. 線形代数学 A において An で表していたものは, Rn (または An (R)) に他ならない. 例 11.3 X を空でない集合とし, Map(X, K) で X から K への写像 (函数) 全体のなす集合を表す. この とき, f, g ∈ Map(X, K) と a ∈ K に対して f + g, a · f ∈ Map(X, K) を (a · f )(x) := af (x) (f + g)(x) := f (x) + g(x), (x ∈ X) により定めれば, Map(X, K) は K 上のベクトル空間となる. このベクトル空間における零ベクトルとは, 恒等的に 0 であるような写像 (函数) である. 例 11.4 上の例において X = { 1, 2, 3, . . . } (正の整数全体のなす集合) の場合を考えることにより, K に値 をとる無限数列全体のなす集合 K ∞ := { a = (ai )∞ i=1 ; ai ∈ K } は K 上のベクトル空間となることがわかる. 例 11.5 K[t] で K の元を係数とする変数 t の多項式全体のなす集合を表す. このとき K[t] は自然な加法 とスカラー乗法により K 上のベクトル空間となる. 11.2 線型写像と部分空間 V, V ′ を K 上のベクトル空間とする. 線型写像 写像 f : V → V ′ が任意の x, y ∈ V と t ∈ K に対して f (x + y) = f (x) + f (y), f (tx) = tf (x) をみたすとき f は線型であるという. 例 11.6 X を空でない集合, x1 , x2 , . . . , xn ∈ X とすると, 写像 ( ) Map(X, K) ∋ f 7−→ t f (x1 ), f (x2 ), . . . , f (xn ) ∈ K n は線型である. 線型写像 f : V → V ′ に対し, Im f := f (V ) = { f (x) ; x ∈ V }, Ker f := f −1 ({ 0 }) = { x ∈ V ; f (x) = 0 } をそれぞれ f の像, 核という. 次の 3 つの命題は, 命題 5.4, 命題 5.5, 命題 5.6 と全く同様にして示される: 4 線形代数学 B 命題 11.7 f を線型写像とするとき: (1) f (0) = 0. (2) f (x − y) = f (x) − f (y). (3) f (t1 x1 + t2 x2 + · · · + tr xr ) = t1 f (x1 ) + t2 f (x2 ) + · · · + tr f (xr ). 命題 11.8 (1) 線型写像の合成は線型. (2) 線型写像の逆写像は (存在すれば) 線型. 命題 11.9 線型写像 f に対して f は単射 ⇐⇒ Ker f = { 0 }. 部分ベクトル空間 V の空でない部分集合 W が和とスカラー乗法について閉じているとき, W は V の部 分ベクトル空間 (または単に部分空間) であるという. V 全体や零ベクトルだけからなる集合 { 0 } は V の 部分空間である. また, 部分空間は加法やスカラー乗法の定義域を制限することにより K 上のベクトル空 間となる. さらに, f : V → V ′ を線型写像とするとき, V の部分空間 W の f による像 f (W ) は V ′ の部分 空間であり, V ′ の部分空間 W ′ の f による逆像 f −1 (W ′ ) は V の部分空間である (cf. 例 6.2, 問 6.3). 問 11.10 W1 , W2 を V の部分空間とする. (1) W1 ∩ W2 は V の部分空間であることを示せ. (2) W1 + W2 := { x1 + x2 ; x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 } は V の部分空間であることを示せ. 例 11.11 (1) R 上の実数値連続函数全体のなす集合 C(R, R) := { f ∈ Map(R, R) ; f は連続 } は実ベクトル空間 Map(R, R) (cf. 例 11.3) の部分空間である. (2) R 上の実数値 C 1 級函数全体のなす集合 C 1 (R, R) := { f ∈ Map(R, R) ; f は微分可能かつ f ′ は連続 } は C(R, R) の部分空間である. (3) 微分 f 7→ f ′ は C 1 (R, R) から C(R, R) への線型写像を与える. (4) f ∈ C(R, R) に対して I0 f ∈ Map(R, R) を ∫ (I0 f )(x) := x f (y) dy 0 により定めると, I0 f は C 1 (R, R) に属し, f 7→ I0 f は C(R, R) から C 1 (R, R) への線型写像を与える. 11 ベクトル空間 I 5 ( ) 例 11.12 (1) 上の例と同様に, 閉区間 [a, b] 上の複素数値連続函数全体のなす集合 C [a, b], C は複素ベク ( ) トル空間 Map [a, b], C の部分空間である. ( ) ( ) (2) G を [a, b] × [a, b] 上の複素数値連続函数とし, f ∈ C [a, b], C に対して TG f ∈ Map [a, b], C を ∫ (TG f )(x) := b G(x, y) f (y) dy a ( ) ( ) により定める. このとき TG f は C [a, b], C に属し, f 7→ TG f は C [a, b], C の線型変換を与える. 例 11.13 C∞ を複素数列全体のなす複素ベクトル空間とする (cf. 例 11.4). ∞ ∞ ∞ (1) a = (ai )∞ に対して Sa = (a+ を i=1 ∈ C i )i=1 ∈ C a+ i := ai+1 により定めると, a 7→ Sa は C∞ の線型変換を与える. (2) c0 , c1 , . . . , cn−1 ∈ C とし, 漸化式 ai+n + cn−1 ai+n−1 + · · · + c1 ai+1 + c0 ai = 0 をみたす複素数列 a = (ai )∞ i=1 全体のなす集合を W と置く: W := { } ∞ a = (ai )∞ ; ai+n + cn−1 ai+n−1 + · · · + c1 ai+1 + c0 ai = 0 (i > 0) . i=1 ∈ C このとき W は C∞ の部分空間となる. また a ∈ W ならば Sa も W に属する. 例 11.14 R[t] を実係数の多項式全体のなす実ベクトル空間とする (cf. 例 11.5). (1) s(t) ∈ R[t] とするとき, f (t) 7→ f (s(t)) は R[t] の線型変換を与える. (2) 各 n ≥ 0 に対し, 次数が n 以下の多項式全体のなす集合 R[t]n := { f (t) ∈ R[t] ; deg f (t) ≤ n } は R[t] の部分空間である. また, s(t) ∈ R[t]k とするとき, f (t) ∈ R[t]n ならば f (s(t)) ∈ R[t]kn となる. 問 11.15 (1) 空でない集合 X からベクトル空間 V への写像全体のなす集合 Map(X, V ) は, 加法とスカ ラー乗法を (f + g)(x) := f (x) + g(x), (a · f )(x) := af (x) (x ∈ X) と定めることによりベクトル空間となることを示せ (cf. 例 11.3). (2) V, V ′ をベクトル空間とするとき, V から V ′ への線型写像全体のなす集合 L (V, V ′ ) := { f ∈ Map(V, V ′ ) ; f は線型 } は Map(V, V ′ ) の部分空間であることを示せ. 線形代数学 B 6 11.3 ベクトルの組と行列との積 V を K 上のベクトル空間とするとき, x1 , x2 , . . . , xr ∈ V を 1 行に並べてひと括りにしたもの ) ( x1 x2 . . . xr ) ( ( ) を考える (V が数ベクトル空間ならば, これは行列に他ならない). また x1 x2 . . . xr = y 1 y 2 . . . y s であることを r = s かつ xi = y i (1 ≤ i ≤ r) により定義する. このようなベクトルの組の和やスカラー倍 を次により定める: ( ) ( ) ( ) x1 x2 . . . xr + y 1 y 2 . . . y r := x1 + y 1 x2 + y 2 . . . xr + y r , ( ) ( ) a x1 x2 . . . xr := ax1 ax2 . . . axr . ( ) さらに, r 個のベクトルの組 x1 x2 . . . xr と (r, s) 型の行列 A = (aij ) に対し, (∑ ) r r r ∑ ∑ ( ) x1 x2 . . . xr A := ai1 xi ai2 xi . . . ais xi i=1 i=1 i=1 と置く (cf. 問 2.5). このとき, (和や積が意味をもつ限り) 次の 2 つの命題が成り立つことは, 定義から容易 に確かめられる (証明は演習問題): (( ) ( )) ( ) ( ) 命題 11.16 (1) x1 x2 . . . xr + y 1 y 2 . . . y r A = x1 x2 . . . xr A + y 1 y 2 . . . y r A. ( ) ( ) ( ) (2) x1 x2 . . . xr (A + B) = x1 x2 . . . xr A + x1 x2 . . . xr B. ( ) ( ( )) (( ) ) (3) x1 x2 . . . xr (cA) = c x1 x2 . . . xr A = c x1 x2 . . . xr A . ( ) ( ) (4) x1 x2 . . . xr E = x1 x2 . . . xr . ( ) (( ) ) (5) x1 x2 . . . xr (AB) = x1 x2 . . . xr A B. ( ) ( ) 命題 11.17 y 1 y 2 . . . y s = x1 x2 . . . xr A とするとき, 線型写像 f : V → V ′ に対して ( ) ( ) f (y 1 ) f (y 2 ) . . . f (y s ) = f (x1 ) f (x2 ) . . . f (xr ) A. 演習問題 11.1 V, V ′ を K 上のベクトル空間とする. (1) 写像 f : V → V ′ が線型であるためには, 任意の x, y ∈ V と s, t ∈ K に対して f (sx + ty) = sf (x) + tf (y) が成り立つことが必要かつ十分であることを示せ. (2) V の空でない部分集合 W が部分空間であるためには, 任意の x, y ∈ W と s, t ∈ K に対して sx + ty ∈ W が成り立つことが必要かつ十分であることを示せ. 11.2 f : V → V ′ を線型写像, u ∈ Im f とするとき, 任意の x0 ∈ f −1 ({ u }) に対して f −1 ({ u }) = x0 + Ker f が成り立つことを示せ (cf. 命題 7.19). ( ) := { x0 + y ; y ∈ Ker f } 11 ベクトル空間 I 11.3 実ベクトル空間 Map(R, R) の次の部分集合のうち, 部分空間であるものを全て挙げよ: W1 := W3 := { { } f ∈ Map(R, R) ; f (0) = 0 , } f ∈ Map(R, R) ; f (0) · f (1) = 0 , W2 := W4 := { { } f ∈ Map(R, R) ; f (0) は整数 , } f ∈ Map(R, R) ; f (−1) + f (1) = f (0) . 11.4 f1 , f2 , . . . , fr : V → V ′ を線型写像とするとき, W := { x ∈ V ; f1 (x) = f2 (x) = · · · = fr (x) } は V の部分空間であることを示せ. 11.5 命題 11.16 と命題 11.17 を証明せよ. 7
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