3.2 1 - 3.2 社会科・公民科を中心とした知的所有権教育の現状と可能性

3.2
社会科・公民科を中心とした知的所有権教育の現状と可能性
三重大学教育学部社会科教育講座・教授
山根
栄次
小学校と中学校の社会科及び高等学校の公民科の授業において、知的所有権について教
育している場面は、現在ではほとんどないといってよい。実際に、社会科と公民科の教科
書の記述を調べても、明確に知的所有権について述べている箇所は、ほとんど見うけられ
ない。しかしながら、現在においても、教材の扱いによっては知的所有権について教える
ことができると思われる「内容」は、幾つか探すことができる。また、新しい教育課程が
2002 年度から実施されるに及び、知的所有権についての教育を新たに展開することができ
ると思われる。
第一は、中学校社会科公民的分野と高校公民科における消費者教育にかかわる「内容」
においてである。
その典型的な教材としては、いわゆる高級ブランド商品がある。例えば、いわゆるブラ
ンド商品が何故そんなに高価なのか、高級ブランド商品の価値はどこにあるのかを考察す
れば、デザインや商標に知的所有権があり、それが商品の付加価値を高めていることが理
解できよう。また、海外旅行などで偽ブランド商品を安い値段で買い、それを国内に持ち
込もうとした時に税関に発覚した場合に、法的にどうなるかという事例を考えることも知
的所有権について考えることになろう。
また、いわゆるレンタルショップで音楽の CD を借りた場合に,それを家庭で録音・コ
ピーして自分のものにしてはならないのはなぜなのかを考えることも、知的所有権につい
て考えることになろう。
このような例は、財団法人・消費者教育支援センターが実施している『生活経済テスト』
の問題の中にも見出すことができる。
第二は、小学校社会科第5学年のいわゆる産業学習や中学校社会科公民的分野の経済学
習で、工場・企業の工夫を学ぶことによって、企業の開発した新商品、新技術、新販売方
法の重要性に気付く場合である。
産物名とその有名な産地名のセットを覚え、その生産物の立地条件を考える事が多い小
学校の産業学習ではあるが、これまでの小学校社会科・産業学習の中にも、優れた授業実
践においては、企業の特に経営者の経営努力によって、その企業の製品が売れ、企業が大
きくなったことを子ども達が理解した授業を見出すことができる。 iそれは、企業者精神
(Entrepreneurship)の重要性を学んだ産業学習ということができる。
2002 年4月から使用される、中学校社会科公民的分野の教科書の記述を見ると,経済の
内容の箇所において、複数の教科書についていわゆるベンチャー企業の例が紹介されてい
る。これは今までにはなかったことである。これまでの教科書における中小企業の扱いは、
大企業の下請けとして、労働条件が悪く、生産性も低く、大企業から搾取されているとい
うものであった。新しい幾つかの教科書では、ベンチャー企業としての中小企業を紹介し
- 3.2 1 -
ている。紹介されているベンチャー企業は、新しい機械や製品を開発して成功した事が記
述されている。これは、知的所有権の産業・経済における重要性を生徒に理解させようと
するものである。
第三は、2002 年度から実施される総合的な学習の時間において展開可能な企業者教育で
ある(起業家教育という言い方もある)。これは、簡単に言えば、学校で子ども達が企業を作
り,製品開発、製造、販売までおこなうという教育プログラムである。学校外でのこのよ
うな取り組みとしては、大江建氏による「ワセダ・ベンチャーキッズ」がある。 ii
また、
財団法人・起業家教育センターiiiが発行している CDR 教材「アントレの木」は、実際の起
業家の例に学ぶと共に,自分たちで仮想的に企業をつくる活動ができるようになっている。
また、同センターが開発し、幾つかの高等学校が実施している「バーチャル・カンパーニ
ー」は、コンピュータ・ネットワーク上で起業活動ができるようになっている。これらの
活動では知的所有権を学ぶことができるであろう。
このように、社会科を中心とした学習・活動で知的所有権について学ぶ機会は、今後拡
大していくと考えることができる。
i
ii
iii
山根栄次 「山田勉の工業学習論・産業学習論の検討」三重大学教育学部紀要第 49 巻、
教育科学、1998 年
大江建・杉山千佳 『「起業家教育」で子供が変わる』日本経済新聞社 1999 年
http://www.entreplanet.org/index.html
- 3.2 2 -